連載最終回となる今回は、機械学習やディープラーニングの発展によってもたらされる「人工知能CFO」の実現に向けた取り組みと、目指す未来を同社CTO・横路 隆氏が語る。
人工知能CFOがスモールビジネスを強くする
freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、「アイデアやパッションやスキルがあればだれでも、ビジネスを強くスマートに育てられるプラットフォーム」の実現を目指してサービスを開発および提供しています。
実は、クラウド会計からはじまったfreeeが2012年の創業当初から描いている一つのマイルストンは「人工知能CFOをつくること」です。ルーチンワークを自動化することで経営状況をリアルタイムに可視化し、データドリブンな意思決定と経営のアクションを技術でサポートすることで、スモールビジネスはもっと創造的で強くなれるんじゃないか。スモールビジネスにもっと技術のテコを効かせられないか。そんな仮説と情熱をもってfreeeを創業したという経緯があります。
今回は、freeeが描く人工知能CFOの世界、すなわちAIが経営をナビゲートする世界の一端をお伝えし、現在の課題やfreeeにおける取り組み、今後の展望を交えながら、現実的なマイルストンを探っていきます。
freeeが描く人工知能CFOの世界とは?
わたしたちが目指す「AIが経営をナビゲートする世界」は、旅客機のコックピットとパイロットのアナロジーで考えるとわかりやすいと思います。
旅客機のコックピットを想像してみてください。たくさんのセンサーや計器がついていて、重要な情報がひと目で直感的にわかるようになっています。安定飛行時には基本的に自動操縦になっていて、パイロットの役割はもはや旅客機の操縦そのものではありません。
もちろん、予期せぬ事態が起きたり不確実な局面ではパイロットは操縦をマニュアルに切り替えて最後は勘と経験で乗り切ることになりますが、飛行のための複雑な操縦に終始することはありません。コックピットと自動操縦のおかげで、パイロットは航路の複合的な状況判断や乗客にとって安心で快適なフライトの演出など、よりクリエイティブで付加価値の高い活動に集中することができるのです。
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経営の世界でも、これと同じことが起きると考えています。事業や会社運営のための重要なメトリクスが集約されているダッシュボードがあり、パイロットである経営者はひと目で直感的に経営状況がわかるようになっています。経理・労務・法務などのバックオフィス業務に加えて、マーケティングや営業などのフロントオフィス業務の中でも、定量的・定型的な作業や確実性の高い意思決定は完全自動化あるいは半自動化されていて、人間はシステムからの情報をもとに、重要項目の確認や不確実な局面の意思決定だけを任されています。
企業同士の取引はワンクリック、ワンストップでできるようになり、資金の借り入れや人事アサイン、マーケティング施策などの具体的な経営のアクションも、財務や組織のパフォーマンスを最適化するように半自動化されています。その結果、パイロットである経営者は人間にしかできないミッション・ビジョンづくり、信頼関係の構築や新規事業の検討、不確実性の高い状況での意思決定など、創造的な活動に情熱と時間を注げるようになるのです。
スモールビジネスの現状とfreeeの取り組み
本来ビジネスとは、ヒト・モノ・カネ、そしてそれらを持つ組織間の相互作用が大きく影響していて、あちらでカネが動けばこちらでもカネが動き、相互に連動しているものです。
一般に大企業ではこの原則を活用し、データベースや入力の一元化による全体最適化を大規模なERPシステムで実現していますが、スモールビジネスではそのように重厚で高価なシステムを導入できないため、紙とパッケージソフトによって業務ごとに個別最適化をしてきたケースがほとんどでした。その結果、業務間でデータが分散され、突合・分類・転記などの冗長で非効率な手作業が至るところで発生してしまっていたのです。これらの情報を集約して関係性をリアルタイムに把握・活用するのもほとんど不可能でした。
freeeはここに着目し、業務を行うだけで自動で帳簿がつくという一気通貫したコンセプトで、日々の各種業務を効率化するプロダクト群を100万以上の事業者に提供してきました。
freeeのプロダクトがカバーする業務は多岐にわたる
その結果、日々の取引データがただクラウドにあるというだけでなく、業務間のデータの関係性や企業間の取引のネットワークの詳細までリアルタイムに蓄積・解釈・活用できるプラットフォームになってきています。加えて、freeeのプラットフォーム上で専門家のチェック・修正作業も行われるので、これらの学習データを元にデータの正確性を推測することができるようになり、金融機関との連携と合わせて、適切な金融サービスやマッチングサービスを提供するための与信情報の礎にもなっています。
経営を自動化するステップ
freeeの利用事業所数や蓄積データは引き続き急拡大していますが、人工知能CFOというマイルストンは現在の技術進歩だけでは一足飛びに実現できないことがわかっています。
経営の自動化が進むステップについては、いわゆる狭義のRPAソリューションがスモールビジネスの最適解になるかはさておき、RPAの文脈で語られているマイルストンが参考になります(出典:総務省 RPA(働き方改革:業務自動化による生産性向上))。
すべての業務の自動化レベルが同時に上がるわけではなく、業務毎にどの自動化レベルを適用すべきか?を慎重に設計する必要があります。
機械学習が非定型業務の「ゆらぎ」もカバーする
