【PR】この記事はエヌビディア合同会社のスポンサードコンテンツです。
ChatGPTをめぐる動きが急加速している。欧州ではプライバシー保護の観点からAI規制の動きが活発化する一方、日本では多くのユーザーが積極的にChatGPTを活用。日本におけるChatGPTのユーザー数は世界3位に上るという。
ChatGPTの盛り上がりに対して、GAFAMをはじめとするビッグテック各社も手をこまねいていたわけではない。たとえばGoogleは対話型AI「Bard」(バード)を2023年2月に発表している。
こうしたAIブームに対して異例ともいえるスピードで対応を進めているのが日本政府だ。3月30日にはAI国家戦略をまとめたAIホワイトペーパー案を公表、AIの利活用や国内におけるAI投資などについて提言を行った。4月には開発元であるOpenAI社のサム・アルトマンCEOが来日し、岸田総理と面会。日本での拠点設立に意欲を示すなどChatGPT周辺における日本の存在感は着実に高まっている。
このようにChatGPTの活用については積極的な動きを見せる日本だが、一方で「なぜ日本からはChatGPTのようなAIが生まれていないのか」については一考の余地があるだろう。はたして日本は今後、ChatGPTのような大規模言語モデルを生み出し、グローバルAI開発競争の最前線で戦えるのか。
世界を取り巻くAIの現状と将来の展望、そして日本が目指すべき未来について、NVIDIA エンタープライズ事業本部 事業本部長 井﨑 武士氏に聞いた。
エヌビディア合同会社 エンタープライズ事業本部 事業本部長
1999 年東京大学大学院工学系研究科修了。日本テキサス・インスツルメンツ(株)にて、DVD アプリケーションプロセッサ、携帯電話向けビデオコーデック、DSP アプリケーションの開発を経て、デジタル製品マーケティング部を統括。民生から工業用製品まで幅広いビジネス開発に従事。2015 年 NVIDIA に入社し、ディープラーニングのビジネス開発責任者を経て、現在エンタープライズ事業本部を統括。一社)日本ディープラーニング協会 理事、NEDO 技術委員、大分県 IoT 戦略アドバイザー
ChatGPTは「iPhone以来の衝撃」
井﨑氏は日本テキサス・インスツルメンツを経て2015年にNVIDIAに入社、ディープラーニングのビジネス開発に携わっている人物だ。AIの進化を肌で感じてきた立場として、井﨑氏はChatGPT周辺における動きをどう見ているのか。
「やはり注目すべきは日本政府の動きです。政府が公表したAIホワイトペーパーには、“AIを国家戦略として考える必要がある”と明記されています。また、ChatGPTを利活用するだけでなく、開発への投資や技術のキャッチアップの重要性についても触れられており、かなり細かい点に踏み込んだ内容となっています。ChatGPTが公開されてからわずか4ヶ月の間にここまでしっかりとしたホワイトペーパーがまとめられたことは大きな驚きといえます」
政府の対応を高く評価する井﨑氏だが、裏を返せばこれまで日本はAIに関して世界に遅れを取っていたということでもある。ではなぜ今回のChatGPTブームで、日本はいつになく素早い動きをとれたのか。
大きな理由として考えられるのが、ChatGPTによってようやくAIが一般社会に“下りてきた”ことだ。AIそのものは何十年も前から研究開発が続けられており、すでに社会の中で実用化されているプロダクトも多数存在する。しかし、それらは良くも悪くも社会システムやビジネスに溶け込んでおり、多くの一般大衆にとっては“自分には関係のない、よくわからないもの”だった。
ChatGPT / Unsplash Levart_Photographer
ChatGPTにしても、原型となったシステムは数年前にすでに開発されていた。にもかかわらず本格的に話題となったのは、昨年11月のChatGPT登場のタイミングだ。ChatGPTの性能もさることながら、チャットというインターフェースを採用したことで、一般大衆にもわかりやすくインパクトが伝わったからだろう。
井﨑氏によると、NVIDIAのジェンスン フアンCEOはChatGPTについて「iPhone以来の衝撃」と表現しているという。
「iPhoneの登場によってデジタルデバイスが一人ひとりに行きわたり、デジタルを活用した変革が進みました。それと同じように、ChatGPTによって一人ひとりにAIが行きわたることで、今後AIによる変革が一気に進む可能性は高いといえます」
ChatGPTが成し遂げた「誰もが気軽にAIをさわるようになった」意義は想像以上に大きいのだ。
なぜChatGPTは日本から生まれなかったのか
ではなぜChatGPTは日本からは生まれなかったのか。この疑問に答えるためには「そもそもChatGPTとは何なのか」について知る必要がある。
ChatGPTのベースとなったのは、OpenAI社が2018年に開発したAI「GPT」だ。GPTに用いられている技術は、2017年にGoogleが発表したディープラーニングモデル「Transformer」である。Transformerは自然言語処理分野において革新的ともいえる技術であり、対話型AIの能力を飛躍的に向上させた。
「従来のAIに用いられていたRNN(Recurrent Neural Network)というモデルは時系列を考慮してデータを処理できるメリットを持っていましたが、一方で長期記憶に弱いという欠点も抱えていました。たとえば質問を長文で入力すると、最後の方を入力しているときにはもう最初の内容を忘れてしまうのです。その後長期記憶の問題を克服したLSTM (Long Short-Term Memory)というモデルも出てきますが、構造上GPUが得意とする並列化が難しく学習に多くの時間を要しました。この弱点を克服したのがTransformerです」
