「経営層、特に経営者の不勉強が、DXが進まない根本理由です」
なかなかインパクトのある意見を語るのは、大東建託の賃貸未来研究所とAI-DXラボの所長を務め、麗澤大学の客員准教授でもある宗健氏。同氏は大東建託で、AIを活用した家賃査定システムを富士通クラウドテクノロジーズとともに開発した。
参考プレスリリース:
AI(人工知能)を活用した家賃査定システムの試験導入を開始
https://www.kentaku.co.jp/corporate/pr/info/2019/aqehc4000000bqvn-att/yachinai_0619.pdf
今回、宗氏と、宗氏と共にプロジェクトを進めた富士通クラウドテクノロジーズのデータサイエンティストである堀貴仁氏に、現在のDXの問題点を語ってもらった。
ビジネス課題の解決が目的であるべき
現在、AI活用も含めたDXを推進しようという風潮があるが、うまくいっている企業は少ない印象だ。何が原因なのか尋ねると、宗氏は「AIを使う目的を多くの人が履き違えているからです」と語り始める。
「目的を履き違えているAIプロジェクトでは、ビジネスに寄与するのが目的にも関わらず、今あるデータでなんとかしようとしてしまっている。順番が違うんです。
本来、まずビジネス上の課題があって、それを解決するにはどうすればいいかというアイディアがあり、アイディアを実現するためのデータを社内外から集め(買い)、適切な手法を選定して分析するという順番のはず。それが真逆になっていることが多いのが、目的を履き違えていると言っている理由です。そしてAIエンジニアにもアイデアは生み出せなくて、”データがあればできます”というデータくれくれ病の人も多いようです。
大東建託で手がけた家賃査定システムで言うと、我々不動産会社は、売り上げが極大化する最適な家賃はいくらかを知りたい、というのが目的です。そのために、いろいろなところからデータを集めて重回帰をやっているわけです。」
AIはあくまで業務改革の一要素なのにも関わらず「AIモデルの精度をいかに高めるか」だけに傾倒してしまっているケースも多い。
「モデルの精度向上はあくまでビジネスの手段でしかありません。
再度、家賃査定の例を出すと、不動産業界ではもともと市場を無視して家賃を決めているケースが結構あるんです。大家さんがローン支払いがあるので●万円以下では絶対貸しません、とか。そういう物件の家賃は市場データから推定したところで当たらないのが当然で、そうした物件を含めて精度を追い求めるのは無駄です。もちろん精度は重要ですが、精度を出すためにデータは多いほうがいい、などの言説がはびこっている。大切なのはデータの量だけではなくて、大量のデータの中からゴミデータを見つけだすことなんです。」
また、昨今の機械学習・ディープラーニングブームに対しても懐疑的だ。
「機械学習、ディープラーニングを使ってるほうが高度な分析だ、みたいな意見も聞きますが、そうとも限らない。たしかに、重回帰よりもランダムフォレストの方がちょっとだけ精度が出るみたいな場合もありますが、ちょっとの差なら説明と解釈がラクな重回帰でいいよね、という議論をできる人があまりいない。
学術的には精度を求めるのに意味がありますが、ビジネスにおいては“ちょっとの差”にどれだけ投資するかという費用対効果の観点もある。しかも精度にこだわる人ほど、特定の手法を使いたがる傾向があるように思います。」
一般的なAI開発には、データを貯め、AIモデルを作成し、システムに実装するという一連のフローがある。宗氏は、そうした工程を無視し、データありきで精度だけ求めるような、ゴール設計を無視したプロジェクトに警鐘を鳴らす。
「結局、課題を見つけて、解決するアイディアを考え、Howを検討するという一連の流れを多くの企業はできていません。でも、課題解決のアイディアはないのに予算はつく。端的にいって、よくわかってない人が号令をかけ、よくわかってない人が外注し、よくわかってない人が来るということが結構あると思います。
機械学習やディープラーニングは、データを突っ込めば何か出てくる気がしてしまう、というのも問題です。重回帰やロジスティック回帰、因子分析といった古典的な統計手法は、データをどうクレンジングして変数をどう設定するのかなど面倒な部分も多いですが、経営情報や人事情報の分析など、応用範囲が広く、結構使えます。」
宗氏とともにプロジェクトを進める富士通クラウドテクノロジーズの堀氏も、耳が痛いと口をそろえる。
「データ基盤を作成したいというお客様に提案をお持ちしたのですが、先方に知識と意志がないので、どんな提案をしてもほぼ通ってしまうんです。あるお客様にはデータをBI(ビジネス・インテリジェンス)上で可視化し、経営指標を簡単に追えるようにしました。しかし、ここでも先方に意志がなく、結局あまり使われなかったことがあります。私たちはシステムを作るのは得意ですが、どう使っていただくのかが、なかなか難しいですね。」
大東建託が富士通クラウドテクノロジーズと導入を開始した、AIを活用した家賃査定システムの例では、「売り上げが極大化する最適な家賃はいくらかを知りたい」というのが目的で、従来、膨大な労力をかけてスタッフが行っていた家賃の算出を大幅に短縮することを狙っている。その目的を満たすために、重回帰分析という統計手法をベースとしているというが、目的に合わせた手法を取り入れていくことが重要だ。
