DataRobot社は2021年11月に「金融業界におけるAI活用の重要性とDX推進の現在地」と題したメディア向け説明会を開催した。
説明会では、DataRobot社による金融業界におけるAIやDXの推進事例、さらには三菱UFJ信託銀行と三井住友ファイナンス&リースによる、それぞれでのAI活用の実態など、金融業界での取り組み内容が明かされた。また、登壇者によるディスカッションパートでは、なぜ両社は「DataRobotを選んだのか」などが語られた。本稿ではこれらをレポートしていく。
進む金融業界でのAI活用 ルールベースと機械学習の組み合わせ
説明会の最初に、DataRobot社の小川 幹雄氏は「DXやデジタルという言葉がたくさん使われてきていますが、ひとつのテーマにAIなどを使って終わりではなく、繰り返したり高度化したりしないといけない」と話した。
DataRobotは金融業界で非常に広まっているそうだ。金融業界では商品が多様化や効率性の追求、顧客分析など、さまざまな分野でのDX推進が見込まれている。
小川氏は「AIはPoC段階から、メインストリームへとフェーズが移行している」と続ける。
いままでは単一のモデルのみがシンプルに動く形だった。たとえば、金融業界で言うならば「与信」の業務でのみAIを活用する、という状態だ。ただ、現在は複数のモデルを同時に実行され、制御する動きが見え始めているという。さらには、従来は業務影響が低い業務への利用が主だったものの、最近では基幹業務での利活用も増えていると話した。
いま、DataRobot社が提唱しているのは「ディシジョンインテリジェンス」という言葉だ。
ディシジョンインテリジェンスとは、ルールベースと機械学習を組み合わせて、高度な業務を自動化することだ。意思決定の自動化できる範囲を拡大したり、意思決定の高度化を実現したりするメリットがあるという。
このディシジョンインテリジェンスは、DataRobotのツール内に「ディシジョンインテリジェンスフロー」として機能を実装している。DataRobotで作ったAIモデルと、顧客が作ったルールを組み合わせることで、説明可能で信頼できる意思決定を実現する。
そして小川氏は、「海外と日本の差は、ビジネスフロー全体にAIが組み込まれているか否か」という。
上記の画像は保険の引き受けでの取り組み例。日本では上記画像での「リスクモデル」の部分でAI活用が進んでいるが、海外ではリスクモデルだけでなく業務全体で活用が進んでいると話す。「AIは記入ミスを見抜くエラー修正や、初期解約やクレーム傾向の分析にも役立てられる」と同氏は続けた。
そして同氏は上図(上図における右側)のなかでも、リスクを分解し、追加審査が必要なケースの場合、新しい商品を提案することによって取りこぼしを減らすことなどにも活用されている点を紹介した。
DataRobotがいま目指すのは「データサイエンティストのためだけのツールではなく、ビジネスユーザーにも寄り添うツール」だ。
不足する分析力はDataRobotで補う
続いて三菱UFJ信託銀行による発表に移った。発表したのは、三菱UFJ信託銀行 経営企画部 デジタル企画室 上級調査役 岡田 拓郎氏。
三菱UFJ信託銀行では、2019年10月からAIを全社的に使うことを目的にDataRobotを活用していた。2020年10月には三菱UFJトラストシステムとともにAI組織を内製化し、2021年4月からは所属を経営企画部に移した。現在では合計20名程度のチームでAI活用を推進している。
デジタル社会においてAIは「お客様に付加価値をもたらすもの」として非常に重要だと同行は考えている。
AIによって実現することで挙げたのは「マーケティング」「コンサルティング」「マーケットの予測」「事務作業の自動化」の4つだ。なかでも、マーケティング部分を最重要分野として注力しているという。具体的には、大量の情報から顧客の課題やニーズを分析し、パーソナライズ化してレコメンドする部分にAIを活用していく。
また、AI活用するうえで社内のITリテラシー向上のため、育成や研修も重視していると続ける。同行では、マネジメント職およそ60名を対象に研修を進めているだけでなく、全社員を対象に網羅的にAIやデジタルの研修を実施しているという。この狙いは、全社のAIやデジタルスキルの底上げと、マネジメント層などの上層部の理解度向上だ。
新たな取り組みとして明かされたのは「全社員(MUFGグループ)を対象としたデータサイエンスコンペ」だ。KaggleやSIGNATEの“MUFG版”といった位置づけを目指す。
このコンペには、MUFGグループ13社から150~200名程度が参加を予定しており、データマーケティング、運用高度化の人材発掘、コンペ参加によってデータ分析を自走できるレベルに到達する人財育成を目的としている。
本発表をした三菱UFJ信託銀行の岡田氏は「いままでデータサイエンスに関心がなかった銀行員が『コンペで1位』になってデータサイエンティストのタマゴになる、といったシナリオが考えられ、非常に楽しみにしています」と話す。さらにこのコンペについては、金融グループ10社以上が集う本格的なコンペ開催は業界初、とうたった。
次に、三菱UFJ信託銀行 経営企画部 デジタル企画室 西潟 裕介氏による発表では、まず自身のスキルセットについて紹介があった。
「(スキルセットにおいて、自身の分析力を『△』としていることについて)分析をスタートするためには、分析力が必要だと思うかもしれませんが、AIデータ分析はテクニカルな分析能力は必要ではないと考えています。不足する知識はDataRobotなどのツールを活用することで補えます」(西潟氏)
また、DataRobot社によるAutoML研修からデータサイエンス知識を拡充でき、企画・推進に必要な知識を得られたことも大きいという。ハンズオンやグループワークを通じて、業務にそのまま使えるようなスキルも身につけられたと感想を述べた。
精度は向上、工数は削減 空いた時間は何に充てている?
