「特別定額給付金にはびっくりした」ベーシックインカムで有名な経済学者が熱くなる理由:井上智洋氏インタビュー

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人工知能(AI)が雇用に与える影響やベーシックインカム(BI)についての研究で知られる経済学者の井上智洋氏(撮影:上代瑠偉)

近年、世界各国でベーシックインカムに熱い注目が集まっている。ベーシックインカムは政府がすべての国民に無条件で、一定の現金を支給する政策だ。支給金額は算出方法や実験により異なるものの、日本国内の議論においては「月7万円」という金額が持ち出されることが多い。

ベーシックインカムが注目される背景の1つとしては、AIの進展が挙げられる。2021年現在はまだまだリアリティを感じづらいかもしれないが、近い将来にはAIが雇用に強い影響を与えるとされている。

日本では「AIに仕事を奪われる」といった状況はいつ始まるのか? AIが普及してベーシックインカムが導入されると「週15時間労働」という未来が訪れるのか? その場合は経済が加速するのか失速するのか?

今回は、2021年5月11日に1年半ぶりの単著『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』(NHK出版hontoAmazon.co.jp)を刊行した経済学者の井上智洋氏にお話を聞いた。

経済学者 井上智洋氏

駒澤大学 経済学部 准教授。経済学者。慶應義塾大学 環境情報学部 卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学 大学院 経済学研究科に入学。同大学院にて博士(経済学)を取得。2017年から現職。

専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』『純粋機械化経済』(以上、日本経済新聞出版社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)などがある。

日本では2030年頃に「AIに仕事が奪われる」が始まる

ベーシックインカム導入とともに「週15時間労働」という未来像を提示したルトガー・ブレグマン氏(Victor van Werkhooven氏「Geschiedkundige en opiniemaker Rutger Bregman op Festival de Beschaving in Utrecht」

──近年、ベーシックインカムに注目が集まっている背景には「AIに仕事を奪われる」といった議論の影響は大きいと思います。井上先生は日本と海外を比較してAIが雇用に与える影響について、どのように見ていますか?

アメリカでは金融関係の仕事が多いですが、すでに株などのトレーダー、資産運用アドバイザー、保険外交員、証券アナリストがAIによって雇用を減らされています。

日本ではAIを含めてITの導入がアメリカよりも遅く、雇用破壊は顕著ではありません。まだAIが雇用に強い影響を与えた事例はないと思います。

──日本では「AIに仕事を奪われる」といった状況はいつ始まりますか?

現在、ロボットや自動運転車など、AIを組み込んだ機械「スマートマシーン」がまだ普及していません。自動運転車1つとっても、そこら中に走っているわけではなく、まだ実験段階です。

2030年頃になったら雇用に対する影響が出てくると思います。それまでは少子化が進み、生産年齢人口が減っていく影響のほうが強いでしょう。

たとえば、2030年頃には自動運転車が普及し始めると思います。自動運転タクシーや無人タクシーなどが登場したら、タクシーの運転手さんの仕事が奪われるなど、目に見えて雇用に対する影響が出てくるはずです。

──実際にAIが雇用に強い影響を与え、ベーシックインカムが導入されたら、オランダの歴史家であるルトガー・ブレグマンさんが『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』(※1)で示したような「週15時間労働」になるのでしょうか?

ブレグマンさんの「週15時間労働」は、経済学者のジョン・メイナード・ケインズが1930年に発表した短いエッセイ「わが孫たちの経済的可能性」での主張をもとにしています。

ケインズはそのエッセイのなかで、100年後には週15時間ぐらい働けば済むようになると書いていました。1930年の100年後は2030年です。今から10年後に週15時間労働になるかと言うと、厳しいでしょう。

冗談半分で言いますが、私が尊敬するケインズの予言が外れないように「労働時間を減らそう!」と訴えていきたいと思っています(笑)。

(※1)ルトガー・ブレグマン氏は同書のなかで、ベーシックインカム導入とともに「週15時間労働」という未来像を提示した。フランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』の数年後に話題になったこともあり、著者のルトガー・ブレグマン氏は「ピケティに次ぐ欧州の新しい知性」とも言われた。

「クソどうでもいい仕事」のせいで労働時間が減らない

井上氏は「週15時間労働」に近づけるには、どんな職業にも「ブルシット・タスク」があるという考え方が重要と話す(Unsplash

──現在「週15時間労働」が実現していない理由は何かありますか?

