そのデータは顧客の何を知っているのか─データ活用に求められる課題設定力

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レッジは9月19日、「AI活用のためのデータはどう調達すべきか?」というテーマで、AI導入を進めるなかでの実態を語るAI TALK NIGHTを開催した。AI TALK NIGHTは今回で12回目の開催を数える。

今回は、AIに活用可能なデータを提供する富士通クラウドテクノロジーズをはじめとする4社が登壇。本イベントでは、データの調達方法だけでなく、実際にプロジェクトを進める際に必要とされる組織論まで議論が発展した。本稿ではその様子をお伝えする。

AI活用が進まない本質的な理由

イベント冒頭に、富士通クラウドテクノロジーズの加藤氏から、多くの企業でAI活用がスムーズに進まない現状について語られた。

加藤 大己 富士通クラウドテクノロジーズ株式会社 ビジネスデザイン本部 データデザイン部 プランナー

――加藤
「AI活用が進まない理由としてよく挙げられるのが、AIの理解不足や人材不足です。しかし、実際一歩踏み出してAI活用を始めてみようとすると、別の本質的な課題が見えてきます。

それが、データの保有・蓄積方法がわからないことです。そこで、ビジネスサイドに求められる役割が、データ収集です。業務フローを見直してデータを収集できる仕組みを作る必要があります。それが難しい場合には、外部のオルタナデータ(投資行動に必要なインサイトを得るために使われるデータ)を調達することでAI活用を進めていくことが可能です」

加藤氏の講演に使用された資料は、下記からダウンロード可能。

フレキシブルなアイデアを生み出す“クレイジーデータ”

パネルディスカッションでは、佐藤氏の提唱する“クレイジーデータ”をきっかけに、データ活用の勘所が語られた。

――飯野(モデレーター)
「まずは、企業が自社データを活用し事業実装していくために必要な戦略について、みなさんのご意見をお聞かせください」

佐藤 哲也 株式会社ルグラン CTO/株式会社アンド・ディ 代表取締役

――佐藤
「大企業がデータ活用を行う際は、ある程度データ蓄積があるはずですので、そのデータを使うオーソドックスな戦略を取れば、有利なポジションを築き易いと考えています。

一方で中小企業が行う、ある種の弱者戦略としてオルタナデータ活用が挙げられます。自社データだけで生み出した新規事業は、すでに競合が取り組んでいることも多いため、オルタナデータと自社データの両方をうまく活用するべきです」

オルタナデータを自社で活用している佐藤氏は、自社データとの掛け合わせが重要と語る。

――佐藤
「AIを使ったビジネスでは、自分が認識し得ないような膨大なデータから、既存の枠組みを外れたフレキシブルなアイデアを産むことが価値になります。私はそれをクレイジーデータと呼んでいますが、自社データだけではバリューが発揮できない場合に、存在がイメージできないデータと掛け合わせてデータ分析者の思考やフレームを書き換えることが重要な戦略になると考えています」

萩原 静厳 株式会社FUTURE VALUES INTELLIGENCE代表取締役社長

――萩原
「佐藤さんに同意で、既存データと外部データを合わせて発想していくことで、差別化できる可能性があります。それから前提として、AIで新規事業を作るのであれば、戦略が非常に重要です。戦略がないと、効果の低いPRで終わってしまうことになりかねません」

書上 拓郎 株式会社KICONIA WORKS 代表取締役社長

――書上
「我々が支援する際は、データからこんなことができるんじゃないか、と見当をつけてから進めることが多いのですが、各部署からアイデアをヒアリングして、それらを付き合わせて戦略を決めてプロジェクトを進めるようにしています」
――萩原
「データを戦略的に活用するうえで重要なのは、そのデータが何を知っているのかです。レコメンドしたいからレコメンドエンジンを作るのではなく、データが顧客は次に何を買うのか知っているから、レコメンドするわけです」

萩原氏は続けて、データが持っている情報を見極め新たな事業を導き出した例を挙げた。

――萩原
「例を挙げると、OYOという企業がデータを活用したさまざまなサービスを展開しています。ビジネス利用が多く、転々といろいろな地域を飛び回っている顧客属性が多いことがデータからわかっているから、コワーキングスペースやウィークリーマンションを作る、という発想でサービスを展開しています」

飯野 希 株式会社レッジ 執行役員/Ledge.ai編集長

――飯野(モデレーター)
「みなさん共通認識として、戦略的にデータを活用し、事業を作っていくということが不可欠なのですね。いわゆるデータドリブンとは何が異なるのでしょうか」
――萩原
既存事業の課題に対してデータを活用することがデータドリブンで、データを元にして何を課題として設定するのかがAI/データ活用です。この2つの違いを理解していると、AIプロジェクトはかなり進めやすいです」

