日本でDX(デジタルトランスフォーメーション)という概念が注目されたのは新型コロナウイルスの影響ですが、今DXがかつてないほど日本企業に必要とされています。本稿では日本がDXに乗り遅れた理由、DXの正しい進め方、具体的なDX推進事例などを詳しく解説します。
DXとは
経済産業省はDXを
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは
企業から見たDXは内側と外側に分けられます。
・内側:働き方改革
社員全員がノートパソコンやスマートフォンを使いこなし、いつでも、どこでもリモートワークができる体制が整っています。社内はペーパーレスで、ハンコを押すためだけに出社することはありません。
・外側:ビジネス
店舗を構えた売り切り型のビジネスから、オンラインでのサブスクリプション(定額課金)へ移行しています。オンラインビジネスの収入がリアルビジネスの収入を上回っています。
DXとデジタイゼーション・デジタライゼーションの違い
DXと似た言葉で、デジタイゼーションとデジタライゼーションがあります。日本語に訳すと「デジタル化」ですが、両者には明確な違いが存在します。
デジタイゼーションとは、「デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値の向上を実現する」際に使われる言葉です。
たとえば、アナログ放送をデジタル放送に変換することで、周波数帯域を効率よく使えたり、紙の書籍を電子書籍に変えることで、効率よく書籍を運搬できたりといった場合に使われます。つまり、ある工程で効率化のためにデジタルツールを導入するなど、部分的なデジタル化に使われる言葉です。
デジタライゼーションは「デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を創出する」際に使われる言葉です。
たとえば、以前は好きな曲を聴くためには、CDを購入したり、インターネットからダウンロードして購入したりする必要がありましたが、ストリーミングであれば、いつでも好きなときにどんな曲でも聞けます。動画も同様です。
また、ストリーミングでは、一般的に個別に購入するのではなく、月額定額(サブスクリプション)制で聴き放題となっており、音楽や動画の楽しみ方が大きく変わります。
このように、会社および外部の環境やビジネスモデルを含め、長期的な視野でプロセス全体をデジタル化し、これまでにない競争力や差別化を実現し、新しい価値を生みだす場合に使われる言葉です。
すなわち、デジタイゼーションやデジタライゼーションが進み、社会的な影響をもたらすことをDXと呼びます。
「DX」=「時代遅れ」
シリコンバレーのベンチャー投資家である山本康正氏の著作『世界標準のテクノロジー教養』によると、日本でDXという概念が注目されたのは新型コロナウイルスの影響ですが、アメリカのシリコンバレーなどではデジタルと隣り合わせが当然であるため、DXという言葉は使わないと言います。
前提として、日本で今DXが注目されていることに、あまり楽観的になってはいけません。「DX」=「時代遅れ」の企業が使う言葉と言えるからです。
アメリカが日本よりも早くDXの内側(働き方改革)と外側(ビジネス)に成功した要因の一つには、国土が広いことが関係しています。
・内側:働き方改革
国土が広いと通勤時間も多くかかるため、通勤せずにリモートワークができるなら、それに越したことはないという企業が大半です。
特に、西海岸と東海岸にオフィスを置き、常に連携を図らなければいけない大企業は、初めから社内のやりとりをデジタル化し、ビデオ会議なども一般化していました。
例えば、グーグルは独自のソフトウェア(Google カレンダー、Google ドキュメント、Google スライド、Google スプレッドシートなど)を内製化することで、デジタルによる円滑なコミュニケーションや共同作業を実現しています。
・外側:ビジネス
国土が広いとリアル店舗に足を運ぶのに時間がかかるため、家に配達してくれるオンラインショッピングのほうがよっぽど合理的です。
例えば、アマゾンやネットフリックスが提供するサブスクリプションサービスは、デジタルによって人の移動の手間を省いた画期的なサービスです。
アメリカではIT企業に限らず、ニューヨーク・タイムズやウォルマートなどの大企業もビジネスのデジタル化に成功しています。
DXに必要不可欠な人材