理由は2つあります。1つ目はケインズがエッセイを書いた1930年には予想のつかないような商品がいっぱい登場したことです。人類は労働時間を減らすよりも、これまで以上に所得を得て消費することを選んできました。人間の欲望は無尽蔵で、所得が増えているのにともない、消費も膨らんでいるのが現状です。

2つ目はアメリカの人類学者であるデヴィッド・グレーバーさんが指摘する「(日本語では「クソどうでもいい仕事」などと表現される)ブルシット・ジョブ」が増えていることです(※2)。そのせいで、労働時間があまり減っていません。

(※2)デヴィッド・グレーバー氏は『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』のなかで、ブルシット・ジョブが広がるメカニズムを解明した。ケインズ氏が予言した「週15時間労働」への道筋も示す。

──どうすれば「週15時間労働」を実現できますか?

グレーバーさんの研究はもともと、自分で「ブルシット・ジョブ」と思うかどうかというアンケートで、「そう思う」と回答した人が多かったことから始まっています。自分自身でそのように思うのは構いませんが、「あなたの仕事は『ブルシット・ジョブ』だ!」と言われると、誰でも嫌な気持ちになると思います。

なので、どんな職業にも「ブルシット・タスク」があるという考え方をとり、そのようなタスクを減らしていくべきです。「週15時間労働」にするのは難しくても、今よりも労働時間を減らして、もっと有意義な生活を送れるようになるでしょう。

新型コロナが時代を10年早回しした

井上氏は政府が「特別定額給付金」を2〜3回ぐらい給付すべきだったと主張する(ぱくたそ

──最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の感染拡大にともなう不景気や失業率の悪化などを受け、国内外でベーシックインカムが注目を浴びています(※3)。

私は以前から、2030年頃になったら、多くの人が「現在はAI時代で、ベーシックインカムが必要だ」と思うようになると思っていました。しかし、新型コロナが時代を10年早回ししました。新型コロナの影響でAI時代の訪れを待たずとも、多くの人々が失業や減収という不安な状況に陥ってしまったのです。

2020年4月20日には当初の困窮世帯に30万円を給付するといった閣議決定が覆り、国民一律に10万円の「特別定額給付金」を給付することになりました。それまでは「困っている人だけにお金を配れば良い」という考え方が支配的だったと思いますが、一時的なベーシックインカムと言っても良いほどの政策が多くの国民に支持されたのです。

あのとき、私はびっくりしました。言葉は知らないかもしれませんが、多くの人が無意識のうちにベーシックインカムは望ましい制度ではないかと気づいたのだと思います。

(※3)スペイン政府は2020年にコロナ禍の状況を受け、上限月1015ユーロ(約12万8000円)のベーシックインカムを前倒しで導入した。アメリカではベーシックインカムの実現を目指し、2020年11月3日のアメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補者の指名争いで注目を集めた実業家のアンドリュー・ヤン(アンドリュー・ヤング)氏が、2021年のニューヨーク市長選に出馬した(月15万円もらえる実験も!? 2020年のベーシックインカムを振り返る)。

──ちなみに、日本ではコロナ禍における国民一律の給付は10万円の「特別定額給付金」1回きりで終わりそうです。政府はどのような対策を取るべきだったと考えられていますか?

