エンジニアとして尖った腕を持つよりも、「どんなテクノロジーでもまずあの人に」と言われる人材が事業会社の技術活用をリードする

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事業会社で活躍するデータサイエンティストに、仕事のやりがいやキャリアパスを聞いていく当企画。今回語っていただくのは、株式会社ベネッセコーポレーション 事業戦略本部 小川修一郎さん。新卒で入社した大企業を早々に退職し、教師、ITコンサル……などと渡り歩いて、再び教育業界に戻ってきた。

5回の転職や2度の大学生活を経て、さまざまな経験を積んできた小川さんのキャリア観を紐解く。聞き手はデータストラテジー代表の武田 元彦さん。

誰もが知る有名企業で「数億円が吹っ飛ぶ」ケーブルの抜き差し

――小川さんとは日頃からプロジェクトでご一緒しているのですが、今回、キャリアのお話が聞けるとのことで楽しみにしていました。まずはこれまでのご経歴を聞かせてください。

小川 学部と大学院では電子工学を専攻していました。研究のメインテーマは「導体デバイスの設計および性能評価」。半導体はナノレベルのデバイスなので品質のばらつきが多く、統計的に製造プロセス評価をしていくしかありません。データの扱い方や評価方法もこのとき学びましたね。

卒業後は通信キャリア に入社しました。数千万ユーザのデータを活用した新サービスの企画開発をやりたかったのですが、いわゆる「配属ガチャ」でデータセンターの保守運用部門になりまして。「数億円 が吹っ飛ぶ」とも言われたケーブルを抜き差しする、責任だけ重い仕事でした(笑)

高校教師、ハードウェアメーカー、SaaSベンチャー、ITコンサル、そしてベネッセに出会う

小川 もともと新サービスの企画開発をやってみたいと考えていたので、保守運用の道を突き進む、という気になれず。在学中に取っていた教員免許を生かして、新サービスに対する感受性が高い高校生を相手にする 高校教師として働きはじめます。非常に面白かったのですが、生徒が卒業すると、それまでの関係性が一旦リセットされてしまうのを体験し、ちょっともったいないな、と感じました。

この間に進路指導への活用と自分の知識のアップデートのために 大学に入り直しました。テクノロジーと組み合わせたい、という軸があったので「できるだけテクノロジーと距離がある分野 だと面白い」と考え、美術系大学への進学を決めました。チームラボやライゾマティクスが手掛けているような、技術を活用したデザイン、アートを学びます。

大学卒業と同時に大学院時代の先輩に 声をかけていただいたこともあり、ハードウェアメーカーに移りました。機器の状態をセンシングし故障予測するなど、データを活用した新サービスが始まったところでした。

2年くらい勤めたところで会社の方向性が大きく変わってしまい、このタイミングで SaaS を提供する ITベンチャーに転職し、3年ほど在籍していました。教員経験から、ユーザに一番近い部門の カスタマーサクセスの立ち上げを担当することになります。ダッシュボードを開発をしたり、BigQuery、RedShiftなどを使ってデータを整備し、お客様対応に必要なデータに素早く簡単にアクセスできるようにしたりといろいろやってみました。

――なるほど。

小川 ここまででまだ半分くらいです(笑)

在職中、ITコンサルティング会社に行った元同僚から「IoTの新規事業を立ち上げたいから、デザインから、ハードウェア、システム構築までひととおりできる人が欲しい」と声をかけていただいたんですね。私はひととおりの経験もありますし、この人と一緒なら面白いことができそうだと思って、話を受けます。

入社後はシステム導入コンサルやデータセンター移設のプロマネをし、新規事業開発でIoTのシステムを作っていました。これも非常に楽しかったのですが、引き合いが少なかったことや立ち上げたばかりで短期的には利益が出なかったこともあり、一旦ペンディングとなってしまいます。また、話がちょっと違うなと。

ゆるく 転職活動をしている中で、ベネッセと出会いました。私がこれまで重視 してきた教育×テクノロジーの分野で、プロトタイプ開発とデータ分析ができる人材を求めている。しかもマイコンを使ったプログラム教育を開発中、とのこと。これなら私の今までの強みも生かせるし、ライフワークになっている教育分野でもある。これだ、 と思って転職を決めました。

――非常に面白く、幅広い経歴ですね。ハードウェアエンジニアでも、製造プロセスまで踏まえると統計的なデータ分析の知見を持っている方は確かにいらっしゃいますね。

小川 大学院では大量生産プロセスの評価を扱っていたので、その際にデータ分析や統計の経験を踏みましたね。エンジニアとしてはハードウェアベースですが、データやシステムの知見もあるかなと。

「自前の開発だけじゃ生きていけない」

――トラディショナルな現場だと「クラウドを全然触ったことがない」という方も少なくないのかなと思いますが、小川さんの場合は「プロト開発」や「新規事業」がキャリアのキーワードになっているので、クラウドやIoTなどの先端技術に触れ続けてきたという印象を持ちました。ご自身のキャリアで、常に新しいテクノロジーを追う、という点は意識されていたんですか?

