2018年、日本のテクノロジー業界でもっとも話題となった出来事の1つ、元グノシー最高技術責任者(CTO) 松本勇気氏のDMM.com CTOへの就任。DMMは松本氏就任後、プログラミングスクール「WEBCAMP」を運営するインフラトップを買収するなど、早くも大きな動きを見せています。
AIがバズワードのように使われる中、40以上の事業を持ち、膨大なデータを保有し、2,000億円以上の売上を出すDMM.com。同社はCTO 松本氏を新たに迎え、どのような事業戦略を策定し、どのようなビジョンを目指すのか。
その全貌を、松本氏に聞きました。
マシンラーニングを前提に、DMM.comをアップデートする
――起業を含め多くの選択肢があった中で、なぜDMM.com CTOのポジションを選択したのでしょうか?
「もともとFintechやファンド、VR周りなどいくつかの領域で起業を検討していたんですが、その際に資本の調達コストというのを考えていました。起業にあたりどれくらい資本が必要か、資本を引っ張るための思考コストや行動コストなども含めた総合的な調達コストはどのくらいか、などです。
ちょうどその頃に、DMM.com前CTOの城倉 和孝さん(現CIO)と仲良くなり、CTOのポジションをやらないかとお誘いをいただき、興味を持ったのがきっかけです」
「それからよく飲みに行き、事業の状態や売上の規模、経営陣の悩みなどを毎月ヒアリングしながら分析させてもらい、これはテクノロジーで改善を加えれば、売上・利益ともに圧倒的に成長させられると確信しました。
DMM.comはテックカンパニーとしてはまだまだ未熟だとしても、膨大なデータとマシンラーニングを掛け合わせることだけでも、売上において20%以上は改善の余地があるのではないかと予想しました。他にも豊富な人的リソースなど、あらゆる点を考慮し、DMM.com CTO就任を決めました。起業するよりもおもしろいことが色々できそうだなと」
DMM.comには、
- 資金
- 人的リソース
- スピーディーな意思決定
など、さまざまなことにチャレンジできる環境が揃っている。
自身で起業となると、資金調達コストや時間などの制約があり、比較的短期でのリターンが求められます。少ないリソースでは、長期的に取り組んだり、市場を取り切りたいと思った時にも動けなかったりしますが、あらゆる側面を考慮した結果、DMM.com CTOがベストの選択肢だったといいます。
――最終的にDMM.comのCTOへ就任されましたが、起業を考えていた際にもマシンラーニングの活用は視野にあったのでしょうか?
「活用というより、マシンラーニングは事業の前提だと思っています。
世間ではAIという言葉が頻繁に使われていますが、AIといってもディープラーニングか、それとも古典的なマシンラーニングなのか、手法はさまざまです。AIは1つのファジーな表現に過ぎないにも関わらず、それを目的に事業を作るのはずれていると思います」
情報キュレーションサービス「グノシー」が掲げるミッションは「情報を世界中の人に最適に届ける」と、もとよりグノシー時代から常にマシンラーニングベースで事業を作ってきた松本氏。
では具体的に、マシンラーニングベースでDMM.comはどのような戦略を、どのような指針の元に目論んでいるのでしょうか。
圧倒的なデータとリソースを武器に、マシンラーニングでチーム・事業を強化
――マシンラーニングを前提とした時、どのようなビジョン、事業戦略を考えているのでしょうか?
「『あたりまえを作り続けられるチームを目指す』という、開発チームとしてどこに向かうのかを示すテックビジョンは掲げています。世界中のベストプラクティスを取り入れて、それを実践できるチームになろうと。
そして、新しいツールや手法が出た時に『あたりまえはこうなんだよ』と我々が提案できる側になるのがビジョンです」
テックビジョンの中で、設けている4つの指針が以下。
仕事を効率化し、多くの挑戦と失敗を繰り返してそのベストプラクティスを広く共有する
サイエンティフィック
数字を共通言語としてエンジニアもビジネスサイドも会話し、科学的に事業を改善していく
アトラクティブ
外からみても中からみても魅力的な企業であり続ける
モチベーティブ
透明性高く、誰もが能力を発揮できる場を作っていく
「4つの指針とともに、
- 技術戦略
- データ戦略
- 広報・人事戦略
- コミュニティ戦略
4つの戦略軸を用意しています」
AIという分脈で注目したいのが、データ戦略です。
――具体的に、データ戦略とは?
