データが示した人流と新型コロナ感染拡大の相関 東京五輪の開催で感染拡大が加速する恐れ

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※インタビューは政府が4度目の緊急事態宣言が発出する以前である、6月24日にZoomで実施しました。なお、画像はイメージです(Unsplashより)

政府は東京五輪の開催中を含む8月22日(日)まで、東京都と沖縄県を対象に緊急事態宣言を発出中だ。特集『新型コロナとデータ分析〜4度目の緊急事態宣言は何をもたらすのか?』の4回目では、2020年4月の第1波発生時における「緊急事態宣言」「自粛要請」の効果を検証する。

(写真提供:ALBERT)

厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部クラスター対策班に参与の肩書きで参画した、株式会社ALBERT ビジネス推進本部 データコンサルティング部 所属 データサイエンティストの足立侑駿氏はLedge.ai編集部の取材に応じ、「『職場』や『住宅地』よりも『夜の街』の人流が新型コロナウイルス感染症の感染拡大に強く影響があると考えられます」と話した。

足立氏は1度目の緊急事態宣言直後の2020年4月、クラスター対策班に参与の肩書きでALBERT社員7名が参画し、そのうちの1人として参加。「8割おじさん」こと京都大学大学院医学研究科・医学部 教授の西浦博氏のデータ解析チーム傘下で、分析の方針策定議論やデータを使った実装座組などに取り組んだ(※1)。

その後、足立氏らALBERT社員4名は2021年5月、西浦氏をはじめ、東北大学大学院環境科学研究科博士後期課程 永田彰平氏、東北大学大学院環境科学研究科 教授 中谷友樹氏とともに共同で、論文を執筆および発表した(※2)。

本論文はクラスター対策班で実施した分析内容について民間データを活用して再度取りまとめ、2020年3月〜2020年7月の期間に、東京、名古屋、大阪の大都市圏を対象に「職場」「夜の街」「居住地」での人の動き(モビリティ)の変化と新型コロナウイルス感染症の感染状況の関連性を分析したものである。

東京、大阪、名古屋の大都市圏における各場所のモビリティの変化(特定の時間帯における各場所の人口の比率)。赤は東京、グレーは大阪、青は名古屋(「Mobility Change and COVID-19 in Japan: Mobile Data Analysis of Locations of Infection(日本におけるモビリティ変化と新型コロナウイルス感染症の関係性:モバイルデバイスデータに基づく感染地域の分析)」

ここで言う「夜の街」とは、昼の時間帯に人口が集積するエリアではなく、18時から20時ぐらいの時間帯に人口が集積するエリアを指す。いわゆる「飲み」の時間帯に人口が集積するエリアのことだ。

「Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening」

アメリカの研究でも「FullーService Restaurants(レストラン)」や「Cafes & Snack Bars(カフェや酒場)」などの飲食店に人が集まると、陽性者数が増加すると指摘されている。

足立氏は「詳細にはわかりませんが、新型コロナウイルスは空間的な要因が感染拡大に強い影響をおよぼしていると考えられています。(飲食店のように)ある程度、メジャーであり、かつ接触リスクが高い場所が全体に対する影響が大きいのではないか」と考察する。

1度目の緊急事態宣言(2020年4月7日〜2020年5月25日)時には東京、大阪、名古屋の大都市圏ともに同じような減少傾向を示した。ゴールデンウィーク(GW)中でも人流は抑制されており、目立った変化はなかった。

一方で、1度目の緊急事態宣言が解除されてから、大阪と名古屋の「職場」はもとの水準に戻ったものの、東京ではさほど回復しなかった。東京はリモートワークが推進され、職場に人が戻らなくなったことが影響していると考えられる。

東京、大阪、名古屋ともに「夜の街」の人流も以前の水準には戻っていない。人々は「夜の街」が感染拡大において高リスクであるとアナウンスされると、そのような場所は避けていることがわかる。

人流と陽性者数には関連性があることを明らかにした

東京、大阪、名古屋の大都市圏における1日あたりの症例数の推移(「Mobility Change and COVID-19 in Japan: Mobile Data Analysis of Locations of Infection(日本におけるモビリティ変化と新型コロナウイルス感染症の関係性:モバイルデバイスデータに基づく感染地域の分析)」

このような人流の変化は陽性者数にどのような影響をおよぼすのか。

1度目の緊急事態宣言の発出以降、緊急事態宣言によるものだとは断言できないものの、人流が収まり、陽性者は減少傾向に転じた。本研究の結果からは人流と陽性者数には関連性があり、人流を抑制すればするほど陽性者数は減ることがわかった。当然の結果と言えば当然の結果だが、これまでこのようなエビデンスは存在しなかった。