ビジネスサイドとエンジニアサイドの対等性

では、今あるデータから課題を設定しAI活用を進めていくために、ビジネスサイドにはどんな能力が必要とされるのか。

――佐藤
「端的にいうと、権力にフラットであることですね。正直に良し悪しを言える文化が大事です。そしてビジネスサイドからエンジニアに丸投げをするとうまくいかないです。ビジネスドメインロジックもエンジニア力もどちらも必要なので、チームワークが重要です。最近では心理的安全性なんて言われますが、そうした組織文化が醸成できていることが大事だと思います」
――萩原
「それから、データ活用は企業にとってインパクトの大きい取り組みでもあるので、それを推進できる熱量を持ったメンバー・チームで取り組むことも成功の秘訣だと思います」
――加藤
「もしAI・データ活用を外部に頼むのであれば、ベンダーに任せっきりになるのではなく、ある程度のリテラシーが事業会社側にも必要だと思っています。佐藤さんのお話にあった、ビジネスサイドとエンジニアサイドの対等性に加えて、外部とも対等に接することが重要です」
――書上
「AI活用の支援をしていると、人間vsAIという構図になりがちで、100%の精度を求められがちです。しかし、人間が100%の精度を持っているかというとそうではありませんし、人間によって判断基準がちがうこともあります。精度が低くても効率化が進み、コスト削減ができるだけでもひとつの成果ですから、精度を求めすぎず、何を目指すかをベンダーとクライアントですり合わせできていることが大事ですね」

企業トップが示すべき、AI活用の道筋

本題であるデータの調達について、AIを活用したいが、自社データが十分にない企業は何から始めれば良いのだろうか。

――加藤
「まずは自社のAI活用が、現状どんなステップか把握するべきです。そして、必要ならばオルタナデータを購入することをお勧めします。オルタナデータはもともと投資行動に使われるデータですが、AIにも活用可能です」
――萩原
「弊社は、アライアンスを提案することもあります。既存アセットをどう活用して、どう売上を上げていくのかを戦略立てて、自社のニーズにフィットしているデータを持っている企業からデータを買うなど、外部と連携することでプロジェクトを進めていくことも進め方の一つです」
――佐藤
「弊社は天候データを購入して活用している立場で、webクローリングで集めたデータや、地理情報を組み合わせてAI活用を推進してます。自社事例ではないですが、既存データを天候データを組みあわせて顧客インサイトを導き出した事例もありますので、まずはあらゆるオープンなデータに目を向けてみることですね」

参加者からは、AIプロジェクトにおける開発期間の長さについても質問が上がった。

――参加者
「AI活用の開発期間が1、2年かかるとなると、会社としてなかなか踏み出せないのですが、どのように説得してプロジェクトを進めていけば良いのでしょうか」

――書上
「よくある課題ですね。長いプロジェクトだと、担当者のモチベーションが続かなかったり、部署異動でプロジェクト自体が頓挫してしまうケースがあります。解決策としては、スパンを短く切って社内を巻き込みながら進めていけば良いと思います」
――加藤
「短く切ってプロジェクトを進めるのは非常に重要です。実際に弊社でもそういったサービスを展開しています。約1ヶ月にスパンを設けて、どのくらいのデータがあればモデリングができるのかなどを診断しています」
――佐藤
「私はこの問い自体にやや懐疑的なのですが、10何年のスパンでどんなデータを収集してどんな事業を目指していくか、を経営者が示すべきです。開発期間が1、2年で長いと言われてしまうと、そもそも何がやりたいのかわかりません」
――飯野(モデレーター)
「どうやってデータを収集して、事業全体で何を目指すのかということからトップが理解・推進しないといけないですね」
――佐藤
「そう思います。それこそが、デジタルトランスフォーメーションの本質だと思います」

――萩原
「私の感覚では、基本的にやってみないとわからないAIという技術を、いきなり本体事業に対してインプリメントしていくのは少しリスキーです。プロジェクトを切り分けて違うゴールを設定し、そこに予算をつける方が現実的だと思います。

そして、そのAIプロジェクトが本体事業にも使えそうだと周囲の口から言わせることが非常に重要です。ひとつ出てきた結果がどこに波及していくのか。ヒットが打てそうなプロジェクトで成果を出しつつ、どこにいくら使うとどのくらい儲かります、という話ができると、AIプロジェクトはかなり進めやすいのかなと思います」

小さな成功事例を作り、高速でトライする

最後に、外部から調達したデータを、自社の既存アセットと組み合わせてどう価値創出すべきか、各登壇者に伺った。

――佐藤
つぶさに検証しつつ、ビジネスサイドとエンジニアがフラットに会話して、高速でトライしてみることが大事です。活用されてないけれど価値のあるデータは各社に必ず眠っているはずです。そして、AI活用自体が目的化することは望ましくありません。自分でリアルワールドをハックして、面白いデータを作るところから考えていただきたいです」
――萩原
データを活用するという思考と、事業を作るという思考どちらも必要だと考えています。今自社が持っているデータが何を知っているかを導き出して、それを問いにし、どう事業に接合していくかを思考すると事業がスケールしていくのかなと思います」
――書上
「いきなり闇雲にデータを集めようとしないことが重要かと思います。データを半年間集めた後に、そのデータが活用に値しないものだった、ということにならないように実現したいことを整理したうえで、まずは何が必要か考えることが重要です。その際に、自社だけで行うと固定概念や政治力に潰されることもあるので、外部を巻き込みながらだと動きやすいのかなと思います」
――加藤
臆さずデータを買ってみることも重要だと思います。そして、自社データと組み合わせてどんな事業を作れるのかを小さくスピーディに進めてみてください。プロジェクト序盤はAIベンダーを使って小さい成功事例を作ると、リソース確保や育成基盤ができます。社内外を巻き込み、AIプロジェクトを進めていくと成功に近づくと思います」