安倍首相が2019年1月、ダボス会議のスピーチにて、国境を超えたデータ流通を認めるデータ流通圏を構築しようと提唱しました。2019年6月に開催するG20サミットでは大阪がホストとなり、日本は大々的にAI戦略を打ち出そうとしています。
そんななか、Plug and Play Japan Batch2 EXPOにて開催されたのが、「日本のAI戦略 〜その可能性と課題〜」をテーマにしたトークセッションです。株式会社PKSHA Technologyの上野山 勝也氏と、経済産業省の伊藤禎則氏がパネリストとして登壇し、AI開発の現状と日本がとるべきAI戦略について語りました。
上野山 勝也(写真右)
株式会社PKSHA Technology 代表取締役
伊藤禎則(写真中央)
経済産業省 商務情報政策局 総務課長
モデレーター
山田康昭(写真左)
日本経済新聞社 編集企画センター ゼネラルプロデューサー
日本のAI戦略4つの柱
「G20サミットで打ち出される日本のAI戦略はどのようなものになるのでしょうか?」
質問に答える伊藤氏は、経済産業省でAI・IoT政策の責任者をしています。AI戦略立案の中心人物です。
「G20サミットの首脳会合に向けて、日本は4つの柱を持つAI戦略を打ち出す予定です」
- 人材 / 教育(リカレント)
- 研究開発R&D
- AIの実装、スタートアップ、SDGs(持続可能な開発目標)取組み
- ELSI(Ethics, legal and social implications)
この戦略を推進する本質的な理念が、
- 『人間中心のAI』
- 『Data Free Flow with Trust』
の考え方だと伊藤氏は言います。
「『人間中心のAI』とは、人を管理するための道具ではなく、また人の仕事を奪うのでもない、人と共に在り、社会課題を解決するためのAIという考え方のことです。
そして『Data Free Flow with Trust』とは、データの国際的な流通やデータの自由なやりとりのため、プライバシーの保護とセキュリティーの強化をはじめとする『信頼』の基盤を構築することです。
G20サミットに先立ち、2019年4月に日本最大級のグローバルAIカンファレンスAI/SUM(アイサム)が開催されます。そこでは日本のAI戦略を発信し、世界から、日本のAI分野に人とお金を呼びこむことを目指しています」
AIの社会実装には設計思想が大切
続いて、PKSHA Technologyの上野山氏がAIの設計思想について語りました。PKSHA Technologyは、東京大学の松尾豊研究室出身者を中心に2012年に創業され、機械学習技術を中心としたソフトウェアを開発しています。
「米国や中国がAI先進国といわれていますが、各国ごとに開発方針の違いなどはあるのでしょうか?」
「人工知能技術の社会実装を考えるうえで重要なのは、目的の定義です。例えば、中国の一部の学校では、教室全体を撮影できるよう、黒板のうえに監視カメラを設置する実験が始まっています。
これをどのような目的で使うのか。生徒の表情を読み取り、教師がきちんと授業をしているのか監視することもできれば、イジメを早期に発見し、イジメが流行らない学校を作ることもできるかもしれません。
やはり目的の定義が大切で、その技術によりどういう世界を実現したいのかという思想次第で、社会に与える価値は大きく変わります。また、データを何にどこまで使って良いのか、どういう目的でデータを使うのかという思想は国ごとに濃淡があります」
同程度の技術力を持っていたとしても、どう実社会へ実装するかにより、それぞれの国で特徴が現れます。中国は国家、アメリカはGAFAがAI開発をリードするなか、日本ではAI開発をどう進めるべきなのでしょうか。
開発の前にまずAI技術の特性を理解すべき
「人工知能技術分野では、目的特化型AIと汎用型AIを分けて議論する必要があります。人工知能という言葉は皆が妄想でき、議論が盛り上がる傾向にあります。
そのため、人々の想像が肥大化し、現在起こっている技術革新の現状を正しく捉えられていないことが多いです。目的特化型AIは様々な分野ですでに実用化されていますが、汎用型AIの研究では、未解決問題が山積みです」
「AIの本質は『パーソナライゼーション』だと考えています。上野山さんが挙げた例でいうと、教室のカメラから取得した生徒の行動データを、どう生徒一人一人の個別学習プランに落とすかです。
一方で、2億台のカメラで国民を見張る監視社会と隣合わせでもあります。ですので、AIによるパーソナライゼーションには、セキュリティー、信頼の確保が不可欠。AI化を進める前に、まずデジタル化に伴うインフラの整備を進める必要もあります」
「日本ではなかなかデジタル化が進んでいないという現状があると思います。上野山さんは、それをどう捉えますか?」
「旧来型のソフトウェアは一行一行演繹的に作るため、動作が確実で、製造業的な品質基準に合いやすいです。一方、(機械学習技術という意味での) AIは帰納的推論能力をソフトウエアに埋め込む技術であり、人が判断を誤るように、AIの判断も100%の精度にはなりません。
学習データが増えるごとに判断の精度は上がりますが、製造業的な品質基準のものさしで考えると『未完成品』であると認識する必要があります。まず、旧来型のソフトウェアと機械学習的なソフトウエアは異なることを理解しなければなりません」
予見できない5年後の技術革新に向け、人材育成を
「AIは『人臭い』技術と言えそうですが、5年後には新しい技術革新があるかもしれません。今後どう変わるか、予見しているものはありますか?」
「コンピューティングコストが劇的に下がれば、今では考えられないようなことができるようになると思います。20年前には、現在のスマートフォンが行う処理や通信速度は考えられませんでした」
「まずは、IoTデバイスなどのハードウェアでどういうセンシングをして、データをどの課題解決に使いたいのかという議論をすべきです。
現在、東京大学の松尾研究室でAIの研究をしている主力の一部は、ハードウェアを専門に勉強してきた高専生です。『ハードウェア』と『ソフトウェア』の両方に詳しい人材は、まさに世界で通用するAI人材となるでしょう。5年後に起こりうる技術革新に対応できるよう、人材育成はマストで進めていくべきです」
日本のAI開発がどう進展していくのか。人材育成方針や政府のAI戦略により、大きく方向性が変わりそうです。
AI/SUM(アイサム)は、2019年4月22日~24日に東京・丸の内で開催されます。AIを実社会・産業へどう適用するかにスポットをあてた日本最大級のグローバルAIカンファレンスです。我々の社会にAIがもたらす様々なインパクトについて学べる絶好の機会となりそうです。