「AI TALK NIGHT vol.2」イベントレポート ── 電通が語ったAIプロジェクトの秘訣は“小さな成功の積み重ね”

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レッジは5月21日に、「AI TALK NIGHT vol.2」を開催しました。

AI TALK NIGHTとは
「これってAIでできますか?」をテーマに、AIを導入しようとしている企業が持つ、
・「やることは決まっている」けれど「できるかわからない」
・「できるらしい」けれど「どこに気を付けるべきかわからない」
・「できるらしい」けれど「なにが最適であるのかわからない」

などの悩みを、AIのスペシャリストであるゲストに直接ぶつけられるトークイベント。レッジのイベントスペースで定期開催しています。

第一回のレポートは下記から。
キカガク吉崎氏を招いた「AI TALK NIGHT vol.1 “これってAIでできますか?”」イベントレポート

今回はゲストとして、株式会社電通におけるAIビジネスの第一人者のお二人をお招きしました。

【スピーカー】株式会社電通 データ・テクノロジーセンター 福田 宏幸氏

2000年 株式会社電通入社。コピーライターとして数々の制作業務に携わった後、データ・テクノロジー領域に興味を持ち、AIコピーライター「AICO」など、社内外のAIソリューション開発を手がける。また、社内横断プロジェクトチーム「AI MIRAI」「AI Creators Club」などを推進する。現在、東大の新領域の博士課程に在学し、ディープラーニングを活用したバイオの研究も行っている。

【スピーカー】株式会社電通 事業企画局 チーフ・プランナー 児玉拓也氏

2007年電通入社。本年より立ち上がった社内横断組織「AI MIRAI」の推進役として、20以上のAI開発案件に関わる。

【モデレーター】株式会社レッジ CMO 中村 健太

webコンサルとして数多くの実績を持つ株式会社レッジのCMO。2014年より一般社団法人日本ディレクション協会の会長を務める。主な著書に「webディレクターの教科書」「webディレクション最新常識」など多数。レッジではAIコンサルティング事業のプロデューサー、企画プロデュースのマネジャーとして大小数々のAIプロジェクトを成功に導いている。

電通のAIの取り組み

最初に、電通のAIの取り組みについて、福田さんから紹介してもらいました。

――福田
「こんにちは。福田と申します。電通で広告制作に携わった後、2016年に電通デジタルに出向して今は『AI MIRAI』に携わっています。その一方で、大学院の博士課程に通って、ディープラーニングを使ったタンパク質の研究などをしています。

電通は、世の中の課題を解決する手段を常に探していて、AIも一つの手段だということで、『AI MIRAI』を立ち上げました。多くのベンダーが技術ありきで、この技術を使って何ができるんだろうねと考えますが、あくまでマーケット目線を大事にしています。」

電通の社内横断AIプロジェクト「AI MIRAI」は、現在50メンバー、25プロジェクトが同時に走っているそう。技術を活かすところが出発点ではなく、顧客の課題解決という切り口からAIを活用しようとしています。

――福田
「今日参加されている方々の中にも多いと思うんですが、上から「AIでなんかやれ」というふわっとした依頼をされたクライアントに対して価値提供をしています。その中で、『AIあるある』というのも電通なりに分かってきました。」

福田さんによる、AIあるあるは以下の3点。

  • AIは万能ではない
  • データがないと何もできない
  • AIでなくてもいい

「AIでなくてもいい」は、言い得て妙ですね。AI活用は手間も時間もお金もかかるものなので、AI以外で済むなら無理に活用する必要はないとのこと。

――福田
「電通としては、AIビジネスは

・企画
・実装
・検証
・実施
・広告(PR)

の流れをうまくつなげることで初めてビジネスになるので、企画からワンストップで入る形をとっています。ビジネスを回していて最近感じるのは、『ビッグデータを活用しています』と、今わざわざ言う人はいないように、AIはすでに日常のツールになり始めているということです。」