小川 そうですね。もともと新しいこと好きということもありますが、1社目もすぐに退職して教員になっていますから、ずっとエンジニアをしていた人に、エンジニアリング スキルでは勝てません。美術系の大学に入り直した時に、自前の開発ではなくて、最先端のテクノロジーをいち早く吸収し、何かと組み合わせてユーザーに新しい顧客体験を提供できるようにならないと、私はこの先生きていけないな、と考えて理工系の大学ではなく、あえて美術系の大学に入り直したわけです。

なので、新しいテクノロジーは意識していますし、例えばクラウドは実サービスで使えるかどうかすぐ試せて判断 ができるので、私の志向と非常にマッチしたなと思っています。

傷ついた半導体がキャリアの方向性を決めた

――データ分析もデザインも、エキスパートとして道を究めようという方が多い分野ですよね。でも、小川さんのように、テクノロジーと別の要素を組み合わせて、周辺領域で戦うのもひとつの戦略なのかとも思っています。テクノロジーそのものを生み出すより、その組み合わせに可能性がある、と気づいたのはいつ頃だったんですか?

小川 大学院時代ですかね。半導体を研究していて、単電子トランジスタを作っていたときは「これって5年後はどうなっているの?いつ役に立つんだろう?」と思っていました。

あるとき、研究室で半導体の基板を活用する方法を考えているときに、基板の表面をわざと貫通するほど大きく傷つけて血液の赤血球を分離するフィルターに使う、という方法を思いつきました。実際に作成して共同研究先の研究所に収めたら評価も高く「まさにこういうものを探していました」とおっしゃっていて驚きました。

すでにある程度用途が確立している技術 でも発想を変えることで、 新しい価値を生み出せるんだな、という原体験でした。

――ハードウェアの生産プロセス評価の研究からスタートし、新規事業やプロト開発、美術系の大学でのデザイン、をキャリアの軸として選択するのはそう簡単ではないと思います。なぜそのような道に進まれたのでしょうか。

小川 デザインも、我々が目にする部分は結果だけですが、その背景には何百という試作パターンや、なぜこのフォントは違うのか?というような細部に渡るまでのロジック があったりします。研究やテクノロジーも一緒で、なぜやるのか、なぜこれを選んだのか、精度はどうなのか、を実験を繰り返しながら考えますよね。根っこは全て同じだと思っています。

私がプロトタイプが大事だ、と思うのもそれがきっかけかもしれません。数を打って、結果を届ける相手に感想を聞きながら、価値を検証していくのが大事かなと。

――プロダクト開発だけでなく、データ分析でもプロトタイプは大事ですね。プロト開発で小川さんが大事にしていることはありますか。

小川 粗くても良いので肝が検証できることと、それを早急に実ユーザに試していただくこと 、ですかね。 ユーザーが面白いと思えばシステムを作り込むし、そうでなければ企画自体を練り直します。美大時代に、観客の視線を利用するアート作品を作ったことがあるのですが、視線検知のシステムを作っても全然上手くいかないので、壁の後ろに人を配置して、スイッチを持たせて操作してもらったこともあります(笑)。それは好評だったので、その後で視線検知のシステムを作りこみました。

――AI導入でも同じですね。いきなりAIやシステムを作るのではなく、まずはAIが出来たと仮定してなかで人ががんばって、価値検証できたらシステム開発する、というアプローチはよくあります。デザインでも同じですね。

いろんな領域で「テクノロジーならあの人」と声をかけてもらえるように

――うーん、非常に面白いご経歴ですね。お話をお伺いしていると、たまたま誘われた、とか偶発的な部分もあるかもしれませんが。ロールモデルや参考にしているキャリアはありますか?

