「HEROZ Kishin」を徹底解剖。将棋AIを作った会社が建設・金融・エンタメからAI革命を推進する理由

このエントリーをはてなブックマークに追加

2017年、プロ棋士の佐藤天彦氏に、AIを搭載したコンピューター将棋ソフト「Ponanza(ポナンザ)」が完勝して大きな話題となった。この将棋AIを開発したのがHEROZ株式会社のエンジニアだ。

HEROZは、Ponanzaの開発を通してさまざまな手法や技術を蓄積している。将棋アプリ「将棋ウォーズ」は500万ダウンロードを突破。将棋AIの開発ノウハウを活かして、さまざまなゲームへAI開発提供を積極的に行っている。

しかし、こうしたノウハウが活かされているのはゲームの世界だけではない。HEROZのAIサービス「HEROZ Kishin(外部リンク)」は今、金融、建設、インフラ、物流など、「リアル」な世界に向けてBtoBサービスとして展開している。

今回は、HEROZの代表取締役の高橋知裕氏と開発部長の井口圭一氏に、将棋AIの開発を通じて蓄積したディープラーニングを含む機械学習によるAI関連手法やノウハウが活かされたHEROZ Kishinについて解説してもらった。

将棋AIの開発ノウハウを活用した「HEROZ Kishin」

まず、HEROZ Kishinとはどのようなものなのだろうか。

コンピュータ将棋ソフトとディープラーニングの出会い

まず、HEROZ Kishinの大元となるコンピューター将棋ソフトについて振り返ってみると、コンピューター将棋に機械学習が導入されたのは2004年にまでさかのぼる。

その後、機械学習技術は急速に発展し、約10年後の2013年にはプロ棋士に“平手”、つまりハンデなしで勝利。2017年にプロ棋士の佐藤天彦名人(当時。現在は九段)がHEROZのPonanzaと対戦し敗北を喫したのは記憶に新しい。

コンピュータ将棋ソフトの強さの変遷イメージ図。出典:HEROZ Kishin公式サイトより

機械学習の導入以前は、プログラマーは将棋をあくまでも将棋ゲームとして捉え、手作業で人間の思考を言語化しプログラミングするしかなかった。

しかし、機械学習技術の発展の恩恵を受けたのは将棋ソフトも例外ではなかった。将棋の盤面を「図」として捉えることにより、将棋の知識がなくとも、ビックデータから機械学習で判断・意思決定を行う評価関数を生成できるようになった。

過去の実戦データベース、一局あたりの局面数、盤面の位置関係から、判断・意思決定を行う評価関数f(x)を機械が学習して生成。出典:HEROZ Kishin公式サイトより

複数のエンジンを組み合わせて複雑な課題に対応する

HEROZは、これらの技術を応用し、他分野への応用が可能な機械学習/ディープラーニングの手法を蓄積。ブランド名「HEROZ Kishin」として各産業に提供している。開発部長の井口氏はこう語る。

――井口
「将棋AIを開発してきた経験から、パラメータチューニングをする際の勘所など、さまざまな問題へ対処するノウハウを蓄積できました。そのノウハウを活かして各種AIを作成しています」

具体的に、HEROZ Kishinが有するエンジンは以下の通りだ。

頭脳ゲームエンジン将棋、囲碁、麻雀などの頭脳ゲームをはじめ、いろいろなゲームに適応可能なエンジン
分類エンジンデータの特徴を学び適切なカテゴリに分類する
経路最適化エンジン複数の制約条件から目標までの最適な経路を探索し、状況に合わせた最適な経路を発見する
文章生成エンジン自然言語を学習し、カスタマーサポートなどで活用できる
ゲーム開発エンジンゲームルール生成、コンピュータープレイヤーの創出、自動テストに対応できるゲーム用のエンジン
予測エンジン過去のデータから未来を予測する
異常検知エンジンセンサーや数値データから異常範囲を特定し、一定値を超えた時にアラートを出す
配置最適化エンジン複数の制約条件から目標までの最適な経路を探索し、状況に合わせた最適な配置を行う
最適解探索エンジン過去のユーザー行動をもとに趣味・思考を判別し、最適なコンテンツ予測や最適ユーザー探索をする
画像認識エンジン画像などのピクセルデータから、顔や物体の特徴、年齢などの複雑な要素を認識する

これらのエンジンを適切に組み合わせることで、BtoBにおける複雑な課題やニーズにも対応できる。将棋AIにおける、盤面評価や手の探索といった技術も複数のエンジンを組み合わせて作られているという。

また、これら複数のエンジンを活用した、各種AIツールも展開している。予測エンジンと異常検知エンジンを組み合わせた自動監視ツール「HEROZ Kishin Monitor(外部リンク)」や、新規に構築したWebサイトのテストを自動化できる「HEROZ Kishin Testing」などがそうだ。

