「2040年問題」と呼ばれる問題がある。少子高齢化のピークとなる2040年、生産人口が大幅に減少し、労働力の深刻な不足や医療費負担の増大など、日本社会が直面するさまざまな問題の総称だ。
加えて、新型コロナウイルスの感染拡大により、医療現場は逼迫している。原因のひとつとして言われているのがDXの遅れだ。医療機関や保健所の業務のデジタル化が遅れていたために手動でデータを連携しており、業務が停滞していたことに批判が集まったのは記憶に新しい。
これらの医療業界における課題に対して、テクノロジーによるDXで真正面から解決を試みているのがファストドクター株式会社だ。同社は医療機関と提携し、夜間休日における医療相談・救急往診・オンライン診療サービスを提供しており、2022年12月1日には、同社の医療DX事業の高速化やヘルスケアデータ活用を主軸とした新規事業開発を行う「ファストドクターテクノロジーズ」を新設。AIを始めとしたテクノロジー活用による医療DXへ、今まさに邁進しようとしている。
医療業界において強力にテクノロジー活用を推し進めようとしている同社が求める人材とは?ファストドクターでCTOに就任した宮田芳郎氏と、ファストドクター社顧問を務める澤円氏に話を聞いた。
ファストドクター株式会社
CTO
宮田 芳郎氏
私立開成高校、東京工業大学情報系学科大学院卒。
製造業系のコンサルティング会社インクスに入社しソフトウェアエンジニアの経験を積む。2009年にインクスの同期4人で株式会社ガラパゴスを創業。
個別最適化学習(アダプティブラーニング)を実現するAI型教材「Qubena(キュビナ)小中5教科」の開発責任者などを務める。
2021年12月、ファストドクター株式会社に技術開発部長として入社。2022年12月よりCTOに就任。
株式会社圓窓
代表取締役
澤 円氏
元日本マイクロソフト業務執行役員。
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、日本マイクロソフトへ。
ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任。
2020年8月末に退社。
2019年10月10日より、(株)圓窓 代表取締役就任。
2021年2月より、日立製作所Lumada Innovation Evangelist就任。
他にも、数多くの企業の顧問やアドバイザを兼任し、テクノロジー啓蒙や人材育成に注力している。美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも、業界を超えて積極的に行っている。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 専任教員。
DXの遅れは日本全体の課題である
医療業界はDXが遅れていると言ったが、「DXの遅れは業界問わず共通する課題」だと語気を強めるのは、同社の顧問を務める澤氏だ。
「DXの遅れは医療業界に限らず全業界共通の課題です。なぜかと言えば、日本ではエンジニアのITリソースが7割以上システムインテグレータ(SIer)と呼ばれるようなITベンダー側に集中しているから。事業会社にエンジニアがほとんどいないんです」
アメリカを例に挙げると、そもそもSIerのような企業の存在が少ないという。よって6割が事業会社に在籍し、残り4割はパッケージソフトを提供している、いわゆるビッグテックと呼ばれるような企業に在籍する。エンジニアの偏りから、「日本には平気で経営者が『ITは分からない』と言えるような環境が整ってしまっているのが問題」だと澤氏は続ける。
「ありえないですね。本当に大問題。アメリカではそんなことを言うと株主から吊し上げを食らいますから。特にJTC(Japanese Traditional Company)と言われるような企業は多くが分業制をとっていて、エンジニアリソースが売り物であるという認識に囚われています。その結果、エンジニアに頼りたい人とエンジニアの間に営業や購買、経理といったレイヤーが挟まり、さまざまな面倒が起こります。結果としてエンジニアが本当に取り組みたい業務とのミスマッチが起こりやすいんですね」
宮田氏は澤氏の見方に同意を示しつつも、同じ問題をエンジニアから見た視点をこう口にする。
「澤さんが仰るような構造的な問題から、日本のエンジニアは事業や顧客価値にコミットする意識があまりないと個人的に感じています。線引をしがちで、どういう『コト』を起こすために作業をしているか考えない傾向にあります。そうすると、課題解決のためにコードを書いたのにも関わらず、本質的な問題に気づけずに、失敗してしまうわけですよね。すごくもったいないと思います」
イソップ童話の「3人のレンガ職人」の寓話のように、何らかの「コト」に向かう使命感を持つことで、プロジェクトの成功確率も上がる。そして、その使命感を持つには現場を知るしかない。澤氏は前職でのエピソードをこう話す。
「前職に、コンビニなどで使われるある流通系サービスの技術営業の方がいました。その方が、サービス理解を深めるために自ら進んで1週間コンビニの店長をやらせてくれと上司に直談判し、実行したんです。その結果、見える景色が全く変わったと言っていました。彼はたった1週間で、流通系サービスでは社内の第一人者になったんです。あくまで一例ですが、本来は経営者がエンジニアにこうしたビジネス理解の機会を提供すべきであって、その機会が少ないからパフォーマンスが上がらない。端的にいえば面白くないんです」
宮田氏もこれに同意する。同社ではエンジニアも現場に赴き、ユーザーとなる医療者や患者の行動理解を深めることで、顧客への提供価値を技術職でも語れる組織を目指している、と宮田氏は続ける。
「やはり、エンジニア自身がドメイン知識を身に着けた方がコスパがいいですし、現場を知ることでプロジェクトの成功率もスピード感も格段に上がります。現在は新型コロナの第8波が到来していますが、当社ではエンジニアとデザイナーの7割が、今このときも現場で救急往診のオペレーション業務にあたりながらDXを推進しています。患者様のために、医療職の方々と手を取り合って一緒に最適なものを創ることが当社の使命です」
