一般社団法人 AIビジネス推進コンソーシアム(以下、AIBPC)は、「AIビジネスのリスクとチャンスを捉えるために -AI倫理・AIガバナンスの現在地-」と題したウェビナーを開催した。
本稿では、企業たちがどのようにAI倫理を捉え、自分ゴトに落とし込むなど、導入にあたっての気づきについて語られたセッションを中心にレポートしていく。
AIビジネス推進コンソーシアムとは
最初に、AIBPCについて紹介したい。
昨今、AI/IoT技術の発達により、データを資源として活用し、新サービスの創出や社会課題の解決に役立てようとする動きが活発化している。日本国内においても、AIを利用したサービスを展開する企業は増加傾向にあるものの、実証実験や検証段階にある事例が多く、ビジネスでの利用はいまだ黎明期の状態だ。そこで、企業各社や大学、研究機関がノウハウを相互に共有し、人工知能を社会に役立て、ビジネスや研究活動を活性化・推進するためにAIBPCは設立された。
今回開催されたウェビナーでは、AIBPCの活動の全容はもちろんのこと、参画している企業や研究機関からAIを開発・提供・利用する責任を持つ者として、AI倫理やAIガバナンスを企業経営にどのように導入していけば良いのか、その背景と共に導入方法について理解を深められるセッションが実施された。登壇者は、AIBPCメンバー以外に東京大学未来ビジョン研究センターの松本氏、経済産業省の泉氏、富士通株式会社の荒堀氏等によって、あらゆる立場からのAI倫理・ガバナンスの取組みについての発表が行われた。後半では、登壇者等によりパネルディスカッションが行われ、参加者より寄せられた課題にアドバイスをおくった。
ちなみに、AIBPCは今年8月に、AI倫理を企業に導入する上での注意点について考察した文書「企業活動にAI倫理を導入していく上での注意点と提言~リスクベース・アプローチを踏まえた検討~」を一般公開している。誰でも閲覧できる文書となっているため、AI倫理について興味をもった方はぜひともチェックしてみてほしい
AI倫理はコストではなく、企業にとって付加価値
東京大学未来ビジョン研究センターの松本氏は、「AIサービスマネジメントの中心に立つ人」をテーマにAIサービスのリスクコーディネーションについてこれまでの研究結果に基づいて発表し、リスクチェーンモデルの活用意義について紹介した。
さらに、経済産業省の商務情報政策局 泉氏より「我が国のAIガバナンス AIガバナンス・ガイドライン Ver. 1.0」をテーマにAI社会原則というゴールとオペレーションのギャップを埋め、企業の自主的な取り組みの促進を目的として今夏公表された「AIガバナンス・ガイドラインVer. 1.0」について紹介した。
つづいて、富士通株式会社 デジタルテクノロジー推進法務室長 荒堀 淳一氏による本ウェビナーのセッションのひとつ「AI提供者におけるAIガバナンス」を詳しくお届けする。
最初に荒堀氏は日本企業のAIガバナンスの課題について下記を掲げた。
・AI倫理、AIガバナンスの必要性が理解されにくい
・AIガバナンスの定義があいまいなため共感されない
・経営者がAIガバナンスへの責任を感じない
・ガバナンス習熟度を数値的に評価する指標が未普及
・データ、プライバシー、GDPRにフォーカスしすぎ
・画像認識、医療、人材採用分野がとくに注目されやすい
荒堀氏は「AI倫理はコストではなく、企業にとって付加価値。そして、AIベンダーに丸投げしていては、AI倫理はうまくいかない」と話す。さらに同氏は「他社の事例をそのまま自社に当てはめたところで、企業ごとのデータの扱い方や企業の特徴などにマッチするか試さなければわからないこともあるため、自らの企業内でAI倫理を実践する必要がある」と続ける。
それでは富士通では、AI倫理・AIガバナンスについてどのように取り組んでいるのだろうか。富士通のDXビジネスに沿って紹介された。
「富士通では『私たちは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていきます。』というパーパスを発表しました。さらに、新ブランド『Fujitsu Uvance』を作り、パーパスの実現に向け、社会課題の解決にフォーカスしたビジネスを推進しています。社会課題を起点にお客様の成長を加速させるため、技術オリエンティッドではなく、社会課題解決型のご提案をしています。そのため、富士通はAIの技術を売るだけの会社ではございません。
富士通では、単純なAI倫理指針を作るだけでは足らず、多様なAI活用シーンに適合する柔軟な体制を作る必要があると考えています」(同氏)
そして同氏は、富士通グループでのAI倫理への取り組みについて次のように話した。
「AI倫理には説明可能であることが必要であると考えていただければわかりやすいと思います。
富士通では、AI倫理外部委員会を設立いたしました。社長・経営陣以下の取り組みが倫理に即した経営を行っているかについて、多様な分野の専門家から客観的な評価を受けることを目的にしています。
この委員会のポイントは、多様性や透明性を確保した運営面になっていることです。多様性とは、AI倫理は技術や法律の専門家だけで解決できるものではございません。委員長はAI技術の専門家ですが、ほかの方は法律や環境問題、生命医学、消費者問題など多岐に渡っています。また、AI倫理をコーポレートガバナンスの一環に取り入れることで透明性を確保しています
私たち富士通では、東京大学様のような綿密な分析や、経産省様のガイドラインなどがなかったころから、倫理やガバナンスに関して取り組んでいます。AI倫理とAIガバナンスはひとつに限ったソリューションではございません。さまざまな取り組み方や考え方があると思いますので、AIBPCの取り組みもとおして“やり方”を考えていきたいと思っています」(同氏)
AI倫理や仕組みとしてのガバナンスは不可欠
