人工知能(AI)が雇用に与える影響やベーシックインカム(BI)についての研究で知られる経済学者の井上智洋氏(撮影:上代瑠偉)
近年、世界各国でベーシックインカムに熱い注目が集まっている。ベーシックインカムは政府がすべての国民に無条件で、一定の現金を支給する政策だ。支給金額は算出方法や実験により異なるものの、日本国内の議論においては「月7万円」という金額が持ち出されることが多い。
毎月、全国民が一律で月7万円を受け取れると考えると、ベーシックインカムはうっとりするような制度に思える。しかも、ベーシックインカムはAIの進歩にともなう「AIに仕事を奪われる」といった状況はもちろん、少子高齢化、格差拡大など、さまざまな社会問題の解決の糸口にもなる可能性を秘めているとされる。
一方で、元内閣府特命担当大臣(経済財政政策)で株式会社パソナグループ取締役会長の竹中平蔵氏が2020年11月に、BS-TBSの報道番組『報道1930』において、月7万円のベーシックインカムを支給することで「生活保護も年金も不要になる」という趣旨の発言し、大きな非難を浴びた。
今回は、2021年5月11日に1年半ぶりの単著『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』(NHK出版、honto、Amazon.co.jp)を刊行した経済学者の井上智洋氏にお話を聞いた。
経済学者 井上智洋氏
駒澤大学 経済学部 准教授。経済学者。慶應義塾大学 環境情報学部 卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学 大学院 経済学研究科に入学。同大学院にて博士(経済学)を取得。2017年から現職。
専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』『純粋機械化経済』(以上、日本経済新聞出版社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。
竹中平蔵氏のベーシックインカム論は一案に過ぎない
独自のベーシックインカム論で非難を浴びた竹中平蔵氏(World Economic Forum Copyrigh World Economic Forum / Photo by Natalie Behring – Flickr Photo Download: Heizo Takenaka – Annual Meeting of the New Champions Tianjin 2008)
──竹中平蔵さんが2020年11月にテレビ番組のなかで、月7万円のベーシックインカムを導入することで「生活保護も年金も不要になる」という趣旨の発言をし、大きな批判を浴びました。井上先生はベーシックインカムを3つのタイプに分けられると解説されています。それぞれどのような違いがあるのでしょうか?
1つ目はこれまでの社会保障制度を全部ベーシックインカムに置き換える「代替型」です。2つ目はこれまでの社会保障制度をすべて残しつつ 、ベーシックインカムを追加する「追加型」です。
3つ目はこれまでの社会保障制度をベーシックインカムに置き換えるところも残すところもある「中間型(取捨選択型)」です。
「ネオリベ(※1)」という言葉はレッテル貼りに使われることもあるので、気をつけて使わないといけないと思いますが、あえて言えば代替型は「ネオリベ型」、「追加型」は「反ネオリベ型」です。
(※1)新自由主義を意味する「ネオリベラリズム」の略称。政府による個人や市場への介入は最低限にするべきという思想とされる。ネオリベラリズムにもとづく政策を実行した政治家としては、ロナルド・レーガン氏、マーガレット・サッチャー氏が有名。日本では中曽根康弘氏、小泉純一郎氏などが挙げられる。竹中氏は小泉内閣において内閣府特命担当大臣(経済財政政策)などを務めた。
──日本では竹中さんだけではなく、ほかにも堀江貴文さん(※2)や西村博之(ひろゆき/※3)さんもベーシックインカム導入にともない生活保護を廃止することを前提に議論しており、「代替型」を主張する人が多い印象です。
「代替型」を主張する人が多いかは微妙なところです。(経済学者で『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』を著した)原田泰さん、(同志社大学経済学部教授で『ベーシック・インカム入門』などで知られる)山森亮さんなど、ベーシックインカムについて論じている学者の多くは「追加型」か「中間型」かのどちらかです。
