PoCで止まらないワケは「バディ」にあり? JR西日本に聞く、失敗しないAI導入の秘訣

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「課題設定から実装まで、貴社のDXに伴走します」

ビジネス展示会でこのコピーを掲げたのは、JR西日本の名で親しまれる、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)だ。同社は今春、製造業向けの展示会である「ものづくりAI/IoT展」にブースを設けた。その後もDXソリューションの展示会「Ledge EXPO」、全国の自治体や官公庁向けの「自治体・公共Week」と、鉄道業界以外の展示会にも積極的に出展している。

同社は2017年にデータ戦略グループを設置して以来、データ分析組織を内製化。現在は異業種からの引き合いも増えているという。

長年、鉄道運行業を生業としている同社のもうひとつの「顔」に迫った。

(sponsored by 西日本旅客鉄道株式会社)

「勘や経験で現象を捉えず、理屈に落とし込む」社内カルチャーにより、データ分析組織も拡大

同社は2017年6月、技術企画部内にデータ戦略専任グループを発足し、2020年にデジタルソリューション本部の発足に伴い、データアナリティクスとして組織改編。以来、データ分析組織の内製化を進め、カメラ画像のAI解析・検知から、機械故障予測AI、デジタルマーケティング支援まで、幅広い分野のソリューションを外部販売するまでに成長している。

内製化の経緯は5年前にさかのぼる。

豪雪地帯を走る北陸新幹線の雪落とし作業が必要かどうかの判断精度を上げるために、着雪量予測AIモデルを募るコンペを実施したところ、同社の社員が開発ベンダーの成績を上回り上位に入賞。新幹線運転士や自動改札機のメンテナンス部署に所属していた社員をスカウトしていき、現在はさまざまなバックグラウンドを持つ32名(2022年6月時点)のメンバーが在籍している。

JR西日本のデータサイエンスは現場の課題を解決する

JR西日本ではデータサイエンティストがビジネスと接続し、課題解決に専念できる仕組みを整えている。同社データアナリティクスの特徴は以下の3つだ。

  1. データの宝庫
  2. 豊富な実装フィールド
  3. タフな課題設定力

豊富なデータを活用し、さまざまなフィールドで実装

JR西日本が豊富なデータを持っている、というのは想像に難くないだろう。

鉄道・流通に留まらず、不動産業やエネルギーまで、同社のカバーは幅広い(提供:西日本旅客鉄道株式会社)

管轄内でのお客様の乗車データやシステムの運用データなど鉄道事業でのデータをはじめ、メンテナンス領域やICカード(ICOCA)を通じた購買行動、飲食やショッピングセンター、不動産事業などの営業活動で得られるデータも蓄積されていて、社内はまさにデータの宝庫といえよう。

データの入手経路と活用領域が多岐にわたるからこそ、さまざまなフィールドへの応用・実装が進められるのだ。

現場実装を見据えた提案、課題設定からバディで取り組む

近年はDXブームもあり、AIの実装を本気で考える企業も増えてきた。しかし、未だ概念実証(PoC)止まりで運用に至らない企業が多数派だ。

PoCで止まらず、ビジネスの効果を生み出せるように同社が導入しているのが「バディ制」だ。

バディ制とは、事業部門で数多くの課題解決経験を持つビジネス担当者と、データ分析者がタッグを組んで、二人三脚でビジネスの課題解決に挑むというもの。

ビジネス担当はヒアリングや分析を通じて、適切な課題設定をし、かつその分析やプロジェクトがビジネスに貢献するかを見極める。ときにはタフな調整や交渉が求められるときもあるが、確実に成果につなげられるよう、クライアントとデータ分析者の橋渡しをする。

データ分析者もデータを扱うことに留まらず、一貫してプロジェクトに携わり、分析者の視点から積極的にクライアントへ提案する。ビジネス担当者とともに企画段階から関わることで、適切なデータの収集や、現場で実装できる分析モデルの構築につなげていくのだ。