毎月とまでは言いませんが、国民一律の「特別定額給付金」を2〜3回ぐらい給付すれば良かったと思います。

経済的に苦しんでいる人だけを救済しようとすると、必ず取りこぼしが出てきてしまいます。たとえば、ひとり親世帯だけを救済する方法もありますが、ふたり親世帯でもひとり親世帯よりも貧しい家庭は存在します。ひとり暮らしで困っている人もいるでしょう。

世の中はごまんと人がおり、生活に追われる人はさまざまな理由で貧困に陥っています。まずは広く薄く救済したほうが、それでもなお困っている人が見えてきやすいでしょう。経済的に苦しんでいる人全員を救済するには、全員に給付してお金持ちだけお金を取れば、貧しい人を救済したことになります。この方法が1番楽です。

国民一律で「特別定額給付金」を可能な限り支給して、もし金持ちも救済をするのが嫌だったら、金持ちからは税金を取れば良いでしょう。金持ちから税金を取るのも今すぐではなく、もう少し景気が良くなってからでも良いと思います。

AI普及とベーシックインカム導入でも経済は加速する

井上氏はAIおよびベーシックインカム時代には経済は加速すると語る(Unsplash

──『21世紀の資本』が話題になる(※4)など、先進国各国で資本主義は行き詰まっているという議論があります。そのうえ「AIに仕事を奪われる」状況が加速すると、経済はますます停滞するような気がします。

これまでの経済学は労働者がモノを作ることを前提としていました。労働者がいなくなってAIに置き換わると、生産が減るように思うかもしれません。

しかし、そもそも、労働者よりAIを使ったほうがより効率よく働いてくれるから、AIを導入するはずです。しかも、AIは人間よりどんどん進歩します。どんどん経済成長し、経済成長率が高まると思います。

(※4)トマ・ピケティ氏は同書のなかで、過去200年以上のデータから資本収益率(r)は年に5パーセントほどだが、経済成長率(g)は1%から2%に過ぎないと指摘した。「富める者」と「貧しき者」の格差は拡大していくと考えられる。

──AIの影響では経済成長率が高まるとしても、ベージックインカムが経済停滞をもたらす可能性があるのではないでしょうか?

それは難しい問題です。ベーシックインカムの導入で経済成長が減速する可能性もありますが、私はむしろ経済成長が加速すると思っています。(政府が積極的に支出したり、お金をばらまいて需要を喚起したりすることを支持する)「反緊縮」と、(社会変革を生み出すために資本主義システムを拡大させるべきだと考える)「加速主義」は結びつくはずです。

そう考える理由は需要が増えるからです。私は供給より需要のほうが少し超過しているぐらいが良いと思っています。人手不足で賃金が上がるのはもちろん、賃金が高いのならばAIにさまざまなことを任せたほうが良いという話になり、イノベーションが進みます。

そもそも、インフレで景気が良い状態で、かつ需要が増えないとイノベーションは起こりにくいです。経済停滞した社会に応じたデフレマインドになり、人間がアグレッシブさを失います。経営者で言うと、「アニマル・スピリッツ(※5)」がなくなり、果敢に投資してイノベーションを起こそうというマインドが失われるのです。

(※5)イギリスの経済学者であるジョン・メイナード・ケインズ氏は『雇用・利子および貨幣の一般理論』のなかで、投資は合理的な判断ではなく自然と湧きあがる主観的な期待に左右されると指摘した。日本語では「血気」「野心的意欲」「動物的な衝動」などと訳される。

──ちなみに、反対意見についてはどう思われますか?

もちろん、ベーシックインカムが経済を減速させると考えている人もいます。それは需要のほうからではなく、供給のほうから見ている気がします。ベーシックインカムの支給額が高ければ、多くの人々が仕事を辞めます。働く気力がなければ経済が成長しないし、イノベーションも起きなくなるという考え方でしょう。

このような可能性もありますが、ベーシックインカムの支給額によると思います。今いきなり月50万円を支給したら、仕事を辞める人が多いでしょう。脱成長どころか経済が崩壊するかもしれません。供給より需要が少し多いぐらいの支給を続ければ、ほど良く需要を刺激して経済成長率が上がるはずです。

お金を配ったほうが人々はきちんとした生活をする

井上氏は元・株式会社ZOZO代表取締役社長の前澤友作氏が2020年に実施した「前澤式ベーシックインカム社会実験」の研究チームに参加した(公式サイト

──アメリカのカリフォルニア州ストックトン市で実施された月500ドル(約5万4000円)のベーシックインカムの実験では「支給を受けた人々のフルタイム雇用は1年間で12%も増加(※6)」「支給額がタバコや酒類に使われる割合は1%未満」など、意外な結果が得られました。このような結果をどう見ていますか?

