AI先進国といわれるアメリカや中国とは一線を画したAI戦略をとるのが、北欧フィンランドです。教育を通じて、国民全体のAIリテラシーを上げ、1人ひとりが日々の生活や仕事にAI技術をどう活用できるか自ら考えられる社会を目指しています。
教育先進国フィンランドのAI教育
フィンランドは、経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに実施している学習到達度に関する国際調査「PISA(Programme for International Student Assessment)」で、毎回上位に位置し、その教育制度は世界中から高く評価されています。
学校などの教育機関の枠を超えた「オープン教育」など、生涯学習支援も盛んです。就労年齢人口の半数以上が成人教育に参加するなど、教育への意識が高いことがわかります。
なかでも注目したいのは、ヘルシンキ大学がオープン教育の一環として、2018年5月から一般公開を開始したオンラインAI学習コース「Elements of AI」です。
Elements of AIは、インターネット環境さえあれば、世界中どこにいても誰もが受講可能です。AIの定義や問題解決とは何かといった初歩的なテーマから解説し、AIについての知識が全くなくても受講できます。卒業式には、フィンランドのニーニスト大統領も出席するなど、フィンランド国内外から高い注目を集めています。
ヘルシンキ大学Teemu Roos氏にオンラインAI学習コース「Elements of AI」開設の背景と狙いを聞きました。
AIの実態を学び、自身で正しい判断を
機械学習とデータサイエンスの研究を専門とするTeemu Roos氏は、ヘルシンキ大学の准教授です。
――Elements of AIを開設した背景を教えてください。
「最初にフィンランド政府からAIのオープン教育コースを設立したいと相談されたとき、需要はないだろうと思い、断りました。しかし、食品関係者や法律家など、普段AIと全く関係のない分野で働く人たちから、AIのオープン教育コースがあればぜひ履修したいとの声があり、コース設立を後押しされました。
そのときちょうど、フィンランドのIT企業リアクターから、教育関連で協業できないかとの誘いがありました。それを機に、AIのオープン教育コースElements of AIの設立に向け動き始めました」
――研究や授業で忙しい中、なぜオープン教育に取り組もうと思ったのでしょうか?
「ブームに乗じて、ソーシャルメディアなどにはAIに関する情報が多く流れています。その中には、人々の不安を煽るような情報も少なくありません。
たとえば、『AI』というキーワードでGoogle画像検索をします。すると、人間の脳内が青い線で描かれた、恐怖を覚えるような画像が出てきますよね。これが多くの人が持つ一般的なAIのイメージです」
「しかし、AIは我々の日常にすでに組み込まれているテクノロジーの1つで、もはや生活や仕事に欠かせないものとなっています。AIの実態を学び、情報を正しく理解し、我々の生活にどんな影響を与えるのか、自分で判断する必要があります」
バスの運転手がAIを勉強して何になる?
「フィンランド国民の1%にAIの基礎を教える」という目標を掲げてきたTeemu氏。今はさらに高い目標「世界人口の1%にAIの基礎を教える」ことを目指していると言います。
学生向けにAIの講義をする学校はあっても、普段AIと関わりがない人を対象にしたオープン教育コースは、世界でも珍しいです。
「オープン教育を進める上で特に重要なのは、まずAIに対する抵抗や先入観を無くし、AIに興味を持ってもらうことです。
AI界隈の人口は若い男性の割合が多いですが、Elements of AIを通じて幅広い層の方にAIを学習して欲しいです。
子供向けのプログラミング教材を作るLinda Liukas氏は、プログラミングに関する抵抗感を減らすために活動しています。彼女のような、テクノロジーに関心が薄い層への積極的なアプローチが必要だと考えています」
フィンランドでは、Elements of AIを授業に取り入れている高校も多いのだそう。Teemu氏のお子さんは、まだ中学生とのことですが、大きく苦戦することなく、コースを修了できたといいます。年齢を超えたAI学習が、フィンランド中に広がっています。
「レストランの店員やバス運転手、医師から法律家まで、職種に関係なくElements of AIを履修をして欲しいと思っています。
『バスの運転手がAIを勉強して何になるの?』と思うかもしれませんが、AIで交通整理をできないかという、運転手ならではのアイディアが生まるかもしれません」
Teemu氏自身、なぜ法律家にAIの学習を勧めるのかと聞かれると、はっきり目的を答えるのは難しいとのこと。しかし、学習者自身でAIを活用する方法や目的を見出すことが大切なのだと語ります。
AIと聞くと、“仕事を奪われる”恐怖感や“制御できない”危機感を感じる人も多いです。それは一部の情報から判断した偏ったイメージであり、決してAIの実態を理解しているものではありません。
私たちは、AIが仕事や生活に欠かせないテクノロジーであると認識し、AIリテラシーを身につける必要があります。プログラマーやデータサイエンティストだけのものではなく、AIは誰でも活用できる技術なのです。