なぜPoCで止まることが多い? 製造業でのAI活用 よくある質問をプロが答える

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株式会社レッジは2020年6月5日に、「製造業におけるAI活用と未来」というテーマでオンラインセミナーを実施した。

セミナーでは株式会社ワイ・ディ・シー 製品開発本部 製品開発部 部長 内藤孝雄氏と株式会社Rist 勝啓太朗氏のおふたりが登壇。ワイ・ディ・シーもRistも製造業向けのAIを開発する企業だ。

オンラインセミナー当日は、参加者から登壇した両者に対して、製造業でのAI活用についてさまざまな質問が投げかけられた。だが、時間の都合で答えきれなかった質問が多数あった。

セミナーの時間中には答えきれないほどの質問が寄せられた

そこで、セミナー中に答えきれなかった質問について、登壇した両名に追加で返答をしてもらった。

Q.製造現場のAI導入はどの部門が主導されていることが多いですか?
主導する部門により、うまくいきやすい、いきにくい、などあればその理由含めてお聞きしたいです

A.経営側も現場側も合意形成することが大切

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「経営主導の場合(経営層、または経営層+企画部門)と現場主導の場合(製造、生産技術、品証、情シス)の2パターンあります。

“うまくいく”という定義が『導入』なのか『導入後の運用も含めて』なのかによりますが、導入だけであれば、経営手動のほうが進みやすいです。一方で、導入後の運用も含めるのであれば現場手動のほうがうまくいきやすいでしょう。

いずれの場合でもAIは事前に効果の算定が難しいことも多く、経営陣と現場が合意形成していることが大切です。くわえて弊社(ワイ・ディ・シー)では、導入後に長く使えるシステムであることを重視しています。そのためには AI の性能だけではなくシステムとして全体をデザインする必要があります」

――株式会社Rist 勝氏
「弊社(Rist)へのご要望だと生産技術などの現場で主導されているケースが多いと感じます。

最近では部門横断の企画部門からご要望いただくこともありますが、現場のメンバーが積極的に動いて情報提供してくれないとプロジェクトは進みません。

たとえば、現場のメンバーしか分からない100回に1度発生するようなレアケースがあった際に、その情報をAIエンジニアに伝わっていないと精度がどうしても99%以上は上がらずに導入に至らないということになってしまいます」

Q.製造業においてAIプロジェクトを始める場合、どれぐらいの人数が必要でしょうか?

A.2,3人で始めることも可能

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「規模や課題によるため一概には言えませんが、弊社(ワイ・ディ・シー)のAIプラットフォームを活用して、スモールスタートする場合は2~3人でも十分可能です」
――株式会社Rist 勝氏
「最近では簡単にAIを構築できるサービスも多くありますので、1名でまずはやってみるということもできると思います。

一方、実際の導入となりますと、NGパターンを細かく伝えたり、機械との接続部分や専用のアプリ開発が必要になったりする場合もあります。なので、クライアント側に1名フルコミットできるぐらいのリソースを作っていただく必要はあるかと思います」

Q.製造業ではPoCでとまってしまうAI導入のケースが多いようですが、その理由はなぜですか?

A.AI活用におけるゴールや運用イメージを具体化しないまま取り組み始めているから

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「『AI活用が目的になっている場合』『精度を求めすぎている場合』『データがない場合』『AIへの事前の期待値が高すぎる場合』の4つがよくある理由だと考えています」
――株式会社Rist 勝氏
「ゴールや運用イメージをしっかり持ち、小さくプロジェクトをスタートさせることが重要だと思います。また、その際に現場テストのスケジュールはなるべく早く設定し、思い切って現場導入することが重要だと思っています。

実際、現場導入しないと見えてこない課題は本当にたくさんありますし、現場導入することで、現場の人達もやる気になって、プロジェクトを手伝ってくれます」

Q.製造業に活用可能な最新のAI手法やトレンドを追いかけるのにおすすめの情報元・収集方法はありますか? 論文を読むのはつらいです

A.ネット上でまとまっている事例集を活用すると良い

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「最新情報であれば、arXivやCVPRなどでワールドワイドの最新研究をウォッチしていく必要があるでしょう。