日本がDXに乗り遅れた大きな理由の一つが、ITエンジニア不足です。
大手コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によると、海外の企業はデジタル化の約7割を社内のエンジニアに任せ、3割をアウトソーシングしています。
対して、日本はITエンジニアをほとんど外注しているので、DXがなかなか進みません。日本企業がエンジニア抱えていない理由は単純で、ITエンジニアの数が足りてないからです。DX推進の起爆剤とも、足かせにもなりうるのがITエンジニアです。
企業がDX推進をするべき理由
企業がDX推進するべき理由は、「業務改革と生産性の向上」「レガシーシステムからの脱却」「新しい価値の創造」の3つに大別されます。
業務改革と生産性の向上
DX推進はIT技術の活用により「労働生産性」を向上させます。AIやRPAなどの導入は、従来人間がこなしていた単純な業務を代替するだけでなく、生産性を向上し、業務効率を改善します。人手不足に悩まされる企業や、それにともなう人件費の増加に悩まされる企業が増えてきている中、新しい技術を導入することで、人手不足の解消や人件費の削減ができることもDX推進のメリットです。
レガシーシステムからの脱却
今までの既存システムは事業部門ごとに構築され、全社横断的なデータ活用ができていなかったり、過剰なカスタマイズがなされていたりなど、システムが複雑化、レガシー化しているという現状があります。しかし、DX推進はIT技術の活用によりこれらの課題を柔軟に改善してくれます。DXのデジタル改革により、時代にあったシステム環境を構築するための基盤を整え、レガシーシステムからの脱却を図れます。
新しい価値の創造
IT技術を活用することで、従来は考えられなかった新しい価値の創造が可能になるのもDX推進のメリットです。AIを用いたビッグデータの活用や、ロボットに必要な機能をクラウドから提供するクラウドロボティクスなどの技術は、次世代サービスの発明や新しいビジネスモデルの開発につながる可能性があるとして注目されています。
イノベーションを起こし、他の企業との競合優位性を確立するのは、DXを推進している企業になることは予想できます。つまり、あらゆる産業において、DXの実行が各企業の競争力、存続の可否を決める最重要課題の1つとなっており、DXは日本全体の成長力を維持・強化していくうえで不可欠となっています。
DXの正しい進め方
具体的なDX推進策として、経済産業省は「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」にて、主に「経営戦略の明示」「情報資産の「見える化」」「IT システム構築におけるコスト・リスク低減」の3つを掲げています。
経営戦略の明示
DXを推進するための既存システムの刷新の必要性や実行プロセス、経営層・事業部門・情報システム部門のあるべき役割分担を、多くの日本企業が十分に理解していない状況にあります。
ゆえに、DX を実現する基盤となる ITシステムを構築していくうえで押さえるポイントとその構築ステップについての明確な戦略が必要です。
経済産業省は、指標として2018年に「DX 推進システムガイドライン」を策定しており、このようなガイドラインを参考にして、経営戦略を明確化することが重要になります。
参考資料:DX 推進システムガイドライン
情報資産の「見える化」
DX推進の課題で述べたように、多くの企業が既存システムが老朽化・複雑化しており、運用・保守費が高騰して、多くの技術的負債を抱えています。
しかし、こうした経営上の重要な問題点を経営者が適切に認識できているでしょうか。
既存システムを刷新するためには、現状の情報資産を「見える化」する必要があります。これにより、経営の観点からIT システムやその投資について分析し、将来のDXを推進した企業ガバナンスの方向性を定められます。
情報資産の「見える化」には、以下のような指標が参考になります。
出典:経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」
ITシステム構築におけるコスト・リスク低減
ITシステムの刷新には、莫大なコストと時間がかかり、リスクもともないます。コストやリスクを抑制しつつ、ITシステムの刷新を実現するための対応策が必要です。
