テクノロジーの時代に、好奇心の火を灯す。ABEJAが「人をみるメディア」をつくった理由

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日々進化するテクノロジー。生み出した人間の方がその進化の早さに追いつけていないのでは、と感じる場面にしばしば遭遇する。

テクノロジーの進化は、情報の領域でも著しい。マスメディアだけでなく個人も組織も情報を発信できるようになった。

そんな中、AI企業のABEJAがオウンドメディア「Torus(トーラス)」を立ち上げた。コンセプトは「テクノロジー化する時代に、あえて人をみる」。

なぜ「人をみる」という、テック企業らしからぬメディアを立ち上げたのか。テクノロジー化する時代に「あえて人をみる」意義とは何か。Torus編集チームの3人に話を聞いた。

自分たちの世界観を世の中に広めたい

Torusが「テクノロジー化する時代に、あえて人をみる」というコンセプトは、ABEJAが掲げる行動精神「テクノプレナーシップ」を受けたものだという。

――上野
「ABEJAは2018年に会社のリブランディングを実施しました。その中で『テクノプレナーシップ』を新たに行動精神に据えました。

この言葉は、テクノロジーを使ってビジネスにイノベーションをもたらすという意味がもともとありました。それにABEJA独自の解釈を加え、リベラルアーツとテクノロジーの領域を循環しながら、ABEJA自身や社会のあるべき姿を絶えず問い続けていくという意味にしました。

テクノプレナーシップは、ABEJAのタグラインでもある『ゆたかな世界を、実装する』という世界観を実現するためにあります。ただ、この世界観を例示なしに説明しようとすると漠然としていて伝わりにくい。このイメージをコンテンツに落としこんでABEJAの考えや世界観を広く伝える役割がTorusにはあります」

上野真由美氏 ABEJAのBrand Communication Design Team のデザイナー。受託制作会社から、自社のBtoC新規事業立ち上げなど、その時々でいろんな事を経験。2015年に株式会社メルカリにJoinしCtoCサービスを経験。主にUS版 メルカリの開発に従事。2019年 ABEJAにJoin。Annotation Toolをはじめとしたプロダクト改善のデザインをメインで担当しつつ、ABEJAのデザイン全般もみている。

2019年に入り、有名なオウンドメディアが相次ぎ閉鎖するなど「オウンドメディア冬の時代」と呼ばれるようになった。そんななか、PV至上主義や集客目的のメディアとは一線を画すものをつくりかった、と錦光山氏は言う。

――錦光山
「オウンドメディアの目的や存在意義はそれぞれ違います。自社製品や人材の宣伝といった目的からPVやコンバージョンなど目に見えやすい成果まで、それぞれに理由はあるのでしょうし、いろいろあっていい。でもそれはTorusのやることではないよね、と当初から一致してました。なぜなら世界観を伝えるのが目的だから」

錦光山雅子氏 ABEJA広報。1998年朝日新聞に入社、公的手当まとめ支給、公立中学制服価格の調査で2016年貧困ジャーナリズム大賞を受賞。関心領域は調査報道、公衆衛生、ジェンダー。2019年からAIベンチャー「ABEJA」にジョイン、Torusの企画・取材・編集を担当するほか、外部媒体なども活用した会社やメンバーの言語化実践中。

――錦光山
「私の考えですが、オウンドメディアはお金ばかりかかってリターンはあるの? と問われた瞬間に存在意義を失うと思っています。早く『効果』のリターンに応えようとすると、コンテンツから『手前味噌』のにおいが漂い始める。

読者は賢いです。『なんだ、このメディアは宣伝目的か』と瞬間で見抜いて離れていきます。その結果、読者はもともとABEJAに関心があった層だけになってしまう。だから手前味噌の匂いには、コンテンツの切り口から表現まで非常に気を付けています。

だからといって、PVがほとんどなくても構わないわけではないのです。以前、Torusの打ち合わせで、世界観が分かる『熱い数百人』に届けばいいという意見もあったのですが、『熱い数百人』に刺さるためには『不特定多数のチラ見読者』に届けるという前提が不可欠だと考えています」

――錦光山
「立ち上げ時は、いかにこの会社の名前と世界観を世の中に認知してもらうか、を命題に据えました。ABEJAを知らない、圧倒的多数の人たちに振り向いてもらうためには、本業に近いテックやビジネス領域からいったん離れ、別の普遍的なテーマを用意しなければならないだろう、しかしそれは何だろう、と言語化に少し時間がかかりました。

そこから一歩踏み出せたのは、弊社のAIエンジニアが『AIをやっていると、人間らしさってなんだろうという問いに行き着く』と話すのを聞いたからです。ABEJAのイメージから一見遠いようにみえる『人』や『社会事象』から入るのはどうだろう。これらをAIの会社が発信しているという逆張りが、かえって強みにもなる、と」

しかし、決してプレッシャーがないわけではない。

――錦光山
「メディア企業だったら言わずもがなの、たとえば企画・編集する際の常套手段や切り口、常識が通じないところからのスタートです。成果も時間がかかります。短期ベースで成果を求められる事業会社でその意義や効果をどうやって理解してもらうのか。社内の理解や認知もこれからですし、そこはいまも試行錯誤を続けている最中です」