ただ、論文を読むのは簡単ではないので、事例集などを活用するのがオススメです。それこそ、レッジが提供しているAI活用事例の検索プラットフォーム『e.g.』を使うのも良いと思います」

――株式会社Rist 勝氏
「私も『e.g.』のような事例集はおすすめです。また、手軽なものであればTwitterでAIメディアをフォローするのが良いように思います」

Q.国内工場で確立した外観検査システムを、海外工場に展開することは可能でしょうか?

A.同じ条件を整えられるなら可能

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「同じ撮像の条件などが整えられるのであれば可能です。

ただし、海外ならではの外乱や現地での外観検査装置の精度などに違があることが想定されます。そのため、学習済みモデルを作れるプラットフォームとして展開し、国内マザー工場で作った学習済みモデルをfinetuningできるようにするなど、仕組みを展開できるようにした方が海外工場固有の課題にも活用し易いと思われます。

同時に、AIの性能のみならず、システムとしての可用性や保守性、トラブルシューティングなども検討しておく必要があるでしょう」

――株式会社Rist 勝氏
「日本国内の質の高い外観検査システムを海外工場に展開するのは、非常に面白いアイデアだと思います。システムを導入してからのアフターフォロー(保守)の部分を現地で行うか、などが非常に重要になってくると思います。

ただ、製造業の工場でも地域が違えば、色々と違う点があるのが主ですので、その辺りは個別カスタマイズが必要になるかもしれません」

Q.工場検査分野以外のマーケティング領域のデータ分析における、AIでの活用事例を教えてください

A.AIでデータから特徴量を抽出し、それを提供する取り組みもある

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「弊社(ワイ・ディ・シー)では活用事例はないですが、レコメンドによるパーソナライズされた情報提供やWebサイトのデータを使ったアクセスの予測などがあります。課題が明確でデータがあれば活用は広がります」
――株式会社Rist 勝氏
「マーケティング領域(特にデジタル広告の領域)はAI活用が最初に進んだ領域かと思います。データを売買するようなサービスも増えてきておりますので、AIでデータから特徴量を抽出し、それを欲しい企業に提供するような事も進んでいます」

Q.人作業の異常(標準作業を実施しない)をAIで見える化することは可能でしょうか?

A.AIだけで実現することは難しいかもしれない。パッケージ製品を探すとよさそう

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「たとえばネジの締め忘れ防止などでしょうか。可能性はありますが弊社(ワイ・ディ・シー)での実績はございません。AI“だけ”で実現するという前提では考えない方がよいと思われます。

ただ、動画撮影から、人の動きをデータ化していけば可能かもしれません。とはいえ『人作業の異常(標準作業を実施しない)』という課題設定がいつもと違う動きなのか、作る製品品種によって変わる作業なのか、など詳しく聞いてみなければお答えすることができません」

――株式会社Rist 勝氏
「検討したことはありますが、弊社(Rist)でも実施した実績はございません。動画の内容のチェックですと、費用が上がってしまう傾向もありますので、パッケージ製品を探されてもいいかもしれません」

Q.クライアント側の人材育成もトレンドになっていますが、クライアント側にどんな人材がいると、プロジェクトが進めやすいですか?

