JR東日本ウォータービジネス 営業本部自動販売機事業部 東野裕太氏
「AI活用事例を聞く」では、製造や建設、金融、不動産、エンタメなど、さまざまな業界における人工知能(AI)活用について、各企業の担当者に聞いていく。
製造や建設、金融、不動産、エンタメなど、さまざまな業界・業種でAIが活用され始めている。今回、話を聞いたのは東日本旅客鉄道(JR東日本)の連結子会社で、JR東日本リテールネットの完全子会社である株式会社JR東日本ウォータービジネスだ。
JR東日本ウォータービジネスは2020年12月から、自販機の売り上げ増加と飲料補充業務効率化を目的に、オーストラリア拠点のHIVERY(ハイバリー)社が提供するシステム「HIVERY Enhance」を本格導入した。
JR東日本ウォータービジネスは本システムを活用した実証実験を2017年から開始し、2019年冬季(2019年12月〜2020年2月)での検証では、全体で5.27%の売り上げが増加したという。
また、本格導入した2020年12月以降では、もっとも売り上げ増率が高かった自販機は東京駅 7-8ホーム上に設置した自販機で、AIを導入する以前と比較し、売り上げは39.5%も増加したとのこと。
今回は本AI活用事例について、JR東日本ウォータービジネス 営業本部自動販売機事業部 東野裕太氏に「なぜ導入したのか?」「導入にいたった経緯は?」「具体的な効果は?」など、質問をぶつけてみた。
「オペレーター各社に依存しているところが大きかった」
「HIVERY Enhance」による商品選定を採用する前の自販機。ジュース飲料は中央にあり、栄養ドリンクなどは右上に収納されている
「HIVERY Enhance」による商品選定を採用した後の自販機。お茶や水、コーヒーなどの商品は据え置きだが、ジュース飲料と栄養ドリンクなどの位置が入れ替わっている
まず、「なぜAIを導入したのか?」と聞くと、東野裕太氏は「商品選定については、委託しているオペレーター各社に依存しているところが大きかった」といった課題を明らかにした。
自販機は1番大きいもので42種類の商品を販売できる。そのうち7割の製品はJR東日本ウォータービジネスが完全に指定。残り3割は同社が指定する約120〜130の商品リストのなかから、委託しているオペレーターが自由に選択できる、といった仕組みだ。
──東野裕太氏
「当社は直接オペレーション部隊を持っておらず、オペレーションに関しては委託をしています。そのため細かい現場の状況、そこに存在する潜在的なお客さまニーズまでは把握しきれません。
当社が指定する7割の商品については、ある程度バランスの良い基本的なラインナップを意識しています。たとえば、『水は1番売れるから多め』『お茶やコーヒーが入っている』『炭酸飲料もちょっとある』といった基本的なラインナップです。
一方で、『すごくお茶が売れる駅』とか『喫煙所の近くだからコーヒーが売れる」とか、そういったロケーションごとの特徴やニーズについては、オペレーターに残りの3割の範囲内でやってもらっていました。つまりロケーションごとの細かいニーズについては、オペレーターの商品を選ぶ能力に依存しているところがものすごく大きかったです。
経験値の高いオペレーターは過去の傾向などから各商品の搬出スピードを予測し、最適な装填本数を把握できます。『水は42商品入るうち、2つは占領したほうが良い』とか『これはそんなに売れないから1つで良い』とか『速いスピードで売れるものは、収納本数が多いところに入れる』とかが経験でできます。
経験の浅いオペレーターはそういったことができません。過去十数年、自販機事業をやっていますが、売り上げが極端に下がった原因を探ると、その自販機を担当するオペレーターが変わっていたからということもよくありました」
「1カ月で約500万の売り上げを記録した自販機もある」
「ほかに、どのような課題があったのか?」と聞くと、東野裕太氏はエキナカといった恵まれたロケーションに自販機を設置できることもあり、同社の自販機は街中に設置された自販機と比べ、数倍の売り上げがあると教えてくれた。その分、売れなかった場合の損失も大きくなるというのだ。
──東野裕太氏
「当社が設置している自販機はエキナカにあります。エキナカは街中に比べると、人の流動がものすごく多いです。たとえば、街中の場合は、『商店街のどこかに一角に自販機がある』というのはイメージしやすいと思いますが、売れるものでも売り上げは1カ月で毎月6万〜7万ほどです。当社はその数倍の売り上げがあります。数年前の話ですが、当社は過去最大で1カ月で約500万の売り上げを記録した自販機もあるほどです。
一方で、売り上げが高い分、『売切(売り切れ)』が付いたり、売れないものを入れていたりすると、ものすごくチャンスロスが大きいです。たとえば、新商品を入れ遅れたり、冬に寒くなってきているのに、ホット商品を入れていなかったりしても、損失額が大きくなります」
