7月1日、企業内研究所にフォーカスしたカンファレンス「CCSE 2018」が開催され、サイバーエージェント、メルカリ、楽天といったIT企業の研究者や学生が集まり、研究発表をおこないました。
【サイバーエージェント×楽天×メルカリ3社対談】~ 企業研究発表カンファレンスCCSE2018発足の舞台裏 ~(前編)
【サイバーエージェント×楽天×メルカリ3社対談】~ 企業研究発表カンファレンスCCSE発足の舞台裏 ~(後編)
今回は、楽天技術研究所(以下楽天技研)の代表 森 正弥氏の基調講演「グローバル企業の中で「変化」を仕掛ける、楽天技術研究所の挑戦」を抜粋してお届けします。楽天技研の取り組みを通して、企業内研究所がどのようにあるべきかが論じられました。
楽天株式会社執行役員 / 楽天技術研究所代表
1998年アクセンチュア株式会社入社。2006年、楽天株式会社入社。現在、同社 執行役員 兼 楽天技術研究所代表 兼 楽天生命技術ラボ所長として世界の各研究拠点のマネジメントおよびAI・データサイエンティスト戦略に従事。日本データベース学会 理事、APEC(アジア太平洋経済協力)プロジェクトアドバイザ。日経ITイノベーターズ エグゼクティブメンバー。企業情報化協会常任幹事およびAI&ロボティクス研究会委員長。過去に、情報処理学会アドバイザリーボードメンバー、経済産業省 技術開発プロジェクト評価委員、次世代高度IT人材モデルキャリア検討委員、CIO育成委員会委員等を歴任。様々な組織・団体の顧問実績も多数。2013年日経BP社 IT Pro にて、「世界を元気にする100人」に、日経産業新聞にて「40人の異才」に選出。著作に「クラウド大全」(日経BP社, 共著)、「ウェブ大変化 パワーシフトの始まり」(近代セールス社)がある。
楽天技研はビジネスサイドを巻き込んで共に研究する
楽天技研は、「Power」「Intelligence」「Reality」の3つの領域で研究をおこなっています。森氏は、楽天技研の研究へのアプローチを以下のように表します。
「楽天技研では研究のアプローチとして、研究者だけで研究計画を作らないと決めています。ビジネス側を巻き込み共に取り組むことで、研究者はビジネスサイドがどういう課題感で動いているのか、ビジネスサイドは学術的にどれくらいのレベルなら実現可能か分かる。
それを認識して初めて、価値のビジネス実装ができます」
森氏が楽天技研を立ち上げる際、さまざまな研究者にヒアリングをおこない、皆が口をそろえて言うのが「リアルなデータがない」ということ。
「ヒアリングした研究者たちの技術レベルは世界的に見てもトップレベル。にもかかわらずビジネスのデータがないために、ビジネスサイドの課題が何か分からない。
自分たちの研究が机上の空論なのか否か、確認できないんです」
企業には技術がなく、アカデミアにはデータがない。森氏はそんな課題感を楽天技研立ち上げ当初にも感じており、それが楽天グループ内データのオープン化にもつながっているといいます。
「楽天はさまざまなサービスデータを持っています。データを公開することで、研究所の価値を社会に還元できますし、なにより楽天にもフィードバックがあります」
たとえば、韓国ドラマがメインのビデオストリーミングサービス「Rakuten VIKI」。ドラマに字幕を付けるコミュニティがあり、コアユーザーによって、日々200以上の言語で字幕が付けられているそう。
つまり、ハイクオリティなカンバセーションデータを楽天は手にしたということ。こうした「データのエコシステム」をつくることで、アカデミアと社会をつないでいます。
リアルとネットの対立ではない、第3の選択肢を目指す
「楽天技研の理念は『サードリアリティ』です。
・研究とビジネス
・リアルとネット
・大企業とスタートアップ
など、世の中には二項対立として描かれるものが多い。我々がビジネスの主戦場としているネットもそうですが、リアルとの対比で語られることが多いです。
ですが、リアルかネットかという点は、本質的に顧客には関係ありません。ユーザーが求める体験は、二項対立の先を行きます。我々は第三の選択肢として、リアルもネットも使いこなし、ビジネスを推進する存在である顧客の期待にこたえていきたいと思っています」
