「グリッドで働くまでは、AIを使って何を実際にできるのかわからないし、どのように作っているのかもわからない。ただ単純に凄そうとしか思っていませんでした」。こう語るのは、株式会社グリッドで営業を主に担当する宮崎えり子さん。
宮崎さんは、グリッドが提供するAI開発プラットフォーム「ReNom」の営業担当をしつつも、ReNomエバンジェリストとしてセミナーに登壇し、PR活動もしている。当然、AI開発ツールを広める立場を担っているため、ReNomのことはもちろん、AIに関する知識も備えている。しかし、これまでの経歴を聞くと、驚くほどAIとは無縁の人生だった。
今回、Ledge.ai編集部では宮崎さんに対し、どういった経緯でAI人材になり、AI開発会社のエースとして活躍できるほどになったのかを取材した。
※本稿における取材はオンライン上で実施し、掲載している写真はグリッド社に提供してもらっている
前職はスポーツ記者 PCで使うのはWordとExcelくらいだった
宮崎さんはグリッドに2018年に入社した。前職はスポーツ新聞社でプロ野球を担当する部署に所属し、記者として5年間活動していた。取材先はプロ野球だけでなく、高校野球やプロサッカー、プロボクシング、フィギュアスケートと多岐にわたり、ときにはカメラマンも兼任していた。
「前職時代、パソコンで使ったソフトと言うとWordとExcelくらいで、あとは入稿用のシステムに原稿を打ち込むといった感じでしか使っていなかったです。計算作業にいたっては、打率と防御率、得点圏打率のみで、あとは日常の買い物での割引計算くらいでした(笑)」
スポーツ記者時代の宮崎さん
宮崎さんは「業務のなかでデジタルな要素はほとんどなかった」と語るほどAIに無縁の経歴だった。しかし、AI企業で働くきっかけになったのは、実家の仕事から影響を受けた面があると言う。
「前職が新聞記者ということもあり、AIのニュースを見聞きすることがよくありました。それこそ、人手不足をAIが解消するなどの話題は自然と入ってきていた情報です。
私の実家は三重県にあり、専業農家を営んでいます。そのため、農業で頻繁に取り上げられる人手不足の問題については肌で感じていました。そこで、AIが私の実家のような農業などの世界において、人手不足で苦労している方々の支援につながるのではと思ったことがAI業界への転身のきっかけです」
宮崎さんのご実家で営む農園
AI人材になるためにゼロの状態から取り組んだ2つのこと
では、どのようにしてグリッドで活躍する人材になったのか。AI人材になるために、宮崎さんはどんなことに取り組んだのだろうか。
「AIについて学ぶために今も習慣的に行っていることがあります。それはAIに関するニュース記事をたくさん読むことです。もともと、前職時代はプロ野球の担当球団の記事が他社に抜かれていないか毎朝検索して確認していました。その癖が今も続いていて、AIに関するニュースを洗いざらいチェックしています。
とくにグリッドに入社して間もないころは、AIに関して何を調べればいいのかわからなかったので、『IoT』『AI』『人工知能』の検索ワードに引っかかるニュースを、毎朝7時にメールで通知するようにGoogleで設定していました。
通勤中にAIに関するニュースをキャッチアップし、読み込むことでAIの知識を蓄えられていったのだと思います。それこそ、メディアで発信されるニュースは、誰かが理解したうえでわかりやすく書いてくれているので、参考書などを読むよりも私には合っていました。ニュース記事のなかでわからない単語が出てきたときは、また検索して調べる、を繰り返すことで、勉強しています」
いまでは大手企業からスタートアップまで、AIに関して各社さまざまな取り組みが進んでいる。幅広く情報に触れることで、「AIができること」「AIが使われている分野」など自然とインプットできるため、空き時間にニュース記事を読むなどは、多くの人が真似できそうだ。
だが、宮崎さんはニュース記事を読む以上に、AIについて最も知識を深められたことがあったと言う。
「もちろん、グリッドに入社する前は、AIに関する本を数冊読みました。ただ、私の経験としては『ReNom』というグリッドのAI開発ツールにとにかく触ったということが最も大きいです。
ReNomは、AI知識がなくてもAIを開発でき、さらには利用するなかでAI開発のノウハウが身についていくソフトウェアなので、ひたすら触るなかでAI自体への理解が深まっていきました」
