量子コンピュータとディープラーニングで、人間は救われる

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Netflixなどに使われているレコメンデーション技術によって、私たちは自分が思いもよらない作品に出会うことが可能になり、天候や顧客データを加味した商品の需要予測によって、欲しい製品を高い確率で手にすることが可能になった。AI技術はすでに、生活の「屋台骨」としての機能を持ち始めている。

今回インタビューしたAIと量子コンピュータを組み合わせたソリューションを提供する株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長の最首英裕氏は「AIが量子コンピュータと組み合わさることで、『より人間らしい温かみと豊かさを持つ社会』になる」と語る。

同氏へのインタビューを、前後編にわたってお届けする。今回は後編。

前編はこちら:「人間の本能としての多様性」が顕在化しつつある

量子コンピュータとは何か

「より人間らしい温かみと豊かさを持つ社会」がどんなものかを語る前に、そもそも量子コンピュータとは何かを知っておく必要がある。最首氏は筆者の無知さも気にする様子もなく、丁寧に解説してくれた。

量子コンピュータとは
量子力学特有の物理状態を積極的に用いて高速計算を実現するコンピュータ。
出典:絵で見てわかる量子コンピュータの仕組み
――最首
「量子コンピュータ、その中でも量子アニーリング方式というものは『エネルギーが一番低いところに安定する』という理論物理学上の性質を利用して、最適化問題(与えられた制約条件のもとで目的関数を最大化/最小化する解を求めること)を解くことに特化した観測装置なんです」

たとえばものから手を離せば落ちるように、エネルギーは低いところに安定しようとする性質がある。高いものは低いところに落ち、温まったものは冷める。この「エネルギーが安定する」という物理現象を計算処理に利用するのが量子アニーリング方式と呼ばれるという。

▲組合せ最適化問題の例
出典:グルーヴノーツプレスリリースより

たとえば、運輸業に置ける輸送ルートを最適化する場合、ドライバーの数や健康状態、道の混み具合など、変数が多く存在する。

それらの中から、最適な組み合わせを探すのには、膨大な計算による探索が必要になり、デジタルな古典コンピューターには手が負えない。対して、エネルギーの性質を利用して最適解を導くのにもっとも適しているのが量子アニーリングだといえる。

――最首
「量子コンピュータを使うには、社会課題をエネルギー式に変換する必要があります。エネルギー式には、問題の大きさという概念がありません

問題の大きさという概念がない、とはどういうことか。

たとえば、ある店舗で3人のシフトを最適化を行うとする。3人の最適化も3億人の最適化も、条件が同じなら、量子コンピュータにとってそれは同じ式問題となる。

あとは、量子コンピュータのハードウェアが対応できるか。現状では量子コンピュータには限界があるが、進歩の速度は早く、限界は徐々に改善されているという。

――最首
「量子コンピュータの性能は、量子ビットの数と量子ビット間のつながり(結合数)の数で決まります。現在、性能は2年で倍くらいになっている。また新たな方式の量子コンピュータも開発されており、開発速度は年々早くなっています」

つまり、同じ課題なら大小は関係ないからこそ「今後を見据えたときに『今』取り組むことが重要」と最首氏は語る。

量子コンピュータとディープラーニングで、人の行動を最適化

量子コンピュータは、制約条件さえ決定すれば、最適解を求めることができる。

前述のとおり、量子コンピュータの性能が上がるほど、解くことができる最適化問題の規模は大きくなる。人間ではまかないきれない情報量と世の中の変化の速さには、テクノロジーでしかついていけなくなるかもしれない。

最首氏は、「量子コンピュータで解くことができる課題の単位が大きくなることで、社会に劇的なインパクトを与えうる」と話す。たとえば、人の行動の最適化などだ。

――最首
「量子コンピュータによるレコメンドで、社会における人間の最適配置が分かるようになります。そして、最適化できる単位が『全社員』『都民全員』『日本人全員』といえる瞬間が来るでしょう。そうなれば、ずばり社会全体に対して最適化を適用できる。このブレイクスルーはディープラーニングの比ではありません。

そのため、テクノロジーで社会が連携し合える状態を作ることが重要になります。オープンデータとかではなく、居心地のいい都市を構成するためには、企業間の連携が欠かせません。そこはもう一つのチャレンジだと思います」

最首氏が描くシナリオはこうだ。

まず、量子コンピュータで人間の最適配置を算出する。しかし、算出した最適配置をもとに、テクノロジーで「こうしたほうがいい」とレコメンドしても、人間はコンピューターの指示どおりには動かない可能性は高い。一定の割合で従わない人間が出てくる。つまり、量子コンピュータによって最適解は出せるが、それが実行されるかどうかは確率的になる。

――最首
「今日はこっちの道を通って会社に行ってね、とレコメンドしたのに、無視して直接向かってしまう……ということが起こるでしょう。当たり前ですよね、CMなどで「買え」と直接売り込まれると買いたくなくなるように、気持ち悪いと思われたとき、人間はいうことを聞きません」

テクノロジーによるレコメンドが「嫌ではない」世界

そこで、ディープラーニングが有用となってくるという。膨大なデータをもとに、確率的に予測するのはディープラーニングの十八番だ。

どのような言い方をすれば、どのくらいの人間が言うことを聞く/聞かないのかを予測。その結果を踏まえたうえで、量子コンピュータでふたたび最適化問題を解くサイクルを回す。

――最首
「こうすることで、言うことを聞かない人間の割合が把握でき、制約条件が分かってきます。将来的には、サイクルを多く回すほど、テクノロジーの指示が人間的になっていくでしょう。

『今日、桜の開花日なんで出社前にちょっとだけ寄っていきませんか?』というように、人間に言うことを聞いてもらうよう、機械からの伝え方が変化していく。量子コンピュータ時代のAI(ディープラーニング)の本質はパーソナライズだとも言えますね。

人間が一人ひとり趣味や嗜好までも違うということをふまえて、レコメンドする物事から伝え方に至るまでパーソナライズしていく。AIは人間をロボットのように扱わないで、一人ひとりが違うということを理解し、効率よく社会を回す仕組みになっていく。

その結果はきっと、人間にとって『嫌ではない』世界。テクノロジーが指し示すことを聞いたほうが気持ちいい世界になるかもしれません

たとえばAlexaやSiriなどのパーソナルアシスタントは、今後精度が上がれば、自分だからこう言ってくれるんだ、というふうに、より「個人」を理解していくだろう。この流れが加速すれば、最首氏の言うことはありえない話ではない。

そうなったとき、人間は人間性を保ったまま、より幸福を追求できる社会を作ることが可能になるかもしれない。「一人ひとり求めていることは違う」という多様化と、「テクノロジーが人間的であることの快適さ」が融合し、それを幸せとする社会。それは案外悪いものではないのかもしれない。

前編はこちら:「人間の本能としての多様性」が顕在化しつつある