2018年、AIの巨人達の※アクセシビリティへの投資が大きく進んだ。
※アクセシビリティ……年齢や身体障害の有無に関係なく、誰でも必要とする情報に簡単にたどり着け、利用できること。
Googleの開発者会議「Google I/O」で、CEOのサンダー・ピチャイ氏がアクセシビリティについて言及。目の不自由な人に周囲の状況を音声で説明するアプリ「Lookout」を発表したのを皮切りに、Microsoftも助成金プログラム「AI for Accessibility」へ5年間で2500万ドル(約27億円)の投資を発表している。
これまで技術的に困難だった障害者への支援が、AI技術の発展によって可能になり、すべての人が公平にアクセスできるデバイスやサービスが求められている。
日本でもその潮流は生まれ始めている。2018年9月、AIを始めとした最新技術を活用し、障害者や高齢者が快適な生活を送れるようにするためのコミュニティ「Accessibility Developer Community」が発足した。
どんな活動を行っているのか、Accessibility Developer Communityを主催する日本技術支援協会の理事であり事務局長も務める田代 洋章氏、技術情報の提供やトレーニングなど、幅広くコミュニティ支援を行うMicrosoftの技術統括室 プリンシパルアドバイザー、アクセシビリティ・エイジングソサエティ担当の大島 友子氏に話を聞いた。
技術の進歩で可能になったアクセシビリティの支援
――GoogleやMicrosoftがアクセシビリティへの投資を増やしていますが、日本ではどのような状況なのでしょうか?
「日本でも、ここ数年、合理的配慮が求められるようになってきました。合理的配慮とは、一言で言えば『行政や学校、企業が、障害があることを理由に差別をしてはならない』ということです。
きっかけは、2016年4月に施行された『障害者差別解消法』で、これは障害を理由とした差別の禁止、合理的配慮の提供など、これまで善意で行われていたことを義務化したものです」
たとえば、車椅子を利用する人に向けてスロープの設置や移動の補助をすることや、視覚に障害がある方に向けた拡大文字表示や読み上げ機能などは、合理的配慮の一部だ。
合理的配慮は、テクノロジーを活用すればより効果的に提供できる。Accessibility Developer Communityではそうした合理的配慮に必要な、技術面での支援を行っている。
※画像内の月は2018年のもの
日本で障害者差別解消法が施行されたのは2016年。すでにアメリカでは『障害を持つアメリカ人法』という法律が1990年に制定されており、20数年越しに日本でも同様の法律が施行された形になる。
エンジニアと障害当時者の交流による化学反応
――Accessibility Developer Communityでは、2018年9月にキックオフイベントも開催されています。どのような活動を行ったのでしょうか?
「エンジニアと障害当事者を呼び、キックオフイベントを開催しました。エンジニアは業種を問わずに集め、障害をどんな方法で解決できるか? について当事者と意見を交わしました」
参加したエンジニアは、ある程度障害に関心のある人たち。にも関わらず、実際に障害当事者を目にしたり、話したりするのは初めての人が多かった。
イベントで行われたブレインストーミングでは、面白い化学反応が起きたという。
「グループワークでは興味深いやりとりが行われていました。
聴覚障害を持つ方が、手話の画像データを集めてAIに学習させ、テキストに翻訳するというアイディアを提案したんです。
しかし、手話には方言があったり、手話は立体的なので3次元で捉えなければいけないため、AIに認識させるのが難しいよね、とエンジニアの方が指摘されて。2次元の画像データを学習させる方法だと厳しい、という話になったんです」
そこで、手話を認識させるには、コーパスとしてどのようなデータが必要か? どのようにAIを学習させるか? など、議論は白熱した。
「手話がだめなら、会話をそのままSpeech to Textでテキスト化するほうが簡単なのでは? と、今後はエンジニア側がアイディアを出しました。
しかし、聴覚障害者の方から、会話ではなく手話でなくてはいけないのだ、と意見がありました。なぜなら、当事者たちは話者の感情が知りたいのに、テキストだとそれが分からないから。手話であれば感情の大小が身振り手振りで違ってくるため、感情が理解できるんです」
