AI(人工知能)関連メディア Ledge.aiを運営するレッジでは、AI業界のスペシャリストを招き、ビジネス現場でのAI活用や先端技術について有識者に話を聞く「Ledge.ai Webinar」を定期的に開催している。
6月29日に開催したLedge.ai Webinarでは、量子コンピューターとAIを活用した大手企業向けプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」事業を展開する、株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首英裕氏に登壇いただき、「量子コンピューターとAIの関係性や事例」、さらに「量子コンピューターによって最適化された社会がどうなるのか」といったテーマをお届けした。本稿ではこのLedge.ai Webinarの模様をレポートする。
登壇者紹介
株式会社グルーヴノーツ 代表取締役社長 最首 英裕氏
早稲田大学第一文学部卒業後、地域再開発コンサルタントを経て、ネットワークエンジニアとして活動。米Apple社の製品開発に従事し、その後も数々の製品開発を手がける。1998年、ベンチャーを創業し、3年後にJASDAQ上場。13年間のベンチャー経営を経て、マネジメント・バイアウト。株式会社グルーヴノーツ 代表取締役に就任。2019年、世界で初めて量子コンピュータの商用サービス化に成功。量子コンピューター/機械学習の民主化を実現すべく、「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」事業を推進。
株式会社レッジ 広報 Ledge.ai ライター/編集 高島 圭介(モデレーター)
メディア各社で取り上げられる「量子ゲート」は実用段階に至っていない
冒頭に最首氏からグルーヴノーツの事業内容や、量子コンピューターとAIの関係性について語られた。
「グルーヴノーツでは、テクノロジーをビジネスに活用するための『MAGELLAN BLOCKS』と、小学生からでも遊ぶように楽しく学べるテクノロジー教育を行う『TECH PARK』の事業を展開しています。TECH PARKでは、大人が使うAIからプログラミング、デジタルファブ、デザイン、アートなどまで、テクノロジーを正しく理解して、楽しみながら実践的に活用できる力を身につけられる学習プログラムを提供しています。
ビジネス向けのMAGELLAN BLOCKSは、高度な先端技術をプログラミングなどの専門スキルがなくても使えるようにしたクラウドサービスです。これまでAI技術を中心に取り組んできましたが、2〜3年ほど前から量子コンピューティング技術の取り組みをしています。これは、AIの活用が進み精度が良くなればなるほど、その結果をもとにどんなアクションを取ればいいのかに答えを出さないと、本当の意味での課題解決には至らないためでした。
つまり、需要に対する経営資源の最適配置という課題を解決しなければならず、それは量子コンピューターが得意とする組み合わせ最適化問題に当てはまります。
たとえば、AIで販売数の予測をした場合、それに応じた生産計画を立てる必要があります。さらには、生産量に対して最適な設備や作業手順、人の配置を決められないと、予測した未来に対応することが難しくなってしまいます。つまり、需要予測と同時に最適なリソース配置を求めるために、AIに加えて量子コンピューターの取り組みを開始しました」
ここ数年で、量子コンピューターに関する話題が増えている。実際、グルーヴノーツだけでなく、いくつかの企業でも量子コンピューターの取り組みについて発表があるほどだ。ところが最首氏は「量子コンピューターには2種類のタイプがあり、メディアで取り上げられる多くの量子コンピューターは、現実的な課題を解けない」という。
「量子コンピューターの研究は、もともと『量子ゲート』からはじまり、研究が進められてきました。最近では、量子ゲートのことがメディア各社で記事になることが多いのですが、実際に世の中で実用段階に入っているのは『量子アニーリング』です。
量子ゲートは一般的なプログラムを動かすことに重点を置いているので、汎用的に使える特徴があります。ただ、実際に使うには技術的課題がまだまだ大きいのが現状です。一方で量子アニーリングは、組み合わせ最適化問題に強みをもち、すでに企業の現場で導入が進んでいます。
現段階の量子ゲートと量子アニーリングの性能の違いは、規模を捉えることができる単位『量子ビット(qubit)』の数からもわかります。量子ゲートは、最先端のものでも70量子ビット程度しかありません。一方で、私たちグルーヴノーツが使っている『D-Wave』という量子アニーリングマシンでは、量子ビット数が5,000もあります。
