先日、少々衝撃的なニュースリリースが目に止まりました。
アドエビス、人工知能搭載「クロスデバイス機能」を提供開始。特許出願中の独自技術で、先行導入企業ではSNS経由の獲得数が最大150%増加
リリースタイトルで既に驚きなのですが、こちら要約すると……
- スマホで情報接触 ⇒ PCで購入……といったクロスデバイスなユーザー行動は従来のCookie方式では観測できない
- かといってIDやメアドを基にしたら探査対象が会員オンリーになってしまう
- というわけでAI技術を活用してデバイス/ブラウザを横断した同一ユーザー類推を実現した
とのこと。さらに詳しく読むと「年間120億を超える国内のアクセスログデータとサードパーティーデータを、独自に開発したAI(人工知能)へ組み込むことにより…」といった記載も……。
現状、僕らの知るアプローチでは「それは技術的に精度を出すのが難しいはず」と思っていたため、このリリースの中身は実際どうなっているのか?本当に精度は出るのか?出るとしてどうやって何を学習したのか?
いろいろと気になってしまいましたので、早速プロジェクトを担当されたアドエビス提供元である株式会社ロックオン 執行役員の中川さん、同エンジニアの内田さんに直接お話を伺ってきました。

約21%超。クロスデバイスユーザーの増加とWebマーケの巨大な課題
「現状、既に約21%。何の数字か分かりますか?
実はこれ、『クロスデバイス』、つまり初回の情報接点と実際の行動(購入など)をおこなったデバイスやOSが異なるユーザーが全CV数に占める割合なんですよ。」
まず冒頭取材陣が聞いた「なぜ今クロスデバイスユーザー類推をAIで?」という問いに対し、中川さんが語ってくれたのは、そんなリアルな数字の話でした。
正直「思っていたよりも多少多いな……」くらいの感想だったんですが、中川さん曰くこれがマーケ、およびツールとしてのアドエビスにおける大きな課題となってきていたのだとか。
「我々の提供する”アドエビス”は、一言で言うと広告を管理して、その影響を評価するツールとなります。
つまり『どの広告が最終的なCVに対しどの程度の貢献をおこなったのか』を正しく評価し、広告運用改善サポートをしているツールなんですが、近年、ユーザーがPCやスマートフォン、タブレットなどの複数のデバイスを使うのが当たり前になってきました。
そうなると既存の技術では、デバイス横断の行動を明確に計測することが難しくなってきていたんです。」
なるほど確かに。そこができなくなってしまえばアドエビスを企業が導入する理由(≒広告を正しく評価して運用を無駄なくやりたい)に応えられなくなってしまいますね。
しかし、事情は分かりますが、果たして一体どうやって「AIによるデバイス/ブラウザ間をまたいだクロスデバイス分析」なんてものを完成させたのでしょう?
いわゆる行動履歴によるクラスタリングを試した例はいくつか知っていますが、なかなか精度が出ないはず(確か)。気になるそのあたりの詳しい話、聞いてみました。
不可能を可能にした “足りないデータは外部調達” という発想
「僕らが採用したのは『クロスデバイスでの本人正解データを別途調達し、教師あり機械学習を適用する』という方法です。」
プロジェクトを統括したエンジニアの内田さんが明かしてくれた、クロスデバイス分析のためのAI学習アプローチは以下のような形。
※以下、内田さんから伺った内容を編集部で図式化したワークフロー

- ユーザーボイスのリサーチベンダーと提携
- リサーチベンダーの抱える数百万人のパネルユーザー(実際にサービスを使ってコメントや評価などをおこなう契約ユーザー)の行動データを取得
- パネルユーザーが各種端末でログインしている点に着目。その行動ログを取得し自社に蓄積されたデータと突合
- アドエビスデータ内では別れているが、本来はひとりのユーザーにまとめられるケースを抽出
- ここから「こういう行動をとった(アドエビスデータ内での)ユーザーAとユーザーBは実は同一人物である」という正解ラベル(≒教師データ)を作成
- 上記を学習データとして使い、正解ラベルがないデータにて「同一ユーザーである確率」を計算
フローだけ見ると遠回しな感じもしますが、なるほど確かに。
この手法であれば、たとえデバイスもブラウザも何もかも違うトラフィックデータであっても「実は同一人物では?」という推論が成り立つはず。
まさに驚異の発想……!