竹中さんは学者ですが、パソナグループの経営者である実務肌の人だと思います。実際そうであるかはともかく、ネオリベと言われることがある竹中さん、堀江さん、ひろゆきさんの発言はときに炎上することもあり、注目が集まります。だから、世の中にはベーシックインカムに関しても、さまざまな議論があるものの、いわゆる「ネオリベぽい」見解が目立っているのではないかと思います。
(※2)堀江氏はベーシックインカムのメリットとして生活保護などに関わる公務員の削減などを挙げており、(社会保障制度の削減にともなう)ベーシックインカム導入で割を食う障害者などに対しては「どんな制度も新しくできるときは誰かが絶対割を食うようにできております。ただ、割を食うレベルの問題ですよね」などと発言し、地方への移住やルームシェアなどの選択肢を提示。大きな非難を浴びた竹中氏および同氏のベーシックインカム論を擁護している(ベーシックインカム導入へ!?【乙武洋匡×堀江貴文】、竹中平蔵さんが提唱するベーシックインカム制度について私の意見をお話しします)
(※3)西村氏は生活保護や失業手当を廃止してベーシックインカムに一本化するなど、独自のベーシックインカム論を展開している。一方で、同氏は現状の生活保護は本当に必要な人が受けづらい状況にあると指摘し、積極的な生活保護の申請を呼びかける一面もある(ひろゆきが「ベーシックインカムで若者を救え」と語るワケ、ひろゆきが「生活保護を堂々と受給していけばいい」と提言する真意)。
──井上先生はベーシックインカムに対してどのようなお立場ですか?
まずは「追加型」を採用せざるを得ないでしょう。しかし、十分な時間をかけて社会保障制度を取捨選択し、整理する「中間型」に変えていくのが理想だと思っています。
そもそも、ベーシックインカム導入の有無はさておき、現在の社会保障制度がこのままで良いはずがありません。既存の制度はいろんな歴史的経緯で現状にいたっただけで、常に理想的な制度ではないからです。私たちは理想の制度を目指すべきでしょう。
たとえば、現役時代の働き方によって、国民年金のみか厚生年金ももらえるのか異なってくるのは不公平なのでできれば是正すべきでしょう。ベーシックインカムを導入したならば、なおさら社会保障制度を改革すべきだということになってきます。
新刊のなかでは、どの社会保障制度を残したほうが良くて、どの社会保障制度を廃止したほうが良いかを示しました(※4)。しかし、すべての社会保障制度についてものすごく詳しいわけではないので、新刊のなかで示した基準に固執するつもりはありません。私自身も生活保護は残したほうが良いなど、少しずつ考えが深まってきました。この点についてはさまざまな議論を重ねて考えれば良いと思っています。
(※4)井上氏は新刊のなかで、政府が国民にお金を給付する「所得保障制度」を目的別に、「貧困者支援(生活保護、雇用保険、児童手当、児童扶養手当)」、幅広く障害(ハンディキャップ)という意味で「障害者支援(年金保険、介護保険、医療保険、特別障害者手当)に分類。ベーシックインカムは貧困者支援の変わりになる可能性はあるものの、障害者支援の代わりにはなり得ないため、障害者支援の制度は維持する必要があると論じた。また、生活保護は生活の「ラスト・ディフェンス(最後の守り手)」になり得るため、残すべきだと主張している。
──ベーシックインカムに対する意見の対立についてはどう見ていますか?
人間は二項対立の図式を作って、戦いがちです。ベーシックインカムについても「ベーシックインカム支持者」と「ベーシックインカム不支持者」だけではなく、支持者のなかでも「代替型」と「追加型」でけんかしています。
ネオリベvs.反ネオリベとかもそうですが、そのような二項対立はエキサイトして面白いかもしれません。しかし、私には「巨人ファン」と「アンチ・巨人ファン(阪神ファンなど)」がけんかしているのとあまり変わらないように見えます。
たとえば、私の知り合いだから擁護するわけではないのですが、原田泰さんは「ここは残す」「ここは廃止する」と分類し、生活保護は残したほうが良いと主張しています。しかし、一部の人々には「ネオリベだ!」「竹中さんと同じだ!」と批判されており、少し同情しています。
人間はどれかの派閥に属して、その派閥にとって都合の良いことを選び、反対勢力を徹底的に攻撃しがちです。日本経済や世界経済にとって何が望ましいのかを考え、もう少し冷静にフラットに取捨選択する形で判断してほしいです。
──ちなみに、竹中さんについてはどう思われていますか?