DXを進めるために最も重要なこと
課題を解決するという意志と、適切なリテラシーがない限り、DXへは安易に取り組むべきではないのかもしれない。しかし、それでもDXプロジェクトは毎日のように生まれている。この原因は何なのだろうか。
「言ってしまうと、経営者が不勉強です。経営者がもっと勉強したほうがいい。
経営判断に特定の数字が必要なら、見たくなくとも見るはずです。何千万円もかけて、わざわざデータ基盤の作成を外注して、ボタンひとつでグラフが見られるようにして、何の意味があるんでしょうか。何千万円もかけるなら自分でデータを取ってきてAccessやstataなどを使える人を見つけるほうが、よほど柔軟な対応が出来ます。外注してわざわざデータ基盤を作る必要なんて、余程の大規模プロジェクト以外ではありませんし、経営者もある程度データを扱えるスキルを身につけるべきです。
たとえばアメリカやヨーロッパでは、経営者が博士号を取るのは当たり前です。それくらいでないと、世の中で求められる知識レベルについていけないのです。博士号を取っていれば、最低限、標準偏差や検定、文法など、データ分析の基礎くらいは(文学部などでない限り)研究過程で身につくはずです。もちろん日本の経営者たちもやる気さえあれば、仕事を続けながらでも10年もあれば取得できますよ。」
とはいえ、一般的には多忙な経営者がデータの扱いを学んだり、実際にデータを触る時間があるのだろうか、という純粋な疑問も湧く。しかし、宗氏は「真逆」と語る。
「私は一時期、従業員300人ほどの会社の社長をやっていましたが、経営者って基本的には結構暇なんです。仕事といえば会議と来客、営業と飲み会に業界の会合くらいしかない。経営者は考えることが仕事なのでヒマなのは大事なことなんですが、自分で資料も作らないので、データに触れたり、本を読んだりして勉強する時間はあるはずです。自分でデータベースを触った方が知りたいデータがタイムリーに見られて楽なのに、それすらもできない人が、果たしてDXの旗振りができるんでしょうか。」
ユーザー自身も勉強しベンダーと付き合う
経営者が不勉強であることの結果として、宗氏が指摘するのは、ベンダー企業とユーザー企業の分断だ。実際、ベンダー企業の経営層は高度な専門性を身に着けているのと対照的に、ユーザー企業経営層のリテラシーが極めて低いという。
「ベンダーをはじめ、SIerの役付はIT系の高度資格をほぼ取得していたりと、結構勉強している印象です。ところが、発注するユーザー側はITパスポートすら持っていないことがある。
これには、IT業界の人材は一旦就職するとその後ずっとIT業界に(転職しても)とどまる人が多いのに対し、ユーザー側はある日突然IT担当になることがあるというジョブローテーションの悪影響があります。その結果、多くのユーザー企業の経営層のITに関する知識レベルは、Windowsが初めて出た時代からあまり進歩しないまま四半世紀経ってしまっている。AIに対しても知識のアップデートがされず、同じことが起きています。」
堀氏も、ほかの弊害として、たとえばIT企業とユーザー企業では、コストに対する考え方がまったくちがう、と指摘する。
「あくまで印象ですが、IT企業は自社の社員か外注に関わらず人件費をコストと考えるのに対し、ユーザー企業は社員の人件費をコストだと思わないケースが多いです。社員をアサインするのではなくコンサルを雇う、という局面では異常に厳しい判断をするのに、社員の人件費に対しては無頓着な場面によく遭遇しました。」
「ユーザー企業がIT企業に何か依頼する際は、自社でやろうが外注しようがあまり影響のない作業を外注するか、できないことをお願いするという場合が多いと思います。専門性を高めず、コミュニケーション力で生きてきた人の若い頃には、そもそも外注に頼るような専門性の高い仕事があまり存在していなかった。
なのでDXも根性論で、専門性がなくても社員がひたすらがんばればできると思っている。30年前とは時代がちがう、ということを認識すべきです。
それでも経営者には、様々なタイプがあってそれぞれに個性があります。専門性を自ら身につける方がいいと私は思いますが、専門家を尊重して使いこなせる自信があれば、それでもいいのかも知れません。」
参考ブログ:
AI人材に求められる力とは?~AI関連資格のすゝめ~
編集後記
昨今、緊急事態宣言に伴う外出自粛要請により、不要不急の外出ができないなか、在宅で業務を遂行するには、必然的に、業務がセキュリティに配慮した形でデジタル化されている必要がある。しかし、完璧にできている企業はまだ多くない。
取材を行ったのは今年の2月だが、折しも新型コロナウイルスの影響で、DXの必要性が急速に高まってきた。ウイルスによって、これまである種なあなあに進められていたDXを、企業が推進する必要性が現実味を帯びてきたといってもいい。
今まさにDXを推し進めんとする企業にとっては、宗氏の意見は耳が痛いだろう。富士通クラウドテクノロジーズでもAIやデータ利活用のためのオンラインセミナーやブログでの情報提供も盛んなので、これらを活用し、自分自身をアップデートさせ、自粛が解除されたと同時に万全の体制で動ける準備を整えておくことはできる。今一度、机に向かって勉強に励んでみるのもいいかもしれない。