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チャットボットはカスタマーサポートのチャネルとして企業に認知が進み、普及が広がっている。(コールセンター白書では2018年度で導入済みが17%、導入検討が26%)昨今の新型コロナウイルスの蔓延でコンタクトセンターも運営が困難な状況も重なり、チャットボットの活用ニーズはこれまで以上に高まっている。
しかしながら、ケーススタディを見ると、一定の導入効果が得られ、さらなる機能強化や改善施策を行う企業が増えている一方、効果がなかなか見いだせずに運用を諦める企業も出てきており、二極化の傾向にある。
カスタマーサポートのチャットボット活用は、問い合わせ件数削減などのコスト最適化が目的であるケースが多い。目的が果たせなかった失敗プロジェクトでは何が起きたのか…?本記事では、失敗プロジェクトのケーススタディを通して類型化を行い、その轍に嵌まらないための処方箋としたい。
失敗のエピソード①「チャットボットの利用は増えたが、電話問い合わせが減らない」
とある金融機関のプロジェクト。経営層からの「AI活用」要請で、コストや期間的にも導入しやすいことから、チャットボットが選定された。チャットボットに担わせる役割はコンタクトセンターに入ってくる電話問い合わせ件数の削減。リリース後はチャットボットへの導入バナーの増設、定期的なQAや学習データの追加など運用改善施策により、順調に利用率や利用満足度が向上。しかしながら、電話問い合わせ件数には削減効果は現れなかった。
担当部門で利用チャネルのユーザー分析をした結果、コールセンターへの問い合わせはシニアユーザー中心の固定客が大多数。オンラインは若年層中心に利用されていたことが判明した。チャットボット導入により、オンライン利用者である若年層の顧客体験や利便性が向上したため利用率や利用満足度の向上に結びついたものの、そういった若年層はそもそもコールセンターを利用しないため、電話問い合わせの削減には繋がらなかった。
電話問い合わせ件数の削減を成功させるには、「コールセンターとオンラインのユーザーの重なり比率」の事前調査が必要条件となる。このユーザー層の重なり比率が低いと削減効果は出しにくい。当該企業では、この分析結果をうけ、カスタマージャーニーの把握・チャネル分析からプロジェクトを再スタート。当面はユーザーのオンライン誘導施策を重点にした活用を進めることになり、導入当初の目標であった「電話問い合わせ件数の削減」は長期目標となった。
▲チャネル利用者の重なり
失敗のエピソード②「回答精度を上げても解決率が一向に上がらない」
メーカーのオンラインショップでも「メールや電話の問い合わせ件数削減」を目的にチャットボットを導入。オンラインショップの特性も影響し、チャットボット利用率は高く、分析すると問い合わせ削減にも一定の効果が認められた。一方、解決率は50%を下回り、定期的な分析やチューニングで正答率は上がったが、問題の解決率はわずかにしか向上しなかった。
回答を引き当てるための精度改善はやり尽くしていたため、チャットボットへ登録している回答文の分析を実施。その結果、長文の回答内容は情報が多くて分かりづらく、利便性が悪い状態だと分かった。そこで、元のFAQページをメインに作成していた回答文をチャットボットに適したシンプルな文量や表現に変更、回答ができていないFAQの追加などを進めた。
しかしながら、ユーザーからの質問には「コールセンターに問い合わせなければならない手続き」「オンラインショップの不具合」など、サービスの根本的な部分に関するお問い合わせが多数あり、チャットボットでは解決できないカスタマーサービス上の課題が浮き彫りになった。
▲チャットボットで解決しない原因はチャットボットの外にもある
チャットボットで解決できる幅を広げるためには、チャットボットの運用担当者だけでは改善できず、関連部署も巻き込まなくてはならない。担当者は組織横断的な改善を取り組み始めたが、関連部門のリソース不足による動きの遅さが壁となり、サービス改善はなかなか進まなかった。
