メルカリ×Appier×Cogent Labs ── 日台トップAI企業が考える、イノベーションの源泉と障壁

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企業が成長するためにはイノベーションが必要だと言われる。オープンイノベーションという言葉も流行して久しい。しかし、この日本で果たしてどのくらいの企業がイノベーションを起こせているのか。おそらくそう多くはない。

イノベーションを起こすには何が必要なのか? 日本だけではなく、他国ではどのような状況にあるのか?

Ledge.aiではこれらの疑問を解決すべく「Innovation Beyond Borders」をテーマに、2019年4月23日、第8回目となるAI TALK NIGHTを開催。AI文脈で幾度も話題になる、株式会社メルカリの会場をお借りした。

AI TALK NIGHTとは?
成長著しいAIソリューションを、どうやって自社の業務やサービスに活かせばいいのか?AI TALK NIGHTは、そんなAI導入を検討している企業がもつ悩みを、AIのスペシャリストのゲストに直接ぶつけられる無料のトークイベント。さまざまな会社のイベントスペースで定期開催中。

基調講演には株式会社メルカリのAI Engineering Engineering Manager 木村 俊也氏、AppierのチーフAIサイエンティストのミン・スン氏が登壇。その後に行ったパネルディスカッションには同ミン・スン氏と、株式会社Cogent Labs AIアーキテクトのDavid Malkin氏が登壇した。

世界のイノベーション事情はもちろん、日台の今をときめくスタートアップ企業のAI活用方法から、AIが今日ビジネスに幅広く利用されるまでの歴史を語り合う、学びの多いイベントとなった。

メルカリの成長を支えるAI

トップバッターは、メルカリでEngineering Director of AI Engineering務める木村氏が登壇し、メルカリのAI活用について語った。

メルカリは2013年にサービスをローンチして以降、今日に至るまで順調に成長している。アプリのMAUは現在1,299万人を誇る。

メルカリが一番にこだわるのが、「出品」の簡易さだ。個人でものを売り買いするサービスの特性上、サービス利用の入り口である出品を徹底的に簡単にすることはメルカリの至上命題といえる。そして、メルカリはそこにAIのパワーを投入し、差別化を図っている。

木村 俊也(Shunya Kimura)
株式会社メルカリ Engineering Director of AI Engineering

2007年よりSNS企業にてレコメンデーションエンジンやグラフマイニングエンジン開発を担当。そのほか、自然言語処理学の 知見を活かした広告開発やマーケティングデータ開発にも携わる。 2017年より株式会社メルカリにて研究開発のオフィサーを担当し、AIを中心とした幅広い研究領域のリサーチを担当。

――木村
「メルカリのミッションは、AIとテクノロジーで『売ることを空気に』することです。AIで出品を極限まで簡単にすることにこだわり抜きます」

メルカリの強みのひとつは、サービスローンチ以来蓄積されきた大量の出品データと購買データだ。AIモデルの構築がコモディティ化するなか、累計出品数11億品超に達するという画像やテキストデータは大きな強みとなる。

また、それらのデータをを使いこなせる卓越したAI人材の存在も大きな差別化要因だ。社内で30名近いAI人材を抱えているという。

メルカリのAI人材は、主にモデル構築を担う「ML Enginner」とモデルの実運用を担う「SysML/ML Ops」の2つに分かれる。

――木村
「今後はAIエンジニアにとどまらず、AIを使いこなせるリテラシーを全社員に普及させようと思っています。そのために、自前の機械学習プラットフォーム「Lykeion(リュケイオン)」の開発や、機械学習のワークショップも定期的に開催しています」

関連記事:メルカリから学ぶ、事業にAIを導入する術

メルカリがAIで実現している機能はさまざまだ。前述の出品に関しては、出品画像を認識してリアルタイムで商品タイトルやブランドをサジェストする「AI出品」や、US版メルカリで実装している、配送時のトラブルを防ぐために入力画像から商品サイズと重量を推定推定できる機能など。

ほかにも、規約違反の商品を検知したり、写真を撮るだけで欲しい商品を検索できたりと、多岐にわたる。

また、AI開発サイクルを効率化する取り組みにも着手している。モデルの作成やアップデートを自動化することで、今後サービスがよりスケールしても、少人数で回せる体制を構築中だという。