さらに2021年公開のInstructGPTおよび2022年公開のChatGPTからは、ファインチューニングとRLHF (Reinforcement Learning from Human Feedback)という技術が採用された。
ファインチューニングとは質問に対する「正しい回答」を用意してAIに学習させること。そしてRLHFは人が正しいと考える回答をAIが選んだ際に“報酬”を与える評価モデルを作り、AIが報酬を最大化するように自動で学習していく、ヒューマンフィードバックを用いた強化学習手法である。これらの技術により、ChatGPTは一気に人間らしさを手に入れたのだ。
ただし、TransformerにしろRLHFにしろ、それ自体はOpenAI社の専売特許ではない。以前から様々なテクノロジー企業がTransformerやRLHFを採用したAI開発を進めており、遅かれ早かれChatGPTのような対話型AIは登場していたと予想される。たとえば冒頭で紹介したGoogleの対話型AI「Bard」がChatGPTの立ち位置になっていた可能性も十分に考えられる。
そうしたAI開発競争においてOpenAI社が真っ先に抜け出す決め手になったのは、2019年にマイクロソフト社が投じた10億ドルの投資だろう。同社は2023年、さらに100億ドルの追加投資を行うという。まさに規格外のスケールだ。
むろんOpenAI社の技術が世界最高峰である点は疑いようもないが、とはいえライバル各社より先に抜きん出ることに成功した大きな要因の1つが資金力であることもまた事実だろう。身も蓋もない話ではあるが、結局のところAIの性能の大部分はインフラの規模で決まるのだ。
「たとえば、GPT-3の学習を行うために当時の最新GPUであるNVIDIAのV100を1台用いると、計算に355年、費用は460万ドルもかかることがわかっています。さらにGPT-3とGPT3.5、そして最新のGPT4.0では比較にならないほど扱うパラメータもデータ量も増えていますから、GPUの性能も進化しているとはいえ、必要なインフラがとてつもない規模であることがわかるでしょう」
こうした大規模なAIインフラを構築できている日本企業は、残念ながら今のところ存在しない。これこそが「なぜ日本からChatGPTが生まれなかったのか」に対する答えなのだ。
AI開発競争において日本が目指すべき未来とは
では日本は今後どのようにAI開発と向き合えばいいのか。もちろんChatGPTを利活用することは重要だが、それとは別に国内におけるAI投資も進める必要があるだろう。
「日本企業には昔から少ないリソースや資金を効率的に使うことが美徳とされる文化があるように感じます。ただ、現在のAIの進化は物量がものを言う世界です。大量のデータを高速に回すための潤沢な計算リソースを確保するには、大きな投資が必要なのです」
まず動くべきは資金力を持つ大手企業だろう。AIに投資する意義はChatGPTが社会に与えたインパクトによって証明されたのだから、投資を惜しむ理由はないはずだ。
井﨑氏によると、すでに水面下では言語モデルの開発に投資を行う動きが見られるという。おそらくは今後、AI開発における大規模なインフラを展開する日本企業も現れるのではないだろうか。
また、AI開発には投資だけでなく人材も欠かせない。注意すべきは大手企業だからといって優秀なAI人材がそろっているわけではない点だ。人材はむしろスタートアップやアカデミアに潜んでいることも多い。それならば資金力を持つ大手企業と、人材を保有するスタートアップ、およびアカデミアの連携は急務といえる。
さらに学習データも必要だ。井﨑氏によると、AI開発に必要な日本語のデータはまだまだ不足しているのが現状だという。ChatGPTでは日本語で質問するより、同じ内容を英語で質問した方が回答の精度が上がるが、これも日本語のデータが少ないからだ。
逆にいえばこれはチャンスともいえる。母語である点を生かして先に十分な学習データを確保できれば、少なくとも日本語についてはChatGPTを上回る自然言語処理モデルをつくることも夢ではないからだ。
その際、問題になると予想されるのがプライバシーである。欧州でChatGPTの規制論が出たように、日本でも今後規制を求める声が高まる可能性もある。そこで歩みを止めないためには、できるだけ早い段階から法整備や学習データの開示などに関する仕組みづくりを進めなければならない。
何よりも重要なのは、ChatGPTで盛り上がったAIブームを「一時の“バズ”で終わらせない」ことだと井﨑氏は言う。事実、これまでにもAIブームは何度も訪れたが、いずれの波も一時的な盛り上がりに終わった。過去のAIブームが継続しなかった理由は、結局のところAIがマネタイズできなかったからだ。
「ChatGPTを使うことが目的になるのではなく、使った上でいかにビジネスにしていくかが重要です。AIが企業の収益に直結するようになれば、AIビジネスで得た収益でさらに投資が進むという好循環が生まれるでしょう」
自然言語処理の分野でAIが盛り上がれば、その他の領域にも派生することが予想される。たとえば製造業やロボットなど、日本が得意とする分野とAIを組み合わせることで、グローバルにおけるAI競争に勝機を見出だせるのではないだろうか。
そうしたAIビジネスを進める上で意識すべきは、「最初からグローバルを目指す」ことだと井﨑氏は言う。日本は国内に大きなマーケットがあるため、つい企業は国内市場を対象にビジネスを考えてしまいがちだが、それではグローバルでの勝負に出遅れてしまうのだ。
潤沢な投資やデータの確保といったAI開発促進の仕組みづくりを国が推し進め、企業とアカデミアが密接に連携しながらAIビジネスで海外進出を目指す――それこそが日本の目指すべき未来だろう。