専門家同士がタッグを組むバディ制

ここからは、実際にバディを組んでいる方々の声を紹介したい。今回話を聞くのは、現在鉄道の安全性向上やメンテンスの効率化に携わっている久保諒氏・水田祐貴氏と、マーケティングデータ分析・活用に携わっている三浦敏郎氏・沖中大和氏だ。

写真左から、水田祐貴氏(デジタルソリューション本部 データアナリティクス 技術系分野 分析担当)、久保諒氏(同データアナリティクス 技術系分野 ビジネス担当)、三浦敏郎氏(同データアナリティクス マーケティング分野 ビジネス担当・課長代理)、沖中大和氏(同データアナリティクス マーケティング分野 分析担当)

いずれも年単位の長期プロジェクトとして、目下進行中だという。

課題設定時にも分析者の視点「ビジネスに貢献できる分析か」「今あるデータを活かせるか」

ビジネス担当者とデータ分析者が、企画から実装まで一貫して遂行するバディ制では、課題設定時からデータ分析者の目が光る。

沖中「複数社でのプロジェクトにおいては、多くのニーズを挙げていただくこともありますが、中にはビジネス化の仮説がない、興味本位の『おもしろそうだからやってみたい・データを見てみたい』というオーダーも少なくありません。

さまざまな意見を受け止めつつ、この分析が本当にビジネスに貢献できるのか?というのは常に問い続けていました」

加えて、ビジネス担当者の課題解決経験も生きてくる。

三浦「特にマーケティング分析では、プロジェクトの始めから明確に出口や課題が設定できるほうが珍しいです。課題設定時には、密なコミュニケーションで価値観や理念を共有するよう心がけています」

一方、久保・水田ペアが担当しているプロジェクトはすでに課題が見えていた。現場では他のソリューションをいくつか試していたものの、思うように成果が出ず、デジタルソリューション本部に声がかかったという。

水田「誤検知の要因を一段ずつ深掘りして、今あるデータを活かせる処理や新しく必要なデータはどんなものか……というように、具体的な提案をしながら進めています。

『100%の精度が出せない』と言うと不安に感じられる方もいますが、たとえば80%の精度でも、実際の運用ルールを工夫すれば十分な効果を発揮できる可能性があります。

データまわりの業務に留まらず、データ分析やAIの特性を詳しく説明したり、一緒にバックアップの方法を考えたりすることもあります」

久保「ときにはクライアント側のルールを変える、というタフな交渉もあります。クライアントの意向や目標を十分に汲みつつ、価値あるものを実装するためです」

実際の分析結果をもとにソリューションを利用する人と会話を重ね、有効な落とし所を見つける。ビジネス担当者・分析者がそれぞれの強みを提供し、課題設定にも力を尽くしている。

同社が課題設定時に使う独自のフレームワーク。この画像は、課題設定の「悪い」例(提供:西日本旅客鉄道株式会社)

データ分析業務やモデル構築だけに閉じない

課題設定後、データの専門家はどう伴走していくのか。プロジェクトが始まってからの分析者の動きを2人にうかがった。

水田「モデルの精度が第一のコンペとは違い、現場では課題設定や実装場面を具体化することがより大切だと日々実感しています。

分析者としては、データ分析の結果と感触を素直かつ積極的に伝えています。特に『ちょっと見通しがよくなさそうだ』というときはバディの久保さんに共有して、軌道修正や今後の動き方を考える機会を設けます。

変に取り繕ったり、可能性のある発言をしたりすることで、プロジェクトが誤った方向に進むのを避けなければなりません」

沖中「プロジェクトが始まってからは、仮説に引っ張られないようにデータを客観的に見ることを常々意識していました。当社が『価値がある』と思った分析がヒットせず、逆に思いもよらなかった部分に着目してくださったこともあったので、恣意的な見せ方をしない、というのは心がけています。