続いて、三井住友ファイナンス&リース株式会社 データマネジメント部長 佐藤 創氏による「機械学習モデルによるAI自動審査システム」についてのプレゼンが実施された。
同社は、総合リース会社であり、コピー機から航空機に至るまでリース商品として扱っている。佐藤氏が属するデータマネジメント部は、全社的なデータ分析基盤の整備やモデルを使った業務の効率化・自動化を統括している。
同社ではリース申し込みに対する自動審査システム自体は10年程度前から使用していた。主な適応領域は小口のリースで、コピー機や厨房機器など、数十万から数百万円程度のリース案件を対応するシステムだ。このような小口のリース案件は、毎日1000~2000件の申し込みがあり、月換算するとおよそ2~3万件。人手では到底対応しきれない分量なので、与信判断部分を自動化している。
先述のシステムは、案件受け付けをした際に、内部情報や企業情報と紐づけて審査(与信判断)の工程に進む。
2021年11月に上記システムのアップデートで、これまではロジスティック回帰を利用していたが、機械学習モデルに置き換えた。この機械学習モデルはDataRobotを使って作られたという。佐藤氏は「機械学習モデルに置き換えたことで、与信判断の精度が上がっただけでなく、工数も削減できた」と述べる。
さらに、一橋大学と東京商工リサーチとともに産学共同研究による「料率算出装置、料率算出方法及び料率算出プログラム」という特許の取得に至ったと説明した。これは、リース時の金利をいくらに設定すれば案件成約率が上がるのかの関係性を示したもの。金利を高く設定しすぎると競合他社に取られてしまい、安くしすぎると無駄が発生してしまう。この技術は、金利設定の最適化を図るために使われる。
>> プレスリリース
DataRobotで作った機械学習モデルと、先述の特許技術などのシステムが、今回のリニューアルで新たに組み込まれた。
AI自動審査システムのリニューアルでDataRobotを使って与信判定のモデルを作ったことについて精度が上がったことは先述のとおりだが、開発スピードが大幅に改善されたことも明かした。
「従来のデータ分析のソフトウェアやツールでは、データ分析者がモデル開発やシステム実装に3ヵ月程度かかっていました。DataRobotに変更したことで、3~4週間で開発や実装が可能になったのです。
(開発・実装については)非常に大きな変化で、モデルを作るのはある種職人芸のようなものでした。ロジカルに盛り込む部分もあったため、属人化していた箇所もありました。
完全にシステム化できたことで、標準化および統一できるようになりました」(同氏)
DataRobotに置き換えたことで生まれた空いた時間は、データを使う仕組みづくりに充てているそうだ。たとえば、与信戦略を高度化したり、特許を用いた案件成約率の向上施策だったりに時間を割けるようになったと、副次的なメリットについても語られた。
さて、多くの読者にとって気になるのは「なぜ両社はDataRobotを選んだのか」だろう。
プレゼン後にはパネルディスカッションが実施され、上記の問いに対して両社から回答があったため最後に紹介したい。
―― 三菱UFJ信託銀行 岡田氏
「他社ツールも比較したなかで、DataRobotを選んだ理由はいくつかございます。
ひとつは単純に精度が高いこと。ほかにもさまざまなツールは登場していますが、DataRobotは最高位レベルのデータサイエンティストによる技術が取り込まれているため、モデリングの種類や精度は(他社ツールに比べて)一段上だなと思っています。
また、説明のしやすさも選んだ理由のひとつです。金融業界でAIを使うには、説明性が高く問われます。たとえば数字が上がった理由ひとつにとっても、DataRobotのUI内ではっきり確認できたことが決め手のひとつです」
―― 三井住友ファイナンス&リース株式会社 佐藤氏
「他社ツールと比べて(精度など)優位性があったことが最もの理由です。これに加えて、細かいところにも行き届くので、DataRobotを選びました」