2月28日、日本ディープラーニング協会(以下JDLA)が会員企業向けに定期開催している内部勉強会が開催された。講演、パネルディスカッションに登壇したのは以下の3名。
株式会社グリッド AIサービス開発グループ
太田 満久氏
株式会社ブレインパッド Deputy General Manager
川上 登福氏
IGPIビジネスアナリティクス&インテリジェンス(BAI)代表取締役 CEO
本稿では、講演にて語られた内容を抜粋してお伝えする。企業がAI導入の際に使うツール、導入するにあたって必要な考え方から方法まで、内容は多岐に渡った。
新聞記者が素人からAIのモデル開発に携わるまで
講演のトップバッターは、グリッドの宮崎 えり子氏。元新聞記者で、2018年3月にグリッドに転職したが、転職前はAIに関してズブの素人だったという。
「最初はAIのことが分からなすぎて、本を読んでも用語が理解できなかったんです。そこで、社長にマンツーマンで教えてもらい、最近ようやくクライアントと話せるまでになりました。
今では営業の仕事をこなしながら、並行してモデル開発を行っています。ときには2〜3個の案件を同時進行し、約2カ月間で画像認識のモデル開発案件を6件並行して行っていました」
宮崎氏が所属するグリッドは、「ReNom」というディープラーニングの開発プラットフォームを提供している。エンジニアでなくともAIを開発できるツールだ。
講演では、ReNomの一機能である「ReNom TAG」のデモが行われた。ReNom TAGは、機械学習において必須である教師データ作成の際に必要なアノテーション(ラベル付け)が可能だ。
「ついこの間までまったくの素人だった私が試したところ、900枚の画像へのラベル付けを1時間でできました。
クライアントにも試していただいたところ、300枚のタグ付けを8分で終わらせた方がいて。それほどさくさく教師データが作れるツールです」
出典:グリッド提供資料
通常のアノテーションであれば、画像一枚に10分程度かかることはざらにあり、この数字は驚異的だ。ほかにも、データの形状から相関関係を推定する「ReNom TDA」や、手軽にデータの前処理ができる「ReNom DP」など、さまざまな機能がある。
自社データを用いてモデルの開発ができる「ReNom」の無料体験会も実施中だ。
機械学習プロジェクト7つの注意点
続いて登壇したのは、ブレインパッドの太田 満久氏。機械学習フレームワークTensorFlow User Groupのオーガナイザーも務める人物だ。
ブレインパッドは、80名のデータサイエンティストを要するデータサイエンス企業。デジタルマーケティングにも強みを持ち、DMP製品「Rtoaster」を提供している。
ここでは、キユーピー株式会社におけるAIの導入事例が紹介された。
「ブレインパッドには多くのディープラーニングの事例が貯まりつつありますが、代表的なのはキユーピー様の事例ですね。
キユーピー様は、商品の品質にこだわりを持たれていました。従来、不良品の除去は人手で行っていましたが、非常に負荷が高い仕事でした。AIを活用することで、作業員さんの負荷を減らし、生産性も向上させられないか、との依頼をいただいたんです」
キユーピーの事例は、食品工場における不良品検知。わずかな不良でもクレームにつながるため、不良品を1個1個、人の目で確かめていた。
また、そもそも不良品の数が少なくデータを入手するのが難しかったことや、食品の点数も多く、さまざまな種類の不良に対応することも課題となっていた。
良品と不良品の比較