「DMM.comは40以上の事業を持っています。そしてすべてのサービスは1つのユーザーIDで統一されています。言うまでもなく豊富な行動データを持っているわけです。
例えば、DMM.comが持つメディアコンテンツはパーソナライズと相性が良く、行動データを使うことで、より効率的に最適なコンテンツ、価値をユーザーに届けることができます」
「マシンラーニングを前提としてユーザーに価値を届けるには、そもそもチームメンバーが事業の数字について正しい見解を持てるのかが重要なので、データを活用するチームを強化することが必要です。
新しい事業を作るのではなく、チームを強化して、既存事業をマシンラーニングでどこまで改善できるかが、僕の最初のCTOとしての挑戦だと思っています」
“豊富なリソース”と“何でもあり”なDMM.comだからこそできること
――40以上の事業を持ち、売上2,000億円以上、そして優秀な人材を持つDMM.comだからこそできることですね。
「DMM.comは“何でもあり”なのが、良い点だと思っていて。
資金や人材のリソースが豊富で、驚くくらい意思決定のスピードが早いです。1回のミーティングで大抵のことが承認されるとか。
だからこそ、一回一回の判断、決定が高い確率で成功するように、テクノロジーで確率向上を追求する、テクノロジーで支えていく必要があります」
合同会社という組織形態をとるため、株主総会や取締役会の開催もなく、非常に柔軟な経営とスピード感のある意思決定が、DMM.comの魅力です。
「いくつかの市場を見ていて、国内企業が国内の市場を取り切る早さと、海外サービスが自国や世界の市場を取り切る早さが一緒なんじゃないか、違う戦い方に挑戦していく必要があるんじゃないか、と思っていて。
他の企業よりも資産も人材も豊富、柔軟な経営、そして売上2000億円を超える40以上のサービスを持つDMM.com独自のアプローチであれば、世界で戦える可能性が生まれるのではと思っています」
――そこで鍵となるのが、やはりチームの強化ですよね。どのようにチームを作っていくのでしょうか?
「経営向けにレポート作れるようになってみようとか、この領域の数字を見ていこうとか、まずはいくつかチームを組成します。その後は、知見を蓄えて成長したチームメンバーが散っていき、バイラルしていくイメージですね」
「モンスター狩って、刀鍛冶したい」テクノロジーが浸透した未来は余暇が増える
――ここまでのお話はすべては松本氏が考える未来像があるからこそ。今後テクノロジーによって世の中はどうなっていくと考えていますか?
「まず、データが重要な資源であるという観点で、データを上手く使える企業が競争力を付けていくと思っています。
データを上手く使い、単調な作業を効率化し、社員のモチベーションやワークフローもエンジニアリングすることができる。すると、さらにデータが溜まり、それに正しくマシンラーニングを適応していく。
その過程で、人はより効率的に働くことができ、余暇が増えていくと思っていて。1日8時間労働も産業のパラダイムが1つ前の頃の話であって、人間の働き方自体が変わってくると思っています」
人間が仮想空間上で移動し、仮想空間で出会い、仮想空間でコミュニケーションする。自動運転やドローンなど、あらゆるモノやサービスが自動化、無人化、API化され、マシンラーニングで効率化される。その改善のサイクルが回転していく世界が来ると、松本氏は語ります。
「その時にVRなどが重要なピースになると思っていて。VRに対して、我々がどれだけ事業などを作れるかは、自分の中の大きなトピックとして持っています」
――仮想空間ができた時、松本さんはどんな生活を?
「僕はVR空間に引きこもり、プリミティブな生活をしたいですね。モンスター狩って、刀鍛冶でもやったり。
仕事が嫌いなわけではないですが、暇になって遊びたい人も多いじゃないですか。仕事がなくなるのをネガティブに捉えるのではなく、みんなが働かなくてもいい状況にポジティブに変えていくのが、本来あるべき姿なんじゃないかなと」
楽しい世界をどう創るのか、が重要だと語る松本氏。
一方で、テクノロジーによってあらゆることが効率化される中、やはり企業としては競争も激しくなります。
新規事業の作り方は科学されている時代 ── 一番に重要なのは「数字を事業で使える環境」
――少なくともあと数年、数十年は企業が戦い続けることが必須だと思いますが、この先、企業のあるべき姿はどのように考えていますか?
「企業のあり方、事業の立ち上げ方がそもそも科学されている時代だと思っていて。
一人の行動をミクロとして、PL(損益計算書)、BS(貸借対照表)、CF(キャッシュフロー計算書)などをマクロとした時に、その間をきちんと繋げられるかが大事です。新規事業が上手くいくいかない、資本をどれくらい使う使わないの予測の精度も年々向上してきています。
そもそもそれができない企業は勝てないですね。今後は事業を立ち上げを、よりサイエンティフィックに進められる人材が求められます」
新規事業の考え方がもはや定式化されてきている。
DMM.comと違い、リソースも乏しく、データも少ない企業はどう生き残っていけるのでしょうか。
「人間は情報の8割を視覚で得ていますが、企業にとってはそれがデータや、データを分析した結果の数値だと思っています。
まず必要なのは、数字を事業で使える環境です。PLに貢献する上で、事業状態や課題が、まず数字で見えること。あとはそれを経営陣が使ってくれることですね。
その先にやっと、ワークフローを変えようとか、マシンラーニングを使ってみようとかの話がくるかなと」