小川 キャリア像、という話からは少し離れますが、特定の領域に留まらず、色々なところに顔を出して人脈を作ることは心がけていました。業界内で気づきにくい問題や、うまくテクノロジーとマッチできていない部分は自分が全て拾いにいくつもりで。

ジェネラリスト的にハードウェア、ネットワーク、システムなど幅広く分かる人間として名前を売っていれば、「テクノロジー関係で困ったときはあの人に声をかけてみよう」という状態が作れるかなと思ったんですね。ちょっとしたプロトタイプなら自分で作れるし、もし高度な開発をしたいならベンダーさんへの通訳もできる、と。

――なるほど。事業会社だと、そうした人材を社内で抱えるのか、外部に委託するのかは大きな論点ですが、小川さんは実際にベネッセ社内でそうした活躍をされていると思います。事業会社でそうした人材を社内に持つメリットはなんでしょうか。

柔軟さですね。スコープやテーマが変わっても、新たにベンダーに依頼する手続きで時間がかかるものをすぐにできる。特にこれからの時代、テクノロジーが必要ない事業は存在しないと思います。どんなテクノロジーが本当に必要なのかはサービスを企画するまで分からないことが多いので、幅広くテクノロジーがわかる人材が求められるという時流はあると思います。

子供の頃からテクノロジーにふれる環境をつくりたい

――サービスを実際に企画するまで本当に必要なテクノロジーは分からない、は私も同意です。その一方で、それに気づいている人は決して多くないと思うのですが。

小川 日系事業会社で働く一番の問題は、テクノロジーをある程度興味を持って理解できる人が社内にそう多くない、というところでしょうか。

ベネッセはこれまでは紙のコンテンツが多かったこともあり、テクノロジーを使って何かをするという経験をもつ人はそう多くないです。 もしテクノロジーが絡むサービスを企画しても、何ができるかわかる人は少数派だと思うんです。

もし社内にもっとテクノロジーを理解できる人が多かったら、違うサービスや企画が生まれるし、プロトタイプで検証してみる、ということができるんじゃないかな。

――それは私も非常に重要な課題だと思います。まさに日系企業の経営課題、なんでしょうね。小川さんの考える”処方箋”があれば教えてください。

小川 まさに教育かな、と思っています。子供の頃からプログラミングをやってみたり、マイコンボードにふれるのが当たり前になれば、技術ベースの発想ができる人が増えていくんじゃないかな。今、弊社でやっていることが日本全体を変えるきっかけになるかなと思っています。

オンライン授業の表情解析やプログラミング教材開発に取り組む

――小川さんとは普段プロジェクトでご一緒していますが、せっかくなので、改めてテクノロジー教育で小川さんが今取り組まれていることを簡単にお伺いしてもいいですか?

小川 新しいサービスを調査するR&Dチームと、STEAM(スティーム)教育のサービスを作ろうという2つのチームに在籍しています。

R&Dチームでは人が学ぶ・成長する過程を支援するためにテクノロジーとデータ をどう活用できるかを研究しプロトタイプ開発 をおこなっています。例えばオンラインレッスンの映像やアプリ操作のログを取得・分析し、学習者に還元するシステムを開発しています。

こうやって打ち合わせをしていても 、むすっとしているよりはにこやかに喋ってもらうほうが安心しますよね。オンライン授業でも、指導者にこういった指導改善の気づきとなるヒントやアドバイスを提供したり、そもそも学習者が意欲が持続しやすいような学習環境を自動で調節したりできると効果があるんじゃないか、と。

もう1つのチームでは、プログラミング教育としてマイコンボードを使ったオンラインレッスンのサービスを開発していました。その知見を生かして現在は各事業部の企画支援をおこなっています。

――今はオンラインシフトが進んでいるので、より広がりがありそうですね。

小川 はい、オンラインでは、オフラインの会議よりはるかに多くのデータが取りやすくなっています。キーボードやマウスなどのデバイスから取得できる行動データも活用し、学習者の様子を多面的に解析してみたいと思っています。

――先ほどの「テクノロジーに関して興味がある大人を増やす」、というのは、今されている業務が小川さんのミッションとして紐付いているということですね。今後のキャリアパスも、テクノロジー教育分野で考えられているんですか?