AIスタートアップAppierが語る、テクノロジーブレイクスルーの歴史

続いて登壇した、AIスタートアップAppierのチーフAIサイエンティスト ミン・スン氏からは、今日におけるAIの幅広い活用を可能にした、ブレイクスルーの歴史が語られた。

ミン・スン氏によれば、現在AIが顔認識、自動運転の技術へ使われるに至るまでに、3つのターニングポイントがあったという。

  • ディープラーニング
  • 深層強化学習
  • 自然言語を理解するディープラーニング(自然言語処理)

まずディープラーニングでは、2012年にImageNetと呼ばれる大規模データセットの登場が転機となった。2012年以前は、ディープラーニングでの使用に耐えうる、ラベル付けされたデータセットはごくわずかだった。

ImageNetの製作当時、機械学習の権威であるFei-Fei Li氏のチームに属していたミン・スン氏は、チームがImageNet製作を決定した2007年当時の経緯を語ってくれた。

ミン・スン(Min Sun)
Appier Inc. チーフAIサイエンティスト

2005年よりAndrew Ng氏やFei-fei Li氏といったAI分野の権威とともに研究に従事。2014年より台湾国立清華大学にて電子工学部の准教授を務める。ディープラーニングを専門とし、2018年から参画したAppierではR&Dチームを統括。新製品の開発、既存製品の機能改善のほか、記述的な課題解決を行う。

――ミン・スン
「我々が当時やりたかったことは『人の脳を再現する』ことでした。

人の脳は、対象を見て理解します。たとえばマグカップを見てマグカップと認識するかどうかは、身の回りの世界を観察することで、後天的に発達する余地があります。これは、過去の経験をもとに目の前の事象を判断する、『転移学習』を脳のなかで行っているからです。

一方、機械にマグカップを見させて認識させようとし、どんなにアルゴリズムを磨き上げても、当時はほとんどのケースで失敗してしまいました。そこで、これは入力するデータの問題だと仮説を立て、開発に取り掛かったんです

ミン・スン氏のチームは、クラウドソーシングなども活用してアノテーション(データのラベル付け作業)を行い、ひとりで作業すると約90年はかかる規模のデータセットを作り上げた。

――ミン・スン
「ImageNetを製作していくうち、我々の頭にはある疑問が湧いてきました。それは、機械は人間と同様に少ないデータでも学習できるのか? つまり、転移学習ができるのか? という疑問です。人間であれば、たとえば見たことのない中国の湯呑でも、過去の経験からそれを「壺」と認識できますよね。

Appierでは転移学習をビジネスにおいても実用可能にし、デジタルマーケティングに応用しました。『Deep Funnel Optimization』と呼んでいます」

デジタルマーケティングには、インプレッション、クリック、購買、リテンションという一連のサイクルがある。

インプレッションしたユーザーの一部がクリックし、さらにその一部が購買に至り、繰り返し購買するロイヤルカスタマーになるのはさらに少数だ。

『Deep Funnel Optimization』では、転移学習をデジタルマーケティングに応用し、どのような行動をしたユーザーが次の消費行動に結びつくのかを予測する。転移学習はすでにビジネスで広く使われ始めているという。

次にミン・スン氏が話したのは、深層強化学習について。韓国のプロ棋士イ・セドル氏が引退を表明したことが話題になったが、その裏側にはアルファ碁があった。

アルファ碁は、アルファ碁同士で対戦を何百万回と繰り返し、最適な打ち手を学んでいく。特定のゴール設定に応じて報酬を与え、ゴールを最大化するような行動を繰り返して学習するのが強化学習のアプローチだ。アルファ碁の場合は「対戦相手に勝つこと」がゴールとなる。

Appierは、この強化学習をデジタルマーケティングに応用した場合のシナリオを作り、これを「AlphaCampaign」と名付けた。

以下の図は「アプリのインストール数」の最大化をゴールとしたときのケース。予算をどのような施策に投下し、広告出稿予算をどの程度の値にすればインストール数を最大化できるかを学習して最適化していくという。

最後に語られたのは、人の言葉を理解するディープラーニング。つまり自然言語処理におけるブレイクスルーだ。

すでに自動的に単語同士の近似性を発見したり、単語同士の関係性を解析する機能を持ったツールは実用化されている。「Apple」という単語があったとき、機械はそれが「りんご」なのか「Apple Computer」なのか、文脈を見て判断できるようになった。

