「変革など自分たちに必要ない」味の素が古い縦割り組織を脱し1000人のDX人材育成に成功するまで

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「AIで実現するデジタルトランスフォーメーション」をテーマとしたオンラインイベント「AI Experience Virtual Conference2021」が、6月10日に開催された。主催はDataRobot。

本稿では当日に配信された基調講演「味の素のDX 構想から実践まで」(味の素株式会社 代表取締役 副社長執行役員 CDO 福士 博司 氏)の内容をお届けする。

福士 博司
味の素株式会社 代表取締役 副社長執行役員 CDO

北海道大学大学院工学院 化学工学修士(1984)。同年、味の素入社。アミノ酸事業を中心に技術畑を経験。MBA (Univ. of Southern Queensland) 取得後、ヘルスケアを主体とした事業畑に転向し、専務執行役員アミノサイエンス事業本部長時代に事業改革を実行。現在は、代表取締役副社長、CDOとして全社のデジタル・トランスフォーメーションを推進中。『2000パーセントソリューション』(和訳)、We Will Make the World Green、A Strategic Approach to the Environmentally Sustainable Businessなどの著者。

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企業価値の低下でDXに目覚めた

2016年、これまで右肩上がりだった味の素の企業価値(株価)が一転、19年度の初頭まで下がり続けた。過去の成功体験を繰り返す、環境の変化に気づかない安定志向など、組織として硬直化していたという。働き方改革や人事諸制度の変更、ダイバーシティ推進なども進めていたが、これら社内改革は企業価値に影響しなかった。

危機感を募らせた経営層は「企業の価値を向上させるDXが必要だ」と考え、事業構造変革経験がある福士氏をCDOに据えた。2018年の就任後はさまざまな施策を経て、株価も戻りつつある。

――福士
「DXで一番はじめに何をするか、となったときに社長に提案したのは、DXは企業価値向上のためにやるものであることと、企業の見えない資産の見える化です。

人材資産、金融資産、顧客資産は組織の資産(企業価値)ですが、いずれも直接は見えない資産です。デジタル技術を使って、こうした見えない資産を効率的に回し、企業の資産・文化を高めることで、事業の価値も追従します」

用意周到に準備したものの……

人と機械は特性がまったく違うので、いきなり両者をうまく結びつけるのは難しい、としたうえで、福士氏は「DXで起こりがちなこと」を次のように述べた。

社内の主導権争いと葛藤

2018年にCDOに就任後、ポリシー策定、組織委員会の設置、推進委員会の設置……と順調に進めてきた福士氏だったが、そんな同社でも社内の反発は小さくなく、言い争いが絶えなかったという。

これまでの体制を保ちたい人々(事業軸)と、横断変革を進めたい人々(機能軸)が対立。「変革など自分たちには必要ない」「そんなことしたら自分の仕事がなくなる」「違う事業部なのに横から口を出すな、まるで上司が2人いるようだ」……という不満が、すぐに噴出してきた。しかしこうした不満は、いわば”化学反応”の変化の過程で熱が発生するようなもの、と福士氏は語る。

加えて福士氏は「結果を出して証明しないと、変革は正しいとはいえない」と主張する。DX or DIE(変革か死か)、ぐらいの覚悟を持ってDXに取り組んだ他社事例を聞いたこともあり、同社の取締役会でも「結果を出せなかったら取締役会全員の責任、総辞職すべきだ」という結論になった。

――福士
「強く反発する人、様子を見るだけの人が出るのは当たり前で、どんな組織でも必ず起こることです。こうした葛藤を乗り越えるのは、専任のCDOないしCEO、社長の役割だと思います。CDOは変革の執行責任者です。
DX推進には社長が強力な意志を示し、CDOがその意志に従って行動し、従業員が自分ごと化して自信を持って活躍できる”逆ピラミッド構造”が必要です」

社長「食品産業は、DXで変わった」

DXにおける社長の役割として、代表の西井CEOは社長自ら「食品会社はDXで変わった」と内外に言って回り、DXに取り組む姿勢を示したという。「競争の激しい国に会社があったら、うち(味の素)はもう潰れている」「今と同じ仕事をしていたら1兆円企業ではいられない」といった刺激的な発言が多かった。

さらに、「売上至上主義から、持続可能なパーパス(志)経営に転換する」と宣言。「食と健康の課題解決企業」を目指す姿に据え、長期的に企業価値を高めていく方向にシフトした。これまでは短期のPL重視で設備投資・M&Aに投資し、事業利益額を重視してきたが、人材やR&D、マーケティングなどの無形資産にも投資し会社の地力を高める、と注力する対象が大きく変わったという。

DXのステップ〜社内変革から社会変革へ〜

DXには段階があり、同社では社内のオペレーション変革(DX1.0)から、取引先とのネットワークを拡張(DX2.0〜3.0)、最終段階では社会全体を巻き込む事業変革(DX4.0)を目指すという。

DXは単なる社内デジタル化、テクノロジー導入ではない

DX最初のステップ「オペレーション変革」では、社内のリテラシーを高めつつ個人・組織・事業の共成長をめざす。個人目標を全体で発表する会をもうけ、個人と組織の課題と結びつけて自分ごと化させる。成果評価もし、個人や組織のエンゲージメントを高める工夫をしている。

つづくDX2.0のキーワードは「エコシステムの確立」とアジャイル。各部署や事業に人が張り付く縦型の階層組織に、いきなりテクノロジーを入れても相乗効果が出にくいという。

――福士
「固定化された組織や個人を解き放つイメージで、デジタル技術やデータを活用していきます。最終的には自立した組織の機能が、スマートファクトリーやスマート物流、というように、デジタルで結合する流動性の高い組織を目指しています」

エコシステムは事業の育て方にも取り入れられる。現在は認知症リスクに対するソリューションや、物流統合のソリューションを複数企業と検証中とのことだ。

社内の「ビジネス人財育成プログラム」に1000名が応募

社内外の変革と並行してDX推進人財を増やすために、同社ではビジネス人材育成プログラムを開始。初年度は100人程度を想定していたが、1000人強が応募し目標を達成したという。あわせて、同社ではシステム開発やデータサイエンティストも増強していくとのことだ。

  • ビジネスDX人財:2025年までに200人、2030年までには全社ビジネス人財化
  • システム開発者:現在の50人から2030年までに200人体制を目指す
  • データサイエンティスト:10人から20人へ増強(〜2022年)、2030年までに50人体制へ

「企業課題から社会課題へのシフトチェンジはCDOの醍醐味」

最後に福士氏は、「CDOを目指す人、DXを進める人」へのメッセージを述べた。

――福士
「変革には葛藤がつきものです。CDOは変革を恐れてはいけないし、内部の課題を社会の課題と結びつけ、シフトチェンジするのがCDOの最大の責任であり、醍醐味でもあります。独自の経験だけでは対処に困るときは、信頼できる外部のアドバイザーに伴走してもらうと良い判断ができるでしょう。

DXは一企業ではなく社会全体の変革です。ビジネスを変える大波に乗れるか、それとも飲み込まれてしまうかで企業の成長は大きく変わります。日本のDXは遅れている、と言われている今こそ、DXを始める最後のチャンスではないでしょうか」

福士氏はCDO就任後にCDO CLUB JAPANに入会し、他企業・他業界のCDOと積極的に意見交換をし、ノウハウを吸収した

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