人材育成はあくまで“脇役”。識者が語る「AI人材育成」のその先

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AI人材に関する議論が盛り上がっている。

AI人材を社内で育成するにはどうしたらいいのか? 優秀なAI人材を採用するには何をすればいいのか? また、そもそも「AI人材の定義からハッキリさせるべき」という意見もあり、SNSなどでも議論になっている。

そこで、AI人材育成の第一人者に話を聞くため、レッジが定期開催しているAI TALK NIGHTに、AI人材育成のスペシャリスト、AI人材の当事者を招いた。本稿では、当日行われたパネルディスカッションの内容を抜粋してお伝えする。

※イベントで使用された講演資料は本記事の下部よりダウンロード可能。

日本のAI人材育成の状況

イベントの詳細に入る前に、AI人材の現在地を振り返っておこう。

政府は6月11日、「AI戦略」を正式に決定した。なかでも人材育成は「一丁目一番地」と位置づけられ、初等、中等、高等教育、社会人すべての世代でAI人材を育成していく方向性を示している。

そのなかで、経済産業省が主導し進められているのが、「課題解決型人材育成」を行うスクール「AI Quest」の設立だ。

政府は2025年までに、

  • すべての大学、高専の年間卒業生約50万人が、初級レベルの数理、データサイエンス、AIを習得
  • 文理問わず一定規模の大学、高専生の年間卒業生約25万人が、自らの専門分野における数理、データサイエンス、AIの応用基礎力を習得
  • 社会人から年間2,000人のエキスパート人材、100人のトップ人材を育成

発表されている大学、高専卒業者の50%である年間25万人のうち、AI Questの主眼は、企業や社会の課題解決のために、AIを社会実装できる人材の育成だ。

AI TALK NIGHTの登壇者であり、経済産業省でAI Questを立ち上げから行っている小泉誠氏は、「拡大生産性(大量に横展開可能なこと)の高い教育手法を確立すべき」と語る。

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 課長補佐 小泉誠氏

――小泉
「たとえば、日本には資本金10億円以上の企業でも約6,000社存在しますが、それぞれに1人ずつでも6,000人必要となる計算です。中小企業は約380万社。AI人材不足はスクールひとつ作っただけでは解決しません。

もっと拡大再生産性の高い教育手法が必要だという課題感から、AI Questを政策立案しました」

一方、海外の人材育成はどのような状況なのか。

先進的な事例として、フランスでXavier Niel氏(仏通信グループIliadのCSO)が設立した無料のテックアカデミー「42」では、ゲーミフィケーションを取り入れたPBL(Problem Based Learning)を実施しており、少人数の教材作成者で年間1,000人を育成。拡大生産性(大量に横展開可能なこと)のある人材育成を可能にしている。

しかし、こうした海外の先進的な事例を「単に真似すればいいというものではない」と小泉氏はいう。

――小泉
「ヨーロッパでは教育において30年以上前からPBLに取り組んでおり、また、ハーバード・ビジネス・スクールなど欧米のビジネススクールでは、ケーススタディによるPBL的な手法をずっと行ってきました。

一方、日本では歴史的に寺子屋の文化が強く『どの先生に教わるか、誰に弟子入りするか』が重要視されているように見受けられます。そのため、日本では何となく個別や少人数制の塾などが良いように思われがちですが、拡大生産性の観点では問題です。

ここ数年が勝負と言われている中、AI人材においてもスピードが重要になるということを、経営者も理解する必要があります」

登壇したスタンダード CEOの石井大智氏も、「集合式の研修は馴染みがあるが、AIでは無謀」と口を揃える。

株式会社STANDARD 代表取締役CEO 石井大智氏

――石井
「もちろん基礎的な事項は教えられますが、AIの領域では都度新しいことが現れ、理解が必要な内容も深くなる。AIを使って利益を上げるまでは膨大な量の知識が必要ですし、それをいちいち教室でやるのは非現実的でしょう」

AIは誰ひとり「土地勘」がない

石井氏がCEOを務めるスタンダードでは、AIに関する法人向けの研修を提供しているほか、AI活用に関する企業からの相談にも乗っているが、内容が漠然としているものが多いという。

――石井
「企業から問い合わせをいただくときは、『うちもAIでなにかやりたい』などふわっとしたものが多いです。AI開発は誰も正解にたどり着いているとはいえず、誰も土地勘がない。

問い合わせいただいた企業とすり合わせながら、AIが手段として使えると分かった段階で、じゃあまずはAI人材の育成だね、という流れになることが多いです」

同じく登壇したリコーの仲川正則氏は、スタンダードの研修を受け「AI人材」になったひとりだ。

リコーでwebサービスの開発やインフラ構築などに従事していたが、AIは未経験だった。スタンダードの研修を受講後、みずから論文も発表するほどになっている。

当時、研修受講を社内で呼びかけたが、残ったのは仲川氏ひとりだったという。

株式会社リコー デジタルビジネス事業本部 センシングソリューションセンター AI基盤チームリーダー 仲川正則氏

――仲川
「AIの知識やスキルを身につけても、すぐには売上につながりません。AIはデータがないとアウトプットが予想できないので、ROIを出しにくい。『AIでこういうことがやりたい』と提案しても、リターンとして明確な数値を求められるため、会社組織ではなかなか手が上がりにくい。加えて上層部のAIに対する意識もそこまで高くありませんでした。