出典:ブレインパッド提供資料
「さまざまな種類の不良品に対応したい点などを考慮した結果、教師なし学習による異常検知技術が最適だと判断しました。その結果、人を置かなくても済むようになり、人手の約2倍の速度で同等の精度を実現することができました」
そのほか、太田氏のブレインパッドでの経験をもとに、ディープラーニングを使ったプロジェクトを始める上で大切な、7つの注意点についても話された。以下の順に紹介する。
- 目的、目標を明確にする
- 適切なチームを構築する
- ユーザーを巻き込む
- 質の高い訓練データを確保する
- 評価方法を明確にする
- 適切な手法を使う
- 運用フローを明確にする
1つ目は、AIを導入する目標、目的を明確にすること。昨今、AIに対するイメージが先走り、『データがあるから、とりあえず何かできないか』のような問い合わせが多いという。しかし、目的がないまま走り出すプロジェクトは、往々にして失敗しがちだ。
2つ目に、適切なチーム構築。太田氏によれば、プロジェクトの成功には以下のようなチームが必要だ。
- 分析官(分析する人)
- エンジニア(作る人)
- プロジェクトマネージャー(進める人)
- プロジェクトオーナー(目的を決める人)
- 営業(調整する人)
それぞれが専門性を兼ね備え、かつチーム内のほかの専門家と会話が可能なメンバーでチームを組む必要がある。
「特にプロジェクトオーナーは重要で、現場のユーザー目線を持つ人、つまりクライアントに入ってもらうことが多いです。ユーザー目線がなければ、せっかくシステムを作ってもユーザーに使ってもらえない、ということになりかねません」
そのため3つ目の、「ユーザーを巻き込む」ことも重要になってくる。
PoCフェーズと実運用フェーズでは、クライアントの担当者と現場のコミュニケーションが取れていないことも多いため、PoCフェーズの担当者は実運用における本当のニーズを理解していない可能性がある。
現場のユーザーが実際に利用する際の心理的な障壁の削減、学習コストの低減といったプロセスを踏む必要があるため、「実際に使う現場の人」を巻き込む必要があるという。
4つ目に、質の高い訓練データを確保すること。これにはアノテーション作業の精度をいかに上げるかにかかっている。
太田氏は、モデルを訓練するのに望ましくないデータとして、以下の要素を挙げた。
- ノイズの多いデータ
- 正解ラベルのないデータ
- 複数人によるアノテーションで、整合性が無くなってしまったデータ
- 時間変化するのに、古すぎるデータ
たとえばグリッドが提供するReNom TAGのようなアノテーションツールを使用することで、アノテーションの精度向上がより簡易になるだろう。
5つ目の注意点は、プロジェクト自体の評価方法の明確化だ。多くの場合、単一の評価指標があるわけではなく、「モデルの精度」や「精度が上がったときにビジネスのKPIを達成できるか」といった指標を適宜選択する必要がある。
6つ目は、適切な手法を使うことだ。
- 求めているのは精度か?解釈性か?
- 数理問題への落とし込み方は正しいか?
- データの取扱は適切か?
- そもそも機械学習が必要か?
などの要素を考慮に入れ、手法を選択する。なお、ブレインパッドの開発エンジニアが機械学習システムを構築する際は、以下の順番で検討することが多いそうだ。
- やりたいことに機械学習は本当に必要か?
- 既成のAPI(訓練なし)で実現できないか?
- 既成のAPI(訓練あり)で実現できないか?
- 既成の訓練済モデルで実現できないか?