さて、今回のウェビナーの主になっているAI倫理ワーキンググループは、2019年5月に設置されたそうだ。AIを提供・活用する立場として、企業としてのAI倫理に対する考え方やスタンスを明確にしたうえで、実際に自社に導入する仕組みづくりの支援を目的としている。主な活動概要は、ビジネス上でのAI開発や活用において発生し得る倫理課題に対し、各企業が取り組むべき課題を整理し、AI開発におけるアカウンタビリティの確立と、ガバナンスの仕組みの構築を目指すことだ。
このワーキンググループには、AI開発企業や、活用する企業、弁護士や弁理士、コンサルファームの方など、さまざまな人が参画しているという。
今回開催されたウェビナーの「AIBPCが提案するリスクベースのアプローチ」セッションでは、ファシリテーターを務める千代田化工建設 安井 威公氏はまず、次のように話した。
―― 千代田化工建設・安井 威公氏
「私自身、仕事でAIはプラント向け(=BtoB)として提供していたため、AIにおける倫理や道徳などの話はBtoCでの話で、自社とは遠い存在にあるものと捉えていました。でも、違ったのです。ビジネスでのAI開発や活用は、倫理が大きく関わっていたのです。
すでに2016年ごろからは『間違ったAIの作られ方・使われ方』を正す議論が諸外国では始まっています。日本でもAI倫理のガイドラインが作られ、最近ではリスクのあるAIを規制する動きも出ています。
各企業がAI倫理について明文化することで競争に有利になったり、事故トラブルが発生したりした際には不利に陥らないような保険になる、として我々は着目し活動をスタートしています」
そしてこのセッションでは、AI倫理ワーキンググループに参画した方から、それぞれの視点での意見が述べられた。
―― 弁護士・堀川 正顕氏
「私はAIBPCの前身となるAIと知的財産権に関するワーキンググループから団体に参加させていただいております。当時から、法律だけではなく、倫理の観点も重点だという声が挙がっていました。
企業としては、法的強制力のあるルールと、そうではないルール。たとえば倫理の問題などを社会的視点で守るべきポイントもございます。この点については、今後、何らかの形で対応する必要が出てくると考えています。私自身、倫理の問題について勉強させていたたきながら、AI関連の業務の最前線で活躍されている方々と意見交換もしたく、このような思いでAIBPCにも参加させていただきました。
AI倫理について各国のガイドラインを見比べたとき、AI倫理の言葉の意味に幅があると感じました。倫理について取りざたされはじめた当時は、『超知能』『シンギュラリティ』などについて記述がありましたが、最近では機械学習を活用したサービスに関連したものに倫理は取り扱われています。
AI関連業界との距離によっては倫理という議題は人によってとらえ方は異なるものだと感じています。ただ、倫理は重要な問題であるからこそ、誤解して受け取られやすいテーマでもあります。たとえば、アカウンタビリティという言葉はメディアでは『説明責任』と表現されることがあります。この説明責任という言葉が独り歩きすることで“説明できないAIは使ってはいけないのでは”と思われる可能性もございます。
そのため、AIにおける倫理はどの議論のレイヤーの話なのかに気を付けて話を進めていくべきだと思っています」
―― SoW Insight・中条 薫氏
「2018年当時、前職でAI事業に関わっていました。そのころ、総務省のAIネットワーク社会推進会議に出席していました。そのとき、AI倫理は業界の共通課題で、企業を越えて多様な人たちとの議論が必要だと感じていました。そこでこのコンソーシアムで取り扱うべきテーマだと考えていました。
私たちがこの活動をはじめた2年前に比べ、現在では世の中も大きく変化しています。SDGsやESG経営などと同じように、倫理については同様の大木のひとつではないでしょうか。
AI倫理も含めて、多くの企業が倫理的な問題にどのように向き合うのかは、今後のビジネスにおいて重要なテーマです。DXの推進にAI活用が欠かせないように、AI倫理や仕組みとしてのガバナンスが不可欠になると思います」
―― 富士通・葛馬 弘史氏
「私がこのワーキンググループに参加したのは、AIサービスのリスク低減を検討する『リスクチェーンモデル』を作ろうとしていたときでした。私もリスクチェーンモデルの作成に参加したのですが、正直難しかったですね。なぜなら、『何を書いたらいいかな……いや、何でも書けてしまうな』となってしまったからです。
過去のAI事例などをもとにリスクチェーンモデルを作っていたところ、新しいサービス企画をやっているような感覚でした。『この人にとって何が起きたら都合が悪いのか』『この人は何がどうなれば嬉しいのか』といった発想になっていくのです。
堀川弁護士の話にあったように、人や企業などによって倫理は見え方がわかるものです。この抽象度は議論していて有意義な一方で難しく感じた部分でした。
ただ、悩んでいたことを振り返ると、リスクやバランスについて考えることは、事業そのものの価値について考えることと同じなのではないかと思いました。今後は『バランス=価値』が求められるようになると考えています」
共通課題に対して企業の垣根を越えて議論する場
さて、本稿で紹介したウェビナーを運営するAIBPC(AIビジネス推進コンソーシアム)では、倫理やガバナンス以外に、教育・育成ワーキンググループ、AIDevOps環境検討ワーキンググループ、AI知財ワーキンググループなどもあるという。
これらのワーキンググループのほかにもリクエストに応じて形成することもでき、AIやDX部隊に関するチームビルディングについてのワーキンググループや勉強会などの設立リクエストもすでにあるそうだ。
AIBPCは、コンソーシアム側から一方的に情報が来るだけの場ではなく、個々のワーキンググループが主体となり、そのテーマに対して企業の垣根を超えて“考えられる場”を提供している団体となっている。
会員の種別は主に3つ。費用負担のない会員種別もあるとのことだ。詳しくは、AIBPC公式サイトや下記画像を確認してほしい。