2019年3月23~24日、開発したアルゴリズムを自動運転プログラムに実装し、試験路での自動走行時のアルゴリズム精度を競う競技「自動運転AIチャレンジ」が開催されました。
そのサイドイベントとして、東京大学大学院 特任准教授 松尾豊氏、TRI-AD取締役 最高技術責任者 鯉渕健氏、本田技術研究所 上席研究員 杉本洋一氏、 日産自動車 総合研究所所長 土井三浩氏、ティアフォーCTO 加藤真平氏など、AI、自動運転分野の第一人者が一同に介し、「自動運転と未来のモビリティ社会」をテーマにパネルディスカッションが行われました。
ディスカッションで浮き彫りになったのは、自動運転のさまざまな“課題”。実用化に立ちはだかる技術的、社会的な課題をどのように解決していけばよいのか、5人のスペシャリストによる白熱した議論をお届けします。
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 特任准教授
鯉渕 健氏
トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社(TRI-AD) 取締役 最高技術責任者/トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー 先進安全領域 領域長
杉本 洋一氏
本田技術研究所 上席研究員
土井 三浩氏
日産自動車株式会社 VP、総合研究所所長、Alliance Global Director
加藤 真平氏
東京大学大学院情報理工学系研究科准教授/株式会社ティアフォー創業者 CTO
自動運転導入の第一歩は、明確な安全基準を作ること
最初のトークテーマは、「自動運転実用化の基準について」。自動運転車による事故をどう捉えるか、倫理的問題にも踏み込む議論が行われました。
「自動運転の実用化で問題となるのは、どこまで安全が求められるか、ということです。自動運転による事故率が人間の平均的なドライバー程度では認められないでしょう。かといって、じゃあどれくらいなら許されるのか。
仮に、交通事故の80%が自動運転で削減されても、残り20%の事故が取り沙汰され悪目立ちするでしょう」
「私は、実用化にはとりあえず明確な安全基準を作るほかないと思います。
航空業界では、人命に関わるクリティカルな事象の発生率が10のマイナス9乗(回・飛行時間)以下、つまり、10億時間に1回の発生以下に抑える、という明確な安全基準が定められ、この絶対的な基準を根拠に、全ての部品、飛行の基準が規定されています。
たとえば、航空機にパイロットが2人搭乗する理由は、1人が心臓まひになる確率は10のマイナス9乗を上回っているが、2人同時になる確率はその基準を下回るから。自動車業界も、航空業界と同じく、一旦何らかの明確な安全基準を設けてしまえば、その基準を基に様々なオペレーションの決定が可能となるでしょうね」
また松尾氏、加藤氏は、自動運転をめぐる政治家の役割についても言及しました。
「自動運転車の事故をめぐる倫理的問題が取り沙汰されますが、そもそも、多かった事故が自動運転で減るのは明らかに良いことでしょう。本当は、事故が減るのだから実用化しよう、という世論が形成されるべきで、これは政治家が取り組むべき課題だと思います」
「政治家が取り組むべきは、自動運転の実用化に伴うリスクのリストアップ、それぞれの発生確率、深刻度の数値化、対応の明確化です。事故がどうしても起こってしまうことを前提に、さまざまな対応策を考えるべきでしょう」
法律はプログラム的になるべき。自動運転を前提とした社会設計
自動運転が実用化されたとして、どのような社会的課題が立ちはだかるのか。杉本氏、土井氏は、自動運転はどう社会に溶け込めばよいか、について言及しました。
「自動運転車って行儀よくないといけないんです。道路交通法に従って、きっちり速度制限を守ったり。
でもそれだと、人間の運転手からすれば遅くて邪魔だと感じる場面もあるでしょう。全ての車がただちに自動運転に切り替わるなら問題ないでしょうが、人間が運転するなかに、うまく自動運転車が混ざっていくにはどうすべきか、は大きな課題ですね」
「セグウェイってあまり日本で流行ってないですよね。今のモビリティ社会は、人が歩くか、車が走るかの2つが基本。セグウェイには規制もあって居場所がないんです。
自動運転車でも同じような問題が発生するでしょう。ただ自動運転車を作って『ハイ終わり』ではダメで、自動運転を今のインフラに合わせるのか、それとも新しく設計し直すのか。社会設計を長期的に考えなければいけません」
また、松尾氏は、自動運転に関する話題に留まらずIoT社会における社会的課題に言及。法律をアップデートすることが必要だ、と主張します。
