無茶振り、圧力、部門の壁──ディープラーニングのエバンジェリストたちがぶっちゃける「AIあるある」

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JDLA(日本ディープラーニング協会)は、日本各地でディープラーニングの普及に向けた活動を行なっている。そのひとつに「CDLE(Community of Deep Learning Evangelists)」がある。

CDLEは2018年に設立された、JDLA資格試験の合格者が情報交換などを活発にするコミュニティ。合格者だけが入ることができるSlackワークスペースは、合格者約1万人のうち7,000人以上が参加する大規模なコミュニティになりつつある。

この記事では、レッジのオフィスで行われたミートアップから、当日行われたLTの様子をお伝えする。CDLEメンバーがどのように社内でディープラーニングの普及に努めているかが語られた。

NECグループのITエンジニアが北海道でAIの仕事を広めようとする話

最初にLTへ登壇したのは、NECソリューションイノベータ(北海道支社)のエンジニアで札幌在住の為安圭介氏。AIに関わるようになったきっかけは「上司からの唐突な一言」だったという。

――為安
「ある日突然、上司から『AIで豚の体重計らない?』と言われました。当時の私は豚もAIも素人だったので、正直意味が分からなかったです(笑)

豚の体重を計るというのは、総務省の29年度に行なった農業をITで盛り上げようというプロジェクトにNECグループとして関わっていたためです」

AIもわからず、動物も苦手だった為安氏。それでもチャンスだと捉え、さまざまな取り組みを行なった。

――為安
「まず、松尾豊先生の著書『人工知能は人間を超えるか』を読み、SlideShareにまとめた内容をアップしました。

当時はG検定の試験が始まったころだったので、とりあえず受験してみたり。とにかく周りも自分もAIに対して無知だったので、自分からまずはいろいろトライしてみようと動いていました」

そのトライのなかで、為安氏が学んだことが3つあるという。

  • 周りの人がJDLAについて知らない
    G検定を取ろう!と言っても周囲が知らない

  • AIの領域が広すぎて言葉の意味が薄れる
    AI白書などを参考に、AI領域を細分化して話す癖を付けた

  • IT開発とAIのシステム開発の流れが違いすぎる
    「よく分からないからできない」にならないように、データ分析やクレンジングから行うことなどを示したAIシステムの開発標準を策定

――為安
「新しいことをしようとするとよくあるのが、既存の業務を行なっているチームと分断されることです。

お互い『不公平な状態になっているのではないか?』的な不和が起きると組織力が低下するので、注意が必要ですね。

そのために、評価の仕方をしっかり設計するなど、『組織全体で同じ船に乗っている状態』になることが重要です」

今後はCDLEの北海道エリアのミートアップも行なっていくという。

AIとの共生に必要なこと

続いて登壇したのは、某SIerに所属するS氏。自身が携わったAIプロジェクトから、AIとの共生をテーマに語った。

――S
「クライアントのFAQを使いやすいものにしようということで、チャットボットの導入プロジェクトに携わりました。それまでは問い合わせ対応における負荷の増大が問題となっており、使える予算も少ないので既製品で運用してみようかという話になったんです」

しかし、導入後の結果は芳しくなかった。チャットボットの回答がいまひとつだったのだ。質問と回答のアンマッチがかなり多かった。

その理由として、運用体制が構築しきれなかったこと、学習データ不足のためボットエンジンの回答提示能力がそもそも低かったことが挙げられるという。

――S
「また、ユーザーの利用法が想定外でした。要求レベルがサポートセンター並のものを求められ、FAQでは対応しきれない質問がわらわらと来たんです」

このことから、S氏が得た学びはふたつ。ひとつは、ボットの回答は最初から多くを用意しなくてもいいということ。回答は時期を見て柔軟に回答を変えていくべきだという。

もうひとつは、ボットの回答を監視しつつ、ときにはユーザーとの会話に人が介入できるようにしておくことだ。

――S
「うまく運用できれば、チャットボットはユーザーの第一の窓口になるので、クレーム対応などもしてくれます。改善を重ねていくことが重要ですね」

続いて提示された事例は、ビジネス文書の文章構成を、業務的に問題がないか、AIでチェックを行うというプロジェクトだ。

日本語ということもあり、国内ベンダーのAIが使用に耐えるかどうか検証を行なったが、これも回答はいまいちだったという。

――S
「日本語は文章、文節の区切りがないため、前処理がかなり大変でした。また、ワード・エクセルからテキストを引っ張ってくるので、整形のためのスペースや改行が邪魔だった。学習させるデータである、業務用語の用例も足りませんでした」

