「ユーザーにとって本質的に価値があること(同社では「マジ価値」と呼ばれる)を届けきる」をコミットメントとして掲げる同社の、AI技術を使ったアプローチ方法を連載形式でお届けする。
今回のテーマは、個人事業主や中小企業経営者にとって避けられない「資金繰り」。同社の鬼木 洋平氏、薄井 研二氏に、データサイエンスを応用した、課題解決事例を語っていただく。
はじめに
個人事業主や中小企業の経営者といったスモールビジネスのオーナーにとって、資金繰りは常に頭を悩ませる問題の一つです。「今、手元にいくらあるのか」「今後のやり繰りは大丈夫なのか」といった悩みは、創業期からずっと経営者に付きまといます。
スモールビジネスのオーナーの中には、信頼できる経理担当者や、顧問契約を結んだ税理士・会計士から「当面の資金繰りに問題がない」と報告を受けていても、通帳の口座残高を定期的に見て手元の現金が実際にいくら残っているのかを確認しないと落ち着かないという人もいます。
資金繰りの実態
資金繰りを考える際には、資金繰り表を作成するのがセオリーと言われています。
資金繰り表には、過去の資金繰り実績(手元にある現預金の推移)をベースに、経営者が考える将来の事業シナリオが記載されています。多くの経営者は3パターン(Good/Normal/Bad)ほど想定し、それぞれのパターンで資金繰りがどうなるのか、必要なアクションは何なのか(資金ショートの可能性が高いなら、取引先に入金を前倒してもらう・運転資金の融資を金融機関に申し込む等)を検討します。
しかし、資金繰り表をきちんと作成し、最新の状態にUpdateし続ける事は、意外と面倒な作業です。例えば、取引先にちゃんと請求書を発行したのか・期日までに入金されたのかをチェックし続け、入金がないなら取引先に連絡するなどの作業が必要です。
Photo by burst
そのため、資金繰り表を作成せず、頭の中だけで試算して済ませたり、エクセルシートにおおよその数値を記入する程度で済ませているオーナーが少なくありません。
スモールビジネスのオーナーはとても忙しいもの。だからこそ、資金繰りは極めて大事だと頭では分かっていても、つい準備を後回しにしてしまいがちです。その結果、利益がしっかり出ているにも関わらず資金がショートする可能性※を見落とし、前もって準備できていれば回避できたにもかかわらず、最悪の結果に陥ってしまうケースが後を立ちません。
※実際、倒産企業の半数近くが黒字倒産と言われており、会計帳簿上は黒字(利益が出ている状態)でも、手元にある現金が足りなくなってしまう状況は、スモールビジネスの現場において簡単に起こり得ます。
資金繰り状況を予測する「資金繰り改善ナビ」
この資金繰りの問題に、freeeがアプローチするとしたら何ができるのか。ここから生まれたプロダクトが”資金繰り改善ナビ”です。freeeが提供するクラウド会計ソフトfreee(以下、会計freee)の利用データをもとに、2〜3カ月後の預貯金を予測し、資金繰り状況を示したグラフを自動で作成します。
「大事なんだけど作るのが面倒」な資金繰り表をfreeeで自動生成できれば、「事業の継続・成長の為に何をすべきなのか」という資金繰りの本質的な部分にスモールビジネスのオーナーが集中して取り組めるのではないかと考え、開発プロジェクトがスタートしました。
繰り返しになりますが、資金繰り表のポイントは「経営者の考える将来の事業予測がどのようなものか」にあります。我々が資金繰り表の自動生成にチャレンジする際、強く意識したのは我々の提供する予測結果が、ユーザーにとって「使えるもの」でなければ、このプロダクトは意味がないという点です。
会計freeeには、膨大かつ極めて信頼性の高い財務データが蓄積されています。このデータをどうやって活用すれば、ユーザに価値があるものを提供できるのか。プロジェクトチームは、機械学習に関するR&Dを担当しているスモールビジネスAIラボ(以下、AIラボ)と共同で実現に向けた取り組みを正式にスタートさせました。
データサイエンスで価値を生み出すAIラボの取り組み
AIラボが実際に開発したのが、前項に載せた画像のように将来の現預金を推測し表示する機能です。
AIラボがこの課題に取り組むにあたって重要視したことは「ビジネスとデータサイエンスの融合」です。データサイエンスという技術を一人歩きさせるのではなく、ビジネスそしてユーザへの価値に対し、データサイエンスを技術として適切に応用することを心がけました。その中でも今回は2つの観点についてお話します。
データサイエンス側から価値の解像度を上げる
資金繰り改善ナビの開発の話が始まって最初に取り組んだことはデータサイエンスの文脈でユーザーへ提供する価値の解像度を上げることでした。プロダクトサイド(PdMおよびビジネスサイド)が事前に検討した提供価値の話を元に、データサイエンスの知見からより深く分析します。