「エンジニアと当事者で顔を突き合わせて話し合うからこそ出てくる、リアルな話ができました。キックオフを経て、すでにいくつかプロジェクトも動き始めています」
たとえば、脳性麻痺、聴覚障害で発話が不明瞭な障害の方の、不明瞭な発話データを学習させ、不明瞭な発話をAIで置き換えるというプロジェクト。これらのプロジェクトがMicrosoftのAI for Accessibilityに採択されれば助成金が出る。
プロトタイプの開発予算はMicrosoftから出るため、「まずはこれらをうまく形にし、AI for Accessibilityからの投資を取っていきたい」と田代氏は語る。
障害に関係のない人はいない。テクノロジーでインクルーシブな社会をつくる
――Accessibility Developer Communityの今後の展開を教えてください。
「Accessibility Developer Communityには、MicrosoftのAIやMRの※MVPもたくさん参加してくれました。
これまでは、支援技術を開発したくとも、障害当事者だけでは技術が分からなかった。最先端の技術を扱うエンジニアがアドバイスしてくれるのは大いに助かっており、今後も両者の交流を深めていきたいと思っています」
※MVP……MVP (Most Valuable Professional) 。Microsoft社内のアワード プログラム。Microsoftの製品やテクノロジーに関する豊富な知識と経験を持ち、オンラインまたはオフラインのコミュニティや、メディアなどを通して、その優れた能力を幅広いユーザーと共有している個人を表彰するもの。
「今後は一般のエンジニアにも、アクセシビリティに対応するマインドを持った人が増えてほしいと思います。障害を他人事として捉えるのは時代遅れです。環境が変われば誰でも障害当事者になる時代に、障害に関係のない人はいません」
1980年代に、世界保健機関(WHO)が障害を体系的に分類するための、ICIDHというモデルを発表している。
- Disease or Disorder(疾患・変調)
- Impairment(機能・形態障害)
- Disability(能力障害)
- Handicap(社会的不利)
ICIDHは、病気などの理由により身体機能が欠損し、それによって能力障害を起こし、社会的不利へと波及していくというモデルだが、障害をより正確に捉えるために、「近年は使われなくなってきている」と田代氏は話す。
「たとえば、走り幅跳びで健常者の記録を塗り替える義足のランナーは、ICIDHの定義では障害と認定されてしまいます。どこまでが障害でどこまでそうでないのか、線引きが難しいため、2001年に改定されてできたのがICFという分類です」
「ICFは、障害は個人の特性と環境の相互作用で決まるという考え方の分類です。
たとえば、フランス語が話せない日本人は、仮に公用語がフランス語になると、一気に日常生活に支障が出るでしょう。そのような環境因子と個人の特性が結びつき、ある環境では障害ではない特性が、別の環境では障害になってしまうということです」
技術の進歩や社会構造の変化によって、これまでの障害が解決され消滅したり、これまで障害と見なされなかった特性が障害と見なされるようになったりしている。
「技術が発展しても、技術についていけなかったり、合わない人が絶対に出てきます。その溝を埋めるのが支援技術です。多数とそうではない人の溝を埋める技術が、AIで飛躍的に可能になりました。
そのような方々が、テクノロジーによって働くことができるようにし、社会に包摂されるようにしていきたいと思っています」
周りを見渡せば、実は子供が読み書きの障害を持っている、親族が要介護の状態にあるなど、障害に何かしらの形で関わりのある人がたくさんいる。
少子高齢化で働き手が減る中、障害のある方にも働いてもらう必要があるが、障害者の法定雇用率として設定された2.2%も達成していない企業が多い現状がある。企業でもダイバーシティへの取り組みが進んでいるとはいえ、課題は山積みだ。
Accessibility Developer Communityのような取り組みによって、すべての人がテクノロジーの恩恵を受け、障害が障害でなくなる時代が来ることに期待したい。