竹中さんはベーシックインカム論を主張したテレビ番組のなかで「生活保護は不要ですか?」と聞かれ、「生活保護が全部不要になるとは言いません」と微妙な反応を示していました。
竹中さんは「ネオリベ」とよく言われています。実際にそうなのかもしれませんが、私自身は「ネオリベ」というレッテル張りは、議論を雑なものにしがちなので避けています。新刊のなかでも(竹中さんが展開したベーシックインカム論については)「ネオリベ的で過激な主張と受け止められた」などと表現しました。
実は、私が大学生の頃、コンピューターサイエンスを専攻しており、唯一受けた経済学の授業が竹中さんの「マクロ経済学」でした。今はお付き合いがあるわけでもないので、擁護するつもりもありません。ただ、「竹中が日本を悪くした」みたいな主張をする人は、それが本当だと言うならば本1冊分くらいかけてちゃんと検証すべきではないでしょうか。
そう思いつつ、竹中さんは「成功した人の足を引っ張るな」などと困窮している人の神経をわざわざ逆なでするようなことを言っていないで、弱い立場にある人に寄り添うような提言もすれば良いのにと思ったりもします。
ベーシックインカム導入でも生活保護は残すべき
日本国内のベーシックインカムに関する議論では「月7万円」という金額が持ち出されることが多い(ぱくたそ)
──日本ではベーシックインカムの支給額として「月7万円」という金額が例に出されることが多い印象があります。
月7万円の場合は、4人家族だと月28万円です。「そこまで仕事を辞める人がいないのではないか」という絶妙な金額だと思います。
月10万円と主張する人もいますが、この金額だと4人家族は月40万円です。昨今では共働きが多いですが、たとえば、夫や妻が1人で働いている場合は仕事を辞める可能性も否めないのではないかと思います。
仕事を辞めるのがほんの一部の人だったら大丈夫ですが、多くの人が仕事を辞めると労働供給が減り、モノを作ったり、サービスを提供したりする人が減ります。需要に対して供給が減り、インフレが起きてしまう可能性があるのです。
──1人暮らしの場合はどうでしょうか?
私自身は1人7万円では最低限の生活保障は完全にはできないものの、広範囲にわたり人々の生活を支えられると思っています。高齢で働けなかったり、病気や障害があったりする人以外の若くて元気な人はバイト程度ならばできるし、ほかにもさまざまな手段があるからです。
たとえば、バイトをしたくない場合は実家に住み付いても良いし、物価が安いところで暮らしても良いでしょう。あるいは、シェアハウスで暮らしても良いと思います。
──障害や貧困などにより月7万円で暮らせない人々にはどう対応しますか?
おっしゃるとおり、月7万円では暮らせない人もいます。ベーシックインカムが導入されたとしても、何らかの理由で生活に困窮する人が出てくるかもしれません。そのような人のために生活保護は残しておくべきです(※5)。
高齢で働けなかったり、重い病気や障害があったりする人は医療代がかかるし、バイトをしようと思ってもできません。高齢者がシェアハウスで暮らすのも難しいでしょう。
3年ぐらい前に学生がゼミで発表した内容で、記憶に残っているものがあります。障害のある子どもが生まれたら夫が離婚を切り出し、妻が1人で障害を抱えた子どもを育てなければいけないというケースが少なくないようです。
その場合、障害者年金があっても生活はものすごく苦しいです。障害が重ければ子どもにずっと付き添っている必要があります。でも、仕事をしないと暮らせません。人生が八方塞がりになってしまいます。
政府は2015年に「介護離職ゼロ」という目標を掲げましたが、高齢者の介護だけではなく、保護者が障害を持っている子どもなどの世話をするために、仕事ができないケースも存在するのです。
現在、すでに障害がある人への支援はありますが、私はこれまで以上に拡充すべきだと思っています。離職が起こらない社会を実現するために、障害のある人の支援は家族が担わなくても成り立つようにしたほうが良いでしょう。
(※5)井上氏は新刊のなかで「だが、明確な病気や障害がなくてもバイトができないという人がいてもおかしくはない。それを甘えとして切り捨てるべきと考える人もいるだろう。当たり前だが、すべての人は(清貧の思想の持ち主とかでなければ)好き好んで貧困になるわけではない。それぞれが如何ともし難い事情から貧困に陥るのである。人は、他人のその事情が理解できない時、『甘え』というレッテルを貼って切り捨てようとする。理解しやすい事情か否かで、支援すべきかどうかを判断するのは不合理だろう」と訴えている。
ベーシックインカムで景気もコントロールできる
井上氏が提唱する「二階建てベーシックインカム(二階建てBI)」は、最低限の生活を保障する「固定ベーシックインカム(固定BI)」に加え、景気をコントロールする「変動ベーシックインカム(変動BI)」から成り立つ(Unsplash)
──井上先生は新刊のなかで、ベーシックインカムを国民の生活を保障するだけではなく、景気をコントロールする役割もあると主張されています。ベーシックインカムがかつての公共事業などの代わりになるのでしょうか?
