AIは「置き換え発想」では使えない。AIが拓く未来に企業が取るべき戦略

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写真は左から、株式会社シナモン 執行役員会長 加治慶光氏、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 北野宏明氏、楽天株式会社執行役員 森正弥氏、株式会社シナモン 代表取締役社長 平野未来氏(Ledge.ai編集部撮影)

多くの企業でAIが活用され始めている。しかし、実際AIをどのようにビジネスに活用すればよいのか、不安に思う企業も少なくない。

AIを活用した業務効率化のプロダクトを提供する株式会社シナモン主催のイベント「Future of AI ~最先端AIが拓くビジネスの未来~(外部サイト)」が、2020年2月19日に都内で開催された。

本記事では、

  • 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 北野宏明氏
  • 楽天株式会社執行役員 森正弥氏
  • 株式会社シナモン 代表取締役社長 平野未来氏
  • 株式会社シナモン執行役員会長 加治慶光氏

の4名によるパネルディスカッションの様子をお届けする。

今ある仕事やプロセスをAIで置き換える発想ではAIは使えない

平野氏は、企業のAI活用について考える際にはまず、「AIと人間の共存の仕方を考える必要がある」と語る。

株式会社シナモン 代表取締役社長 平野未来氏

――平野
「ITとAIを同じものと考えがちだが、大きく異なる点が2つあります。1点目は、「AIは学習が必要」だということ。2点目は、「AIは誤差がある」ということ。

AIの方が人より優れている場合はそのまま導入すればよいが、そうではない(誤差がある)場合、*ヒューマンインザループの概念でシステムを構築していく必要があります

誤差はなかなか注目されませんが重要なキーワードで、誤差を含めた設計を考えていかなければなりません」

*ヒューマンインザループ:人工知能などによって自動化・自律化が進んだ機械やシステムにおいて、一部の判断や制御にあえて人間を介在させること

森氏は、「今ある仕事やプロセスをAIで置き換えようという発想をしている限りAIは使えない」という。

――森
顧客価値や品質価値など企業がこれまで価値としてきたものを、パラダイムシフトしなければなりません。

必要なのは『関係性を見直すこと』。見直すとは、今あるものを変えるだけでなく、良さを再認識したり、さらに違うことをやること。そうすれば、今まで付き合っていなかった顧客との関係や、マーケットとの関係をどのように作るかという視点を持つことができます。

たとえば、人の手によって99%の精度で1万人に提供できるサービスがあるとします。このサービスをAIに置き換えると70%の精度になる場合、多くの企業はそれだけでAI導入をやめてしまう。ここにパラダイムシフトが必要。サービスのグレードを分け、99%のサービスをプレミアム会員として引き続き1万人に提供し、AIに置き換えた70%の精度のサービスを100万人に提供することで、そこからまた新しい99%の精度のサービスを提供する顧客を生み出せばいいのです。

つまり、今ある仕事やプロセスをAIで置き換えようという発想をしている限り、AIは使えないのです」

株式会社シナモン 執行役員会長 加治慶光氏

――加治
「シナモンのお客様にも、パラダイムシフトができていない人が少なくありません。発想を転換し、根本的に仕事のやり方を見直す必要があると思います。

とくに日本は完璧なものを作って、そのクオリティでお客様に理解してもらうことで高度経済成長をつくってきました。しかし、これからは完璧ではないところに可能性を見つける姿勢が必要です。Facebookにも『Done is Better than Perfect』という考え方があるように」

AI人材育成を待っていたら手遅れ。今、企業の取るべき戦略は?

次に、「企業がAI活用するための具体的な戦略」について話し合われた。

北野氏は「今教育しているAI人材が現場に入ったときには、すでに事業をグローバルに展開している必要がある」と語る。

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 北野宏明氏

――北野
「日本は内需がシュリンクしているため、今後はグローバルにサービスを提供していく必要があります。その際、AIの活用は重要な役割を担うでしょう。

現在、日本はAI人材教育に力を入れ始めましたが、今教育しているAI人材が現場に出るまでに何年かかるんだって話ですよ(笑)。企業はそれを待っていたらゲームオーバーです。

ポイントは、今育成しているAI人材が現場に来る前に、どれだけ施策を打って、数年後に現場に来るAI人材につなげるかです。『AI人材が現場に来たときにはすでにグローバルに展開している状態を作る』という視点で今の事業を見直していく必要があります

――森
「『AIを使ってコストを削減したり、プロセスを効率化する』ことはもちろん大切で取り組むべきことです。しかし、これにエネルギーをかけ過ぎてしまうと、マーケットの変化に耐えられなくなります

そのため企業は、顧客を巻き込んだプロセスそのものを変えることにチャレンジする必要があります。顧客との関係性を定義し直し、そこにAI活用を進められる企業が今後生き残るでしょう」

