AI人材が不足している――。
日本国内でAI活用が進まない大きな理由のひとつに「AI人材の不足」が第一に挙げられる。これは、中小企業だけでなく大企業にも言える話だ。
政府としても現状を打開するために政策を打ち出している。そのなかのひとつに経済産業省が推進するAI人材育成事業「AI Quest」がある。
AI Questを担当する経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 金杉祥平氏は「AI活用をとおした企業の課題解決方法を身につけるプログラム」と話す。
経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 金杉祥平氏
従来の教材とは一線を画す実事例に基づく「学びの場」
金杉氏はAI Questについて次のように話してくれた。
「AI Quest(課題解決型AI人材育成事業)は、ケーススタディを中心とした実践的な学びの場において、参加者同士が学び合い、高め合いながらAI活用を通した企業の課題解決方法を身に着ける、経済産業省のプログラムです。
具体的には、従来の講師が一方的にカリキュラムを教える形式の手法とは一線を画し、企業の実際の課題に基づくケーススタディを中心とした『実践的な学びの場』において、参加者同士がお互いにアイデアを試し、学びあいながら、一人ひとりがそれぞれの体験として、AIを活用した企業の課題解決方法を身に着けることを目的としています。
本プログラムを受講することにより、技術・知識としてAIを学ぶだけではなく、実際のプロジェクトに関わらないと身に付きにくい知恵を学べます」
具体的な実施事項には大きく分けて「課題解決型学習(Project Based Learning、PBL)」と「企業とAI人材の協働」のふたつがある。
■課題解決型学習(PBL)
・AIの実装までを推進できる人材を育てるための教材を用いて、企業とAI人材の協働を実現する人材育成を目的に、参加者が課題解決に取り組みながら知識、経験を得る学習機会を提供する
・需要予測、検品作業など、企業のリアルなAI導入を題材に、中小企業が抱える課題の特定、AIモデルの構築、実装・運用計画作成などから構成される教材を用いる
・ケーススタディ型の課題に取り組みながら、モデル構築にとどまらず、AI実装に必要なスキルを一気通貫で学べる育成プログラム
■企業とAI人材の協働
・課題解決型学習(PBL)で学んだ人材が中小企業と協働する機会を提供する
・企業の実データに基づき、要件定義からAIモデルの構築、環境構築、実業務へのAI導入までを実施する
学んだことを実践する場は限られている現状
AI Questは政府が2019年6月に決定した「AI戦略2019」に基づいて開始されたプログラムだ。
「近年、AI技術が加速度的に発展している中、企業におけるAI活用のニーズが高まりを受け、特にAI・データを用いて企業の課題を解決できる人材が求められています。
AI人材育成を加速させるには、講師に依存するような形ではなく、参加者同士の学び合いによる拡大生産性のある育成プログラムの確立が必要となります。このため、経済産業省は、2019年6月に政府で決定したAI 戦略2019に基づき、2019年度からAI Quest(課題解決型AI人材育成事業)を実施しています」
続けて金杉氏は「実際に学んだことを実践する場は限られている」という。
「AIやデータサイエンスを含め、デジタルスキルを学べる場は増えてきました。経済産業省ウェブサイトの『巣ごもりDXステップアップ講座情報ナビ』をご覧いただければわかるとおり、無料・オンラインで学べるコンテンツも充実してきています。
しかし、実際に学んだことを実践に生かせる場はまだ限られていると考えています。実践的な学びの場を増やし、AIやデータを実際のビジネスと掛け合わせられるスキルを持った人材が増えていくことが重要です。
また、能力を持ったAI人材が社会で活躍するためには、その能力を可視化して、企業等から見つけやすくすることも必要です。実践的な学びの場で経験してきたことの履歴を、個々人の能力の証明と結びつけることによって、単に知識を有しているだけではない、実際のビジネスに価値を生み出せる人を可視化していくことが重要だと考えています」