古いケインズ主義「オールド・ ケインジアン」は日本ではとくにその傾向が顕著ですが、公共事業で景気回復を図ってきました。しかし、公共事業は増やしたり減らしたりそれほど急激にできないので、景気のコントロール手段には向いていません。
1960年代以降、少しずつ景気回復の方法は公共事業ではなく、金融政策が良いのではないかとする考えが主流になってきました。新しいケインズ主義「ニュー・ ケインジアン」です。日本でもこの考え方が受け入れられ、金融政策が良いという主張が力を持っています。日本ではこの考え方を「リフレ派」と言います。
ところが、金融政策には弱点があります。ゼロ金利になると、打ち出せる景気対策が限られてしまうことです。マイナス金利を深掘りしていくか、株の投資信託を買う「上場投資信託(ETF/※6)」か、期待に働きかけるかぐらいしかありません。
期待に働きかけるのは、たとえば「これから景気が良くなると期待を抱かせて、国民がお金を使おうという気になり、実際に景気が良くなる」という方法です。「予言の自己成就」「自己成就的予言」(※7)と言われます。
マイナス金利の深掘りは危険と指摘されているし、ETFは上場している会社や株主だけを潤わせているので不公平という批判もあります。期待に働きかける政策は確実性がありません。人々の気持ちは不安定で、期待どおりにお金を使ってくれるかどうかはわからないからです。私は「ニュー・ ケインジアン」も行き詰まっていると考えています。
私が支持しているのは、政府や中央銀行がお金を刷って国民にばらまく政策「ヘリコプターマネー」です。日銀がそんなにETFを買ったり売ったりしているのならば、そのお金を全国民に公平に配るべきだと私は考えています。日銀がEFFを買ったり売ったりする手軽さで機動的に、国民に現金を給付すべきだというわけです。
(※6)「Exchange Traded Funds」の略称。一般社団法人投資信託協会によると、証券取引所に上場し、株価指数などに代表される指標への連動を目指す投資信託を指す。日本銀行は「物価の安定」と「金融システムの安定」のためにETFを買い入れているとされる。
(※7)根拠のないうわさや思い込みなど誤った状況の規定が人々の行動を呼び起こし、当初は誤りだった考えが本当に実現してしまうことを指す。アメリカの社会学者であるロバート・キング・マートン氏が提唱した。
──その場合、ベーシックインカムという制度をどう設計するのかが重要かと思います。
私は最低限の生活を保障するためのベーシックインカムを「固定ベーシックインカム(固定BI)」、景気をコントロールするためのベーシックインカムを「変動ベーシックインカム(変動BI)」と呼んでいます。あわせて「二階建てベーシックインカム(二階建てBI)」です。
さきほどの月7万円は「固定BI」の金額です。最低限の生活保障は支給額を7万円と決めたら、頻繁に減らしたり増やしたりしません。だから「固定BI」と呼んでいます。
一方で、景気をコントロールするには景気の良いときにはベーシックインカムの支給額を減らし、景気が悪いときに支給額を増やす必要があります。支給額が変動するので「変動BI」と呼んでいます。さきほど話した「ヘリコプターマネー」は「変動BI」にあたります。
最初は「固定BI」と「変動BI」のどちらかだけ導入する形でも良いですが、最終的には両方を導入するのが理想だと思っています。
──政府と中央銀行はそれぞれどのような役割を担うのでしょうか?