Appierはその技術を利用して、デジタル上の「足跡」からインサイトを得るサービスをすでに創り上げている。たとえば、「フィリピン」「セブ」と検索している人はおそらくフィリピンに行きたいのだろうと推定し、フィリピン旅行の広告を当てる、というように、プロアクティブなマーケティングが可能になった。

ミン・スン氏は、「今後さまざまな領域に機械学習は進化を続けるだろう。それらの技術を的確にキャッチアップするために、経営者は自前の機械学習チームを持つべき」と語り、講演を締めくくった。

世界で議論されるAIと倫理

ここからCogent Labs AIアーキテクトのDavid Malkin氏が参戦し、パネルディスカッションがスタートした。モデレーターはレッジで海外プロジェクト担当を担う小出 拓也が務めた。

――小出
「まずは現在のAIの潮流についてお聞きしたいと思います。現在、世界各国でAIと倫理の関係が取り沙汰されていますが、お二人の見解はどうでしょう? 説明可能なAIなど、AIの判断の根拠に関する議論も各国で活発ですよね」

David Malkin
株式会社 Cogent Labs AIアーキテクト

ユニバーシティ カレッジ ロンドン 機械学習 博士号保持。遺伝的アルゴリズムを用いて非線形かつ高次元な動的解法の最適化に豊富な経験。そのほか機械学習を用いたトレーディングアルゴリズムの開発など、さまざまなフレームワークとネットワーク構築を使用したディープラーニングプロジェクトに関与。近年は非ユークリッドデータを用いた最先端の研究を行う。

――David
「説明可能なAIは重要だと感じています。しかし、今のところ求められる業界は限定的です。たとえばヘルスケアの領域では、AIで出した診断の根拠を患者に説明する責任が生じますし、クレジットカード審査では審査で落とした理由を説明する必要があります。

AIのアウトプットに根拠が必要ない例としては、レコメンドエンジンやOCRなどが挙げられます。OCRでなぜ特定の漢字を認識できたのか、AIに根拠を求めても仕方ありません」

――小出
「説明可能なAIに関する問題は、すでに世界で議論されているのでしょうか?」
――ミン・スン
「金融、医療業界についてはすでに世界で議論になっています。

国の考え方にもよります。ヨーロッパはAI利用の倫理規範を作ろうと協議を重ねています。しかし、AI研究者の立場としては、過度な規制はイノベーションの自由度が阻害されるので好ましくありません。あくまでガイドラインに留めるべきでしょう。

国家レベルでルールを制定するのではなく、個々の組織レベルでルールを作っていくべきです」

また、「昨今出てきたコンテンツを生成するAIについても、慎重な運用が求められる」とミン・スン氏は言う。

――ミン・スン
「AIの『認識』領域はすでに成熟しつつあると思います。

近年、ニューラルネットワークによって低次元のデータから高次元のデータを生成する技術が出てきました。これによってコンテンツを簡単に生成することができ、人間の管理の基で、クリエイティブ産業を加速できると思っています。

一方で、ビジネス利用には信頼性が必要となってくるため、まだ活用の範囲は限定的です。ドキュメントからのサマリー作成などはすでに実用例がありますが、フェイクニュースなどのリスクも考慮する必要があります。

クリエイティブ×AIは興味深いですが、結局は人がどのように使うかにかかっています」

日本におけるイノベーションの課題と可能性

――小出
「超高齢化社会や労働人口減少で、日本はテストマーケットだと言われます。日本のAI企業は今後10年でマーケット機会はあるのでしょうか?」

――David
「日本は、山手線の周りに大手企業が密集していますよね。ヨーロッパでは各国に分散しているので、ビジネス機会として大変ユニークです。

もうひとつは、日本では労働集約的な業種も多いことから、機械学習を利用した自動化のニーズが高いことです。サービス業や製造業は労働集約的です。人口減少とも相まって、かなりチャレンジングな環境があり、そこに挑戦できるのは大きな魅力です」

――小出
「たしかに、『Tegaki』などの日本語認識はチャレンジングな取り組みですよね」
――David
「私は漢字は理解できませんが、AIはデータがあれば認識することが可能です。ディープラーニングによって、人が直接理解して作業をする必要がない。そこがAIのパワーでもあります」