これらをすべて検討した後、すべてにおいてやりたいことが実現不可能と判断された場合、ようやく独自のデータを使ってモデルを訓練するフェーズに入る。
最後に、開発後の運用フローを明確化すること。どんなシステムにも言えることだが、開発後、開発して終わりにならないことだという。
- コード、設定に加えて訓練済モデルとデータを管理する必要がある
- 精度を監視する必要がある
- 精度低下が起こった場合、再訓練が必要
- 訓練済モデルの更新の仕組みが必要なケースがある
- 正解データを蓄積する仕組みが必要なケースがある
「機械学習を使うとなると、これらの点を考慮する必要があり、お金も時間もかかってきます。そのため、多くの場合プロジェクトは極めて複雑になります。機械学習を使わずに済むなら、なるべく使わないほうがベターでしょう」
変化が激しい時代、ビジネスも再設計が必要
3人目の登壇者は、IGPIビジネスアナリティクス&インテリジェンスの川上 登福氏。
親会社である株式会社経営共創基盤の取締役マネージングディレクター、株式会社IGPIテクノロジーの取締役、日本ディープラーニング協会の理事も務めている。
「弊社では、よく大企業(AIのユーザー企業)から、『AIで何かできないか?』以前の『AIでなんとか……。』のような、そもそもまったく何をやるのかも決まっていなかったり、エクセルで済んでしまうような相談もよく来ます」
大企業向けの支援だけでなく、AI、IoT領域のスタートアップや起業志望者に対しても、同行して一緒に議論や交渉したたり、資本政策で気をつけるべき点を教えるなどの様々な支援を行っているという。
「AIを導入しようとするとき『何をAIでやるのか』『どうやってやるのか』は考えたほうがいいです。
AIですべての業務を自動化しようとするのではなく、さまざまな技術の合わせ技でやらないとROIに合わないケースがあります。『解くべき課題は何か』『どうやって解くか』を考えることですが重要です」
出典:IGPI提供資料
「たとえば、油圧ショベルにAIを導入したいといっても、どう掘るのか? どこを掘るのか? 油圧ショベルでの作業を効率化したいと思ったとき、どこで熟練の作業が必要で、どこを効率化したらどこにインパクトがあるのかなどを見極めないといけません。
また、それを見るためにどういう要件のデータをどう取るのか? 必要なデータは何ピクセルか? 野外のセンサーで撮影するにはカメラの防塵性や、台数なども考慮する必要があり、注意すべき点は多々あります」
また、ビジネスのROI、つまり投資に対するリターンが合うのか?ということも考えなければならない。結局は「導入検討企業は何がしたいのか?」の部分が重要だと川上氏は語る。
「いま、世の中では、AIのニュースが多いですが、AIだけではなく、いろいろな技術が日々進化しています。
そのとき、『AIだけで利益を獲りに行くのか?』『AIだけでやる必要があるのか?』は考える必要があります。さまざまな解き方があるので、AIを使わずとも十分ビジネスになるという結論であればそれでもいいんです」
出典:IGPI提供資料
川上氏は、古巣のGE(ゼネラル・エレクトリック)の販売戦略に言及した。
「GEはとにかくエンジンを高く売りたかった。そこで、まず保守・メンテナンスの販売に注力しました。GEのエンジンを買えば保守・メンテナンス費用は安くなる。だからエンジンは高くていい。
エンジン自体が高くても、トータルコストは安く、お客はトータルで“お得”な買い物をしている、顧客のビジネスプロセス、経済性を製品の販売だけでなく、もっと広げて捉えなおし、自社製品・サービスで出来ること、そしてその価値を考え直したんです。
これは要するに、ビジネスをデザインすることに近しい。今の時代、サブスクリプションの隆盛など、ビジネスモデルにも変化が訪れていますが、製品設計やプライシングも変わる必要があります」
これからは顧客の総合的な経済的メリットを最大化するように、ビジネスモデルを設計する必要がある、と川上氏は言う。
「最終的には、AIに取り組むのであれば、ハードウェアに注力するのか? 自社でしか取れないデータで勝つのか? どこを競争領域とし、どこを非競争領域にするのかを常に考えること。
その上で、勝った利益を自社の強みに再投資していくために、しっかりとしたマネタイズモデル・プライシングをしなければ、生き残るのは厳しいと思っています」
企業は既存ビジネスの改善だけでなく、非連続なイノベーションも、両方同時に進めなければいけない環境にある。
そのような環境で生き残るために、「稼ぐ力」と「行動力」が大事、という結論で川上氏は講演を締めくくった。
目的なきAI導入は何も解決しない
技術は目的を達成するための How に過ぎない。その目的を達成するのにはICTで良いかもしれないし、AIが良いかもしれない。いずれにせよ、何をしたいのか、どのように解決したいのかの軸がなければ、何も解決はされず、リソースを無駄にする可能性が高い。
一過性のマーケティングとしてAIを使おうとするのではなく、ROIに見合った本質的な導入ができるようにしたい。
JDLAの勉強会は定期開催されており、JDLA会員は誰でも参加できる。興味のある方は参加してみてはいかがだろうか。