まさに“百聞は一見にしかず”を体現するような返答だ。宮崎さんは続けて次のように話す。
「セミナーやAIに関する本を読んでも、実際に保有するデータを活用してAIを開発するのはなかなかわかりづらい場面が多々あるのではと思いました。なので、まずは見よう見まねで挑戦してみて、そのうえでわからないことや、行き詰まった場合は、社内のエンジニアに聞くようにしていました」
マウス操作で感覚的にAIへの理解を深められたReNomの存在
宮崎さん自身がAIについて理解し、具体的なイメージを持てるきっかけになったのが本稿でも何度か登場している「ReNom」というソフトウェアツールのおかげだと言う。
ReNom公式サイトからキャプチャ
一体、ReNomはどういったポイントがAIの知識を深められる要素なのだろうか。
「ReNomのコンセプトは『現場主導でAI開発ができる』ということです。要するに、AIとは無縁な職人気質のような方でも、ReNomを使ってAIを開発できるようにわかりやすい操作性を実現しました。
ReNomのGUIアプリケーションでのAI開発は、マウス操作のみでできるようにしています。とくに画像認識のアプリケーションでは、次に行うべき操作を強調し、手順を踏めるようにしています。さらに、AIに関する専門用語を理解しやすくするために、単語解説機能も備えています」
グリッドが提供するReNomは、直感的な操作で使えるにもかかわらず、同社のリサーチエンジニアが用意した最先端アルゴリズムを実装していることもあり、簡単に高精度のAIモデルを開発できる特徴を持つ。
「AI初心者の方にとっても、ReNomはAI開発を手軽に体験できるのが強みだと思います。
アルゴリズムの理論や中身、パラメータの設定項目がわからなくても、開発したAIモデルが予測する結果を見ることで、自身の“手”で試行錯誤しながら精度を高める作業に取り組めます。つまりは、試行錯誤するうちに、どのようなアルゴリズムやパラメータ項目が効いているのかを、実際に体験しながら学べるんです」
続けて、宮崎さんはReNomについて「苦手意識を払しょくできるツール」だと話す。
「私自身AIに関する知識がない状態でしたが、ReNomを使ったことで、AIを開発するうちにAIへのイメージなどを持てました。AIはわからないことも多いぶん、実際に使って覚えられたのは非常に良い経験になっています。
ReNomは、AI開発について感覚的にわかるソフトウェアツールなので、AIに対する苦手意識を払しょくできる存在だと思います。
それこそ、以前の私のようなAIについてまったく知らない人にこそ、難しい話を聞くよりもまずは使ってみてほしいです。個人的にも、『習うより慣れろ』で育った環境もあり、実際に手を動かしたことでAIについて理解を深められたと勝手ながらに思っています」
宮崎さん自身も、自らの過去から顧みると想像がつかないほど、現在はAIに関われていると言う。実際、グリッド社内からも「エース」と呼ばれるほど、ReNomのエバンジェリストなどの面で活躍しているそうだ。
「改めてお話させていただいていると、グリッドに入社する前の私からは想像つかないくらいです(笑)。
いまではエンジニアとのミーティングに同席して技術的なディスカッションを交わしたり、ReNomのエバンジェリストとしてお客様にReNomの使い方や課題解決の手法を案内したり、私自身もデータと格闘しつつお客様のAI開発を支援したりできるようになりました」
AIは難しいものではない 何ができるのかがわかっていればいい
AIについての知識がなかったものの、ReNomなどを通して理解を深めた宮崎さんは、AIそのものについて次のように話した。
「AIを使ったり、作ったりするためには、AIが何をしてくれるのかをわかりさえすれば良いと思っています。中身や理論をしっかりと認識することはとても大事なことですが、それ以上にビジネスでAIをどのように使うかを考えられるかが必要だと感じています。
良い精度のアルゴリズムを作り出したとしても、それを使ってくれる人がいなければ社会にはAIが浸透していきません。いま求められるのは、ビジネスでの活用を考えられる人なのではないでしょうか。そのためにも、AIがどういうものなのかを理解してもらうために、ReNomに触れてほしいです」
