マスクド・アナライズ氏をご存知だろうか。
ITmediaなどでAIに関する連載を持ち、AI導入企業の闇に鋭く切り込むツイートに定評のある、謎のイキリデータサイエンティストである。
3月15日、AI領域で教育、コンサルティングサービスを提供する株式会社キカガクと、マスクド・アナライズ氏による共催イベント『ここが変だよ、日本のAIプロジェクト』が開催された。キカガク代表の吉崎 亮介氏と、マスクド・アナライズ氏によるトークバトルだ。
イベントでは、両者ともプロレス風のBGMと演出で登場し、会場を沸かせた。AI導入を検討する企業を優しくぶった切る、“プロレス”の様子をお伝えする。
2018年はGUIツールでAIの民主化が進んだ
“プロレス”は、まず2018年のAI事情の振り返りから幕を開けた。
「まずは2018年までのAI事情を振り返りたいと思いますが、日本でのAI導入状況について、マスクドさんはどういう所感をお持ちでしょうか?」
「導入が進んでいないわけではないですが、1社成功している裏に、10社20社が失敗している状況だと思いますね。
やはり日本には、悪い意味で企業の上層部からのトップダウンが存在します。その結果開発をベンダーに丸投げするなど、悪い慣習につながっていると思います」
「確かに、『AI導入で◯%業務を削減!』のようなプレスリリースは多いものの、業務全体をマクロで見ると、実は削減されたのは一部のみで(効果が)大したことがない場合も多いですよね。数字のマジックがあるので、あまり信用しないほうがいいと思います。
ビジネスサイドの話をすると、2018年後半から、機械学習モデルをGUI(Graphical User Interface:ユーザーが視覚的にコンピューターへ指示を出せるインターフェース)で作れるツールが増えてきたことでガラッと空気が変わり、AIの民主化が進んだ気がします。たとえばMicrosoftのAzure ML StudioやAzure Custom Vision Serviceなどですね。
エンジニアサイドでも、Google Cloud AutoMLなどの登場で機械学習の自動化が進みました。機械学習の中にもディープラーニング、サポートベクターマシンといったさまざまなアルゴリズムがありますが、これまではどのアルゴリズムを選択するかの部分に属人化が起きていました。属人化をなくすために機械学習を使うのに、その機械学習を使うプロセスの中で属人化が起きてしまっていたんです」
「Google Cloud AutoMLは3つのことを自動化した」と吉崎氏は語る。次の3つだ。
- 特徴量選択の自動化
- アルゴリズム選定の自動化
- ハイパーパラメーターのチューニング自動化
まさに機械学習モデル構築の際の属人化していた部分を自動化するようなツールであり、属人化が解消されつつあるという。
AI活用のボトルネックはデータと人材
「矢野経済研究所の調査によると、企業のAI導入率は2.9%という数字です。ですが感覚的にはもっと少ないですね。
現時点では、AIを活用しているのはいわゆる大企業が多い印象です。お金があるので、AIには何かしら取り組んでいます。
そうなると、現時点でAIを活用しているかどうかは、単純に予算の多寡で8割方決まってくると思うんですが、吉崎社長はどうでしょう?」
「弊社に相談にいらっしゃる企業様もほとんどが大きな会社です。
個人的には絶対に2.9%もないというのが率直な印象です。AI活用が進まないボトルネックはなんだと思われますか?」
「たとえば、データが部門ごとに分かれているだとか、データがエクセルでバラバラに保存されているなどでしょうか。そもそもAIを活用して成果が出る業務なのか、見極めが必要な状況だと思います。
- データの整理
- 実際活用できるかどうかの整理
が必要かと」
「データを整理するのは大事ですよね。データの整理という観点では、教師データと入力変数を確認することが重要です。
- 何のデータから
- 何を予測するのか
という部分の整理ですね」
「実際に活用できる業務の見極め、という点では、費用対効果を確認することが重要です。手間を掛けるのであれば、それに見合った効果が必要。たとえば、めったに故障しない機械の故障予測とか意味ないじゃないですか」
「確かに(笑)職人さんが壊れる前に直してしまいますよね。
ちなみに、PoCだと、ぶっちゃけ期間や費用はどの程度かかるんでしょう? もちろんケースバイケースなのは前提として、ですが」