結果として、AIがなぜその回答に至ったのか、フィードバックをしっかりやることが重要だと感じたという。回答を適宜タグ付けするなど、改善を地道に行なった。

――S
「全体の振り返りとしては、AIと人の視点の違いを認識すべきということです。AIはある一点にフォーカスすれば高速、広範囲で物事をカバーできますが、回答における正しさの判断はできません。人は正しさの判断ができるので、そこは人が担うべきです。

チャットボットでたとえると、NGの回答はそもそも学習させる原文が難しかった。保証、保障、補償のちがいなど、日本語は同音異義語の見分けがやっかいです。AIとの共生には、人がなぜこの回答をしたのか考えることが必要です」

S氏は、AIと既存のITの差として、これまでのITは、改修・改善が必須だったが、AIは「成長していけること」が大きなちがいだと指摘する。

使ってフィードバックを返すことで、AIのアウトプットはより良くなるが、放置すると予期せぬ方向に向かってしまう。自分たちが望む方向へ適切にハンドルしなければならない。

この関係性は人と人の関係性に似ている」という言葉で、S氏はLTを締めた。

Ledge.ai取材、老舗印刷会社のアフターストーリー

3番目に登壇したのは、西川コミュニケーションズの伊藤明裕氏。

以前Ledge.aiで記事化した西川コミュニケーションズのAIを活用するまでの取り組みの「その後」をぶっちゃけてくれた。

関連記事:老舗印刷会社がAI時代へ投じる一手とは? ~ 創業100年超え企業が人工知能を “理解、事業実装” するまでの軌跡 ~

――伊藤
「Ledge.aiでの記事を要約すると、まずはG検定を取得するなど、小さなことから始めようという提案でした。

ちなみに、社内での現時点でG検定の取得者は28名、E資格は1名で私のみです。7月のG検定は今年入った新人2名も受けると言ってくれました(LT開催時点。現在2名とも合格)」

しかし、実際は「生ぬるい」と伊藤氏は語る。

――伊藤
「ITパスポートやG検定の取得も社内で推進していますが、まだまだ受験者は少ない状況です。

私たちは地方の会社なので、やはり『率直な危機感』において、地理的に展示会などに参加しやすい東京とは差があります。

弊社ではセミナー、イベントへの参加は積極的に推奨していますが、現実的に時間やコストの面で、誰もが気軽に参加するのは難しいのが現状です」

そう悲観するが、一方で進んでいる取り組みもあるという。品質保証や生産管理の工程などにAIを活用する取り組みだ。全社横断で、各部署からメンバーを選定して参加してもらっているという。

――伊藤
「もっとも、いつも同じメンバーになってしまうのが悩みです(笑)

実際のAIプロジェクトに取り組むには、まだまだ単価が高くて厳しい状態です。PoCでも1人月500万円ほど必要になってきます。

ただ、弊社の場合はディープラーニングの独自アルゴリズム開発まで必要になるような案件はまだほとんどありません。分析ツールなどを駆使すればできる案件が多いので、まずはそちらから手を付けています」

工場にセンサーを取り付けるにしても、線やカメラをどうやって取り付けるのかから議論しなければならない。ときには大工仕事もするなど、地道に進めているという。

――伊藤
「これまでオンプレサーバーの知識はある社員はいましたが、AIの学習はクラウドで動くため、今後はクラウドの知識も必要になってきます。できることから進めていこう、と思っています」

動きが遅い大企業で一歩踏み出すには

続いて登壇したのは、富士通の岡元大輔氏だ。富士通という大企業で、AIを広めるためにさまざまな活動を行なっている。

――岡元
「もともとはSEで、顧客折衝業務を担当していました。現在はAIを社内啓蒙活動をしています。最近は『Google ML Study Jams』や『ゼロから作るディープラーニング』などでディープラーニングに取り組んでいる、機械学習エンジョイ勢です」

SEとして働くなかで楽しくディープラーニングに触れていた岡元氏。

会社としては日々プレスリリースなどでAIの取り組みを発信しているが、その「やっている人たち」を社内で見つけるのにも骨が折れるという。大企業は部門の壁があり、横のつながりが活発でない印象だが、富士通でも同様のようだ。

