「既存のオペレーションを疑え」ABEJAに聞く、製造業におけるAI導入と落し穴

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あらゆる業界で進むAI導入。ですが、重厚長大な製造業においては、セミナーやカンファレンスでも出てくる事例はごくわずか。製造業へのAI活用はまだまだ進んでいるとはいい難い状況です。

そこで今回は、ディープラーニングの社会実装を目的とし、さまざまな業界でのAI活用をサポートする株式会社ABEJAの菊池佑太氏、石川尊教氏に、製造業におけるAI活用の難しさや、注意すべきポイントについてお伺いしました。

とにかくやることが多い。製造業におけるAI活用の難しさ

――製造業特有の、AI活用のハードルとは何でしょうか?

――菊池
「製造業では、主に異常検知の工程にAIを活用できます。わかりやすいのは、製品に傷がついていないか、欠陥はないかを検査する外観検査などです。

難しいのが、顧客によって

  • プロダクト
  • 異常の定義
  • 生産ライン

がすべて違うこと。たとえば小売であれば、基本的にはAIの活用として来店者の店内での行動分析や属性分析がメインとなるため、使うモデルにそこまで違いは出ません。

製造業では上記3つが顧客によって異なるため、横展開可能な学習モデルの開発ががなり難しくなっています

小売の店舗に設置したカメラで認識するのは、基本的には来店客の属性や、どこからどこに移動したかなどの、いわゆる行動・属性分析。基本的には来店客の顔や体を認識できればいいので、使うモデルも横展開が可能なものです。

しかし、製造業では認識する対象が千差万別。結果、各社ごとに異なるデータを学習させる必要があるため、ベンダー側の手間は比例して重くなるといいます。

――菊池
「何より、工場は小売業の店舗より、技術的に考慮しなければならない点が多い。学習モデルを作っても、それを工場のデバイスにデプロイして、デバイスからモデルへのフィードバックも……となると、一気にハードルが上がります。

したがって、AIエンジニアの工数もそれなりに必要になります。エッジへ学習モデルを転送するのであれば機器の購入・セッティング、データを均一にするためには撮影環境も統一する必要があり、他業種に比べてやることがかなり多い。必然的にコストも高騰します」

もとよりミスが許されない環境に加えて、やることも膨大。コストが上がるのもうなずけます。AIベンダーへ見積もりを依頼し、出てきた見積もりに飛び上がった人も多いかもしれませんが、背景にはこのような苦労がありました。

異常検知で一番怖いのは「異常を正常と判断」すること

――工場での異常検知にAIを導入する場合、注意すべき点はどこでしょうか?

――菊池
「異常検知において一番起きてほしくないのは、異常であるにも関わらず、正常と判断されてしまうことです。これが起きてしまうと取り返しがつきません。逆に、正常を異常と判断するのは許容範囲です。

よって異常であることの検知を見逃さないように、正常品のデータから学習モデルを構築し、異常品を確実に見つけ出せるような工夫をおこなっています。

顧客は『AIで何でもできるんでしょ?』というスタンスの方も多いですが、基本的にAIで100%の検出は難しいです。製造業における外観検査の場合、どうしても97〜98%が限界で、残りの2〜3%は正常と認識してしまうんですね」

――石川
「特に精密機器などではミスが許されないため、徹底的に異常品を弾く必要があります。そのため、少しでも怪しい製品はアラートを出し、人間がチェックするオペレーションを敷く

こうすることで、完璧に自動化とまではいきませんが、コストは人間が作業するよりも断然削減できます。ROIにも見合ってくるのではないでしょうか。

しかし、そもそも異常の発生率は現時点でも圧倒的に低いために、異常のデータは集めるのが難しい。ABEJAでは異常データが集まらないケースも想定し、半教師あり学習にも対応しています」

――精度の点では、教師ありと半教師ありで大きく違うのでしょうか?

――菊池
「教師ありの方が精度が高くなります。人間と同じで、ある教科について学ぶのなら正解がわかる教材がたくさんあったほうがいい。しかし、お客様の状況によってはデータが殆どない状況下においても取り組みをおこないたいということもあります。

それに対応するため、ABEJAとしては半教師あり学習という形で、ラベルがないデータを活用した学習方法にもトライしています。数年後、半教師ありの手法が当たり前になる世界を目指しています」

AIを正しく使うためにはアノテーションが肝

――教師あり学習では、アノテーションが肝になると思います。どこが勘所になるのでしょうか?

アノテーション
深層学習(ディープラーニング)をはじめとした、機械学習のモデルに学習させるための教師データ(正解データ、ラベル)を作成すること。

――菊池
「アノテーションは、機械学習の中で決定的に重要で、かつ泥臭いプロセスです。アノテーションでは、

  • 人材の確保
  • 質の確保

の2つをいかに担保するかが大切です」

――石川
「アノテーションでは、ひとつひとつのデータを地道に見て、それが何を意味するデータなのか、人手でラベルを付けていきます。データが命とも言える機械学習では、入力するデータの質が悪ければAIの精度も上がりません。アノテーションは文字通り生命線といえます

確かに一度やってみると分かりますが、かなりの集中力を要する作業です。ABEJAのサービス『ABEJA Platform』では、BPO会社を通して、1万人のアノテーター(アノテーションをおこなう人)にアノテーションの依頼ができるそう。アノテーターが使いやすいGUIのアノテーションツールも提供しています。

――菊池
「人が普通にアノテーションをおこなうと、データにばらつきが発生し、ばらつきが精度にも影響します。ABEJA Platformでは、アノテーターが作業したアノテーションのログを取ることで、精度の高いアノテーターにアノテーション依頼ができるほか、質の低いアノテーターの教育プロセスも用意しています

――石川
「日本企業は圧倒的にデータのオープン化が進んでいません。アノテーションに注力しているのも、クラウドにデータを預けるモチベーションを作り、オープンデータ活用を進めるためです」

アノテーションを通して、ビジネスモデルの検証までおこなうというABEJA。確かに、アノテーションをアウトソースするということは、自社データを外部へ預けること。アノテーションのサービスを通じて、そこまで見据えていたとは驚きです。

すべては「そもそも今のオペレーションは正しいのか?」からはじまる

――結局、製造業でAIを導入しようと思ったときは何から始めるべきなのでしょうか?

――石川
「製造業においては、生産ラインにAIを個別に付加するよりも、AIに最適化した工場を作ったほうがいいと思っていて。『今ある生産ラインが本当にオペレーションとして最適なのか』を考えることからはじめるべきです」
――菊池
「石川の言う通り、まずは生産ライン全体の見直しですね。そこがないままAIを導入しようとすると失敗します。

現在、過去に建設された工場の老朽化が進んでいるので、リプレイス需要は少なからずあると予想しています。製造業だけでなく、食品メーカーなども巻き込み、AIで新しい工場の価値を作っていきたいですね」

現場で異常検知を目視で担ってきた世代は続々と引退している昨今。工場自体も老朽化が進む中、工場全体をAIに最適化することは、日本産業を衰退させないために、喫緊の課題です。

日本のAIベンチャーのトップを走るABEJAのお二人の言葉は、スマートファクトリーならぬ、AIファクトリーが当たり前になる未来を予感させてくれるものでした。