A.現場の課題を理解している人や興味を持ってくれる人

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「現場での課題をしっかりと理解して定義できる人、もしくは上層部を含めステークホルダーを動かせる人がいると進めやすいです。

なかにはAIが現場から拒絶されることもあります。現場の理解を得るために講習会など地道な活動が必要となる場合もあり、そういったことを共に進められる方がいると助かります」

――株式会社Rist 勝氏
「とにかく『おもしろそうと興味を持ってくれる人をメンバーに入れる』ことが重要だと思います。AIに興味を持ってくれているメンバーがいると、これもAIで判断できるのか?と面白がって、どんどんアイデアを出してくれます。

また、興味を持ってくれるメンバーは成長も早く、AIベンダーと話を進める中で、AIのお作法のような必須スキルを身に付けていただいているかと思います」

Q.PoCでの目標精度(ゴール、終了条件)は設定していますか? 設定している場合は設定方法を教えてください

A.必ず設定している

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「目標精度は必ず設定しています。設定方法は主に下記の流れです。

1.課題の定義
2.費用対効果が出せるかどうかを確認(費用対効果が出なければ1から再検討)
3.課題を解決するためにどれだけの精度が必要かの「基準」を出す

費用対効果は重要なファクタのひとつですので、それと連動する目標にブレークダウンすることは大切です。PoCで良い性能が得られたのに、その後が進まないということを避けるためにも重要です。弊社(ワイ・ディ・シー)にはそういったことを支援するインキュベーションサービスがございます」

――株式会社Rist 勝氏
「目標精度の設定は必ず行っています。

外観検査の例であれば、現場の状況を細かくヒアリングさせていただきます。どんなものを、どのくらいの人が、どれくらいの数を、どれくらいのスピードで検査しているのか?という部分から人はどれくらい削減できるのか。また、歩留まり改善であれば、どれくらいの金額メリットがあるのか?という部分から、精度や処理速度の目標を決めさせていただいております」

Q.「データ収集」の難しさが障壁となってうまくプロジェクトが進まないケースの解決方法を教えてください

A.取れるデータから使う。もしくは画像の場合はGANで不良画像を増やすなどのアプローチもある

――株式会社ワイ・ディ・シー 内藤氏
「センサーなどのデータ収集も取り易くなってきています。弊社(ワイ・ディ・シー)でもデータ収集のソリューションを提供しています。課題を解決するために必要なデータの種類、データ量、データ定義を整理し、利用者が使いやすい形でデータベースに取り込むとよいでしょう。

データ活用については、2通り考え方があります。
1.データは取れるものを全部取ってDataLakeを作り、使いたいときに使う
2.必要なあらかじめDWHとして格納して使う

利用者からすると、圧倒的に2の方が使い易く、弊社(ワイ・ディ・シー)で要件定義から行う場合も、できるだけ2でデータのトレーサビリティを意識しながらプロジェクトを進めます。

また、小さく効果を出していきながら周囲の理解や支援を広げることもできます。すでにデータが存在し、現場が『正解』を知っていることをあえてAIで実証することもあります。弊社(ワイ・ディ・シー)のデータ活用プラットフォーム YDC SONARはスモールスタートし、その後、少しずつ拡張していくような柔軟な使い方が可能です。よろしければ一度、ご検討ください」

――株式会社Rist 勝氏
「少しの画像からGANという方法で不良画像を増やすなどのアプローチなどもありますが、弊社での面白い取り組みとして3Dエンジニアが本物と見分けのつかない3D画像で不良品データを作成し、そのデータを学習させるという方法を取って解決したことがあります。

また、製造業での課題は多種多様で、個別カスタマイズしていく必要もあるということも感じています」

両社への相談などはこちらから

回答者紹介

株式会社ワイ・ディ・シー 製品開発本部 製品開発部 部長
内藤 孝雄氏

2003年株式会社ワイ・ディ・シーに入社。広い分野における国内外の製造業向けのデータ活用システムの構築 、データ解析業務を数多く推進。2018年より製造業向けデータ活用プラットフォーム「YDC SONAR」の製品企画・開発の責任者を務める。

株式会社Rist
勝 啓太朗氏

株式会社USENにて情報システムの企画、開発業務に従事した後、2012年京セラコミュニケーションシステム株式会社入社。
デジタルマーケティングプラットフォームの企画やデータ分析、データ活用に携わる。2020年3月よりRistにて企画として製造業向けの外観検査やデータ分析事業を担当。