「法律はプログラム的になるべきです。これから『学習する人工物』が世の中一般で広く使われていくのは間違いないでしょう。そのなかで、法律は、“計算した値がこの値を超えてはいけない”といった、プログラムで書けるような一意的で解釈の余地がない必要があります。
法律のあり方そのものが覆るような話ですが、法学の専門家の方々が率先して議論すべき課題だと思います」
「安全」を超えて「安心」を目指せ
ここまで、自動運転をめぐる社会的課題が議論されてきましたが、技術的にも、ローカルへの対応、安全を超えた安心設計など、まだまだ課題が残されているといいます。
「まず、そもそも自動運転が難しい領域です。
今でも『運転支援』のシステムは多々ありますが、これはあくまで人間の運転をサブとして補助するだけ。ドライバーがうっかりした時だけ対応できれば問題ありませんでした。
ですが自動運転では事情が大きく異なります。運転は人間が行う高度なことで、それを自動運転で完全に置き換えるのはなかなか難しいです」
「自動運転は、どの国、地域で行うかによって、AIが判断すべき状況、情報が大きく変わってきます。自動運転はローカルなタスクであり、各環境に合わせた設計が必要となります。
そのため、土台となるテクノロジーは大手自動車メーカーが開発し、個々の国、地域への自動運転サービスの提供は、地元企業が進めて実装していく形で、だんだんと浸透させていくほかないでしょう」
「運転は確かにローカルなタスクです。日産では、自動運転車が走れる環境があるシリコンバレーで基本のロジックを作り、横浜で実証実験を行なっています。しかし、横浜は停車車両が多く、進路変更が多いなどの環境の違いに対応する必要があります。
さまざまな環境に自動運転車を適応させるには、自動車のステアリングなど基礎の部分ができたうえで、ソフトウェアの部分をローカルに対応させることになります。AIが何をやろうと、ハードウェアの重要性を無視することはできません」
「また、自動運転は安全の一個上、安心まで目指さなければいけません。
私自身、自動運転車に乗ることは多いですが、急に止まるなど車が変な動きをするとやはり怖いと感じます。ぶつからなきゃいいというものではなくて、安全であることは前提に、安心設計をどう作っていくかも技術的な課題です」
自動運転分野は、挑戦しがいのある魅力的な環境
ディスカッションの最後は、自動運転分野にどのようにして優秀な人材を呼び込むかについて議論されました。
「良い人材を引き付ける条件は、開発が魅力的であること、良い環境で働けること。開発という観点では、自動運転は車に留まらず、モビリティそのものを変える可能性を秘めています。エンジニアにとっては、数十年に一度の、大きな変革がある面白いタイミング。若手の優秀なエンジニアが参加するには十分に魅力的な分野でしょう。
環境という観点では課題があります。これまで、トヨタはハードウェア重視のビジネスモデルでしたが、これからはソフトウェアエンジニアの受け入れ態勢、やりがい、働く環境を改善する必要があるなと感じています。
ハードウェア、ソフトウェアそれぞれの開発の違いを考慮しながら、スピード感ある開発を実現する環境構築を進めていきます」
「優秀な人材を呼び込むには、無駄を削った環境づくりをしていくことが重要です。AI開発環境は変化が激しいうえスピードがとても早い。優秀な人材が求めるような環境、そしてやりがいのあるチャレンジングな仕事が用意されていれば自ずと集まるでしょう」
また、加藤氏からは、今回自動運転チャレンジに参加した学生たちに向けてメッセージが送られました。
「応用なきAIに価値はありません。今回のチャレンジのように、ただプログラムを組むだけでなく、実際にAIを活用してみるといった実践経験が大切です。
AIの活用について学んだうえで、チャレンジした経験を色んな人に広めてください。これから業界を盛り上げていく皆さんには、ぜひコミュニティを広げていってほしいと思います」
今回のディスカッションでは、自動運転の実用化にはまだまだ社会的、技術的課題が山積していることが浮き彫りになりました。ですが、すでに実用化に向けた具体的な議論が行えるほど、自動運転が現実味を帯びているのも事実。多くの若く優秀な人材がこの領域に参入していくことで、ますます開発が加速化していくでしょう。
加藤氏によると、自動運転関連のベンチャー企業は、運転技術だけでなく、自動運転が実用化された社会を見越して、車内での過ごし方などのコンテンツ事業の展開まで構想しているとのこと。自動運転が変える未来のモビリティ社会への期待が高まります。