AI研究の松尾豊さん、時代を切り開くのは新しい武器を持った挑戦者

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画像提供:中外製薬株式会社

中外製薬株式会社は11月27日、医療・ヘルスケア産業におけるデジタル活用について取り扱うオンラインイベント「CHUGAI DIGITAL DAY ヘルスケア × デジタルの2030未来予想」を開催した。

同イベントでは、東京大学教授でAI(人工知能)研究の第一人者として知られる松尾豊が「人工知能エコシステムが変える社会」と題した講演を実施した。この記事では、製薬やヘルスケアにとどまらず、近年のディープラーニング(深層学習)や自然言語処理の進歩といったAI全般の話を中心に紹介したい。

高速化する社会に「ディープラーニングの技術が非常に有用」

画像提供:中外製薬株式会社

まず、松尾豊さんは、自分自身の専門であるディープラーニングが物流やインフラなど、さまざまな業界に活用されているといった事例を紹介し、すでに事業全体に影響を与えているものもあると話した。

このような状況を踏まえ、松尾豊さんは「総合的に見ると、ディープラーニングをきっかけにして、『ワークフロー全体のDXが進む』という方向に向かっていくのだろうと思います。デジタル化が全体で進むことによって、企業のクロックスピードが上がることにつながるのではないか」と語った。

近年、社会全体でクロックスピード(ビジネスのサイクルや速度)が急速に上がっている。松尾豊さんは、企業の競争力にとって、このような変化に対応することが非常に重要になっていると主張する。

たとえば、従来、国の政策を考えると、政策を考案して制定し、良かったかどうか判断できるまでには数年単位の年月が必要だった。

一方で、近年はインターネットを中心に、高速にクロックスピードが特異的に上がっている。たとえば、eコマースのサービスでは、商品がレコメンデーションされ、ユーザーがクリックする・しないといったデータを取得できる。それによって、再びアルゴリズムを改善することも可能だ。

このような急速さは現実社会の世界にも反映されつつある。たとえば、Uberなどのライドシェアはどこかで車に乗りたいときに、GPSで位置情報を取得し、車を配車する。その結果がうまく移動できた・できなかったといった評価をすぐに可能になる。

松尾豊さんは「実空間の活動であるにもかかわらず、数分から数十分ぐらいでサイクルが回ります。こういったサイクルが回る速度の高速化が世の中全体で起きています。ここにおいて、ディープラーニングの技術が非常に有用だと思っています」と考えを示した。

では、ディープラーニングを活用することで、具体的にはどのような領域が変わるのか。松尾豊さんは、これまでデジタル化されてこなかったようなリアルかつ、非常に巨大な産業が変化すると話した。自動車産業や食の分野、住居、保健・医療など、さまざまな分野で大きな変化が起きる、というのだ。

自然言語処理は「人間を超えるようなところまで行っている」

また、講演のなかでは、松尾豊さんがディープラーニングに関する最新情報として、近年の自然言語処理について、「自然言語処理で非常に大きな変化が起こっています」「人間を超えるようなところまで行っています」と紹介する場面もあった。

このような発展をもたらした技術として、松尾豊さんはGoogle(グーグル)が2018年10月に発表した自然言語処理の手法「BERT(バート)」を挙げている。BERTは従来からよく使われていた再帰型ニューラルネットワーク(Recurrent neural network)ではなく、トランスフォーマーというタイプのモジュールを使い、多層に組み合わせたものだ。

BERTが発表された2018年以降、どんどん新しくて大きなモデルが使用されるようになったことに触れたうえで、松尾豊さんはOpenAIが2020年6月に発表した言語モデル「GPT-3」について、「英語圏で非常に大きな話題になっています」と言及した。

なお、OpenAIは、宇宙開発企業スペースXの共同設立者およびCEO、テスラの共同設立者およびCEOなどを務めるイーロン・マスクさんらが作った非営利団体である。

ブログ記事より

松尾豊さんが最初に紹介したのは、2020年7月に技術者のマヌエル・アラオスさんが投稿し、多くの反響を得たGPT-3に関するブログ記事だ。



松尾豊さんは、同ブログ記事のもっとも注目すべき箇所は最後にあると語った。というのも、同ブログ記事の末尾では「I have a confession: I did not write the above article.〔中略〕This article was fully written by GPT-3.(告白します。私は上記の記事を書いていません。〔中略〕この記事は完全にGPT-3が書いたものです」とつづられているからだ。