――岡元
「AIの宣伝は結構しているので、クライアントからはAIの取り組みについて聞かれることは多いです。

たしかに取り組んでいる人たちはいますが、さまざまな部署がいろいろなソリューション開発に取り組んでいること、他部署との関わりが少ないことから、2〜3階層越えないとその『やっている人たち』にたどり着けないですね」

クライアントから「ニュースを見たんだけど……」と問い合わせが来て、社内で当事者を探そうとする。しかし見つけたら見つけたで、本当にクライアントの課題に合致したソリューション足り得るのか分からない。

そんな現状を打破するために、岡元氏は社内でワークショップを立ち上げた。

岡元氏はSE時代にAIプロジェクトに携わったが、正月返上で働くほどに苦労した経験の持ち主。しかし、AIでできること、できないことがわかれば「怯える必要はない」と強調する。

――岡元
「AIはできることがわかると楽しいんです。なんとかAIを広めるために、社内でデータ分析ワークショップを立ち上げました」

岡元氏がワークショップで大事にしているのは、とにかくわかりやすくすることだ。難しすぎると理解してもらえず、簡単にしすぎると詳しい層から指摘を受ける。

何かを持ち帰ってもらうために、伝えたいメッセージだけは明確にし、実際に手を動かすワークを多く行なっているという。

――岡元
「やはりAIは課題ファーストだということはワークショップで強調しています。

課題があって、解決策としてAIがある。使いこなすためにはドメイン知識が必要で『まさにあなたがやっている業務がその力になるんです』と言ったり。『AIは誰にでも活用できる。あなたにもできるんです』ということを伝えるようにしています」

ワークショップでは、身近で解決できそうな課題を考え、活用できるデータ候補を探し、解決策を考えるグループワークを行う。課題から考えることを意識してもらうためだ。

また、AI、データ分析プロジェクトの進め方のレクチャーや、GUIでデータ分析ができる仕掛けも用意し、コンペを行なっているという。極めて実践的なワークショップだ。

――岡元
「スライドを40枚ほど作成して説明しました。ワーク用のデータを作成し、知人相手にコンペをプレ開催したりして、いかに解き応えのある問題を作るかに力を入れていましたね」

ワークショップの満足度は高く、自発的にAIについて勉強したいという人も増え、ワークショップは正式な活動として社から認められた。

何より、AIに対する社内の悩みを知れたことも大きいという。令和の時代でも、ワークショップなど、対面のコミュニケーションは今でも大事だ、と語りLTを終えた。

本業×AIと副業×AIにおける課題と兆し

LTのラストバッターは、人材コンサルティング会社へ勤める登坂直矢氏だ。社内でAIを実装できないか、情報を収集しているという。

登坂氏は副業でファイナンシャルプランナーとしても活動している。本業と副業を行き来するなかで感じた、AIに関する課題と兆しを語った。

――登坂
「社内でもAIを使えるんじゃないか? という話は出てきている反面、興味や理解度にはばらつきがあります。しかし、会社としてはAIを活用する機運は高まっていると感じます」

現在は現場が主導してAIの可能性を検証している最中だという。

一方、副業のフィナンシャルプランナーの領域でも、Twitterなどで精力的に活動するなど、アクティブな登坂氏。ファイナンシャルプランナーとして感じる課題は、「金融商品が多すぎること」だと語る。

――登坂
「投資信託や株式など、一般の人からすると金融商品がありすぎて、どれを選べばいいか分からない。その課題を解決したいのですが、外注する費用はありません。今は自分でE資格を取得し、システムを作ろうとがんばっているところです」

ファイナンシャルプランナーとして解決できる「不」が存在していることは間違いないという。年齢や家族構成、年収などを入れると自動で金融商品をレコメンドしてくれるシステムを作りたい、と語っていた。

活発なCDLEのミートアップ

CDLEではこのようなミートアップを通して、ディープラーニング普及に向けた活動や、ノウハウのシェアが活発に行われている。

ミートアップはJDLAの資格試験に合格すれば誰でも参加できる。会社で突然上司から「AI導入担当」に任命されてしまった方も、ここなら同じ苦労をする仲間が必ず見つかるだろう。

合格した暁には、ぜひ顔を出してみてはいかがだろうか。