AI研究の松尾豊さん「優秀な人ほどパラレルにやれ」高専生に期待

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一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)は9月18日、「第1回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2020(DCON2020)」の一環として、東京大学大学院工学系研究科 教授で、同協会の理事長も務める松尾豊さんによる、最優秀賞受賞の東京工業高等専門学校(東京高専)への表敬訪問を実施した。

DCON2020は、高専生が日頃培った「ものづくりの技術」と、人工知能(AI)分野でとくに成果を出すディープラーニング(深層学習)技術を活用して、事業の評価額を競うというもの。DCON2020本選では、勝ち抜いた東京高専のプロコンゼミ点字研究会など、参加チームはオンラインでの参加だった。

今回、松尾豊さんは東京高専のプロコンゼミ点字研究会に直接対面し、トロフィーを授与した。本稿では、同研究会が手がけた作品の詳細と松尾豊さんによる評価はもちろん、同研究会のメンバーたちに対して、松尾豊さんが講義形式で実施したスタートアップの起業についての助言についてもレポートしたい。

視覚障がい者に寄り添う作品が優勝したDCON2020

優勝した東京工業高等専門学校のプロコンゼミ点字研究会

プロコンゼミ点字研究会は昨年、視覚障がい者に「娘が小学校からもらってくる手紙がまったく読めない」という相談を受け、「:::doc(てんどっく)-自動点字相互翻訳システム-」の開発に乗り出した。

「:::doc(てんどっく)-自動点字相互翻訳システム-」

「:::doc(てんどっく)-自動点字相互翻訳システム-」は、視覚障がい者が自分自身で墨字(紙の印刷物)をスキャンすることで、全自動で点字として出力できる。点字をスキャンし、全自動で墨字(すみじ)として出力することも可能。これにより、視覚障がい者が印刷物の内容を把握したり、自分が点字で書いた書類を墨字として印刷して配布したりできるようになる。

「:::doc(てんどっく)-自動点字相互翻訳システム-」

松尾豊さんによる表敬訪問時には、プロコンゼミ点字研究会は本作品について、漢字の読み間違いは多少はあるものの、精度は高いとアピールした。また、本作品は数字や「+(プラス)」「−(マイナス)」も使用できる。たとえば、「+(プラス)」を記号のまま伝えたり、ひらがなで伝えたり、視覚障がい者それぞれの好みや点字独特の読みやすさなどにも対応しているという。

さらに、点字をスキャンし、データ化したものをそのまま視覚障がい者に送ることができる点字ファックスに関しては、視覚障がい者からの要望を受けて制作したと語る。DCON2020本選では本作品は点字という社会課題に取り組んだことなどが評価され、企業評価額は5億円と判断されている。松尾豊さんによる表敬訪問時にも、彼らの視覚障がい者に寄り添う姿勢が垣間見えた。

「いろんな人を勇気づけたのではないか」

松尾豊さんは表敬訪問のなかで、DCON2020本選を「1位〜3位まですべて評価額5億円ということで、すごく接近した戦いでした」と振り返った。

評価額に関しては「正直、前回のプレ大会よりも評価額が落ちると思っていました」と、正直な気持ちを語った。コロナ禍により作業がしづらいのに加え、ベンチャーキャピタル界隈(かいわい)の相場観は昨年から3割ぐらい下がっているというのだ。

このような状況を鑑みて、松尾豊さんはプロコンゼミ点字研究会について「見事、プレ大会の評価額を上回り、さらに混戦を制して優勝ということで、非常に素晴らしかったと思います」と称賛している。

さらに、「テレビでも(NHK教育テレビジョン『サイエンスZERO』で)2回に渡って放送していただきましたが、非常に見応えがありました。全国の高専生だけでなく、いろんな人を勇気づけたのではないかと思っています」と語った。

「新卒でどこかに就職する」という時代は終わった

また、表敬訪問では松尾豊さんがプロコンゼミ点字研究会に対して、起業に関して講義形式でアドバイスした。DCONでは昨年のプレ大会で優勝したチームと準優勝のチームが起業をしている。本助言はこのような流れを踏まえ、プロコンゼミ点字研究会への今後の期待を込めたものだ。

松尾豊さんは「昔はスタートアップをやるのは大手に就職する際に、マイナスになっていました。要するに、『新卒でどこかに就職する』ことがすごく大事でした。もはや、そういう時代ではなくなっています」と話す。

「スターアップをやったことがある人のほうが大手のメーカーでも金融機関でも、欲しいんですね。皆、『イノベーションをなんとかやらなきゃ』と思っているので、そういう人材を求めています。スタートアップをやったことがあることは成功の有無にかかわらず、キャリア上はプラスになります」と説明した。

「優秀な人ほどパラレルにやれ」

また、海外では才能がある若者などを飛び級させたり、役職に起用したりといった制度や風土がある場合が多いものの、現在の日本社会はそのような状況にないことを踏まえ、松尾豊さんは「日本は能力がある人が早く(次の段階に)進めない社会です」と指摘している。

「(日本では)2倍速く進めないけれど、誰にも文句を言われないのは2倍平行してやることです。これもやっていて、これもやっていて、あれもやっているということに対して、ちゃんとやっている限りは誰も文句は言えません。僕は『優秀な人ほどパラレルにやれ』と言っています」と訴えた。

さらに踏み込んで、若くして起業することに躊躇する人々に対して、反論する場面もあった。松尾豊さんは「研究に集中して、研究である程度業績を上げてから起業します」など、Aを終えてからBに手を付けようとするタイプについては「大体、そういう人はダメです」と一刀両断する。

「たとえば、自分の1日を考えたときに、朝起きてから寝るまでどれだけ時間があって、その時間をどれだけ有効に使っているのか。Aをやることに最適化していて、『どこにも工夫の余地がありません』『これ以上やると、寝る時間を減らすしかありません』というのだったら、Aをやったほうがいいです。多くの場合、そうではありません」と語る。

続けて、「時間の使い方はいろんな工夫の余地があって、ぜんぜん詰め込めます。詰め込む努力をしないで、AとBという選択の問題にするのはあまり意味がない(と思います)」と説明した。

「アップルやグーグルは若者が起業し、世界的な企業にした」

最後には、日本社会における若者やスタートアップの価値にも言及した。松尾豊さんは日本の人口ピラミッドの偏りを鑑みて、日本は50代や60代など中高年や高齢者の人口が増加しているものの、ITやAIを活用できる若い世代は人口が少ないと指摘する。

大企業は年功序列のため、若い世代が何かしようと思っても、上の人口が多い世代に説明などが求められる。一方で、スタートアップは若い世代が中心になる。このような構造の違いに目を向けると、大企業のスタートアップの取り引きが増えているのは当然というのだ。

松尾豊さんはこのような議論を踏まえ、「時代を変える企業──パナソニックとか、ソニーとか、アップルとか、グーグルとか──は15歳とか21歳とか若い人が起業し、世界的な企業にしています。もちろん、年上の人もいますが、皆さんにできない理由はありません」と語りかけた。