チャットボットのユーザーは「電話やメールをせずに自己解決したい」人たち。チャットボットを利用しても解決に至らず問い合わせに至り、手間が増えるために顧客体験がマイナスとなる。オンラインサービス上でチャットボット導入を成功させるには、自社サービスで「チャットボットで完結できる問い合わせの比率はどの程度か」を事前に把握しておくことが必要だ。オンライン上でのシームレスな解決を求める場合は、有人チャット連携なども含めたプロジェクト設計が必須となるだろう。
チャットボット導入失敗の「4類型」
これまで当社は大手企業を中心に様々な業種向けにチャットボットを構築、運用してきた。その経験からカスタマーサポートのチャットボット導入で失敗に至ってしまうケースは概ね以下のように分類できる。
- ユーザーのチャネル利用状況を把握しないまま導入
- カスタマーサービスの全体的なチャネル設計がなく、チャットボットで対応できるユーザー、有人対応が必要なユーザーが区別できない状態でチャットボットを導入し、結果としてエピソード①のようなケースが発生。チャットボットの精度が向上しても「問い合わせ件数削減」の導入目的が果たせない。
- 目的に合わないプロダクト/パートナー選定
- AIの性能や特長ではなくパートナーの事業ドメインで選ぶことが重要。カスタマーサービスの改善が目的であるにも関わらず、セールス向けチャットボットのパートナーを選んでいるようなケース。ベンダー側が自社の事業ドメインを明確にしていないことも問題。
- 自社で運用する体制やノウハウがないのに、プロダクト提供しか行っていないパートナーを選んでいるケース。リリース後に社内でのリソース確保が難航し、チャットボットが放置されてしまう。
- ユーザー、社内関係者との「期待値のズレ」
- 社内関係者:AIに対する期待と実態とのズレ。期待値を導入期に埋めることができず、リリース後に「使えない」という判断をされてしまうケース。
- ユーザー:サイトの設置場所に応じたユーザーの問い合わせとチャットボットが回答できるコンテンツ範囲とのズレ。設置場所で発生するユーザーの疑問と登録されている回答範囲が一致せず、大幅な改修やメンテンナンスを要するケース。
- 自社サービスのデジタル化・コンテンツ整備が未成熟
- 自社サービスのデジタル化やそれに伴うコンテンツの整備ができておらず、チャットボットで対話の部分だけセルフ化してしまうケース。企業全体がセルフサービス化(エフォートレス化)に向かっていないとユーザー体験は向上しない。
たとえば、1の「ユーザーのチャネル利用状況を把握しないまま導入」は、そのまま最初に挙げた失敗のエピソード①にあてはまる。電話問い合わせ件数削減などの目的がある場合は、ユーザーがどのチャネルで問い合わせに至るのか把握した上での全体設計が必要だ。
また、失敗のエピソード②は、上記4類型の4にあてはまるだろう。チャットボットの精度だけをいくら向上させても、サービスの根本的な部分に問題があれば、ユーザー体験は向上せず、問い合わせ件数削減という目的は果たせない。組織を横断して取り組んでいく必要がある。
ほかにも2「目的に合わないプロダクト/パートナー選定」や3「ユーザー、社内関係者との期待値のズレ」など、同じ轍を踏むべきでない事例が存在するので、参考にしてほしい。
成功/失敗のケーススタディは増えている。成功への糧に
当初の目的を果たせていないケースを元に、失敗の類型を挙げた。
新型コロナの影響は長期化する見通しとなっており、チャットボットへの期待は大きく、ユーザーの利用も増加傾向にある。一方で、本格的なカスタマーサービスのソリューションへ昇華するフェーズに向けてベンダー側、ユーザー側が試行錯誤を繰り返している状態だ。ベンダー側もそれぞれのポジションが明確になり、市場が形成されつつある。
当初に比べ成功/失敗のケーススタディは増え、ベンダーと導入企業の双方に情報が蓄積されてきているため、情報収集を行い、冷静に分析をした方が良い時期といえる。活用を進めている企業は、チャットボット運用でユーザーの声が会話ログにテキストとして残る利点を活用し、チャットボットだけにフォーカスせず、自社のサービス全体を見直す視点を持って取り組み範囲を徐々に広げている。
このようなベンダー各社が発信している情報や成功/失敗のケーススタディを、導入検討中のチャットボットの仕様や運用中の課題に照らし合わせ、成功への材料としてほしい。