政府は「固定BI」、中央銀行は「変動BI」を担い、それぞれ役割ごとに経済主体を変えたほうが良いでしょう。
政府に「変動BI」を任せるのが良くない理由は、国民の人気を得るためにインフレになるほどお金を配ってしまう危険性があるからです。今の政府は財政再建を目指しているし、(お金をなるべく使わない緊縮主義的な)「ケチケチ病」にかかっているので、そのような心配はいりませんが。
現状では中央銀行が直接国民にお金を配る手段はありません。もちろん、そのような手段を作っても良いでしょう。現状の制度に乗っかるのであれば、政府が国債を発行し、直接買い入れる額を中央銀行が決め方法が考えられます。
中央銀行は目標のインフレ率になるように国債を買う額を決め、政府は国債の発行額分だけ国民に均等にお金をばらまけば良いのです。それによって、中央銀行はインフレをコントロールできるようになると思います。
所得税はいい加減な制度
給料で得た所得は最高税率が45%だが、株で得た所得は一律で25%に過ぎない(財務省「所得税の税率構造」)
──財源の問題とも大きく関わってきますが、ベーシックインカムを導入する場合はお金持ちからは所得税でお金を取り戻す設計にするのですか?
私のまわりの(政府が積極的に支出したり、お金をばらまいて需要を喚起したりすることに賛同する)「反緊縮」的な政策を支持する人たちは消費税の廃止論者が多く、消費税に比べて所得税のほうが良いと主張している人が多いです。しかし、私は所得税もいい加減な制度で良くないと思っています。
累進課税だから良いと思っている人も多いかもしれませんが、所得税は収入から経費を引いた「所得」に税金が課される仕組みです。自営業者の人はよく知っていると思いますが、経費を膨らますことで見かけ上の所得を減らし、税金を減らせます。
また、所得に比べて、どれだけ税金を課されているか見ると、1億円くらいの所得を境に実質的な税金の「負担率」が減ります。さまざまな背景がありますが、大きな理由としては「分離課税」が挙げられます。
自分の労働だけでたくさんの所得を得るスーパー労働者のような人もいますが、さらにその上にいるのが株などで所得を増やすスーパー資産家です。しかし、給料などで得た所得は最高税率が45%、株で得た所得は税率が一律で20%です。給料より株で儲けている人のほうが税率は低いのです。
──そういえば、井上先生は新刊のなかで所得税だけではなく、生活保護や年金についても制度的な欠落を指摘していましたね(※8)。所得税やそれに準ずる制度はどのように変えるべきだとお考えですか?
給料による所得と株による所得を分離課税として分けるのではなく、給料による所得と株による所得をあわせる「総合課税」にすべきだと訴える人もいます。ただ、総合課税にしたら、経費を膨らませて所得をごまかせる余地が拡大します。
今後は所得ではなく資産にうまく課税するために「資産税」を導入したほうが良いでしょう。資産税が導入できなかったとしても、分離課税の税率を20%から所得税の最高税率である45%ぐらいに引き上げるべきです。
資産による所得はいわゆる「不労所得」です。私は社会主義者ではないので、「不労所得を得たらダメ!」とは言いません。ただ、「不労所得で儲けているのだから、半分近くは税金を払ってください」と思っているのです。
(※8)井上氏は生活保護については困窮者全員に行き渡らないこと、貧しい人が収入を得ると支援が減らされるため、貧困から抜け出しにくい「貧困の罠」があることなどを批判。それらの問題を解消できるベーシックインカムや「負の所得税」を導入すべきだと主張している。負の所得税は、たとえば、所得税の控除額を年84万円(月7万円)に設定し、所得に応じた税額から84万円を控除する。その結果が、マイナスになった場合は給付する。
日本はインフレにならない限りお金を刷っても構わない
ギリシャは2009年に「ギリシャ危機」と呼ばれる経済危機が発覚し、国内だけではなくヨーロッパ全体にも大きな混乱を招いた(Unsplash)
──とくに「変動BI」において重要な議論だと思いますが、新刊の核として日本の場合「借金」は増えても問題ないので、インフレにならない限りどんどんお札を刷っても構わないという考え方があると思います。