もし仮説が間違っていたり、上手くいかなかったりした場合も、原因を探った上でしっかりお伝えするようにしています」

課題設定と同様に、データ分析業務やモデル構築だけに閉じず、分析者の視点でバディと意見交換をしたり、クライアントの声を直接聞いて分析の効果を測ったりしているという。

ビジネスとデータサイエンティストは分断せず、互いの強みを活かし教え合う存在

ビジネスとエンジニアリングが分断する、とはよく聞く話だ。特にバディ制のように、二人三脚でプロジェクトをリードするのはそう簡単ではないだろう。

バディの2人は長年の付き合いや人間性を知ったきっかけがあるのでは……?と聞くと、「プロジェクトが始まってから初めて会話しました(笑)」(三浦氏)と、意外な答えが返ってきた。

沖中「入社以来、全く接点がありませんでしたし、10年以上先輩ですが、僕の分析者としての意見をうまく吸い上げ、理解してくれるので安心して発言できました。三浦さんに限らず、チームでは年功序列を感じずに動けています」

現在の所属メンバーのほとんどが、コンペで結果を出してからのスカウトや、公募で自ら手を挙げている。そのためモチベーションが高く、初対面同士のバディでも「やりづらさ」を感じることはないそうだ。

久保氏は、バディの水田氏はかつて自分が指導的立場だったが、今はそれぞれの得意分野を活かして対等に接し教え合う仲だという。

久保「水田とは付き合いが長く、私が本社の採用担当をしていた時に就職活動中の学生だった彼が応募してきたのがはじまりでした。彼の入社後は、メンテナンス部門の現場や支社で先輩・後輩の関係であり、私が彼を指導する立場でした。

今はAIやデータサイエンスの知識を水田から教わり、私はキャッチアップしていますし、逆に私が経験してきたプロジェクト推進やクライアント交渉などは、彼にひとつの“型”をお見せできているかもしれません」

クライアントと同等、もしくはそれ以上にバディで密な連携・コミュニケーションをとっている様子が思い浮かんだが、普段はリモートワークが中心だというから驚きだ。

“日本の縮図”で、データ分析の力を存分に活かす

最後に、4人に今後の抱負や自社で働く魅力を聞いた。

久保「今後はより社外の案件にも関わっていきたいです。我々の持つ技術は、鉄道業界以外でも活かせて、インパクトが与えられるものばかりだと思います。

弊社には社内に課題やデータがあり、データサイエンティストがいて、PoCから実装まですべて経験できます。事業会社ながらチャレンジしやすいフィールドがあるという、非常にユニークな環境です」

水田「JR西日本は歴史が古く、IT技術とは無縁の会社だと思われることも少なくないですが、私が所属するデジタルソリューション本部をはじめとして、さまざまなデータを持っていて、エンジニアがやりがいを感じられる条件も揃っているのではないでしょうか。

個人的には鉄道業界を中心に、他の事業者・業界でも活かせそうなプロダクトを作っていければと思っています」

三浦「グループ会社を含め、マーケティングの成果をしっかり出せるようチャレンジしていきたいと思います。

JR西日本にはあらゆるデータが集まるので、まさに日本の縮図といえるかもしれません。そのデータを見て使えて試して培ったスキルは、どこに行っても通用するはずです」

沖中「鉄道の会社、というイメージを打破したいです。マーケティング施策を通じて、移動をもっと楽しく、嬉しいものにしていきたいと思っています。データから解釈した仮説をお客様に直接問えるのは、非常に面白い仕事です。

お客様はもちろん、自分自身の生活をより楽しく、豊かにしていけるというスケールの大きさも、この仕事に関わる醍醐味だと考えています」

同社のキャッチフレーズ「Beyond The RailWay」からも見てとれるように、もはや同社が活躍するフィールドは、駅や線路だけではない。

線路外での挑戦は始まったばかりだが、同社のソリューションが着実に実装されていくのは、もはや間違いないだろう。