たしかに、AI駆動のアプリなども最近増えてきました。すばやく簡単にモデルが組めるフレームワークなども充実してきましたし、認知も上がっているというのもうなずけます。電通内部でもAIコピーライター「AICO」が活発に使われている事例もあり、こちらは以前Ledge.aiでも取り上げました

――福田
「電通では『AICO』の例や、案件としてもマツコロイド(世界初のアンドロイドの対談番組)や、先日β版をリリースした『Advanced Creative Maker』という、広告クリエイティブを自動生成するツールも作ったりしています。電通内部での事例をためて、さらにAIビジネスを展開していきたいと考えています。」

AIを使った業務の自動化

今回のAI TALK NIGHTでも、参加者から事前に質問を募集しました。ここから児玉さんが加わり、参加者からの質問に答えていきました。

最初は「宛名処理及び周辺業務のAI化は可能か?」という質問。質問者の方の会社は、ダイレクトメールの宛先や宛名を集計しており、送られてくるのがエクセルやほかのフォーマットで、それを20人ほど手作業でデータを整形しているそうです。

――児玉
「データの前処理をどうするかという問題だと思うんですが、一番適用できそうな技術はOCRですね。それから、最近では非構造化データを整形できる、データプレパレーションツールというのも出てきています。」
――福田
「たとえば都道府県、市区町村、番地などの情報をひとつのセルにまとめる、などの自動化はデータプレパレーションツールを使えば可能です。」

自動化つながりでは、採用面接は自動化できるのか、という質問もありました。最近はAI面接官なども出てきていて、HR分野のAI活用はホットな話題でもあります。

――児玉
「ソフトバンクが、すでにAIを使って書類選考をおこなっていますよ。さすがに就活生からの抵抗感もあり、AIで書類を通すことはしても、落とすことはしていないそうですが。」
――福田
「AIでの面接なども既に一部活用が進んでいますよね。面接の日程調整などにも、チャットボットなどの形ですでにAIは活用されています。」

面接をAIに置き換えることで劇的にコスト削減につながるのはもちろん、HR領域は履歴書や職務経歴書などの書類が多く、RPAとOCRの組み合わせなど、さらなる活用が期待できます。

また、人事の領域では欠かせない話題である、部下と上司の相性。これを最適化するにはどうしたらいいか?という質問も。なかなか興味深いです。

――児玉
「電通でも、AIは使っていませんが、たとえばこのタイプの部下にはこのタイプの上司が相性がいい、などをラベリングし、部下に最適な上司をサジェストする、などのシステムは使っています。無理にAIを使う必要はないかもしれません。」
――福田
「ただ、これを完遂しようとしてしまうと、人事制度改革になってしまう。大きい会社であればあるほど、対抗勢力が現れるので(笑)、AI活用以前に気をつけないといけません。」
――中村
「(笑)。人事制度に関わらず、ある領域を最適化しようとするときって、たいていゴールが見えません。最適化に終わりはないんですよね。なので、精度が上がったかどうかも判断しようがないので、最終的に人が判断する工程を挟んだほうがうまくいく気がしています。」

最適化と聞くと、どこまで最適化すれば最適化できたと言えるのか、たしかに終わりが見えません。すべてではなく、できるところからやる。人の目が必要であれば、無理せずに工程に組み込む。AIの精度を過信するのは、まだまだ危ないようです。

AIで未来は予測できるか

AIで未来の予測はどこまで可能なのか、というテーマの質問では、電通のTVの視聴率予測ツール「Sharest」などの話で盛り上がりました。

――質問者
「電通さんのTV視聴率予測システム『Sharest』では、実際の視聴率と比較して、どの程度の差が出るものなのでしょうか?」
Sharestとは
電通が開発した、過去の視聴率データ、番組ジャンル、出演者情報、インターネット上のコンテンツ閲覧傾向などを教師データとしディープラーニングを用いることで、高精度にテレビ視聴率を予測できるシステム。
――児玉
「そうですね……。たとえば、単発でおこなわれるワールドカップなどの視聴率については、データが少ないので、その分ある程度の差は出てしまいます。逆に、ドラマなどの連続して放送される番組については、ベテランのプロデューサーよりも精度が高く予測できます。」
――中村
「すごいですね。どのタイミングまで予測できるんですか?」
――児玉
「現在出しているβ版については、7日後までの予測が見られますが、期間はもっと長くしたいと思っています。視聴率でも、使えるデータと使えないデータがあって、取捨選択する必要があるのですが、そこは企業秘密です(笑)。」