「ビッグデータを活用するのがあるべき姿だと思っていた」
「導入にいたった経緯は?」と聞くと、東野裕太氏は「以前から、オペレーターの知見を生かしながら、さらにビッグデータも活用するのがあるべき姿だと思っていました」と話している。そんなときに、オーストラリアを拠点とするHIVERY社から提案があったようだ。
──東野裕太氏
「当社は以前から、ビッグデータを保有していました。自販機は現金で買ったとしても、『この商品がこの場所で売れた』といった情報は飛んでいきます。SuicaやPASMOなどの交通系ICカードで買うと、さらに個人情報を入力していれば、性別などもわかります。
以前から、オペレーターの知見を活かしながら、さらにビッグデータも活用するのがあるべき姿だと思っていました。しかし、当社はオペレーションを委託している会社が複数あり、各社異なるシステムを使っているので、共通のシステムを組み込もうとした場合大きなコストがかかります。
そんなときに、HIVERY社というオーストラリアを拠点とする会社から『パッケージで、インターネット環境さえそろえばできる』というシステム『HIVERY Enhance』の提案がありました。HIVERY社は自販機のパッケージソフトを持っています。3年ぐらいかけてテストを積み重ねて、2020年の12月に関東のオペレーターにそれぞれ使えるように、権限を付与して導入しました」
「改善すべき優先順位が高いものを順にリストアップする」
「どのような流れで、AIを活用しているのか?」と聞くと、東野裕太氏は一連の流れを説明し、本AIについて「オペレーターが担当している自販機のなかから、改善すべき優先順位が高いものを順にリストアップします」と強みを明らかにした。
──東野裕太氏
「お客様が自販機で商品を買うと、その日の夜中には当社にデータが届きます。当社がHIVERY社にそのデータを連携し、HIVERY社は保有するAIでビッグデータを解析し、オペレーターが見られるWebサービスに反映してくれます。各オペレーターには権限やログインパスワードを付与しているので、それぞれが自由にログインできます。
オペレーターが取り扱っている自販機は、大手だと1000台ぐらいあります。たとえば、新宿駅より池袋駅のほうが改善効果が1万円ほど高いとしたら、池袋駅を改善したほうが良いですよね。本システムでは、オペレーターが担当している自販機のなかから、改善すべき優先順位が高いものを順にリストアップします。
優先順位の高い自販機のデータを確認すると、具体的に『この商品をこう変えると良い』という提案が表示されます。決定を押すと、帳票をダウンロードできます。オペレーターは補充するルートマンの方に、帳票を渡します。最後に、ルートマンの方が帳票を持って現場に行って、商品を抜いて、新しく商品を入れ替えてくれます。全体としては、このような流れです。
「導入したほうは5.27%売り上げが増加した」
「具体的な効果は?」と聞くと、東野裕太氏は2019年度の冬季の売り上げについて話してくれた。
──東野裕太氏
「2019年度の冬季、つまり2019年12月〜2020年2月での実績が、AIを導入した自販機と導入していない自販機の検証結果の差で、導入したほうは5.27%売り上げが増加しました」
また、冒頭で触れたとおり、本格導入した2020年12月以降では、もっとも売り上げ増率が高かった自販機は東京駅 7-8ホーム上に設置した自販機で、導入する以前と比較し、39.5%も売り上げが増加したという。
「オペレーターの知見を残すのが大前提」
最後に「今後の展望は?」と聞くと、東野裕太氏は「当然このシステムだけではなく、オペレーターの方々の知見を残すのが大前提です」と断言している。
──東野裕太氏
「実務担当者の視点で言うと、当然このシステムだけではなく、オペレーターの方々の知見を残すのが大前提です。極端なことを言うと、取り込むビッグデータはこれで十分かなと思っています。
実は、自販機のオペレーションは伝統芸能とまでは言いませんが、アナログにハイテクというか、細かな作業が求められます。現状の機能では、そのようなインターフェース部分をカバーしきれていません。たとえば、温かい商品を入れるためには、冷たい商品を抜いて、代わりに温かい商品を入れるといった単純なものではなく、前段階で準備が必要です。
そもそも、腕の良いオペレーターの方はいますので、本システムは必ず使うように決めているわけではなく、経験の浅いオペレーターの方を含め、全体レベルの底上げに活用いただきたいです。そういった意味でも、インターフェースのほうをパワーアップしていきたいなと思っています」
「AI活用事例を聞く」はこちら
なお、Ledge.ai編集部では、製造や建設、金融、不動産、エンタメなど、さまざまな業界におけるAI活用について、各企業の担当者に聞いていく連載「AI活用事例を聞く」を掲載している。第1回の株式会社コメ兵、第2回のキユーピー株式会社に興味のある方は、以下の記事をチェックしてほしい。