いま、さまざまな企業でAIの実装が進んでいる。その一方で、「AIの実装ってどれくらい時間がかかるんだろう」「費用がやっぱりネック……」と頭を悩ませている担当者も少なくない。
そんななか、AI業界に大きな衝撃を与えたサービスがある。それは、今年9月に株式会社マクニカが発表した「Re:Alize.macnica.ai」だ。本サービスは、最短1ヵ月で技術検証から運用開始までを実現すると謳い、AI開発にかかる期間や費用を明確にしているのが最大の特徴である。このサービスを実現した背景には、マクニカが過去に300件以上も携わった豊富なAIプロジェクトによる知見が盛り込まれている。
そこで、さまざまな業種・業界のAI実装に携わるマクニカのAI Research & Innovation Hub プリンシパルである楠貴弘さんに「AI実装がうまくいきづらい会社の特徴」や「どういう企業だとプロジェクトがスムーズに進むのか」、そして「マクニカではどのようにお客様と関わっているのか」など、これからAIの活用を考えている企業の担当者向けに、スムーズにAIプロジェクトを推進させる方法を聞いた。
いま、AI実装に求められる「クイックに効果を検証できるかどうか」
まず、楠さんは「この数年で、AIに関して寄せられる相談の内容が大きく変化した」と話す。
「我々マクニカではおかげさまで、さまざまな企業のAIプロジェクトに携わることができました。いくつもの企業から多岐にわたる相談を受けていますが、ここ最近、大きく変化したことがあります。それは『相談内容』です。
AIが広まりつつあった3,4年前は、漠然と『AIを使いたい』とご相談いただくケースも多くありました。ですが、ここ最近では、ご自身でAIについて下調べしたり、現場の課題を明確にした上でご相談いただくケースが増えてきました。
また、できるだけクイックに既存のパッケージングされたようなサービスを使って効果が見込めるかどうかを検証したいという要望も寄せられています」
すでに多くの企業でAI活用が進んだいま、求められているのは“明確さ”になりつつあるのだ。
「9月に発表した『Re:Alize.macnica.ai』は、このようにスピード感をもって取り組んでいただくために用意しました。結局、AIだとしてもデジタル化だとしても、重要なのは費用対効果です。この費用対効果をできるだけ早く検証し、経営層に対してコミットできるかが重要なのではないかと感じています。
また、ただサービスを提供するだけではなく、お客様が本当に解決したいことが何かをヒアリングさせていただくことで、『実はこういう課題も解決したいんです』といった相談に発展する場合もあります。このようにして、その企業が抱える課題を解決していき、さまざまな業務を改善していくことが求められています」
コンペに時間を費やす企業はAIプロジェクトが進みづらい
課題を明確にしたうえでAIの実装を考える企業が増えていると楠さんは話すが、その一方でAIプロジェクトが推進しづらい企業もあるという。
「大きなプロジェクトを実施する際、コンペティションが開催されることはよくあります。大事なプロジェクトであるため、経営判断としてもコンペティションの開催は大切なことです。しかし、コンペティションに時間を費やす企業は、AIプロジェクトがあまり推進しない印象をもっています。
コンペティションを開催すると、5社や10社といったように数多くのAI企業から提案書が提出されます。社内に技術的知見が豊富な担当者がいれば問題ないですが、企業によっては知識豊富な人材がそもそもいないので、コンペティションのためだけに外部のコンサルタントを使うケースもあるそうです。
AIだけに限った話ではないですが、こういったプロジェクトに最も重要なのは、現場をはじめ関わる人が幸せになれるかどうかです。会社として何に課題を感じていて、なにをすれば全員が喜ぶのか、ここをはっきりと理解したうえで、コンペティションを実施するべきです。そうでないと、本当に解決したい課題から乖離する可能性があります。なので、コンペティションによって提出された提案書を理解できるようにならなければいけません」
続けて楠さんは、窓口に立つ人が自社業務を理解しきれていない場合も進みづらいと話す。
「AIはもとより、ある業務を改善し、より良くするために実装されます。このためには、その業務がどのような課題を抱えているのか、どうすれば現場で働く人が心地よくなれるのかを知っていなければいけません。
ですので、上層部からの要求でAIを実装しようとする場合も、うまく現場とのすり合わせがいかず、結果的に業務を改善できないことがあります。
とはいえ先に話したとおり、ここ数年でAIに対する知見をお持ちの方が増えたことで、これらのようにAIプロジェクトが推進しづらい体制の企業は減ってきているのも事実です。それこそ、解決したい課題も明確になっているので、ほとんどの案件がスムーズに進みやすくなった印象を受けています」
スムーズに推進する企業に共通しているのは「社内での会話」
AI専門メディアであるLedge.aiを運営する筆者として、さまざまな企業の話を聞くと「課題の設定」がAIプロジェクト推進において重要ということは頻繁に耳にする。しかし、この課題を見つけることが難しいのも事実だ。そこで楠さんに「どのようにすれば課題を見つけられるのか」を聞いた。