経済産業省が公開している「巣ごもりDXステップアップ講座情報ナビ」
AIの実装に必要なスキルを一気通貫で身につけられる
AI Questの受講者ターゲットは、当然ながらAIを活用した企業課題の解決方法を身に付けたい人だ。
「本プログラムでは、AIに関する技術レベルについては、Python/R言語等のプログラミングを用いて、データ解析・モデル構築ができる方を受講対象としたうえで、技術・知識としてAIのモデリングスキルを磨くだけではなく、実際のプロジェクトに関わらないと身に付きにくい、AIで企業の課題解決をする上で必要なスキル/知恵を身につけられます」
金杉氏の話すとおり、AI QuestはPythonやR言語を使える人が対象とはなっているが、経済産業省では「巣ごもりDXステップアップ講座情報ナビ」と題したDXやAI活用に関する無料のオンライン講座を紹介している。そのため、まず基礎知識を付けたい人は巣ごもりDXステップアップ講座情報ナビでの講座をチェックしてほしい。
では、AI Questに参加すると、どのような人材になれるのだろうか。
「自らAIのモデリングができる、高い精度を出せる、というだけでなく、実際の企業が抱える課題を特定し、学習用に使えるデータに制限があるなどリアルな現場の制約の中で、AIを実装し成果を出せるような人材を育成していくことをAI Questでは目的としています。
本プログラムの強みは、企業の課題の特定から実装・運用計画の作成まで、一気通貫でAIの実装に必要なスキルを身につけられることです。それにくわえ、参加者間の積極的な交流が、課題への取り組みを超えた形で行われ、個々のスキルの向上だけでなく、AI Questの終了後も続くAI人材のネットワークを築けることも、参加者にとって大きな財産になると思います」
AI Questが重視しているのは「学習して終わりではない」ことだ。ビジネスの現場でAIを推進させられる、いま日本で必要なAI人材の育成を目指している。このような背景もあり、経済産業省から委託事業として実施した2020年度のAI Questでは、企業の課題及びその解決策の一つとしてのAIに熟知している世界的な経営戦略コンサルティングファームのボストン コンサルティング グループ(BCG)が全体設計・プログラム/教材の開発を担い、国内最大のAI開発コンペティションサイトを運営する株式会社SIGNATEや、独自のAI開発プラットフォームの開発・運用を進める株式会社GRIDが、課題解決型学習(PBL)の教材開発に参画した。
「受講生と協働してPoCを実施することでビジネス上の成果があがった」
金杉氏は2020年度のAI Questについて次のように振り返る。
「2020年度のAI Questでは先にも紹介した『課題解決型学習(Project Based Learning、PBL)』と、『企業とAI人材の協働』のふたつを実施しました。
課題解決型学習(PBL)では、全国各地/海外から、10-70代までと幅広い層の受講生700名以上を迎え、企業の実際の課題に基づくケーススタディを基にした教材で学習に取り組んでいただきました。
プログラム終了時のアンケートでは、回答者の方の88%がプログラムに『非常に満足』『満足』と答えていただき、受講によりAIスキル/ビジネススキルの両方を磨いていただけました。
企業とAI人材の協働では、AI導入意欲のある企業6社が、各々AIで解決したいテーマに沿って、各チーム5名から6名の計31名のAI Quest人材と約2ヶ月間の協働を実施しました。
AI人材と企業が連携しながら、企業の実際のデータを用いて、実課題を解決するためのAIモデルのテスト版を作成しました。一部企業とAI人材については、その後も継続的に今回と同テーマ、もしくは他テーマについての協働を継続するなど、成果に繋がっています」
受講者からポジティブな感想を寄せられたのはもちろんのこと、金杉氏は「協働したAI人材と、AI Questとしてのプログラム終了後も継続的にお付き合いいただいている会社様も複数あります」と話し、想定以上の成果につながっているようだ。
