社内でAI人材を発掘するJR西日本、物体認識コンペ優勝の裏側

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4月27日から6月30日に開催されたデータサイエンスコンペティション「AIエッジコンテスト(外部サイト)」で、JR西日本の若手社員二人が優勝を勝ち取った。JR西日本は、2017年から本格的にデータサイエンスの取り組みを開始。2020年には「データソリューション室」を設立し、データ分析やAIを用いた業務変革を進めている。

なぜ、JR西日本は優勝できたのか?優勝を勝ち取ったJR西日本データソリューション室の松田篤史さん、兒玉庸平さんのお二人に話を聞いた。

元新幹線の運転士、駅機械設備のエンジニアだった二人

兒玉さんと松田さんは、ともに事業部の出身だ。

兒玉さんが新卒で最初に配属された先は、総合車両所という車両検査を行う部署。その後、山陽・北陸新幹線の運転士を務めた後、指令所と呼ばれる、新幹線の運行管理を行う部署に異動した。

――兒玉
「もともとKaggleやSIGNATEのデータ分析コンテストには学生の頃から参加していて、入社後もたまに趣味で参加していました」

松田さんは新卒で駅機械系統の保守業務を担当する部署に配属。自動改札機、券売機、エスカレーターなどのメンテナンスや工事を行い、その後、駅機械設備専門のグループ会社に出向した。

――松田
「駅機械系統では、改札機、券売機、カメラなどの多様なデータを蓄積しており、それらを業務課題解決に活用する文化があります。今回のコンペでデータ分析スキルを伸ばせば、自身の業務に応用できるのではと思い参加してみました」

もともとデータ分析の素養があった二人。実は二人は、以前Ledge.aiで取材した着雪量予測コンペで、上位入賞を勝ち取ったJR西日本社員、まさにその人だ。兒玉さんは新幹線の運転士、松田さんは、駅機械の工事保守を担当していた時に開催されたコンペだった。

着雪量予測コンペの経緯は、以下の記事で詳しく取材している。二人はコンペで実績を出し、データソリューション室に「引き抜かれた」。

――兒玉
「カメラの撮影画像は社内にあったので、物体検出の経験はあったのですが、トラッキングまでは挑戦したことがありませんでした。そんなときコンペの告知メールが来たので、じゃあやってみようと思ったのが参加したきっかけでした」

エッジで物体認識・追跡を行うコンテスト

AIエッジコンテストは、株式会社SIGANTEが主催するデータサイエンスコンペティションだ。すでに3回開催され(第4回は現在開催中〜12月まで)、JR西日本が優勝したのは第3回となる。

第3回は経済産業省がデータ提供元となり開催された。コンテスト内容は「車両前方カメラ画像を活用した物体追跡」。車両前方に設置したカメラで撮影した動画から、物体が写っている領域をバウンディングボックスで検出し、追跡するアルゴリズムを作成するというもの。

AIエッジコンテストの名前の通り、エッジ側で処理を完結させることが前提のため、モデルサイズや推論時間といった、認識精度以外の要素も考慮される。

トラッキング手法の選定に苦労、トライアンドエラーを積み重ね

何が大変だった点か、と聞くと、「二人ともトラッキング手法を試したことがなかった」という返答が返ってきた。

――松田
「物体認識の手法は、さまざまな論文が発表され、コンテストが開催されていますが、私たちは『検出し追跡する』いわゆるトラッキングのタスクには明るくなく、類似のコンペも少ないことから、一から調べることになりました」
――兒玉
「どの手法が強いのかの知見も足りなかったので、論文に書いてある手法を色々と試しました」

「物体検出」と、「検出した物体の追跡」を行うには、大きく分けて2つのアプローチがある。

ひとつは「Tracking-by-detection」と呼ばれるアプローチ。物体検出器を使ってバウンディングボックスで対象を検出し、ID付与で紐づけ、追跡する。タスクとして物体検出と物体追跡を分けて考える、2段構えの手法だ。

もうひとつはCenterTrackのような「Joint detection and tracking」と呼ばれるアプローチで、Tracking-by-detectionと異なり、物体検出とトラッキングをタスクとして分けずに、包括して行う手法だ。

――兒玉
「当初は物体検出の知見が活かされることから、まずはTracking-by-detectionの手法をいくつも試しましたが、我々のやり方が悪かったのか、あまり精度を向上させられませんでした。そこで方法を変えてCenterTrackを試行したところ、精度・速度とも大きく改善しました」
――松田
「複雑なアンサンブルモデルも検討しましたが、業務への今回の知見の応用を見据えるとあまり重く複雑なモデルにはしたくないことから、シングルモデルで丁寧にチューニングなどを行うことにしました」

CenterTrackでモデルを試行し始めたのが、コンテストが終了する6月に入ってからだったため、ギリギリのタイミングだったが、運も味方して何とか1位に入れた、と二人は話す。

伝統的な企業にも、AI人材の居場所はある

今後はコンテストで培った技術を、事業部のビジネスに積極的に取り込んでいきたい、と二人は話す。

二人の上司であるデータソリューション室の宮崎さんも、今回の優勝を高く評価する。

――宮崎
「兒玉も松田も、もともと事業部の出身ですが、そこで学んだドメイン知識を活かし、分析だけでなくデータソリューション室のビジネス担当も担ってもらっています。彼らのような人材を今後も社内から発掘していきたいと考えています。

2017年からデータサイエンスの取り組みを開始し、2020年にはデータソリューション室を設置に至り、社内で地道にデータ活用の啓発を続けてきました。信頼関係を築いてきたおかげで、一部の部署については徐々に『AI慣れ』してきたと感じますが、まだまだです。今後はそうでない部署にもAI・データ活用を広めていきたいと考えています」

AI人材は、大企業に行くべきか、いわゆる”イケているAI企業”に行くべきか、SNSなどで議論をよく目にする。技術を極めたいなら、AI企業に行くのも手だろう。

しかし、優勝した二人のように、伝統的な企業に入社したAI人材でも、ドメイン知識や技術といった実力さえあれば、社内のAI、DX事業に関わることも可能だ。加えて、日本にはいわゆる事業会社にそういった人材が少ないため、活躍の場は多い。

そして、企業側はそのような若手を発掘し、積極的に登用できるかが、今後の行く末を左右するのかもしれない。JR西日本はそのひとつの好例だ。