小川 キャリアとしては、教育×テクノロジーを中心にやっていくのが一番いいかなと思っています。テクノロジーを駆使して、学習履歴だけじゃなくて学習に取り組んでいる状況を把握できるようにする。

子供自身が集中して学習できるようになるだけでなく、これまで人が介入していた部分をコンピュータが巻き取って自動化することで、学習者へ提供する価値を向上させつつ、 教育者の負担を減らし、人でないとできない教育により時間を裂ける世界になるといいなと思っています。

「テクノロジーならあの人」と声がかかる人材を教育で増やしたい

小川 一方で会社の外に目を向けると、いろいろな業界でテクノロジーを使ったプロトタイプが求められているのを感じます。

自社のWebサイトやECサイトを作りたい中小企業さんや、プロジェクションマッピングやアーティスティックな演出をしたいというイベント会社さんから「どこに相談したら良いかわからない」というお話を聞くので、そうした企業同士をつなげることができる人を育成する、という仕事もあるかな、と。

――私もよくそうした相談を受けますが、「どこに相談したらよいか分からない」で困っている方、結構いらっしゃいますよね。

小川 よく聞くと、やりたいことはあっても、何が必要か分からない、という方が多いので、要件を聞き出す人が必要なんですよね。この問題もテクノロジー教育が普及すれば、解消される気がしています。

どこにいてもデータに関わるからこそ、自分のやりたいことを形になるまでやってみよう

――最後に、この記事を読まれているデータ分析のキャリアを積みたい、と思っている方へのアドバイスをお願いします。

小川 これは私の考えですが、これからはデータを使わない事業はほぼない、と思います。どこにいてもデータに関わることになると思うので、まずは自分の興味があることをやってみて、スキルを磨くと良いんじゃないでしょうか。

私自身、1社目の大企業を早々に辞めていて「この先どうしようかな」と考えたこともありました。でも自分である程度やりたいことを形になるまでやれば、その経験は必ずどこかで活かせます。

なので「データ分析がやりたい」と思ったなら、社内のデータをちょっと触ってみるのもいいかなと思います。本物のデータを触るかそうじゃないかで、スキルの伸び方が全然違いますから。業務に関わるようなものを使って、何かやり続けるのがいいんじゃないでしょうか。

――私も過去を振り返ってみると、「このデータを分析したい」「こういうものを作りたい」という明確な目標・意志があったときが一番学びのスピードが早かったように思います。

小川 あとは人脈作り、「自分はこういうことやってます」とまわりの人に話し続けることですね。

いまデータ活用が流行ってきている、うちの会社もなにかしないとな、と考えたときにパッと思い出してもらえる人になれるかどうか。私自身、最近になって声がかかるようになってきました。

会社の文化次第で経験できる内容は違う

――小川さんはまさにご自身の興味がある教育×テクノロジーの業務をされていますが、実際入社されてみていかがですか?

小川 非常に良い環境だと思う一方で、社内で集めたデータを使うまでのハードルの高さは感じています。

一方で私のように、特定の業界にテクノロジーの知見を持ち込んで何かをしたい、という軸があるなら、大企業に入ってみるのもいいんじゃないでしょうか。 既存ユーザを抱えているのでインパクトが非常に大きいです。 これからデータ活用を進めていく、というフェーズの企業が多いと思いますが、自分のスキルを使って活躍していける楽しさはあります 。弊社でもデジタル人材は募集中ですので、教育に興味があれば色々ご紹介はできると思います。

――データ分析というテーマ自体がまだ新しいので、会社によってデータ活用のフェーズが全然違い、働き方や環境も大きく違いますよね。

小川  若い方は、まずデータ分析のスキルを身につけた方がいいんじゃないでしょうか。どんな企業でも、好きなドメインの知識をあとから蓄積できれば、いくらでも活躍できるチャンスはあると思うので。

逆にドメイン知識があってデータ分析やテクノロジーに興味がある、ということならいきなりドメインのほうに飛び込んでしまってもいいかなと思います。

――私もそう思います。自分のスキルのステージやスキルアップの仕方を踏まえて、どういう環境がいいのかを決めていく必要があるなと改めて思いました。小川さん、熱いメッセージをくださりありがとうございました。

聞き手:
DataStrategy代表取締役 / CEO
武田 元彦 (たけだ もとひこ)

スタートアップから大企業、地方自治体に対してAI/データ経営導入やDX組織の立ち上げを支援するデータストラテジー株式会社を2016年4月に創業。これまでに50件を超えるAI/データ経営導入、DX組織立ち上げを支援。100名超のデータサイエンティストが在籍するKDDI株式会社のデータ分析部署において、最も難易度の高いモデリングや開発を行う高度分析チームのリード、テック系企業での技術顧問等も実施。
東京大学大学院修了(経済学修士)。株式会社三菱総合研究所にて自治体向け戦略策定業務に従事した後に不登校の子どもへ教育機会を提供するNPO団体幹部、フリーのデータサイエンティストなど、多岐にわたる活動を経て現在に至る。