細胞又は組織の電気特性を活かしたがんの早期診断技術の開発へ前進

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国立大学法人千葉大学
生体組織電気特性分布の高精度推定を可能とする磁気共鳴電気特性トモグラフィ

千葉大学フロンティア医工学センターの兪文偉教授、大学院博士後期課程研究員Adan J. Garcia Inda、及びSingapore University of Technology and DesignのProf. Huang Shaoying、国立研究開発法人産業技術総合研究所 デジタルアーキテクチャ研究センターのNevrez Imamoglu主任研究員らの研究チームは、磁気共鳴電気特性トモグラフィ(Magnetic Resonance Electrical Property Tomography: MREPT)と機械学習(AI)を用いたモデルの統合により、高いノイズ耐性と精度で人体の組織が持つ電気特性(誘電率・導電率の分布など)を推定する技術を開発しました。今後、この技術を応用してがん化組織と非がん化組織間の電気特性のコントラストを用いた医療診断が可能となれば、がんの早期診断の実現に貢献できることが期待されます。本研究成果は、2022年5月9日に、学術誌IEEE Transactions on Image Processing, Vol.31で公開されました。



研究の背景 

ヒトの細胞または組織は電気特性(図1)を持ち、それらががん化すると、初期段階から電気特性が変化します。したがって、体内生体組織の電気特性の検査は、がん組織の早期診断に役に立つ可能性があり、がんのバイオマーカー(疾患の有無や進行状態を示す指標)として期待されています。


磁気共鳴電気特性トモグラフィ(Magnetic Resonance Electrical Property Tomography: MREPT)は、MRI検査にもよく使われる磁気共鳴画像システムの計測結果を用いて計算することにより、電気特性を推定する方法です(図2)(注1)。既存の体内組織電気特性推定法(注2)と比べて高い空間分解能(注3)が得られるため、MR撮像システムだけでも非常に小さな特徴まで認識できるのが一番の特長です。


ほとんどのMREPT方法は、物理解析モデルにおける仮説の不十分さや、数値計算エラーによる推定結果の歪み(アーティファクト)の克服が課題となります。これらのアーティファクトを軽減するために必要とされる安定化項(注4)の係数値の選択は、観察と経験に大きく依存する上に、サンプルごとの試行錯誤が必要なため、MREPTの医療診断応用にとって、大きな障壁となっていました。

また近年、マクスウェル方程式を利用せずダイレクトにB1マップから電気特性分布を推定させる、エンドツーエンド(end-to-end)(注5)のニューラルネットワーク(注6)によるMREPT(NN-MREPT)も提案されましたが、未学習のサンプルを正確に推測することが困難で、汎用性に欠けるという問題がありました。

研究の成果

本研究のポイントは、この2つの課題を解決するため、物理解析モデルにおける仮説の不完全性とアーティファクトを補正するための係数マップを機械学習手法であるニューラルネットワークにより更新したことです。研究チームは、この更新された係数マップを用いた物理解析モデルで細胞や生体組織の持つ電気特性を推定し、サンプルデータとの誤差を用いてニューラルネットワークをさらに更新していくという、物理結合神経回路網MREPT (Physics Coupled Neural Network-MREPT)(図3)を提案しました。


この手法により物理解析モデルとニューラルネットワークを結合することで、脳のデジタルファントム(注7)を含むサンプルデータを用いた数値実験を行うことが可能となりました。それにより、それぞれ単独では解決できなかった問題を克服できるようになったため、この研究分野における既存の代表的な解析方法よりも高い精度での画像の取得を達成することができました。さらに、NN-MREPTよりも未学習サンプルデータに対し高い汎化性を示すことができました。本研究はMREPTの主要課題を解決し、がんの早期診断への大きな前進につながったと考えられます。


今後の展望

今後は、診療に携わる医療従事者との緊密な連携にて、患者様の磁気共鳴ラジオ周波数場データを用いた生体組織の電気特性の推定および検証実験を行い、MREPTの更なる課題を明らかにしたうえで解決し、MREPTの臨床応用の早期実現を目指します。


用語解説

(注1)磁気共鳴電気特性トモグラフィ:ラジオ周波数の電流によって発生する電磁場を用いて、電磁気学の基本を記述する支配方程式であるマクスウェル方程式に基づいた物理解析モデル(時間、空間等の値および値の関係を規定する一連の数学方程式)を数値的に解くことで電気特性を推定する。
(注2)体内組織電気特性推定法:生体内の生体組織を体外で計測し、推定する手法。例として、Electrical impedance tomography (EIT)、Magnetic induction tomography (MIT)、Magnetic resonance electrical impedance tomography (MREIT)、Magnetoacoustic tomography with magnetic induction (MAT-MI) などがあります。
(注3)空間分解能:空間または物体内で識別可能な2点間の距離のこと
(注4)安定化項:方程式の不安定解(振動やアーティファクト)を抑えるためにその方程式に導入される補正項
(注5)エンドツーエンド(end-to-end):入力データが与えられてから結果を出力するまで多段の処理過程
(注6)ニューラルネットワーク:脳内の神経細胞(ニューロン)のネットワーク構造を模した数学モデル。データから学習できるという特徴を持っている。
(注7)デジタルファントム:評価中の部位と同等な特性分布を持つイメージデータ

論文情報

タイトル:Physics-Coupled Neural Network Magnetic Resonance Electrical Property Tomography (MREPT) for Conductivity Reconstruction
著者:Adan Jafet Garcia Inda, Shao Ying Huang, Nevrez İmamoğlu, Wenwei Yu
雑誌名:IEEE Transactions on Image Processing, Vol.31
DOI:https://doi.org/10.1109/tip.2022.3172220
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