「読んだ人はずっと人間が書いたものだと思って読んできたわけですが、最後になって初めてGPT-3が自動で書いたものだとわかります。人間が与えたのは数行のサマリーだけで、ほかの部分は(GPT-3)が全部補って文章にしているわけです。すごくたくさんのデータで、非常に巨大なモデルを使うことによって、想像以上にいろんなことができることがわかってきています」と展望を語った。

さらに、GPT-3には素数が列挙できるという特徴もある。最初の12個ぐらいの素数を「2、3、5、7、11……」と列挙すると、その後の数字を続け始めるというのだ。

もしかしたら、インターネット上にはたくさんのデータがあるため、「素数を列挙したページから丸覚えしたのではないか?」と思われるかもしれない。しかし、GPT-3は誤って「3693」など素数ではない数字もはじき出しているという。

松尾豊さんは「間違えているということは、計算をちゃんとしているということです。つまり、たくさんのデータを入力して学習させるだけで、(GPT-3には)素数を計算するようなアルゴリズムが学習されています」と解説する。

GPT-3はビジネスの世界も変え得る。松尾豊さんは「非常に多くのタスクが今後、GPT-3によって実現される可能性があります。法務、人事、調達などなどはもちろん、ヘルスケアの分野でも、たくさんテキストを使う仕事があります。こういったものを次々と自動化していく可能性があると思います」と話した。

松尾豊さん、時代を切り開くのは新しい武器を持った挑戦者

画像提供:中外製薬株式会社

最後には、ついに医療および製薬分野に話が及んだ。松尾豊さんは「医療AIは米国とか中国で承認が早かったですが、国内でもPMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認が下りるようになってきています。比較的短期間で、承認が得られるようなケースも出てきています」と話す。

具体的には、「厚労省のなかで、『これをさらに加速していくためにはどうしたら良いか』『何がボトルネックになっているのか』が検討され、課題に対して対策をしています。たとえば、『アノテーションをするのに、いろんな負担がある。これを軽減するためにはどうしたら良いのか』『データを共有したり、クラウドに保存したりするためには、どうしたら良いのか』。そういったことがいろんな形で議論されています。国内でもAIの活用が進んできていて、とても良いことだと思っています」と述べている。

一方で、グローバルの視点から見たら、日本の医療には課題もある。松尾豊さんは「AIの世界はこれまで人間の職人技だったところが、どんどん自動で置き換えられるため、グローバルの戦いに変わってくると思っています。日本もグローバルに戦っていかないといけません」と議論を展開した。

具体的には、「世界の製薬大手ではR&D(研究開発)の評価をプライオリティ(優先順位、先取権)にしています。こういったところにも、日本がいい形で存在感を示していく必要があると思います。製薬も含めて、日本の医療の技術は非常にレベルが高い部分もたくさんあると思います。日本のレベルが高い部分を国内にとどめず、グローバルに勝負していくことが重要だと思います」と語った。

また、「冒頭にも話したように、DXが進んでいろんなことがサイクルが早くなるのは、世界中で起こることです。そのなかで有力なプレイヤーがグローバルにどんどん競争力を高めていくことが起こると思います。日本の話もローカルに閉じるのではなく、グローバルにいかに存在感を示していくかをしっかり考えていく必要があるのかなと思っています」と主張している。

締めくくりとして、松尾豊さんは「いつの時代も新しい武器を持った挑戦者が時代を切り開いていくと思います。ぜひ、身近にそういった挑戦をしている人がいれば応援していただきたい」とし、「日本が強い領域で大企業とスタートアップが連携しながら、グローバルな競争力につなげていくことが1番大事だと思っています。そのための動きをみんなで作っていければと思っています」と、視聴者にメッセージを送った。