まず、システム刷新によってDXを進めるための目標設定があります。しかし、システム刷新自体が目的化すると、DXにつながらず、再びレガシー化してしまう恐れがあります。このため、システム刷新後の目標設定について、経営者、事業部門、情報システム部門などプロジェクトに関わるすべてのステークホルダーが認識を共有していることが重要です。
さらに、コスト削減のために、企業の競争力に関わらない協調領域については、個社が別々にシステムを開発するのではなく、業界や課題ごとに共通のプラットフォームを構築することが重要です。たとえば、環境や共同配送・物流など、共通のプラットフォームを使用できる分野においては、協調してシステムを刷新すべきでしょう。
ほかにもさまざまな対策をとり、DX推進のためのハードルを下げていく必要があります。
企業のDX推進の成功事例
では、実際にどのように企業はDXを取り入れているのでしょうか。DXへの取り組みとして、AIをうまく活用した事例を紹介します。
電気通信工事分野におけるAI活用
ベイシス株式会社は、電気通信工事分野でのAI活用を開始しました。
電気通信工事では、工事完了後に完成報告書を提出するのが一般的ですが、スタジアムなどの大型施設の場合、報告書の作成に、1件あたり約3時間を要します。そこで、クラウドシステムとAI画像認識を活用することで、工事担当者のUX(ユーザーエクスペリエンス)改善を実現し、1件あたりに要する時間を1/3の約1時間に短縮させました。
AI・5Gテック企業の法務・知財共有管理システム
リーガルテック株式会社は、法務のDXを推進するため、法務・知財部向けの共有管理プラットフォーム「AOS VDR AI・5G テック」の提供を開始しました。
個人情報を含んだデータを利用するには、許諾を取ったり、専門家と相談したりしながら匿名加工作業を行う必要があります。AIが生み出した知的財産権をどうやって守るかなど、法務、知財部は、今まで経験したことがない新たな課題に対処することが求められています。そこで、AOS VDRを導入すれば、機密性の高い情報を専門家と安全に共有できるようになります。
イベント後の集計業務を効率化し作業時間削減とコスト削減
株式会社スポーツフィールドは、イベントでのアンケート集計業務にAI inside株式会社のAI-OCR「DX Suite」を導入しました。
2000名以上の参加学生の情報や、アンケートを収集する集計作業に11名で3日間かかっていたところ、AI-OCR導入後は4名で2日間に短縮し、大幅な時間削減コスト削減を実現しました。また、紙のアンケートをデータ化したため、AI-OCRですべての個人情報が2時間ほどでエクセルに反映でき、出展企業へのフィードバックも迅速になりました。
人口約5500人の町に無人AIレジを設置
一般社団法人ナンモダは、サインポスト株式会社と協働し、世界初の設置型AI搭載レジ「ワンダーレジ」を新冠町の野菜直売店に導入しました。
低人口地域では、人手不足や売り上げの減少、人件費が収益を圧迫するなどの理由によって、商店が消滅危機にさらされています。そこで、ワンダーレジを野菜直売店に導入し、生産農家と共同することで「持続可能な小さな経済圏」を形成しています。
電話での注文をAIで24時間365日受け付け可能に
株式会社TACTは、東海3生協を会員とする東海コープ事業連合に、音声認識による自動音声注文サービス「AIコンシェルジュ」を提供しました。
コールセンターでの無人注文システムでは、利用時間帯の制限があったり、機械音声に対する不満の声があったりと、注文時に途中で離脱する組合員が一定数いました。AIコンシェルジュは、人の発する言葉を認識し、その発話内容に対して辞書やデータベースにもとづく適切な回答を抽出し、音声合成によって回答するため、24時間365日稼働可能。顧客満足度向上、注文機会損失の回避、オペレーターの人手不足対策の効果が期待されています。
DXの今後
データ量が爆発的に増大していくなかで、データを最大限活用すべく、デジタル技術を駆使してビジネスを迅速に展開できるかが、あらゆる産業において重要な課題となっています。
DXの必要性に対する認識は高まり、少しずつ成果を見出すことができるようになってきている企業もありますが、依然として具体的な取り組みの方向性を模索している企業も多数存在します。
今後、各企業がDXを着実に進め、新たなデジタル技術を用いてデータをフルに活用できる状態になり、新たなビジネスモデルを生み出し続けるようになることで、国際的な競争力を強化していくことが期待されています。