「AIプロジェクトの推進がスムーズにいく企業に共通しているのは、窓口となる担当者の方が現場部署をはじめ、関係各所と社内でたくさん会話している点です。これに加えて、既存業務で当たり前だと思っていることに対して、理不尽さを抱けるかどうかが重要でしょう。
たとえば、製造業において製品の異常を検知する作業を行なっている場合、長時間モニターを見続けている検査員の方がおり、大変なご苦労をなさっていると聞きます。この状況を当たり前と思わず、AIによって自動化することで、現場の負担を軽減し、新しく付加価値のある業務に取り組める状況を作るべきです。
AIやデジタル化を進めるうえで忘れてはいけないのは、現場や業務が抱える苦労を解決できるかどうかです。結局、AIの活用というのは人助けです。働く人たちの環境を改善することで、さまざまな業務に好影響を与え、企業自体をより良くできるものであると私は考えています。このためには、現場の人が悩んでいることなどを明確にしてあげることがAI推進の第一歩でしょう」
楠さんとして課題を見つけるために何より大事だと考えているのは「当たり前のことを当たり前と思わない視線」だそうだ。
「ふだん生活しているうえでも、いまだに不便だなと思うシーンはいくつもあります。
以前家族と旅行に行った際に感じたことですが、ホテルのチェックインやレンタカーを借りる際にも、Webサイトで予約や申し込みをしているにもかかわらず、カウンターに行ってわざわざ紙に記載を求められるんですよね。別にこの部分にAIを実装するべきとまでは思っていませんが、慣れ親しんでいることのなかに、よくよく考えてみると“面倒”であったり、“手間がかかる”といったりする要素が隠れているんです。
これは業務改善にもつながると思っていて、やって当たり前だと思うことのなかに、実は改善するべき課題が隠れている、とはよくある話です。そのため、課題を見つけるには、いまやっている業務を細かく棚卸しすることで、何の業務でどんな手間がかかるのかが見つかってくると思います」
そして楠さんは「課題を見つけるためにマクニカはカウンセラー的な立場をしている」という。
「これまで話したような潜在的な課題を企業から掘り起こすために、マクニカではコンサルティングも行なっています。厳密に言えばコンサルティングというよりもカウンセリングに近いかもしれません。
費用やスケジュール、やりたいことを事細かに聞くことが問診です。この問診をもとに我々が用意するのが提案書です。つまりは、ヒアリングしたうえで、『ここを改善したらどうでしょう』『そのためには、こういうデータが必要です』『こういった手法を使えば、御社の課題を解決できますよ』と提案しています。
当然ながら、AI推進における“提案書”を作るために、何度もディスカッションしていきます。ディスカッションを重ねることで新たに見えてくる課題というのが、“潜在的なニーズ”です。潜在的なニーズを解決することで、業務を大きく改善できる場合も少なくありません。そのため、長期間にわたってヒアリングを実施することもよくありますし、我々としてもお客様との会話を円滑に進めるためにドメイン知識を養う目的で、業界に関連した専門書を読み込むことも多々あります。
AI実装を推進しようと考えている企業には、我々をはじめとするAI専門家組織をプロジェクトメンバーとして捉えていただくことや、いっしょになって経営層に刺さる企画を練るなど、チームメイトのような気持ちを抱いていただけるとうれしいです」
本インタビューの最後に、楠さんは昨今耳にする「デジタル化」について、もっと原点に立ち返って考えるべきだと言った。
「新型コロナウイルスなどの影響もあり、急速に『デジタル化』を考えている企業が増えています。ただ、目先の業務にAIを実装するだけでなく、実装後に『現場の人たちを含めて、本当にうれしいのか』を考える必要があります。
ビジネスにおける原点に立ち返り、課題を設定し、費用対効果を見据えたうえでAIなどに投資してもらうことが大事です。しかし、いまは『AI』や『デジタル』といったワードが前に出すぎているのかもしれません。
これから必要なのは、ビジネスとして自社をより良くするために『本当に必要かどうか』を考えることです。マクニカとしても単に『AIを使ってください』というスタンスではなく、経営にしっかりコミットできるかを検討し、支援させていただいています。」
楠 貴弘
株式会社マクニカ AI Research & Innovation Hub プリンシパル

ASIC ハードウェア開発を経験後、2000年にマクニカへ入社。ハイエンドプロセッサや組み込みソフトウェア、ツール製品などのアプリケーションエンジニアを担当後、NVIDIAを担当しGPUとディープラーニングをお客様へ提案。
その後マクニカ初のデータサイエンティストチームを立ち上げ、2019年12月に新設されたAI Research & Innovation Hubのプリンシパルに就任。現在は最先端のAIテクノロジーをリサーチしながら、AIで社会課題を解決することをミッションに企業への普及活動を行っている。
著著には「AIビジネス戦略~効果的な知財戦略・新規事業の立て方・実用化への筋道~『第6章 第3節 モノづくり・製造現場におけるAI活用の課題と取り組み』」がある。