当然、量子ビット数が少ないと大きな問題を解けません。また量子ゲートの場合は、独特のノイズを克服する“誤り訂正”という技術の進化も欠かせません。ですので、今はたいした問題を解くこともできず、実用段階になっているとは言えません」
量子ゲートは現状では実用段階に至っていない技術のひとつのようだが、先日、Google社から、量子ゲートを5年以内に商用として使えるようにリリースすることが発表された。これについて最首氏は「量子ゲートについて研究などが進歩すれば、Aの活用範囲・効果も劇的に進化し、未来が開ける可能性がある」と期待しているそうだ。
「量子アニーリングは、物理法則である“量子力学”を使って解きます。仕組みのイメージは、量子のエネルギーの状態を観測し、安定したところが“答え”となります。物理現象で解くわけですから、量子アニーリングを動作させるのに必要なのは、プログラムではなく数式やアルゴリズムです。
また、量子アニーリングでは、AIのように過去の時系列データが必要となるわけではなく、対象の業務に存在するルールや制約などをインプットデータとして用います。これらを私たちは“制約条件”と呼んでいますが、制約条件を満たしつつ取りうる選択肢の中から目的を最小化(もしくは最大化)する最も良い答えを見つけることを得意とするのが、量子アニーリングなのです。
私たちグルーヴノーツは、製品のなかに量子アニーリングを動かすための数式やソフトウェアを組み込んでいます。MAGELLAN BLOCKSは、インプットデータに対して適切な数式への変換などを自動で行います。そのため、ユーザーは、制約条件を表計算ソフトなどにまとめて取り込むだけで、量子アニーリングによって最適化された計画表が自動的に出力されてくるというわけです。
ちなみに、量子アニーリングマシンはさまざまなベンダーが開発を進めていますが、MAGELLAN BLOCKSはD-Wave社や東芝社のものなど複数のマシンで動作できるようにしています。課題や目的に応じて、量子アニーリングマシンの使い分けができるのは、私たちならではの取り組みだと思います」
量子アニーリングが解く組み合わせ最適化問題は、最も有名な巡回セールスマン問題をはじめ、ビンパッキング問題やジョブショップ問題などさまざまにある。日々業務を行ううえでほぼ聞かない言葉だが、実際の業務の多様な場面に存在しているという。事実、グルーヴノーツでは、製造現場のなかで設備や作業、人員に関する生産計画業務や、サプライチェーンのなかで調達計画や輸配送計画といった物流業務など、量子コンピューターをさまざまな業務に活用している。
量子コンピューター活用事例 ゴミ回収の最適化で走行車数を半分に
すでにご存知の方も多いと思うが、グルーヴノーツは量子コンピューターの活用事例をいくつも発表している。本セミナーでもいくつか事例が紹介されたが、ここでは2つの取り組みを紹介する。
「量子コンピューターの活用として最初に取り組んだのは、三菱地所様が所有しているビル26棟におけるゴミ収集の最適化です。これはAIと量子コンピューターを併用した事例で、ディープラーニングによって日々発生するゴミの量を予測し、そのゴミをトラックで回収する業務の最適化を量子コンピューターを使って行いました。
今、企業にはCO2削減やSDGsへの取り組みが求められていますが、ゴミ収集のために街を走行するトラックの台数や移動距離を抑えることができれば、そうした課題に対してプラスの効果を発揮します。この事例では、量子コンピューターを活用して、どのトラックでどのビルのゴミを回収すると、積載効率や走行ルートの効率を高めれるのかについて検証しました。シミュレーションの結果、量子コンピューターを用いて計画を立てることで、収集車の台数を50%以上も削減できるという効果を確認しました」
また、一口に物流業務といっても、複数の問題が複雑に交差している。物流改善の要望は多いが、局所的な改善では部分最適になってしまいがちである。物流センターでの一連の状況を紐解き、全体最適化を図ろうと取り組みを進めているという。
「実は、物流の効率化を図ろうとするとひとつの問題を解けばよいわけではありません。さまざまな問題が相互に絡み合って全体の物流を成立させているため、それを順番に紐解く必要があります。
たとえば、まず出入りする物量やそれに伴う作業量は、AIで予測します。その予測に基づいて、適切な作業計画や要員配置、配車計画、保管場所などを決めます。ここで量子コンピューターを活用します。量子コンピューターでやることは、ひとつの物流センターの中でも複数の項目に分かれ、それぞれの最適解を順番に解くことができれば、限られたリソースで最大の効果を出すことができるようになると期待されています」
