製造業はエッジAIで変わる。課題を認識し、経験が決めつけた限界を技術で突き破る

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IoT(Internet of Things)は、ネット回線を駆使してクラウドと端末を繋ぐ仕組みです。しかし、近年扱うデータ量が増加の一途をたどり、ネットワークの利用量とそれに伴う遅延が課題としてありました。

これを解決するのが、エッジコンピューティングです。端末(エッジ)上でデータを処理、推論する技術です。通常クラウドで行うAIの処理を、エッジで行ってくれます。それにより、遅延なくリアルタイムなデータ処理を可能にします。

株式会社エイシングは、端末側で学習と予測処理を実行する「エッジAI」を開発する企業です。そもそもエッジAIとは何か、具体的な活用事例も合わせて、同社CEOの出澤純一氏に話を聞きました。

出澤 純一
株式会社エイシングCEO

デバイス側で学習、推論する「エッジAI」の価値とは

――エッジAIとはどういったものでしょうか?

――出澤
「エッジAIが活躍するのは、リアルタイムに処理判断が求められる場面です。

昨今、5G(第5世代移動通信システム)の登場が騒がれています。しかし、4Gはもちろん、5Gを使っても、クラウドとエッジ間には数ミリ秒単位の通信遅れが発生します。

すると、自動運転車やドローン、FA(ファクトリーオートメーション)機器など、高速応答性が求められる端末の運用が難しくなる。そこで出てきた要望が『デバイス側の学習』です」

――出澤
「我々のエッジAIは、

  • 一般的な予測
  • クラウドを介さないスタンドアローンの学習
  • 軽量実装
  • CPUレベルでの動作(GPUが必要ない)

という特長を備えていて、当社の強みとなっています」

――エッジAIを使用するメリットはなんでしょうか?

――出澤
「やはり遅延に強い部分ですね。モビリティやFAを扱うお客さまは、応答の遅れが現場の安全性や品質に直結します。

そのため、エッジ側で作業を完結させる意義は大きい。そして、エッジ側だけで処理をする際に、メンテナンス性やメモリ、CPUの計算処理、リアルタイム性の保証と精度も満たすエッジAIを持っているのは現在当社だけです」

AIによる学習分野では「ディープラーニング(深層学習)」がよく知られていますが、学習精度の向上には、データの取捨選択やディープラーニングネットワーク自体のパラメーター調整という作業が不可欠です。

加えて、新規データを追加した場合は学び直す必要がありました。それに対して、エイシングの学習技術は「DBT(ディープ・バイナリー・ツリー)」と呼ばれる独自のもので、機械の制御最適化や挙動予測に向いています。

とくにエイシングは製造業が主な取引先であり、クラウド上に自分たちのデータを置きたくないクライアントも多く、エッジAIの需要は高いとのこと。

数十ミリ秒先の振動を予想して瞬時に補正

「生産性と品質はトレードオフ」、これはあらゆる製造業の常識です。一方で品質向上には限界があり、現場ではコストと品質のバランスの見極めが常に行われてきました。エイシングのAIはこうした領域にも貢献できるといいます。

AIの自動調整機能でサポートすることで生産性と品質を同時に向上させた、オムロン株式会社の事例をご紹介しましょう。

――出澤
「オムロンさんの事例では、巻き線機という2つのフィルムを貼り合わせてまとめる機械のコントローラーに、当社のアルゴリズムを使っていただきました。

巻き線機はフィルムの特性変化や付け替えによって固有振動数が変わるため、その都度、補正して高速に処理する必要があります。補正を間違えれば貼り合わせのズレが生じて、不良品になってしまう。