大規模な感染症は「100年に1度」などと言われている。新型コロナウイルス感染症はIT革命以降、初めて起きた世界的なパンデミックである。これまでは感染者が国をまたいで移動した場合のデータなどは存在するが、国内での細かい移動についてはほぼデータが存在しなかった。足立氏が関わった研究によって、日本における人流と新型コロナウイルス感染症の陽性者数の間に関係性があることを明らかにしたと言えるだろう。

人流が減少してから、陽性者の減少トレンドが顕在化するまでには2週間前後と言われていた。今回の研究ではこのようなタイムラグに東京では15日〜16日、大阪は13日、名古屋は8日〜9日と地域差があることもわかった。足立氏は「人流の変化がどれほど先の陽性者数の変化に影響をおよぼすのか。私が知る限りでは、正確なエビデンスは過去には存在しませんでした」と述べている。

国民に自粛を呼びかけ、東京五輪を開催するのは「二律背反」

(写真提供:ALBERT)

現在、4度目の緊急事態宣言(2021年7月12日〜8月22日)の発出中にもかかわらず、東京五輪(2021年7月23日〜8月8日)は1都3県での無観客などの制限はあるものの、従来どおり開催されている。

東京五輪の開催における問題の1つとしては、政府が2020年7月22日〜12月28日まで実施した「Go To トラベル」キャンペーンと同じように、東京五輪を開催しながらも、外出自粛を呼びかけるのはアナウンスとして二律背反(にりつはいはん)であることが挙げられる(※3)。

実際、すでに東京五輪が開催される以前から東京都民の「外出自粛率」は低下傾向にあるという報道があり、7月24日に開始された東京五輪の自転車競技においては多くの人々が密集する場面があったと報じられている(※4、5)。

時短協力金の支給の遅れが主な原因とされているが、新宿などの個人飲食店500店の5割超は時短営業をしていないという報道もある(※6)。国民ではなく政府の対応による問題であると考えるのが妥当だろう。

足立氏は「デルタ株は感染能力が高いと言われています。1度目の緊急事態宣言と同じような行動を取っても、感染拡大が収まらない可能性があります。ただし、どこまで感染が拡大するのかはわかりません。かなり不確定な状況です」と警鐘を鳴らした。

(※1)ALBERT「厚生労働省クラスター対策班との協働による、新型コロナウイルス感染拡大防止に向けたビッグデータ分析、AIアルゴリズム開発支援を開始」

(※2)ALBERT「人の動きの変化と新型コロナウイルス感染状況の関連について 東北大学、京都大学との共同論文を発表~「夜の街」のモビリティ変化と感染拡大の強い関連性を確認~」

(※3)旅行者向け Go To トラベル事業公式サイト「緊急事態宣言に伴う全国的な旅行に係る Go To トラベル事業の取扱いについて」

(※4)読売新聞による報道「【独自】都民の「外出自粛率」どんどん低下、流行前と同程度に…目立つ10~20代」

(※5)毎日新聞による報道「自転車競技、自粛求めたが沿道は密に 橋本会長「ルール徹底を」」

(※6)日本経済新聞による報道「都内飲食店の5割超、時短応じず 協力金遅れで離反」

株式会社ALBERT 足立侑駿(あだちゆう)氏

株式会社ALBERT ビジネス推進本部 データコンサルティング部 所属。データサイエンティスト。

学部から博士後期まで九州工業大学(現在、博士後期課程在籍中)。専門は電気生理学、神経生理学、計算論的神経科学。

2018年、新卒として株式会社ALBERTに入社。不動産価格予測をはじめ、人材紹介業、通信会社、金融業、運輸における分析業務を経験。

2020年4月、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部クラスター対策班に、ALBERT社員7名のうちの1人として参与の肩書きで参画。西浦博氏のデータ解析チーム傘下で、分析の方針策定議論やデータを使った実装座組などに取り組む。

2021年5月、クラスター対策班で実施した分析内容を民間データを活用して再度取りまとめ、大学関係者と共同で論文「Mobility Change and COVID-19 in Japan: Mobile Data Analysis of Locations of Infection(日本におけるモビリティ変化と新型コロナウイルス感染症の関係性:モバイルデバイスデータに基づく感染地域の分析)」を執筆し、発表した。