強みは「最適化」と課題の「目利き」

HEROZ Kishinだけでも、市場において相当な競争力になるだろうが、HEROZ自身が考えている自らの強みについても井口氏にたずねてみた。

――井口
「数値最適化が得意なため、たとえば建設においては、建物の強度を保ちつつ、コストカットが可能となる『最適な柱の太さ』を見つける、といった問題をうまく解くことができます。

また、組み合わせ最適化問題も得意です。どの順番でタスクを回すのがもっとも早いか? といった、タスク管理や経路最適化の問題にも強いと思っています」

もちろん、同社のエンジニアにそれぞれに得意分野はあるが、全体として特に自信を持つのは上記の2つだという。数値最適化に関しては建設業界での構造設計の最適化など、組み合わせ最適化に関しては物流業界の配送ルート最適化などに活かされている。

建設業界へのAI適用例。出典:HEROZ提供資料

そのほか、課題に対して「目利き」ができるのも同社の強みだと、井口氏は話す。

――井口
「技術を数多く知っているため、さまざまな課題に対して目利きが可能です。問題に合わせてツールを紹介するだけでなく、問題が解決できるように技術を適用し、独自のアルゴリズムをつくることができます。

たとえば、ニューラルネットワークでは解けない問題があった場合も、ほかの最適な技術を選んだり、要素技術を組み合わせたアルゴリズムで対応したり。ゲームAIなど、実務でさまざまなことを試した経験があるからこその強みです」

「HEROZのエンジニアはアルゴリズムを楽しんで作る」と井口氏は言う。さまざまな技術を知っていて、柔軟な対応ができるからこそ「解き方を固定された問題解決は苦手で、SIer的な仕事はしない」と語っていたのが印象的だった。

建設・金融・エンタメなどの“インフラ”を支え、「ヒーロー」を生む

HEROZの特徴として、決算説明資料などでも重点領域として挙げられているのが、建設・金融・エンタメ業界の3つだ。

実はLegde.aiでも以前、AIによる株式ポートフォリオの提案サービスや、AI搭載のカードゲームアプリについてHEROZに取材を行っている。

関連記事:
AIが株式ポートフォリオを提案する新サービスは「老後2000万円問題」の解決策になるか?
バンダイと将棋AIのHEROZがタッグを組み、AI搭載カードゲームを開発したわけ

HEROZ代表の高橋氏になぜその3業界なのか聞くと、興味深い答えが帰ってきた。

――高橋
「金融に関しては、その道に詳しい社員がいたことがきっかけです。コミュニケーションコストが低いという利点を活かせるのでは、と。

建設は社会を支えるインフラですが、IT化が進んでおらず、マンパワーに依存している状況がありました。社会貢献性があり、かつ市場規模が大きい。AI活用による改善可能性が高いと考えているため、力を入れています。

最後にエンタメですが、僕らはエンタメをすべての産業に関わる、ある種の『インフラ』と考えています。今後AIによる自動化が進めば、生活に時間の余裕が生まれ、その時間で人はエンタメをより楽しめるようになり、経済を活性化させるでしょう」

「人間の原動力になる」という意味で、エンタメはすべての産業に関わる「インフラ」だと語る高橋氏。たしかに、人間の活力を生み出し、生活を支えるという意味ではインフラという見方は正しいかもしれない。

そんな高橋氏は、今後の人とAIの関わりをどう見るのか。

――高橋
「今インターネットが当たり前になっているように、AIもいずれ当たり前になります。AIが進化して、そこから人が学んで進化して、またAIを進化させるというように、AIと人が互いに進化させて成長する循環が生まれると思います。

YouTuberなど、昔は存在しなかったヒーローが技術の発展で生まれたように、AIの普及で新たな価値を生み出すヒーローが生まれるのではないでしょうか。社会構造やライフスタイルも変わってくるでしょう。

日本は今、AIの導入が遅れているという課題を抱えています。だからこそ、HEROZではAI活用の『成果』をしっかりと出していきたい。利用者・社会への価値ある『実戦』的なAIを提供することを第一にしているので、最初にビジネス問題設計を十分に行ってプロジェクトを進めるようにしています。世にリリースし、実際の結果・データのフィードバックを得て、より価値あるAIになるようブラッシュアップしていきます。

同時に、企業として利益も重視しますが、社会を再定義し、新たな未来を創っていくような面白みがあることに注力してAI革命を推進していきたいです。バリューに“驚きを心に、何事も楽しむ”を掲げているように、社員が人の原動力である『エンタメ』を感じながら活躍してヒーローになれる、そんな会社を目指しています」

(取材・佐々木亨、執筆・大村愛花、編集・高島圭介)