多くのビジネスシーンにAIの導入や活用を進めるために、グリッドはReNomにおいて「ReNomIMG」という画像解析が可能なソフトウェアを提供している。プログラミング不要で使うことができ、製造業などで盛んに活用される「画像解析」分野に向けた製品だ。
ReNomIMGのアノテーション画面
「現在、AIの導入が続々と進んでいるのが製造業界などです。製造業では画像の識別や分類はもちろん、画像内のどこに何が写っているのかを識別する物体検知などのAI活用が求められています。
そこで、グリッドでは画像解析が可能な『ReNomIMG』というソフトウェアを提供しています。画像分類や物体検出だけでなく、画像内の特定の領域を識別するセグメンテーションの3つの手法を幅広くカバーするAI開発ツールです。最大の特徴は、プログラミング不要で画像解析できる点なので、AIへの知識を深く持っていなくても使いやすくしています。もちろん画像へのタグ付けもGUI画面で作業可能です」
宮崎さんが話す「ビジネスでのAI活用」において、ReNomIMGはどのように使われているのだろうか。
「ReNomIMGは、製造ラインにおける画像検品の自動化や、外観検査での良否判定、傷の大きさ判定などに活用いただいています。とくに多いのは、目視検査員などの人の目で判断している検査で、画像に映し出された状態をAIに判定させたいというニーズです。
たとえば水処理工程において、これまで正しい処理ができているかどうかの良し悪しを人が判断していました。ただ、目視ですぐに高水準で判断できる人材を育成するのも時間がかかり大変です。そこで、スペシャリストの判断基準をAIに覚えさせ、AIの判定をレコメンドさせたり、状態監視をAIに任せたりさせるように取り組んでいる方々がいます」
究極的には「『AI』という言葉が必要なくなったら良い」
本稿冒頭で述べたように宮崎さんは、ReNomエバンジェリストとしてセミナーに登壇し、PR活動をしている。AIへの知識がゼロの状態から、AIを広める立場にたった人材として、これからのAIについて聞いた。
「先にもお話したように、ビジネスにおいてAIで何ができるかを理解できる人は重宝されると思います。言うなれば、その企業や事業が抱える課題を解決できるアイデアを生み出す人が求められるのではないでしょうか。
AIの必要性で言えば、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、働き方の変化が余儀なくされています。人が現場に張り付いていた仕事のなかには、AIに置き換わるものもあると感じます。
人が介在する仕事においては、人の仕事を楽にするために、AI技術が浸透していくのではないでしょうか。そういう意味でも、AIをどのように活用できるのか見定められる人への注目が集まりそうです」
いま、さまざまな企業でAIに人の代役を務めさせようとする動きがある。これは、AIが人の仕事を奪うというネガティブな意味合いではなく、AIを使うことで従来の作業などを効率化させ、人は人にしかできないことにより注力できるような環境を作ろうという動きだ。
「私がAI業界に転身するきっかけにもなった人手不足の課題も、AIが活躍してくれる場面が多くあります。こういった課題にいま直面していない仕事でも、『本当に人がやらないといけないのだろうか』とAI導入を検討される方もいらっしゃるのではないでしょうか」
宮崎さんは取材の最後に「AIという言葉が必要なくなったら良い」と話した。
「『AI』という単語だけ聞くと、いまいち何をしてくれるかわからないですよね。ただ、意外と私たちの生活にはすでにAIが溶け込んできています。それこそ、検索エンジンやチャットボット、スマートスピーカーの裏側ではAIが動いています。ですが、これらは『AI』が前面に押し出されているよりも、個々のサービス名のほうが認知されていると感じています。
究極的には『AI』という言葉が必要無くなったら良いと思います。AIという言葉を使わなくても、社会全体としてストレスなくAIに触れられ、誰でも使えるようになったら良いと思います。
そのためにも、AIが難しいものではないと多くの人に理解してもらうきっかけとして、ReNomを通してたくさんの企業や事業にAIを知ってもらいたいです。これはグリッドが掲げるビジョンにも含まれていることで、最先端技術で社会インフラにイノベーションを起こし、社会をより良くしていく想いがあります。
私個人としても、多くの人にAIが身近な存在だと感じてもらえるような活動を続けていきたいです」