企業としてROIを求めていく姿勢も大切だとは思いますが、バランスが重要だと感じます」

AIプロジェクトでは、初動でどうやって社内の理解を深めるか、上層部の協力を取り付けられるかが成功のカギを握る。

スタンダードは企業上層部向けの研修も行っている。全体像を掴んでもらうためにAIについての基礎的なリテラシーを伝える内容だという。

――石井
「担当者が勤務時間外でがんばってようやく理解される、という状況は大変なので、そこをサポートしたいと考えています」

社内での協力をどう得るか

では、登壇者唯一のユーザー企業であるリコー社内でAI人材育成は進んでいるのだろうか?

――仲川
「R&D部門ではAIに関する先行研究も行われていますが、事業部サイドまでは浸透しきっていません。

技術情報の共有に関しても事業部と研究開発部門の間で活発でもないので、全社をあげてという空気は現場まではまだまだ感じられないのが実情です。

ただ自身が所属している組織では理解があり、先進的な技術の検証など即リターンがでないものでもPoCをさせてくれています。そういった社内組織やメンバーが実はいろんなところにあるんだと思います。

社内では新しいことに取り組むよりも言われたことを確実にこなすほうが評価は高い傾向にあるので、リスクテイクはしたと思っています(笑)」

しかし、ひとりで行動を起こすうちに社内でも興味を持つ人が出てきたという。

――仲川
面白そうなことやってるね、と社内で協力者が出てきました。

でもデータを触りたがらない人もいて。データを触ってもらうことで、AI人材では気が付かないことに気がついたり、ドメイン特有の課題が活きる場面もあるので、協力しあってAIを作るのが大事だと思います。

AIは結局データが集まらないと何もできないので、長い目で見て欲しいとも思います。部署横断のスモールチームでできるような、社内ベンチャーで取り組むのが理想的ですね」

石井氏は、現時点においてAIで特定の企業が成功しているとは断言できないが、企業の失敗事例自体は積み上がってきており「AIの『べからず集』が分かってきた」と語る。

――石井
「いちばん重要なのは、社内の協力をどう得るかです。そのためには、トップがAIの必然性を語らないと変わらない。ちょっとした手間を惜しんで、1年2年が経ってしまいます。やりたいと言っているけど、モチベーションが競合のプレスリリースとかもあるわけですよね。

地に足をつけたファーストステップを飛ばさないことです。AIはかっこよくいかないし、本当に泥臭いです

――小泉
出島プロジェクトのような、トップ直下の特命チームも一つのやり方としては有効だと思います。最初は馬鹿にされることも多いと思いますが。また始まったよ、みたいな。

でも、なにかひとつ成果が出ると『これいいね!』といって飛びつく人が出てきます。どこかでコインの裏と表がひっくり返るタイミングがあるんです」

日本的な企業では組織体制が縦割りで、隣の部署が何をやっているかも知らないことが多い。それをいかにつなぎ、さまざまな部署を統合してデータをどう集めるか。スタートアップのような素早くアクションを起こせるチームをどうつくるか。まずは数人で始めてみるのがいいかもしれない。

人材育成が主役になってはいけない

――石井
「スタンダードのユーザーコミュニティでよく聞くのが、AI開発は、放っておくとどんどんスケールが大きい話になってしまうということです。ハードも必要だ、もっとこういう機能がほしい、というように。

でもすべて完遂するには高度なことをやらなきゃいけない。しかし、そうなると誰も頼れる人がいないので、行き詰まるんです」

この問題を解決するため、事業そのものを進めながら人材育成も同時並行できるようなコンテンツを作成中だという。コンピューターサイエンスを広く深く知っている人材は限られており、もしいてもそのような人材は他人の教育に積極的ではない。「集合知を活かす必要がある」と小泉氏は言う。

――小泉
「経産省ではAIに関わる知財整理のガイドラインを作っています。企業がデータを社外に出さないのは、やはり『出して大丈夫かどうかわからないから出さない』ケースが多いんです。

AIはひとりで全部やろうとするととんでもなく広範な知識が必要になる。そうではなく、ひとりひとりの組み合わせが重要です。コンピューターサイエンスの知識をすべて持っている人はいませんし、あらゆる産業のドメイン知識を持っている人も存在しません。社内外含めて、しっかりとフォーメーションを組むことが重要です」

――石井
「本当に、データを出さない理由は『なんか怖い』以外にありません。知識さえあればそれは解決できる。

留意すべきは、人材育成はあくまで“脇役”ということです。最近では企業のリテラシーも上がってきており、育成のさらにその先ができるようになってきました。今後、よりプロジェクトを成功に導ける人材育成ができたらいいなと思います」

――小泉
「AI人材は目的ではありませんが、しかし無視できません。人材なしではことが前に進まないため、AI戦略のど真ん中に置いています。『人材育成の向こう側まで意識した人材育成』が必要です」