専門組織を作り、テクノロジー活用を強力に推進
近年、AI技術の発展が著しい。特に直近では画像生成AI「Stable Diffusion」や、非営利団体のOpenAIが発表した対話型AI「ChatGPT」など、産業利用のみならず、一般の人にインパクトのある事例も増えてきた。澤氏は、創薬分野でのAI活用を例に挙げる。
「ある製薬企業からお聞きした話で、従来は創薬のために大量の化合物の配列データを人力で計算しており、職人技で非常に時間がかかっていたそうです。こうした大量のデータ処理は人間よりもAIの方が速く正確にできるのでAIに任せ、現在ではVRも活用して化合物のモデリングを行っているそうです。このように単一の技術に縛られず、あくまで必要だから使うという姿勢は素晴らしいと思います」
これまで創薬はひとつの薬を創るのに9〜17年かかる、非常に長期スパンの取り組みだった。それが一転、コロナ禍で時間がかかることは一気にリスクとなり、効く薬を速く創ることが求められる時代になった。高まる課題解決への需要に答えるために技術の進化もより速くなり、テクノロジーの力が解放される時代になりつつあると澤氏は続けた。
ファストドクターもその例外ではなく、テクノロジーの活用が加速している。12月1日に新設されたファストドクターテクノロジーズでは、「エンジニアリング」「R&D」「UX/DXデザインおよびプロダクトマネジメント」など主に3領域でのスペシャリストが集結し、同社のサービス運用に必要な研究開発や技術開発を担う。そこでは、AIの活用可能性も多分に存在する。
宮田氏は、現在話題となっているAI事例は“しきい値”を超えつつあると評価する一方で、医療でのAI活用は今後加速するフェーズ、とも語る。
「先日プレゼン資料の構成についてChatGPTに相談したら、思いの外きちんとした回答が返ってきて、簡単にプレゼン資料が完成してしまったんです。ある種の“しきい値”を超えてきたな、と感じました。他方で、医療でのAI活用はこれから一気に変化が起こるフェーズです。これまでの医療は医師の長時間労働、献身によって成り立っていたと言っても過言ではなく、だからこそ労働時間への規制も入りました。誰かが医療の現場に入りこんで解決しなければいけない困難な状況だからこそ、これまでなかなか進まなかったDXが受け入れられやすい土壌ができつつあり、ある意味チャンスだと感じます」
オンライン診療における映像からの患者の感情推定も、同社がAI活用を検討している分野のひとつだ。ファストドクターにおけるオンライン診療数は、現在2022年6月の13倍に達している。オンライン診療は基本的に初診利用のため、患者の感情を推定することで初診の患者を診断する医師のアシストには大きな意味があるという。
また、救急往診の分野でもテクノロジーを活用していく予定だ。往診は各家庭を効率よいルートで回る必要があり、まさに「巡回セールスマン問題」の最適化問題に直面する。ここに数理シミュレーションを用いて最適化を行っていきたいとも宮田氏は話す。
「数理シミュレーションも運用しはじめたばかりですが、現状のやり方で人がルート最適化配置を行う場合、この症状にはこの先生でなければ、といった数値化されない情報も加味しているんです。なので考えているのは、数理的に最高のルートを出しつつ最終的には人間が判断する、人間の能力をエンハンスする形です。テクノロジーはあくまで人間の議論の時間を増やすツールという位置づけですね」
ファストドクターには「コト」に向き合える環境がある
同社は、ファストドクターテクノロジーズの設立により、2025年までに「不要な救急車利用を3割減らす」、2030年までに「1億人のかかりつけ機能を担う」というビジョンを掲げた。ビジョン実現のため、同社はどのような人物を迎えたいと考えているのだろうか。
出典:ファストドクタープレスリリースより
「社会的意義が高い仕事をしたいと考える、成長意欲のある方ですね。増え続ける医療費を何兆円単位で下げるかというスケールの仕事に対して大義を感じるような人が、当社の仕事に熱中しやすいと感じています。また、現在メーカー等の研究職に在籍しているものの、本来の業務外の作業に追われていて顧客に価値を届けられていないと感じられている方にもぜひ来ていただきたい。質の高いフィードバックをすぐにもらえる環境なので、社会的意義を出している手応えや、社会を良くする方向に向かっている安心感を感じていただけることをお約束します」
同社がエンジニアの育成指針として掲げているのが、「ミニCTOの育成」だ。プロジェクトもCTO育成を念頭に置いてアサインされるといい、同社のユニークさが伺える。
「エンジニアのキャリアパスにおいて、ビジネス領域とIT領域を跨ぐキャリアの究極は、スタートアップのCTOになるしかありません。さまざまな職種との連携が必要な立場なので、ビジネスパーソンとしてのコミュニケーション能力も重要です。仕事を他部署に依頼する際に、相手の今期の目標に寄り添う依頼の仕方をするなど、エンジニアリングだけでなく、相手を慮るコミュニケーションも含めてスキルを獲得できるよう育成していきます」
澤氏は、「今、ファストドクターに関わっておくことの価値」をこう強調する。
「ファストドクターは医療という伝統的な業界の中のスタートアップ企業であり、ギャップがありつつもうまく融合しているユニークな企業です。今後一気にテクノロジー活用が進むので、関わるのなら今が一番おもしろい時期だと思いますね。やたらと報告書を書くなど、大企業で“仕事のための仕事”に忙殺されている方はすぐに来ることをお勧めします」
同社がチャレンジする技術課題には、患者のパーソナルデータの扱い整備や電子カルテの標準化、診療科をまたいだデータ連携など、コンピューターサイエンスの自力を必要とする課題が山積しているという。こうした技術課題の解決を通して社会課題の解決につながる喜びを感じられる人が同社の仕事に向いているのかもしれない。ファストドクターで働くことに少しでも興味を持った方は、ぜひ下記に問い合わせてみてほしい。