もっとも実装・運用コストが低く、かつ因果関係を追いやすいことから、まずはじめに検討する手法が定型作業の自動化です。
freeeでは、APIによるデータ定期取得や登録データをルールベースで転記・突合する際などに利用されています。ただし、構造化されていないデータや想定外の例外ケース、ランダムなノイズが多く含まれる場合、運用コストが増えて自動化しないほうがマシということもありえます。そのため、適用できる業務の対象が限定される他、ルールベースの場合はメンテナンス性に気を配る必要があります。
次に検討するのは、一部非定型業務の自動化です。機械学習が効果を発揮するのはこのステップです。freeeでは、領収書OCRやカスタマーサポート向けチャットボット、現預金残高予測などに利用されています。フォーマットを決め打ちにすれば、画像や自然言語などの非構造データからビジネスデータを抽出する手法は昔からありましたが、深層学習の発展により、フォーマットに揺らぎがあっても精度を出せるようになってきました。特に取引のフォーマットを先方に強制する力の弱いスモールビジネスにとって、これはとても重要なインパクトです。
その他に自動化レベルを選ぶ際に重要な観点として、根拠の説明がどれほど求められるか?実用的なミスの許容レベルはどの程度か?そもそも完全自動化は求められているか?などがあります。入力補完や修正候補の絞り込みなど、判断の根拠が曖昧である程度の誤差があっても業務に役立つものもあれば、税務観点のチェックなど、たとえ高精度でも現段階では人間の最終判断と根拠の説明こそが重要な業務もあります。
また、推測の精度が始めから実用に耐えうるほど高いことは稀なので、人の業務支援としての位置づけからスモールスタートしつつ、推論結果へのフィードバックが得られるような設計や、推論を間違えたときでも使いやすい設計が重要です。
このように、現状は全自動・半自動と呼ぶにはまだほど遠いレベルではありますが、ユーザにとって価値ある自動化UXと蓄積しておくべきデータの解像度は上がってきているので、泥臭くそれらを実践しながらアルゴリズムの進化を虎視眈々と待つのが基本スタンスとなっています。
AutoMLや転移学習・ファインチューニングで仮説検証の負荷を減らす
最近はAutoMLの発展で、機械学習プロセスを大幅にショートカットできるようになり、ある業務の自動化に機械学習を適用できそうか?の仮説検証を高速にたくさん回せるようになっています。課題を定義してデータが揃っていれば、まずAutoMLに食わせてみる、ということができるのです。AutoMLの適用範囲は今後も広がっていくと予想されるので、今後数年で、機械学習によって妥当なコストで自動化できる非定形業務がどんどん増えていく可能性があります。
同様に、転移学習・ファインチューニングの発展によって、少しのデータで業務の違いを吸収して多様な業務に対応できるようになったり、企業毎の差異に即応して使えば使うほど業務に馴染んでいくポテンシャルにも注目しています。例えば請求・支払いサイクルなどの商習慣は、企業によって細部が異なるものの一度決めたらなかなか変えないものなので、こうした技術と相性がよいと考えています。
これからのチャレンジ
直近で注目しているのは、ロバストネス、判断根拠の説明、マルチタスクの実現、学習・推論コストの削減技術などです。
ロバストネスについては、社内の業務改革や法制度によってドラスティックに業務が変わったときの適用が課題だと思っています。最近だと、消費税が8%から10%に変わったときにOCRのアルゴリズムに大きく手を入れる必要がありました。
判断根拠の説明については、不確実な状況における経営の意思決定には経営者が納得のいくロジックが不可欠であることが課題だと思っています。投資シナリオのプランABCがあったときに、アグレッシブプランを選んだときのリスクは何か、ディフェンシブプランはなぜ確実に達成できると言えるのか、それを目に見える形や自然言語で経営者が判断できることが重要です。
マルチタスクの実現については、経営状況の判断など複合的なタスクを行うために着目している他、学習のスケーラビリティの観点からも課題だと思っています。関連する複数の業務毎に異なる学習を行い推論モジュールをつくってメンテナンスする必要があれば、企業内の業務すべてをシームレスにカバーするプロダクト群をチームで運用・発展し続けるのは不可能でしょう。この観点で、推論モデルの自動更新にも期待しています。
学習・推論コストの削減については、最新アルゴリズムの計算コストが指数関数的に増え、事業として成り立つ範囲を逸脱していることが課題だと思っています。2012年から2020年の間に、GPUのスペックは4倍にしかなっていないのに、SOTAの手法にかかる計算量は300,000倍にもなっているそうです※。計算量を減らせなければ、どれだけ優れた手法があってもそれをfreeeの事業で活用することはできません。この観点で、企業の機密情報を保ちながらエッジに学習を分散できるFederated Learningにも期待しています。
※The New Business of AI (and How It’s Different From Traditional Software) – Andreessen Horowitz より(外部リンク)
最後に
freeeが創業当初から描いている人工知能CFO構想とスモールビジネスが抱えている課題、現在までのfreeeの具体的な取り組み、いま見えている展望をお伝えしました。
freeeのAIラボでは少数精鋭で最大の価値を創出してユーザーに届けきるために、機械学習エンジニアリングを支える基盤作りを強化しています。この記事を見て少しでもfreeeという会社に興味を持っていただけた方は、ぜひ気軽に遊びに来てください。よろしくお願いします。