食品、飲料業界において、アメリカでは新商品の約95%が3年以内に市場から姿を消し、日本ではそれ以上に新商品の生存競争が激しいといわれています。その激しい競争の中で生き残るためのカギが、「味」です。ターゲット層にヒットするフレーバーをAIで予測することで、莫大な予算を要する新商品の開発に、大きな確実性が生まれそうです。
消費者の味覚を分析、理解するAI「Gastrograph AI」を開発するアナリティカル・フレーバー・システムズCEO ジェイソン・コーエン氏にお話を聞きました。
アナリティカル・フレーバー・システムズ 創業者・CEO
創業以前は、ペンシルベニア州立大学茶研究所を設立し、中国茶、日本茶、韓国茶の研究者20名以上を抱える。3年半に及ぶ感覚科学、機械学習、人工知能の研究を経て、「Gastrograph AI」の開発に至る。
ビッグデータから味の好き嫌いをAIが理解する
Gastrographは『消費者の味覚を理解する』AIプラットフォームで、食品や飲料の新商品開発で活用されています。
通常、新商品開発では、モニターが紙面などに記入した商品の評価や感想を元に、味の改善が繰り返されます。一方、Gastrographでは専用アプリを使用します。モニターは、味に関する24項目を6段階、好き嫌いを7段階評価でアプリに入力します。入力されたデータを分析し、ターゲット市場で商品がどう評価されるか予測し、味の改善案が提示されます。
提供:コーンズテクノロジー株式会社
「味の感じ方は、人種や性別、年齢、喫煙歴などにより変わります。個々人で異なる味の感じ方や嗜好を理解するため、Gastrographでは、成分分析などの化学的アプローチではなく、言葉による味の描写を用います」
味を表現する語彙力は、人により異なります。そのため、味の評価項目をあらかじめ設定するなど、味の評価がぶれないよう、アプリが設計されています。
「例えば、マイヤーレモンを食べた消費者は、柑橘系の味を認識できたとしても、マイヤーレモン自体を知らなければ、マイヤーレモンの味を特定できません。なので、消費者がマイヤーレモンの味を感じたかどうか、『酸っぱい』『フルーティー』『甘い』など、複数の味の評価から、判別しています」
化学成分からはわからない、人それぞれで異なる味の感じ方を重視するため、ターゲット層に好まれるフレーバーを判断できるといいます。
「従来の試飲食モニターとの大きな違いは、『予測』できることです。これまでは、味をどう感じたか、『瞬間的観測』しかできませんでした。Gastrographは、世界中の人の味覚データを蓄積しており、『瞬間的観測』から消費者の嗜好の変化を『予測』し、新商品のフレーバーを提案します」
ターゲット向けのピンポイントな開発で、ファンを裏切らない
――Gastrographの導入によって商品開発が成功した事例はあるのでしょうか?
「アメリカではすでに、ビールの新商品開発にGastrographが使われています。
フィラデルフィアのYards Brewingは、伝統的なイギリス式のエールビールを作るクラフトビール醸造所です。そこではラインナップを増やすべく、新商品開発を計画していました。
どんな味がフィラデルフィアの人好まれるのか、モニターの試飲結果をGastrographで解析し、フィラデルフィア人好みのIPAビールの開発に成功しています」
地元のファンを裏切らないよう、ターゲットをフィラデルフィアに絞った、地元志向の醸造所ならではのビールです。狙った客層に確実にヒットする味を予想できるのは、人々の嗜好が細分化する中で、的確な商品戦略を立てる上で大きな武器となります。
「Gastrographは、対象国100人のデータから、その国の人の味覚や嗜好パターンを理解できます。すでに他国で収集している性別や年齢、経済的地位などによる嗜好の違いと組み合わせて、独自のアルゴリズムで解析しています。そのため、国ごとに基礎となる味覚データを把握し、ヒットするフレーバーを予測するには、たった100人のデータで充分なのです。
メキシコの食品メーカーでは、自社の商品をアメリカ向けにアレンジし、アメリカ進出に繋がった例もあります」
継続して商品開発を進める場合には、なんと自国の開発チーム10人程の試飲食結果から、海外での評価がわかるといいます。Gastrographのチームが基礎味覚データを1度でも集めてしまえば、対象国と自国の基礎データの違いを解析すればよいので、食品メーカーがわざわざ海外のモニターを探す必要はありません。
寿司やラーメンをはじめ、日本食は世界で人気が高いです。日本の食品を海外に輸出する際にも、国ごとの味覚に合わせたアレンジを加えれば、異国の地でも受け入れられやすい味を作れます。
例えば、豆腐はヘルシーな食材として海外でも注目されています。しかし、日本でよく見かける絹豆腐や木綿豆腐は、外国人にとっては少々味気ないようです。そこでドイツでは、オリーブ味やバジル味にアレンジされた豆腐が販売されています。このように、現地人の嗜好をAIで的確に分析できれば、海外展開の戦略に活かせそうです。
プーアル茶とAIへの興味がつながった
――そもそも、Gastrographを開発しようとしたきっかけはなんでしょうか?
「もともと、大学でお茶の研究をしていました。中国のプーアル茶は発酵段階によって味が変わるのですが、その変化が面白くてお茶に興味を持ちました。
世界中のお茶専門家が集まるカンファレンスがアメリカで開かれた際には、日本を代表する茶道の流派である表千家と裏千家の家元にも会い、そのつながりでペンシルベニアに茶道の先生を招いたこともあります」
「AIについては、予測やレコメンデーションだけでなく、人間の知覚に関しても活用できる話が出始めた頃から注目していました。味覚分野にもAIが使えるのではと考え、お茶の研究をしていた2名の研究者を誘い、Gastrographの開発を始めました」
日本の食品、飲料メーカーに求められるAI戦略
――日本の食品、飲料市場は他の国と比べ、特徴的な点はありますか?
「日本は他の国と比べ、競争が激しいです。お茶やフルーツ飲料など、似たような商品が乱立しています。その中で他社と差別化し、新商品を成功させるのは本当に難しいです。
だからこそ、ターゲット層の嗜好トレンドをより正確に把握し、戦略的に新商品を開発することが求められます」
Gastrographのチームは日本でも味覚のデータを収集しており、日本人の嗜好トレンドはすでに掴んでいるといいます。
コーラを大量生産する時代は終わった
「今、世界中の人々の嗜好は細分化しています。コーラに代表されるような、大量に同じ味の商品が生産消費される時代は終わります。
食品飲料メーカーは嗜好の細分化を無視できません。人々の嗜好を的確に把握するため、Gastrographが必要になると確信しています」
SNSや動画投稿サイトの普及で、誰でも気軽に情報を発信できるようになり、自分が欲しい情報をピンポイントで収集できるようになった現代。それに伴い、趣味や嗜好が細分化し、食品飲料メーカーがターゲット顧客の好む味を的確に捉えるのは、非常に困難な状況です。
そんな中、消費者の嗜好をAIで理解することで、傾向分析やターゲティングをデータに基づいて行えるようになります。味覚のデータ化が当たり前になれば、食品飲料開発の現場が変わるのは間違いありません。
アナリティカル・フレーバー・システムズでは、味だけでなく、食感分析についても研究開発を進めているといいます。AIに自分の嗜好を理解させ、さまざまな食品を自分好みの味に調整できるようになる未来が、近づいています。