特に連続ドラマなどってある程度視聴率の伸びが悪ければ打ち切りなども起こりそうなので、「Sharest」で予測することで、ある程度テコ入れするかどうかも決められそう。こういった対策が立てられるところが、予測のいいところですよね。

――児玉
「弊社のグループ会社である電通国際情報サービスでも、ビッグデータを用いて、機械の異常を予測する取り組みを数年前からおこなっています。電通内部で予測に関してはある程度の知見は溜まってきていますね。」
――福田
「異常検知系での難所でいうと、そもそも異常がめったに起こらないので、データ集めに苦労する点ですね。何でも教師あり学習という訳ではなく、教師なし学習と上手く使い分けた方がよいと思います。」
教師なし学習とは

機械学習の手法のひとつ。教師データにラベルを付けずに学習させることで、データの背後にある構造や法則を見つけ出す手法。

異常検知には、「何が異常なのか」というデータが大量に必要ですが、そもそも異常はめったに起こらない。結局は今までの傾向から判断するしかないので、教師なし学習といった手法は今後どんどん使われていくのでしょう。

AIプロジェクトに重要なのは成功体験

――中村
「個人的な質問になるんですが、電通さんでデータを集めるフェーズからプロジェクトに携わる場合、というのはどのくらいの期間かかるんでしょうか?」

――児玉
「基本的に、データ集めからっていうのはあまりなくて。今あるデータでできることからはじめませんか?というところから提案していますね。もしくは、今のシステムをこう変えたらデータがたまりますよ、みたいなアドバイスもしています。」
――中村
「なるほど……。データを貯めるだけの事業ってたいていうまくいきませんもんね。データ集めが目的化してしまっていると、従業員のモチベーションも下がります。」
――児玉
「そうなんです。とどのつまり、AIプロジェクトって、やってみないとわからないんですよね。未来を描きにくいプロジェクトなので、地道に成功体験を積み重ねることが大事です。精度が出ない期間が続くと、精神的にも辛くなってくるので。

最初に今あるデータできるところまでやって、ある程度の成果が得られたらちゃんとした事業を展開しませんか、というステップを踏まないと、後でみんなが辛いです。」

なまじAIに対する期待が高い企業ほど、データが集まらない、精度が低いといった理由でプロジェクトがストップしてしまうケースが多いですが、そんな理由があったとは……。

最初に期待値コントロールをすることももちろんですが、地道な成功体験を積み上げていくことが、プロジェクトの存続には重要なんですね。

――児玉
「特に精度が出ないうちは、捨て銭と思ってやる覚悟が必要です。そういう意味で、ひとつひとつフェーズを切ってくれる会社は信頼できると思います。最初から数千万単位を投資するのはリスキーなので。」

AIプロジェクトの不安定さに向き合うこと

今回のAI TALK NIGHTで感じたのは、精度が出ない、データがないなどの、AIプロジェクトの不安定さ。冒頭で、「AIあるある」として福田さんが仰っていた、AIを使わなくてもできるのなら「AIでなくてもいい」という言葉が印象的でした。

AI活用に踏み出すことは、茨の道に踏み出すことと同義なのか……と思いつつ、まさに現在、AI活用が民主化されている渦中にあります。レッジでも、AI TALK NIGHTのようなイベントを通じて、AIのビジネスへの普及に貢献できたら、と大いに感じた夜でした。

AI TALK NIGHT vol.3は6月29日に開催予定です。こちらもお楽しみにお待ちください。