従来の制御ではどんなにがんばっても、振動を収めるには10秒必要でしたが、弊社のアルゴリズムによって3秒まで短縮できました」

高速かつ瞬間的な補正が求められる現場で、機械からクラウド間でデータをやり取りしていれば、1万ステップ分ほどのデータの遅れが発生するといいます。

この点、エイシングのエッジAIは、

  • ポン付け(大がかりな設計変更や工事が必要ない)
  • 低コスト
  • AIエンジニアによるチューニングがいらない
  • 繊細で高速な制御にも対応可能

であるため、機械そのものが数十ミリ秒先の振動を予想して補正を行い、素早く振動を収めることが可能です。

エッジAIが導入されることで、これまでの生産性と品質のトレードオフの限界は破られ、製造業の常識がガラッと変わることは間違いなさそうです。

生産現場の課題解決に特化、集合知モデルの構築へ

――エッジAIでは、取得されたデータはどのように蓄積されるのでしょうか?

――出澤
「当社の学習機はオンライン型マシンラーニングというタイプです。イメージ的には、リアルタイムでデータを取り入れ続けるストリーミング形式で学習する機械、といったところでしょうか。

データを掛け捨ててもネットワークはどんどん賢くなって、更新され続けます」

FAの世界では、未知の環境変化に機動的に対処するために膨大なデータを収集し、その場で対応する処理が求められます。

ところが、エッジ側ではデータを保存するための充分なストレージが確保できません。この問題を解決するためにエイシングが考案したのが、オンライン型の独自のマシンラーニングだったのです。

――今後は「クラウド + エッジ」と「完全組み込み型エッジAI」両者の組み合わせもあり得るのでしょうか?

――出澤
「すでに研究は進めています。エッジ側でデータ蓄積を行うと何十万レコードになってしまうので、一度クラウドで初期学習をして、できあがったDBTモジュールをデバイスに実装します。

ここまでは従来の手法と同様で、弊社のアドバンテージはここから先、DBTモジュールがどんどん賢くなっていくということです。

しかし、これだけではもったいないとも感じていて、将来的にはエッジデバイス上で学習させたDBTモジュールをクラウドにアップロードし、統合学習させる機能を持たせようと構想しています」

この結果、クラウドにはデファクトモジュールのような平均化されたDBTモジュールができます。

それをベーシックネットワークの「ver2.0」として実装すれば、たとえば学習前には1時間かかっていた補正が、次には40分、その次の「ver3.0」では30分、15分……と周回を重ねるごとに短い時間で行えるとのことです。

――出澤
「これは対象によって使い方がまったく変わります。たとえば、A、B、Cさんの車のアクセルコントロールを学習したい場合に、それぞれがベーシックネットワークから『私用』に補正を受けることになります。

補正とはカスタマイズなので、各人にとってだけ性能が良いわけです。そこで、ほかの皆も合わせて平均化されたデータを戻されてしまうと、上書きされて性能が下がってしまいます。

統合学習の後に、直接デバイスに実装するのではなくベーシックとして戻すのはそういう理由です。集合知を次のver2.0のベーシックとすることで、ゼロから載せるよりは確実に賢くなります

このようにエイシングのエッジAIはリアルタイム学習と高速応答に留まらず、さらにその先の集合知モジュール構築まで見据えています。

当技術は製造業において画期的なものですが、まだまだ潜在的な顧客に対してアピールしきれていないとも感じているそうです。

――出澤
「オムロンさんはAI技術を長年研究していて、限界を突き破る意思をお持ちでした。そこで、弊社の技術に出合ってブレイクスルーが生まれたのです。

しかし、大半のケースでは課題が課題と認識されておらず、我々から見ればエッジAIを入れれば明らかに効率化する状況でも、クライアントサイドが『すでに限界』と決めつけてしまっています。

これでは、導入を検討していただく方向にお話が進みづらい」

AIとエッジデバイスやあらゆるアプリケーションとの統合は、めざましいスピードで進み、エッジAI市場も今後急速に成熟していくでしょう。その一方で、AIの可能性について正確に把握しようとする、世間一般のAIリテラシーも問われる時期にあるのかもしれません。