日本がAI先進国になるには|AI研究ランキング、米中のAI教育から考察する

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すでにアメリカや中国では、AI研究に多額の予算を注ぐとともに、最先端のAI教育を通して優秀なAI人材の輩出をはかっています。本稿では、最新のAI研究ランキングの動向やAI先進国の教育方針から垣間見える、日本のAI研究・教育の課題を解説します。

日本はAI先進国なのか

近年、日本でAIという言葉をニュースや記事でよく耳にしますが、はたして日本は世界的に見て、「AI先進国」に位置付けられるのでしょうか。(前提として、この記事では、AI研究、AI教育の2軸を客観的に見たときに、双方ともに世界的に高い水準で取り組んでいる先進国を「AI先進国」と定義します。)

先の定義から判断すると、日本はAI先進国とは言えないでしょう。これに関しては、日本のAIの専門家も言及しています。

東京大学大学院工学系研究科 教授で、『人工知能は人間を超えるか』(KADOKAWA)などの著書でも知られる、AI研究の第一人者の松尾豊氏は、AI研究においては「米中の両国がトップで、その後にイギリス、カナダ、ドイツ、シンガポールなどが続き、日本はまだその下という感じだと思います」と述べています。松尾豊氏は日本のAI産業、AI教育についても、世界的に遅れを取っていると言及しています。

加えて、ソフトバンクグループ株式会社 代表取締役 会長兼社長執行役員の孫正義氏は、SoftBank World 2019で「日本はAI後進国」だと述べています。

米中がトップを争うAI研究ランキングの動向

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AIやロボットのスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタルのGleb Chuvpilo氏が『2020年のAI研究は誰が先導しているか?国際機械学習会議(ICML 2020)の考察から』で、独自の指標に基づいて世界のAI研究機関・企業・大学などをランキング付けした結果の概要が以下の通りです。

・2020年、AI研究をリードする世界の(産官学)機関トップ50では、日本の理化学研究所は33位です。ランキングは、アメリカのGoogle、Facebook、Microsoftなどの名だたる企業がトップ3を独占する形となり、続いてカナダ、中国、シンガポールなどの大学が相次いでランクインしています。

・2020年、AI研究をリードする世界の企業トップ20では、日本のNECは18位です。韓国のサムスンはトップ10にランクインしています。

・2020年、AI研究をリードする世界の大学トップ20では、アメリカのアイビーリーグに所属する大学がトップ5位を独占し、続いてイギリスのオックスフォード大学(6位)、スイスのEPFL(13位)、中国の清華大学(14位)、シンガポールのシンガポール国立大学(15位)などの大学がランクインしています。日本の大学の名前はあがりませんでした。

日本のAI研究の動向と課題

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日本がAI研究のランキングで上位に割り込めない理由として、AI研究者の母数が少ないことはもちろん、AI分野に顕著な影響与える成果を残している研究者が少ないことが挙げられます。

2019年にカナダのAIスタートアップ企業ELEMENTが発表したグローバルAIタレントレポートでは、世界主要国のAI研究者数や、影響力の強い研究者について分析されています。

・本レポートにおけるAI研究者数は、2018年に主要なAI会議で英語論文を発表した研究者数を意味します。総数の上位5カ国は、アメリカ(10,295人)、次いで中国(2,525人)、イギリス(1,475人)、ドイツ(935人)、カナダ(815人)。日本はカナダに次いで6位(805人)です。

・加えて、顕著な影響を与える研究者は一部の国に集中しており、総数の上位5カ国はアメリカ(1,095人)、次いで中国(255人)、イギリス(140人)、オーストラリア(80人)、カナダ(45人)です。

一方で、AI研究者が少ないことや、顕著な成果が出せない背景には、日本がAIを含む科学技術に費やす研究費が他国と比べて圧倒的に少ないことが挙げられます。

慶應義塾大学 環境情報学部教授で、ヤフー株式会社CSOの安宅和⼈氏は『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング)のなかで、「科学技術予算は入れれば入れただけ論文数、すなわち競争力につながることがわかっている」と主張しています。

国の科学と技術開発を支える専門層や研究者を生み出すためにも、有力な論文を出すためにも、予算が必要です。

AI先進国(アメリカ、中国、シンガポール)のAI教育

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AI先進国のアメリカ、中国、シンガポールでは、若い世代から優秀な人材を輩出するべくAI教育に力を入れています。

アメリカ

アメリカでは、AIの研究開発と展開における科学的、技術的、経済的リーダーシップの地位を維持・強化することを目指し、現在および将来世代の労働者に AIテクノロジーを開発および適用するスキルを訓練し、将来的な職務に備えさせる必要性を訴えています。

このような戦略目標のために、国内の労働者がAIによって得られる機会を最大限享受できるような訓練を施しています。具体的な教育内容としては、「見習い制度」「スキル習得プログラム」「コンピューターサイエンスに重きをおいたSTEM教育(Science=科学、Technology=技術、Engineering=工学、Mathematics=数学といった教育分野の総称)」が挙げられています。

中国

中国ですすめられているAI戦略の具体的な方策の一つに「最高のAIタレントの訓練の加速」が掲げられています。また、AIによりもたらされる課題に対しての保障策として、労働者へのAIスキル訓練が挙げられています。

2018年には、AI人材育成政策に関する計画にあたる「大学におけるAI革新行動計画」が教育部により策定され、目標がそれぞれ2020年、2025年、2030年と5年おきに設定されています。2020年までの施策の一つに、世界一流レベルの50冊の学部生と大学院生向けの教科書を編成し、50の国家レベルのオープン型のオンラインカリキュラムを作成することが掲げられています。

シンガポール

シンガポールでは、政府全体が国家AIプログラムに力を注いでいます。このプログラムでは、シンガポールを国際的AIエコシステムの中心とすることを目的し、2017年からの5年間で最大1億5,000万シンガポールドル(約120億円)を投資する方針だそうです。

プログラムの三つの柱として、「AI Research」「AI Technology」「AI Innovation」が掲げられています。具体的には、5つのAI人材開発プログラム(AI Apprenticeship program、AI for Everyone、AI for Industry、AI for Student、AI for Kids)を提供しており、中でもAI for Studentは大学生相当および教員向けのE-learningコンテンツで、国民に無料で提供しています。

日本のAI人材教育の動向と課題

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世界的に見てもAI人材の不足している日本では、一刻も早いAI人材の育成が期待されています。

AI人材とは一般的に機械学習、ディープラーニング(深層学習)、データサイエンスなどの技術を用いてAIシステムを構築し運用する人のことを指します。

日本政府は2019年の6月11日に「AI戦略 2019」を正式に発表し、初等、中等、高等教育、社会人すべての世代でAI人材を育成していく方向性を示しています。

政府は2025年までに、

・すべての大学、高専の年間卒業生約50万人が、初級レベルの数理、データサイエンス、AIを習得

・文理問わず一定規模の大学、高専生の年間卒業生約25万人が、自らの専門分野における数理、データサイエンス、AIの応用基礎力を習得

・社会人から年間2,000人のエキスパート人材、100人のトップ人材を育成

という具体的な目標を打ち出しています。

安宅和⼈氏は、これからの「AI ready」な人材は「ただ単にAIによって⼈間の仕事をキカイに置き換える(想像⼒ゼロの利活⽤)」ではなく、「夢を実現するためにAIおよびデータの⼒を解き放つ(夢×技術×デザイン=未来)」ことができる人だと主張しています。

AI readyな人材を増やすため、そして日本が「AI後進国」から脱却するための第一歩として、まずは必要な理数・データ素養を持つ人材を速やかに育成する必要があると感じます。