森氏の語る「AIを使ったプロセスの効率化に注力しすぎてはいけない」という考え方について、北野氏は続けて次のように語った。

――北野
「森さんの言うように『今までのやり方を安くやろう』と言う考え方をしていては、企業は今後しんどくなるでしょう。

このやり方は、相対的に海外より日本の人件費が安くなるため、海外から『日本の方が人件費が安いから』といって一時的な需要は見込めます(途上国的な位置づけ)。しかし、しだいに人件費が安価でないと仕事が得られなくなり、人件費は下がり続け、結果的に途上国型経済になる企業が出てくるでしょう。

ニッチなところで稼げる企業はこの問題は回避できるかもしれませんが、そうでない企業は、森さんの言うような、パラダイムシフトによる今までにない価値創出が必要になります」

AI活用ができている企業は?AI活用・パラダイムシフトの事例

「AIとの関わり方に対するパラダイムシフト」に関する話題が挙がっているが、実際に「パラダイムシフト」ができている企業はあるのだろうか。

――北野
「『京東商城(JD.com)』の倉庫完全自動化は、パラダイムシフトの良い例ですね。

普通の倉庫では、Tシャツなどの包装は、かさばらないようにビニール袋に入れて保管しますが、JD.comはすべてのアイテムを箱に入れて保管したんですよ。つまり、スペースを諦めて、その代わりに完全自動化を達成したのです。この完全自動化は、どこかしら諦めないと成し遂げられなかったはずです。これこそ、パラダイムシフトです」

JD.comは、アリババと並ぶ中国のEC大手企業で、2017年10月に物流倉庫における「荷受、保管サービス、受注管理、ピッキング及びパッキング」のすべての工程をロボットが行い、ほぼ完全自動化を実現している。

物流倉庫はスペースを取らないように、倉庫も、倉庫管理のアイテムも最小のサイズにしたいと考えるものだが、JD.comはスペースエフィシェンシーを諦めたことで、倉庫の完全自動化を実現した。

台湾の電子機器メーカーの富士康(フォックスコン)の工場は真っ暗だという。理由は、ロボットが倉庫を管理しているため、可視光が必要ないため。北野氏は、こういった今までの固定観念に縛られない考え方が必要だという。

楽天株式会社執行役員 森正弥氏

――森
「たとえば*『キバシステム』やインドの**『バトラー』を導入すると、今の倉庫の処理能力よりも3倍高くなることがあります。

従来の考え方だと、『倉庫の処理能力では導入できない』となってしまいがちです。ここにパラダイムシフトが必要で、キバシステムやバトラーを導入すれば『現在の倉庫を3倍に増やせるようになる』といった考え方が必要です」

*キバシステム:アマゾンが開発した最新物流ロボット。キバ・ロボットは、スタッフが在庫を取りに行くのでなくキバ・ロボットが在庫を持ってくるというもの
**バトラー:インドのロボットベンチャー企業GreyOrangeが開発した自動搬送ロボット

――平野
「ビジネスにおいて、たとえば「今後3年で売り上げを10倍にしよう」という場合、今のやり方では無理だけど、少し条件を変えればできるなんてことが結構ありますよね」

企業のAI導入の壁は?

最後に、イベント参加者からの質問で「企業のAI導入の壁は?」と問いがあった。なかでも「経営層の理解が足りないのでは?」と話題に挙がった。

――平野
「経営層の理解はもちろん重要です。しかし、経営層がどれだけ新しいものにチャレンジしていくのかという姿勢はもっと大切です。

参考になるのは、リクルートが1990年頃に1億円をかけてスーパーコンピュータを買った例です。この購入は結果として失敗しましたが、リクルートはこういった進取の姿勢があったから、紙からデジタルへの変化に乗り切れたし、一方、ほかの紙のメディア(雑誌など)はシェアを落とす形になりました」

平野氏は、導入のもうひとつの壁にパネルディスカッションの冒頭でも述べた「100%でないAIを扱えるかどうかにある」と述べた。

――平野
「もうひとつの導入の壁は『100%でないAIをどのように扱っていくのか』にあります。

『AIって精度が100%じゃないんだ』と知って導入しない企業が多い。しかし、これまでのディスカッションで話してきたように、扱い方によっては使いこなせます。一見、精度が悪いが故に生産性が低くなるように思われても、全体的に見たら圧倒的に人よりも生産性が高い場合は多いのです

そこまでちゃんとやっていく気概があるのか。ここが大きな差を生むと思います」

――森
「壁はお客様でも取引先でもなく『従業員』だと思います。

今の時代は、スマートフォンやインターネットによって個人のパフォーマンスがグローバルに解放されているのに、企業だけが昔ながらの世界で生きている。

個人個人の発想、生産性を取り込めるように企業の在り方を変えていくか。具体的な例を挙げると、デジタルネイティブの登用をどうするか。このように企業はまず従業員との関係性を見直すことができたら、AIを使ってさらにマーケットとの関係を見直すことができ、結果として新しいビジネスを展開できるようになるでしょう