「AIで実現するデジタルトランスフォーメーション」をテーマとしたオンラインイベント「AI Experience Virtual Conference2021」が、6月10日に開催された。主催はDataRobot。
本稿では当日に配信されたセッション「製薬企業のコマーシャル部門におけるAI活用事例 「外注から内製化への歩みと今後の展望」 〜データサイエンティスト不在の2年半〜」(サノフィ株式会社 奈幡智朗氏、李 鑫氏)の内容をお届けする。
奈幡 智朗
サノフィ株式会社 ビジネスオペレーション&サポート本部 カスタマーマーケティング&アナリティクス部 部長
李 鑫
サノフィ株式会社 ビジネスオペレーション&サポート本部 カスタマーマーケティング&アナリティクス部 Manager
データサイエンティスト不在、からのAI活用プロジェクト
サノフィはフランス・パリに本社を持つ製薬企業。日本国内は処方薬の販売が中心で、主なターゲットは医師だ。世界有数の規模を誇る同社でも、社内にデータサイエンティストはいない。そんなサノフィが、いかにデータサイエンティストなしでAI活用に踏み切ったのか。
模索からプロジェクト開始まで
きっかけは2017年頃にさかのぼる。全社のデータ分析や各種支援を手掛けるコマーシャル部門の本部長が、マーケティング・営業モデルの変革について模索し始めた。翌年、プロジェクトを実行する段階で奈幡氏と李氏の2名が採用される。2人ともAIのプロジェクトには関わった経験をもつが、自身がAIプロジェクトを推進したことはなかったという。奈幡氏はシステム開発経験はあるが、主たる業務でAIを扱った経験はなく、李氏も主な経歴はデータアナリストだった。
2人が採用された翌2019年、全社をまたいだDX推進プロジェクトの「LINKプロジェクト」が発足する。奈幡氏が考える、プロジェクト立ち上げ段階で重要なポイントはこの3点だ。
- 全体構想
- AIをどう使うかでなく、全体の構想においてAIをどのように位置づけるのか、を定義する
- オーナーシップ
- プロジェクト牽引には、本部長(ないし事業部長)層のオーナーシップが欠かせなかった
- インプット
- 本部長層に継続的な対話を続け、強力なサポートをしてもらえる状況を作り出す
3番目で挙げた継続的な会話は、奈幡氏いわく「非常に重要」で、現在も後続プロジェクトで関係性が続いているという。
プロジェクト発足フェーズ:課題の設定とビジネス部門の巻き込みが大切
次に、奈幡氏はプロジェクト初期段階での課題設定プロセスを紹介した。課題は「ある程度実現可能性があり、社内に対する影響力が一定出る」ものを選ぶのがポイントだという。
課題抽出から課題設定の段階では、現場担当者の目線で課題設定ができるよう、担当者をプロジェクトに巻き込むと良いとのことだ。あわせて、n数やデータの種類を見て、使えるデータがあるか、自身がやりたい分析に耐えうるのかを確認する必要がある。使えないデータでは、コンセプトを立ててもデータ分析・活用ができなくなってしまうからだ。
奈幡氏は課題の優先順位を決めるために、各事業部と対話を繰り返したそうだ。同社の場合は3事業部内に複数プロダクトがあったので決して楽な作業ではなかったが、プロジェクトを進める上での利点もあった。
「対話を通じて、課題の解像度が上がり、課題の共通項がわかるようになりました。解像度の高い課題を抽出し設定するためには、プロジェクトの初期段階で広く対話することを強くおすすめします」
外注から内製、DataRobot活用を経て得た、AI開発・活用のノウハウ
続いて、李氏から同社のAIプロジェクトの進め方が語られた。
拡大フェーズ:外注で作成したモデルの活用
同社のAI活用は、外部リソースを活用した立ち上げたのち、一部内製化を経て、DataRobotの導入に至った。データサイエンティストがおらず、ノウハウがゼロだった同社は、まず外部リソースを活用した。外注には品質や期限が担保される、内製化に向けてプロのスキルを学べる、というメリットはあるが、デメリットもいくつかあったとのことだ。
- 外注先への説明、データ準備など一定程度の工数が発生してしまう
- 特徴量の解釈性が低かった。複数モデルと比較して精度を高めることも可能だが、工数を考えると現実的ではない
- プログラミングができない人にとっては横展開がしづらい
のちに外注で作成したモデルだけでは標準化、解釈性にデメリットがあると考え、DataRobotを導入したという。
データの前処理はDataRobot Data Prepを活用。データ処理・データ分析の人員が足りなくても分析ができるようにデータ分析テンプレートを作成した。これまでデータ処理には2週間から1ヶ月ほどかかっていたが、半分の期間になったという。さらに、ノンプログラマでもデータ処理が可能になったそうだ。
あわせてDataRobotでモデリングを自動化した。これまでモデリングにかかっていた工数を、特徴量精査・ビジネスルール精査に時間を割けるようになった。結果として、アウトプット精度が上がり、カスタマーインサイトも抽出しやすくなったという。
これらの機能を使ったことで、3ヶ月かかっていた工程が1ヶ月で対応可能になった。
DataRobotが活用できるのは複雑な分析だけではない。自社サイトの閲覧回数から特徴量を確認することで、「サノフィのオウンドサイトを閲覧した医師ほど、薬の処方率が高い」といったインサイトを得た
「DataRobotを導入したことで、既存のルールベースでのスコアリングに、DataRobotの機械学習で得られたインサイトなどが加わり、ルールそのものを改善できた、というメリットもありました」
奈幡氏は、データ拡張の有用性について触れた。
「拡大フェーズでは初期フェーズでは使えなかったデータや、想定外のデータが使えるかどうか見直し、活用可能なデータ総数を増やすことが大切です」
用途や業界特性にあわせてKPI、評価指標をデザインする
あわせて李氏は、分析後の検証について「AIの成果は評価しづらいので、事前に検証フェーズをデザインしておく必要がある」と述べ、KPI設計のポイントを説明した。
「製薬業界のマーケティングスパンが長いので中間検証項目も設け、トラッキングできるよう準備する必要がある」といった業界ならではの特徴に加え、他部署とのコミュニケーションで工夫すべきことをこう話した。
「マーケティング部や営業部との協力体制が欠かせません。キックオフでプロジェクトの説明やデータ、プロモーション状況を確認しながら、マーケティング担当者と一緒にプロジェクトを推進することが大事です。営業とのコミュニケーションも、マーケティング担当者を仲介するのでなく、営業所長レベルとも、直接対話して検証アプローチの検討が必要です」
分析結果を活用する人たちとコミュニケーションをとることで、たとえば比較対象群を選ぶ段階でも、現場の立場で考えて業務負担を最小限にする配慮ができるという。
現状の課題と今後の展望
DataRobotの活用で大幅に工期は短縮できたが、まだまだ課題も残っているという同社。今後は事業部内にデータアナリストとビジネスアナリストを2名ずつおける体制をつくるほか、担当者のスキルの底上げをし、さまざまな部署への横展開をめざしているという。
AI Experience Virtual Conference2021関連リンク
AI Experience Virtual Conference2021は、DXやデータサイエンス、AI活用事例のセッションが配信された。一部はイベントレポートとして取り上げている。
他にも当日配信されたセッションの一部がオンデマンドで配信されているのでチェックしてみてほしい。