ストックトンの実験結果で覚えているのは、ベーシックインカムの支給を受けた人々はフルタイム雇用が増えたことです。この結果に驚いている人も多いと思いますが、みんなが思うより人間はお金を受け取っても怠けることはありません。

お金を受け取ったほうが人々はきちんとした生活をするようになります。ブレグマンさんも『隷属なき道』でも書いていましたが、麻薬中毒やアルコール中毒の人にお金を配っても、麻薬やお酒をあまり買いません。生活を立て直すためにお金を使う人が多いです。生活を立て直すと、余裕ができてダメな方向に向かわなくなります。

(※6)テネシー大学のステイシア・ウェスト博士、ペンシルベニア大学のエイミー・カストロ・ベイカー博士らは、2019年2月〜2020年2月までのストックトン市でのベーシックインカムの予備調査結果をまとめた調査レポートを発表した。同レポートによると、支給を受けたグループは2019年2月にはフルタイム雇用は28%で、1年後の2020年2月には40%と、12%も増加した。一方で、支給を受けていないグループは2019年2月にはフルタイム雇用は32%、2020年2月には37%と、5%しか変化しなかった(月5万4000円のベーシックインカム実験「働かない人が増える」「タバコや酒に使われる」は誤り、米カリフォルニア州)。

──井上先生は元・株式会社ZOZO代表取締役社長の前澤友作さんが2020年に実施した「前澤式ベーシックインカム社会実験」の研究チームに参加されています(※7)。前澤さんのプロジェクトはどうですか?

単なる傾向の話ですが、男女で差があるのは面白いと思いました。男性はお金をもらったときに労働時間を減らす人が多いです。一方で、女性は労働時間を減らさずにもらったお金でアクセサリーや時計などを買っており、より消費を増やしています。

さきほどお金を受け取ったほうが人々はきちんとした生活をするようになると話しましたが、前澤さんの実験でもお金を受け取った人々はパチンコに行く回数を増やしていませんでした。

(※7)井上氏は同実験の公式サイトに「皆様、調査へのご協力ありがとうございます。100万円の現金給付がなされることで、人々がよりハッピーで充実した生活が送れるようになるという実験結果が得られる可能性があることは、これまでベーシックインカムの導入を訴えてきた学者の1人として、大変感慨深いものがあります。100万円が、本当に起業や留学といったことにチャレンジしようとする人々の後押しになるのか。コロナの影響があって難しい側面もありますが、引き続き注視していきたいです」とコメントを寄せている(公式サイト)。

──新刊の内容はベーシックインカムに関する制度的な議論が中心でした。今後、このような実験結果を本で取り扱う予定はありますか?

前澤さんのプロジェクトの実験結果はデータがすべて集まったので、今まさに分析しようかと思っているところです。次回作になるかどうかはわかりませんが、実験結果はぜひ本にしたいです。プロジェクトには何人も関わっているので、共著の形になると思います。

『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』

アフターコロナの日本経済を活性化するためには、政府が膨大な現金をバラまいて需要を喚起し、緩やかなインフレ好況状態をつくり出すことが必要だ。いかにしてそれは可能か? そこには何の問題もないのか? 日本経済の行き詰まりが指摘される今、金融緩和でも構造改革でもない「ラディカルな解決策」を注目の経済学者が、主流派経済学とMMT(現代貨幣理論)の両面から説く!

・出版社:NHK出版
・定価:968円(税込)
・判型:新書版並製
・ページ数:240ページ
・ISBN:978-4-14-088653-3
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