リアルとネットを分けずに、ユーザーエクスペリエンスを目的とした、統合されたものとして捉える。極めて先進的な考え方だと思います。
楽天技研は、そのために、リアルとネットをまたいで、さまざまな取り組みをおこなっています。楽天市場の店舗とコラボしたリモート接客の実証実験もそのひとつ。
「筑波大学、楽天市場に出店いただいているイーザッカマニアストアーズ様とコラボレーションし、リモート接客の実証実験を実店舗にておこないました。こちらは好評で、実証実験時には長蛇の列ができました」
従来店舗では、
- 優秀な販売員のノウハウをどう横展開するか
- 販売員が家で働ける環境をどう用意するか
2つの課題があったといいます。
そこで、感性工学の視点も取り入れたリモート接客の実証実験を実施。デジタルサイネージを通して、販売員が顧客にスタイリングの提案をおこないました。
ボイスチェンジャーを使うことで、声によって顧客の受け取り方がどう変わるのかにも着目。一定の成果を収めたそうです。
「新しいことをやろうとしているのは、何もインターネット企業だけでありません。そもそも一企業だけではリソース的にも限界があります。
我々はこれらの実証実験を、スタートアップやアカデミアなどと連携して取り組むことで、多様な課題・ニーズに答えを出そうとしています」
ビジネス常識は20年で完全に変わる。必要なのはデータドリブンで「今」を見ること
「インターネットやモバイルの普及によって、人々のライフスタイルは大きく変わりました。
その結果、企業は顧客が何を求めているのかわからなくなった。たとえば、若者はアプリなどで気軽に音声認識に慣れ親しんでいますが、誤解を恐れず言えば、今の40代以上の世代はそのような技術が身近にある環境でビジネスをしてきていません」
従来のビジネス常識は20年後には役に立たなくなる。そのために、常にデータを見て『今』を捉えることが大事だと、森氏は語ります。
「広告業界の例を挙げましょう。この業界には今、コンサルティングファームがなだれこんでいます。
昨今、企業が意図せず仕掛けた広告で意図せずにさまざまな世代・コミュニティで話題になって炎上し、、風評を下げる事案が多く起こっています。つまり、常にさまざまな価値観によって評価される、グローバルリーチの時代であり、自分たちの一つの業界、一つのコミュニティしか見ていなかった暗黙のカルチャーを変えない限り、今や広告が作れない時代になってきたということです。
カルチャーを変えるにはコンサルティングが必要なので、そこにコンサルティングという手法を持ち込んでいる。実際に、さまざまな買収劇が起こっています。」
この現象はビジネス全般に見られる、と森氏はいいます。今ビジネスをやろうとすると、時代の変化とは無縁でいられず、最新技術をどう活用していくかとも無縁ではいられない。
“データを見続け、「今」を捉えなければ置いていかれる”という言葉の重みを感じます。
相反する利益のバランスを取り、企業内研究所がビジネスへ価値をもたらす存在へ
講演の中で森氏は、企業内研究所という難しい立場を絶妙に表現していました。
「企業内研究所って大変だと思うんです。
企業という営利集団のなかで、事業から切り離された学術的に価値のあるものを探求し、かつブレイクスルー、イノベーションが短期的に期待される。相反する何かと常に戦いながらやっていかなければいけない。
研究所はビジネスに価値をもたらさない、とよくいわれます。しかし、時代を見据えた価値をもたらすことができるのが企業内研究所だと思っています」
短期的利益と長期的利益のバランスをどのように取るのか。
答えは出ませんが、その答えを見つけるために、研究内容を含めたナレッジをシェアするという側面もCCSEにはあります。
当日には、さまざまな企業の研究者たちが一堂に会し、それぞれの研究内容について議論を深めました。



今後も、
- 学会では発表されにくい企業ならではの研究内容の認知
- 経営陣の理解を得、長期的な目線が必要な研究の予算の確保
- 企業内の研究者が集まれる居場所作り
などなど、議論されるべきことは山積み。CCSEがこれらの課題を解決する糸口になることを願ってやみません。
2019年夏頃には、2回目のCCSEの開催が検討されているようです。今後の動向も注視していきます。