David氏は、日本のスタートアップの状況についても言及した。

――David
「私が見てきたなかでは、ロンドンの金融業界はエコシステムがありました。ヘッジファンドや銀行がIT企業を持っているんです。産学連携も活発で、企業と大学が密接にリンクしています。

イノベーションに必要なのはエコシステムです。渋谷のスタートアップ群などを見ていると、エコシステムの形成はすでに日本でも始まっているので、その点は非常に良い動きだと思います」

――小出
「イノベーションの障壁についてはどうでしょうか?」

――David
「スタートアップについていえば、資金調達の環境も障害のひとつです。日本の資金調達環境を見ていると、シリーズAでは比較的資金調達が上手くいくケースが多いのですが、B、Cに進むと難しくなっている。

その結果、日本のソフトウェアスタートアップは中規模で終わってしまうことが少なくありません。アメリカは調達額がそもそも大きいので、スタートアップもあっという間に成長する環境があります」

イノベーションの源泉は「外部との交流」

ディスカッションでは、日本企業がどのようにイノベーションを起こし、産業競争力を増してけばいいのかも論点となった。

――David
「日本の強みを活用することが重要です。日本の製造業はハードウェアへAIを組み込んでいます。AI OCR機能をスキャナーに搭載したり、かのトヨタも自動運転に注力していますよね。

アメリカなどがすでにソフトウェアでプレゼンスを発揮していることから、日本がソフトウェアだけで勝負するのは難しいです。すでにプレゼンスがあるところにAIを活用する方が容易です」

――ミン・スン
「Fei-Fei Li氏はImageNetの製作中、同僚の教授に『画像のタグ付けでテニュア※は取れないよ。馬鹿じゃないの?』と言われたそうです。

その後のImageNetによるディープラーニングの躍進は誰が想像できたでしょう。そのときの彼女が得たは『絶対に人の話は聞くな』だそうです。

イノベーションは好奇心を最大限高めることで得られる成果だと思います。『もっと詳しく知りたい』という好奇心を持つことは、創造性に富んだ教育プログラムで実現できます。教育システムの変革によって、日本のイノベーションがより加速すると思います」

※テニュア……大学で、(教授として)終身雇用が保証される権利。終身在職権。
出典:デジタル大辞泉
――ミン・スン
「イノベーションへのもっとも大きな障壁は、技術に振り回され、未来の可能性を見ないことです。多くの場合、周りの言うことをそのままやってしまう。周りがみんなディープラーニングをやってるからやろうというのでは、技術しか見ていないことになります。そうなると、技術に固執してしまうんです。

それを防ぐには、外部と積極的に交流することです。そうすればインスピレーションが得られます」

――David
「私もクライアントなど、さまざまな業界の人と話すようにしています。問題を解決する前に、『そもそもこの業界では何に困っているのか』を見つけることが必要です。

解決法を見つける以上に『課題を課題と認識すること』が大事です。それはコミュニケーションによってしか成されません」

AIはセールスポイントではなくなる

最後に、今後5年〜10年のAIマーケットがどうなっていくのか、展望が話された。

――ミン・スン
「今後はエンタープライズ領域がより成長し、トラディショナルな業界に普及していくでしょう。コスト削減だけでなく、AIをうまく活用し、既存のビジネスを成長させることが重要になってきます」
――David
「AIは、これまで技術の話ばかりだった印象があります。次に来るのはAIを可能にする企業、つまりほかの企業がAIに取り組むのを助ける企業だと思います。

NVIDIAなどを見てもそうですよね。AI自体を売りものにせず、企業がAIに取り組む手助けをする。AIを活用するためのフレームワークを売る会社もそうです。

そうなったとき、地方自治体向けのAI OCRや金融業界向けのカスタマーサポートなど、AIの技術そのものを売るだけではなく、業界特化型でAIを売る企業が成長していくでしょう。AI技術は使うが、そこが唯一絶対のセールスポイントではない企業です。

GCP、AWS、Microsoftのクラウドなどもその一例です。技術を幅広くアクセス可能にする『AI Enabler』とも呼べばいいでしょうか。そういった企業が今後躍進すると思います」