日本のように自国通貨を持っている国は、政府が「通貨製造機」を持っているようなものです。一方で、ギリシャは「通貨製造機」を持っていません。ギリシャは昔「ドラクマ」という通貨を使っていましたが、現在はユーロを導入しています。ギリシャ政府が勝手にユーロを刷って良いかというと、そのような制度にはなっていません。
日本は政府・中央銀行が自前でお金を刷れます。だから、本来は、国債を発行すること自体がおかしいのです。「なぜ自分でお金を作れるのに、お金を借りているの?」という話です。
ただ、現状の制度は政府と中央銀行で分離しており、その間に民間銀行が挟まれています。中央銀行から民間銀行を介して政府に通貨を渡すときには、逆に政府から民間銀行を介して中央銀行に国債を渡さければいけません。お金を増やそうと思っても、その分国債が増えてしまいます。自由にお金を作って使って良いはずなのに、そうすると政府の借金であるかのように見えてしまうのです。
私は通貨をよく「ゼロ金利永久債」と表現しています。今の日銀のように、中央銀行が国債を買い入れてその代わりに通貨を発行すれば、国債がゼロ金利永久債である通貨に変換されます。そうしたら政府・中央銀行は何も返す必要がないし、金利も永久にゼロだから何の負担もありません。それならいくらでも国債発行しまくって政府支出すれば良いということになりますが、インフレには気をつける必要があります。
──「政府の借金が膨らみ続けているにもかかわらず、国家予算が高くなり続けているのは良くない」という考え方は一般的だと思います。なぜお金をなるべく使わない「緊縮主義」という考え方が定着したと思いますか?
政府の財政赤字と個人の借金を同じのように考えている人が多いから、「緊縮主義」に陥るのかもしれません。個人の借金と、会社や国のように永続すると思われる主体の借金は異なります。個人には寿命があるので、死ぬまでにお金を返さないと遺族などに迷惑をかける可能性があります。
一方で、会社や国のように永久に経済主体が続くのであれば、お金を借り続けてもとくに何の問題も起きないはずです。会社だったら「借金」するのは当たり前のことです。会社は社債を発行して、借換債(かりかえさい)によって「借金」を続けることができます。
日本のような自国通貨を持つ国の「借金」は個人はもちろん、さきほど話したギリシャや普通の会社とも異なります。この2ステップを踏まえて考えることが重要です。たとえば、「政府の借金は国民の資産なので何の問題もない」とだけ言う人がいますが、その言い方だとギリシャと日本のような国との差が見えません。
──「緊縮主義」の影響もあり、日本ではコロナ禍における全国民一律の給付は10万円の「特別定額給付金」1回きりで終わりそうです。このままではデフレを脱却できず、「失われた30年」は続くのでしょうか?
私はインフレ率が3〜4%ぐらいあったほうが良いと思っています。インフレ率は去年マイナスになり、今は若干戻ってきていますが、あくまでゼロ付近です。あいからず政府は2%という目標さえ達成できていません。このままだとデフレないしは、低いインフレ「ディスインフレ」のまま推移し、デフレから完全に脱却できないと思います。
政府は考え方を抜本的に変えないといけません。増税はインフレ率がもっと高くなってからで大丈夫です。政府はそこに到達していないのに、すぐに財政再建をしようとします。このままだと「失われた30年」は「失われた40年」にも「失われた50年」にもなるでしょう。
『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』
アフターコロナの日本経済を活性化するためには、政府が膨大な現金をバラまいて需要を喚起し、緩やかなインフレ好況状態をつくり出すことが必要だ。いかにしてそれは可能か? そこには何の問題もないのか? 日本経済の行き詰まりが指摘される今、金融緩和でも構造改革でもない「ラディカルな解決策」を注目の経済学者が、主流派経済学とMMT(現代貨幣理論)の両面から説く!
・出版社:NHK出版
・定価:968円(税込)
・判型:新書版並製
・ページ数:240ページ
・ISBN:978-4-14-088653-3
・URL:NHK出版、honto、Amazon.co.jp