「好奇心が枯れていない人」を追う

Torusは、どんな方針でコンテンツを発信しているのだろうか。

――上野
Torusが伝えているのは、自らの好奇心を追求している人。好奇心が行動の原動力になっている人です。世の中がなんと言おうと、お金にならなくとも、自らの好奇心に従ってそれを突き詰めている人。そんな人たちが多いと思っています」

Torusのトップ画像。写真は現代美術家・長谷川愛さん

たとえば、こちらの記事にある佐藤オリィ氏。今夏の参院選で重度身体障害を持つ当事者が当選したタイミングに掲載した。不登校を経験し、人はつながっていないと生きる意欲を失うという課題感から「OriHime(オリヒメ)」という、離れていても他者とコミュニケーションできるロボットを開発したオリィ氏の人となりを描いた。

ABEJAのメンバーにも、好奇心の火を灯し続ける人がいる。こちらの記事に登場する安宅雄一さんは、カスタマーサクセスとセールスを担当しながら、日本折紙学会の会員でもある。多種多様な折り方や、壮大な歴史を解説する姿を通じて、安宅さんの折り紙への愛も感じ取れる内容だ。

Torusに登場する人たちのように、自らの好奇心に従って行動するのは、しがらみがあるなかでは難しいかもしれない。しかし、それでも折れず、前に進む人を取り上げ続けている。

川崎絵美氏 フリーランスの編集者。2006年に出版社インプレスに入社後、営業・編集・記者などを経験。2015年からハフポスト日本版の広告企画チームにて編集職に従事。2019年に独立し、Torusをはじめメディアの立ち上げや企画・編集に携わっている。

――川崎
「ABEJAのエンジニアたちもただ開発が好き、にとどまらず、自分が興味のある課題にテクノロジーをどう使っていけばいいかという意識を持っている人が多いと感じています。

同じ価値観を持つ人は社外にも共通していて、まさに課題意識や好奇心ベースで動いている人たちに、私たちの価値観を代弁してもらいたいという意識で取材、執筆しています。社外の人でも、きっとABEJAのメンバーと話が合うだろうな、と感じる人も多いです」

――上野
「ABEJAでは、『当たり前(既成概念)』への問いかけのようなコメントがSlackであがることも珍しくありません。社会的価値があると思ったものはみんなとシェアしていこうという文化もある。だからこそ、Torusでは社内だけでなく社外の人も取り上げています。

採用面接や入社説明会などでABEJAのテクノプレナーシップを説明する際、Torusのコンテンツも示すようになりました。それまでは概念だけ伝えていたのですが、コンテンツで具体的イメージを示せるようになりました。理解が深まる装置にもなっていると思います」

――錦光山
「コンテンツを作る際は『既成概念(当たり前)への問い』『テクノロジーという補助線』を隠し味として仕込むように心掛けています。すでに知られている社会事象や人でも、テクノロジーという補助線を引いてみると、それまでとは違う風景・姿が見えてきますし、常識を問う行為自体が、テクノプレナーシップを体現していると思っているからです。

実際、オリィさんの記事では障害者の政治参加の風景と取り巻く空気、それを可能にしたテクノロジーの進化を伝えています。また安宅さんの記事では、『手遊び』というイメージが固定している折り紙にテクノロジーという補助線を引くと、全く別の世界が見える上に、人間らしさとはなにか、という視点にも触れることができました」

Torusは「分散型メディア(自社メディア以外の媒体やプラットフォームにコンテンツを転載する方式)」という立ち位置を取っている。すでにNewsweekやBusiness Insider Japanをはじめとしたいくつかのメディアに転載されるようになった。

――川崎
「『オウンドメディア冬の時代』と言われているからこそ、新しいかたちのメディアとしてチャレンジしたいという思いがあります。取材して記事を出して終わりではなく、『どう届けるか』が編集者に大きく求められている。

ネットニュースへの転載を積極的に進めてきたのはそのためです。訴求力も高まると同時に、コンテンツや発信目的の基準がもっとも厳しいニュース系媒体が転載を判断したことで『手前味噌でないオウンドメディア』という信頼を積み上げていける。私たちにとっても、企画編集するうえで常にそれを意識する物差しになるし、その基準を続けていれば、以前ABEJAと交わることのなかった人たちもTorusという媒体に信頼を抱き、ひいてはABEJAという会社への信頼に転換していくと思っています」

テクノロジーの時代だからこそ「意味」を考えること

メディアには数字を求める側面と、メディアが伝えるべきことを伝えるという2つの側面がある。そして、マスメディア、オウンドメディアを問わず、現状は前者に偏りがちだ。

企業として数字を上げお金を稼ぐことは、生き残るために必要という厳然たる事実があるからだ。メディアが企業というかたちを取るからこそ、時として経済合理性ほかの何よりも正当化されてしまう。しかし、今後テクノロジーが進化すればするほど、PVあたりいくらの数字を求めることでは差別化できなくなってくる。

Torusのように数字をあえて求めずに、自分たちがやる意味を問い続けるのはたしかに簡単ではない。けれども、どんなに取り繕っても、「お金を稼ぐ」ことをメディアのゴールとして設定している限り、お金の匂いは読者に見透かされる。メディアが持つ価値観、思想、哲学、カルチャーが経済合理性から自由になり、「自然」に反映されてはじめて、伝えたいことは読者に正しく伝わるのだと思う。

だからこそ、お金以外の自分たちがやる「理由」がはっきりしている会社は、テクノロジーによる差別化が難しくなっても、生き残り続けるのだろう。いちライター・編集者として、そんなことを考えた取材だった。