「とはいえ、やっぱり一筋縄ではいかず、試行錯誤をあれこれ試しているうちに2年ぐらいかかってしまいました。
ちなみに精度評価では、正解データを持っている複数の顧客に協力していただき精度90%をクリアした実績を出せています※。検出率は現在40%程度ですが、これを今後さらに上げていくことが当面の目標ですね。」
※「AI検出の同一人物ラベル』が『実際に同一人物のデータであった率」が90%超えということ
90%ですか。もう十分ビジネス上での実用に耐える精度まで来ているんですね。
学習データへのアプローチもそうですが、「自社のデータ」が年間120億強もありながら、「それだけじゃ足りない」と割り切って外部ベンダーとのデータ提携に踏み切って精度を上げるそのスタンス……感服です。
企業・ユーザー双方にとって『有効な広告』をどう見つけるか?徹底したサービス設計と開発のコンセプト
「クロスデバイス判定を広告運用の実践で役立てるためには、高い精度で類推できなければいけないという使命感はありました。
ユーザーのニーズに合わない広告を、企業が大きなコストをかけて出稿し続けることは、双方にとってデメリットしかありません。適切に広告を出稿するためには、利用シーンや環境が変わったとしても広告に対するユーザーの反応を正しく計測することが必要なのです。」
確かに……。アドエビスといえば既に広告効果測定市場におけるシェアトップ。
それがクロスデバイスに対応できなければ、本当に多くの企業がユーザーへの最適な接点を設計できなくなってしまうはず。
それは結果として、ユーザーの体験が大きく損なってしまう、ということですもんね。なるほど。
「はい。僕らエンジニアも「データの精度をとにかく高く!ミスリードなく、役立つデータを見せたい!」という思いでクロスデバイスというテーマを選定したので、正解ラベルの品質や推論結果の評価にはかなり気を使って進めてきました。
苦労はしましたが、評価方法の知見も得られましたし、必要に応じてデータを変更・追加しやすい拡張性のある設計にできたと思っています。」
「ここからはさらにリサーチベンダーを増やし、正解ラベル数を増やしていったり、異なるタイプのサードパーティーデータを取得・学習したりと、より高い精度を確保できるようさまざまな手を打っていくつもりです。」
AIに限った話ではないのかも知れませんが、やはり何よりもまずビジネスとしてのスタンスとシステムのコンセプトが重要なんですね。
正しい方向へコンセプトを置き、そこに向かって意思が統一されている。だからこそ困難な開発にトライしつつ、サービスの質が担保できると。勉強になります。
API提供予定もあり!?デジマの常識を変えるかもしれない今後の展開について
さて、そしてリリースされたアドエビスのクロスデバイス機能ですが、なんと既に大幅な効果改善事例などもいくつか出始めているんですよね?
「ええ。LP上でも掲載させていただいていますが、とあるコスメ企業の事例ではSNS広告の再評価という部分でCV数が最大150%強向上したといった事例も出始めています。
たとえばの金額になりますが、クロスデバイス判定しなければ獲得単価15,000円で評価していた広告も、クロスデバイス判定後は、実は獲得単価10,000円だったということもありうるので、そうなると広告媒体の評価が大きく変わることになります。」
リリースでも出されていたものですが、改めて凄まじい効果ですよね。
アドエビスを使っていれば誰でも利用可能というのもありがたいお話。それを月額10万円からで利用できるのは、安いですね。
「ありがとうございます。今後はAPIでのクロスデバイスデータの提供も計画してますので、事業者側でも自社保有データとの紐付けなど、クロスデバイスの判定結果を活用しやすくなります。
さらに多くのツール・シーンでこのクロスデバイス機能が利用され、正しいユーザー行動の分析による広告市場の活性化されることを期待しています。」
なんと。
となると近々オリジナルツールや社内CRMなんかと連携させて、「クロスデバイスのユーザー行動ログデータ」を投げて同一人物特定をやってくれるAPIが完成する……ということですか。
「ですね。たとえば実店舗やWeb、App。どれが誰なのかいまいち紐付けられない行動ログが紐付けられる形になっていくはずです。」
「今のところ……という前提はついてしまいますが、アドエビス利用者の方であれば誰でも使えるような形で提供していく想定です。
我々としても、なるべく多くの事業者さんに使っていただきたいですから。」
まだまだ未定とはいえ、これは楽しみな情報をいただきました。
アドエビスならではの「直接的に広告の出し先/出し方を調整できるクロスデバイス機能」。使い方によっては実店舗との連携も見えてくるでしょうし、その上API提供も予定している。今後も要注目!ですね。
中川さん、内田さん、お忙しい中本当にありがとうございました!