例えば、資金繰り改善ナビはユーザが将来の資金繰りについて検討するための参考として使用されることが期待されています。これをデータサイエンスの視点からより詳細に議論すると
「ユーザーにとって将来の現預金の数値が重要なのか?それ以外に予測すべき点はあるか?」
といった疑問が思い浮かびます。こういった疑問に対してプロダクトサイドと議論を重ねてより鮮明で本質的な価値を言語化していきます。
このようなデータサイエンスに係る検討は、データサイエンティストから論点を抽出して積極的に解像度を上げていくことが重要です。そしてプロダクトサイドも、自分たちの手元で議論は出尽くしたと終わらせずデータサイエンティストを加えて深掘りする姿勢を持つとよいでしょう。
また、このようにサービスのコアな価値を明確化することはAIのモデリングにおいてもメリットがあります。
モデリングにおいて評価指標の設計は重要な工程であり、コアな価値を定量的に示せるような値を指標として選ぶ必要があります。前述のように事前にデータサイエンティストとプロダクトサイドで解像度を上げていれば、適切な評価指標を選ぶこともできます。
動くものを見て改善する
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課題を鮮明にした上で、次の工程としてモデリングへと入ります。そのとき重要視したことは動くものや結果を出力し、それをもとにプロダクトサイドと継続的に対話することです。
前項で議論した本質的な価値や評価指標を目標にさまざまな手法でデータサイエンティストがモデリングを行いますが、ここで、作業を進めるにつれて新たな課題がどんどんと現れてきます。
例えば、データ量の問題が挙げられます。今回は資金繰りのシミュレーションを行うものですが、シミュレーションを行うためには参考とするユーザーの情報が必要になります。そのため、ある程度ユーザーが自身の資金に関するデータを入力していることが前提になります。
そのデータとはもちろん帳簿かもしれませんし、会計freeeに連携している口座のデータかもしれません。これらのデータの入力状況はユーザーによって偏りがあります。会計freeeを使い始めたばかりのユーザーや、登録後に何も入力をしていないユーザーの場合、資金繰りのシミュレーションを行う難易度が高いことは想像に難くありません。
入力されているデータが豊富であればあるほどシミュレーションの難易度は下がります。一方で、データが豊富である前提でモデルをつくると、適用できるユーザ数はどんどん減少してしまいます。この一長一短の状況において「折り合いをどのようにつけていくか」という問題はユーザ体験を考えると極めて重要といえます。
このような問題を解決するため、仮説からプロトタイプを作成し、推測結果をグラフにしてプロダクトサイドと見ながら課題点を模索していく時間(2〜4週間に1回ほど)を明確に作りました。この時間ではお互いに結果を見ながらざっくばらんに思っていることを相談していきます。
最初は頭の中にしかなかったアイディアが実際に動くと、想定していなかった問題点や気がつかなかった制約条件などが見えてきます。プロダクトサイドと動くものを見る時間を定期的に設けることで細かい論点を潰すことができ、より価値のある結果を生み出すことができました。
より良い価値を提供するために
資金繰り改善ナビの開発におけるAI技術開発では、プロダクトサイドと積極的に相談をすることで価値のある結果を残す確率を高めることに注力しました。
AI技術は手段でしかありません。私たちはユーザーへより良い価値を提供するための新たな手段としてデータサイエンスを用いています。そこで重要になるのは「コアな価値を明確化」し、「動くものを見て相談」しながら、データサイエンスの世界へと翻訳し実施することです。
データサイエンスをサービスで活用するとなると新しいアプローチが必要なように感じてしまいますが、大事なことは一般的なサービス開発と変わらず、地道にユーザ価値を考え抜き泥臭く改善し続けることでしょう。
執筆者
鬼木 洋平
新卒で入社した航空会社で国際線WEBサイトのProduct/Project Managerなどを担当。その後、コンサルティングファームに転職し、M&A後の統合プロセスや北米ITベンチャーのAPACマーケティングプラン立案などに携わる。2018年にfreeeにジョイン。Product Managerとして、資金繰り改善ナビや創業融資freeeなど新プロダクト立ち上げを主に担当。
薄井 研二
freee株式会社所属の機械学習エンジニア。AI技術の関わるプロジェクトで企画から研究開発、実装と幅広く担当する。どちらかというとデータ分析や企画が好き。前職では金融工学や自然言語処理を用いた投資家向け商品の開発に従事。最近の趣味はアカペラとVTuberとTwitter。
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