今後、量子コンピューターの発展で社会がどう変わっていくのだろうか。
「量子アニーリングの利点は、近そうな答えとしての近似解ではなく、厳密に正しい答えとして“厳密解”に到達することにあります。従来的なコンピューターにおいて、解の厳密さを追求するには処理にかかる時間が犠牲になり、一方で処理時間を短縮するには解の厳密さが犠牲になっていました。この問題を解決する手法として、量子アニーリングが有効だと感じています。
去年から、量子コンピューターの新しい事例がリリースされる状況が加速しています。これは、新型コロナウイルスの流行と被っていますね。新型コロナウイルスによって、各企業が今までのやり方を一旦捨ててでも、もっと高い効率を目指そうとしている。もしくは、やり方を根本から見直そうと思っている人たちが極端に増えています」
続けて最首氏は、これからの社会の変化について言及した。
「現段階で、人口減少社会という現実は変わらず、多様化するニーズも変わりません。つまり、生産は複雑化するが、人は増やせない、工場も増設できない。少しの余剰も許容されなくなってきている中で、より高いレベルの効率化を図ろうとしたときに、組み合わせ最適化……要するに、さまざまな条件を考慮して、最も良い答えをもう一度考え直そうという動きが強くなってきています。
ここまでが現段階の状況で、5年後にはここに量子ゲートが加わってくる(※先述したGoogle社の発表より)ので、そうなってくるとこれまで複雑すぎて解けなかった問題が、劇的に解けてくる時代が来ると思います。これと新型コロナウイルスによる社会の変容のタイミングがとても合っているので、これから各業界で、従来と全く異なったやり方で戦ってくる企業が増えてくることが大いに考えられます」
結局、人間はそれほど大きな課題を一度に扱えない
本セミナーの後半は、参加者から寄せられた質問を最首氏にその場で答えてもらうインタラクティブな構成でお送りした。本稿では、Q&A形式で最首氏への質問とその回答を紹介したい。
Q.量子アニーリングと量子ゲートでは組み合わせ最適化問題を解いたときにどちらが有利でしょうか
「量子ゲートは、ハードウェアを作ることが非常に難しく、現段階では実現に至っていないため、量子ゲートを実用で使うのは現実的ではありません。一方で量子アニーリングは、その問題を解くのに長けた技術であり、企業ひいては社会の中には多くの組み合わせ最適化問題が存在しています。量子アニーリングで解決できる領域は多数あり、量子アニーリングのほうが現段階では、断然有利だと思います。
ただし、将来的に量子ゲートの大きな進歩によって、量子ゲートのほうが有利になる可能性もあるので、それは期待ですね」
Q.実用化される量子ゲート方式の本命となるハードウェアで、注目しているベンダーはどこでしょうか
「本命はGoogle社ではないでしょうか。やはり他と比べてレベルが高いんです。ハードウェアや、量子機械学習としてのライブラリ(テンソルフロー)の開発などもしているため、量子ゲートはGoogle社をチェックすべきだと思います」
Q.現状、量子アニーリングで解ける問題の規模の目安はありますでしょうか。厳密解に到達したかどうかの判断はどのようにしているのでしょうか
「量子アニーリングで扱う数式自体には規模の概念がありません。しかし、量子ビットは制約があるので、制約条件が非常に多いといった大きな問題になると1回で解けなくなってしまいます。そうすると、何段階かに分けて解いていくわけですが、それでは局所解に陥ってしまうこともあります。こうした課題を克服するために、今さまざまな研究がされています。
現段階で、例えばシフト最適化問題でいうと、100~200名ほどのシフト組みは1回で解けるようになっています。これが1,000名や10,000名になると、まだまだ1回で解けません。
そこで私たちは、大きな課題を解かなければならないとき、どう分割できるか、因数分解をうまくするにはどうすればよいかを考えます。
結局、10,000名のシフトといったそれほど大きな課題は、人間が一度に取りまわせる範囲を超えてしまうわけです。現実的にはどういう単位で解くことが現場業務に適しているのかをよく調べて、分解をして解いていくということをしています。
そして、そうして解いた答えが現実的な解に到達したかどうかは、MAGELLAN BLOCKSのなかで、制約条件をクリアしているかなどを確認できる機能を設けているので、そこで確認することができます」