「受講生の皆様からは、『AIへの理解が深まった/技術的なスキルが磨かれた』『AIをビジネスに応用する方法がわかった』『学び合いにより刺激を受けて成長できた』といった感想を多くいただいており、AI Questの目指すAIを通じて企業の課題を解決できる人材の育成と、コミュニティを形成しての学び合いが達成できたと思っております。
また、企業とAI人材の協働を受け入れてくださった企業側においても『AI導入に対して前向きになった/理解が深まった』『実際に受講生と協働してPoCを実施することでビジネス上の成果があがった』などポジティブな感想をいただいております。
また、実際にプログラムの中で協同したAI人材と、AI Questとしてのプログラム終了後も継続的にお付き合いいただいている会社様も複数あります。こちらの成果については経済産業省のホームページでも『外部AI人材との協働事例集』として公開をしております」
金杉氏の話に合わせ、AI Questの受講生からのコメントの一例も紹介したい(AI Quest公式サイトより抜粋)。
(1)AIへの理解が深まった/技術的なスキルが磨かれた
– AIに関する理解を深められた
– 学び合いにより独学では知り得なかったようなテクニックを得られた
(2)AIをビジネスに応用する方法がわかった
– ケーススタディや協働の体験を通じて、実務経験を積めた
– 実際にビジネス課題をどう解決すべきかプロセスを学べた
(3)学び合いにより刺激を受けて成長できた
– AI課題の上位者などの説明を聞き、異なった視点の意見から刺激を受けられた
– 多様性のあるコミュニティに飛び込んで、自分もなにかやらなきゃいけないと思った
– AIを学ぶ多くの同志に出会うことができ、大事な財産になった
最後に金杉氏にAI Questの今後の展望について聞いた。
「2020年度に実施した課題解決型学習(PBL)について、さらにコンテンツ、運営手法を改良した上で実施していきます。また、企業とAI人材の協働についても、2020年度の学びを踏まえ、更に幅広い機会を提供することを目指しています。
具体的には、実践的なスキルを身に着けるためのプログラムの内容やゲーミフィケーション要素の追求に加え、より多くの企業に人材との協働に参加してもらうために、AI人材と企業によるプロジェクト組成の方法などを磨いていきたいと考えています」
2021年度「AI Quest」の参加者が募集開始
経済産業省は、企業からのAI・データを用いて企業の課題を解決できる人材へのニーズの高まりを受け、こうした人材を育成するAI Quest事業を2021年9月から2022年2月にかけて実施する。本事業の実施に伴い、2021年7月16日(金)より参加者の募集を開始した。詳細は下記を確認いただきたい。
2021年度「AI Quest」概要
本プログラム内の特徴は以下のとおりです。
講師による座学ではなく、参加者が情報交換して学び合いながら、与えられた課題を解決していくPBL(Project-based Learning:プロジェクト型学習)を中心に据えたプログラムです。
・オンラインで全てのプログラムが提供されます。
・参加者同士で学び合う・教え合うことで効率的に学ぶことが推奨されます。
応募要件
応募時にご提出いただく情報(ご自身に関する情報、AIに関する技術レベル、志望動機など)およびアセスメントの結果を基に、AI Quest事務局にて、総合的に判断させていただきます。
「AIに関する技術レベル」については、Python/R等のプログラミングを用いてデータ解析・モデル構築ができる方を対象とします。
対象期間
2021年9月~2022年2月
受講時間
・期間中、週6時間程度(課題取り組み時間も含む)
・取組度合によっては、+αの時間投入が必要
募集期間/応募方法
・募集期間:7月16日(金) 10:00 ~ 8月9日(月) 8:59
・合否通知期間:8月16日(月) ~ 8月20日(金)
・応募方法:公式サイト(https://aiquest.meti.go.jp/)で開催概要・募集要項等を御確認の上、サイト下部の「応募はこちら」より、ご応募下さい
AI Questについてより詳しく知りたい方は、AI Quest 総合サイト(https://aiquest.meti.go.jp/)もご確認ください