「これは友達の友達に聞いた話ですが、だいたい数百万くらいじゃないかと。あ、ABEJAさんは1億でしたっけ?」
「(笑)また、人材もAI活用に間違いなく影響すると思います。そもそも人材を(即戦力を)採用するか、(社内人材を時間をかけて)育成するかというのは議論が分かれるところです。
プロが採用できればいいのですが、長い道のりです。いま、AIの領域で働きたい方のモチベーションって、自分より優秀な人と働くことで成長したいモチベーションが大半なんです。もっとデキる人がいる会社で働きたいのに、わざわざAIをやっていない会社には行かないですよね」
「優秀な人はみんな、人材を育成できる人がいて、かつデータを持っている某P社やD社に行っちゃいますよね」
PDCAサイクルからDGWAサイクルへ
AIプロジェクトを始めるには、上層部を説得する必要がある。それには費用対効果を示すのが重要だ。しかし、AIプロジェクトで費用対効果を算出するのは簡単ではない。
「上層部を説得するにあたり、費用対効果の算出は重要です。精度が90%出れば1000万削減できるが、40%だと30万しか削減できない、では意味がありません。
機械学習の精度はやってみないと分かりませんが、分からないと事前に費用対効果を出せず、上層部を説得できないんです。
- 成果を出せないから費用対効果を算出できないのか
- 費用対効果を算出できないからそもそも成果が測れないのか
という鶏と卵な議論ですね。この点、マスクドさんはいかがでしょうか?」
「AIに関しては、ある程度の投資は失敗してもいい、くらいの度量が企業にほしいですよね。AIプロジェクトで費用対効果を完璧に算出するのは難しいですよ」
「経営者にご提案する際は、よくプロトタイプを持ってこいと言われます。動くものさえあれば判断できる、と。
昨今、先程申し上げたGUIツールで予測モデルをつくることは簡単ですし、Power BIなどのBI(ビジネス・インテリジェンス:企業に蓄積されたデータを集めて分析、可視化し、迅速な意思決定を助けるツール)にも機械学習は積まれているので、プロトタイプはパパっと作れます。中身の細かいチューニングは後回しにして、とりあえず作って見せる、というのは重要だと思っています。
こういったことができる人をアセスメント人材と弊社では呼んでいます。宣伝になりますが、コースもご用意しているので、みなさんぜひお使いください(笑)」
関連記事:構想・PoCは内製化せよ。AI技術特性×ドメイン知識を理解した「アセスメント人材」が企業に必要な理由
続いてマスクド・アナライズ氏は、AIプロジェクトにおいては、これまで使用されていたPDCAサイクルから、新たな考え方に移行すべき、と語る。
「私も、AIについて説明してと言われれば遠くまで出向いて、偉いおじさんがズラッと並んでいる前で説明するんです。その後1ヶ月くらい経つと、また『説明して〜』と言われて、遠方まで行って、再度AIとは? から説明するんですよ。
その結果、プランばかりでなかなかプロジェクトまで進みません。PDCAでいうと、Pだけで、Dがなにもないまま半年が過ぎる。すると上から『会社の金を使っているのにこの体たらくか!』と圧がかかり、めでたくチーム解散という流れが多いです。
AIプロジェクトにおいてはPDCAサイクルでみなさん回しているかと思うのですが、現状はPDCAサイクルの悪い部分ばかりが反映されてしまっているのでは? と思い、新しいサイクルを作りました」
それが、PDCAサイクルに代わる『DGWAサイクル』だ。
「某リアクション芸人さんの名前と被りますが、具体的にDGWAを説明すると、以下の4要素になります。
- D:Do まずは試す。実際にAIでいけるかどうかの感触をつかむ
- G:Go for Break 当たって砕けろで試行錯誤を繰り返す
- W:Warm Mind 周囲の理解や、失敗を許容する環境づくり
- A:reAction 社内で反応、反響を起こしながら、ありがとうの気持ちを忘れない
たとえば、データを取るために現場にカメラつけたりするのは、ある程度現場にも迷惑をかけます。失敗はしたけど得るものもあったよね、と言えるような関係を現場と作ることが大事です。現場の協力を得られるようないい雰囲気をつくり、チャレンジを繰り返して成功に近づいていくイメージです」
「確かに、PDCAは改善を繰り返すサイクルとしてはいいのですが、AI導入においては、時として負の連鎖になります。
一方、DGWAサイクルはポジティブなループですね。実際、契約の時点からこれをやっておかないとキツイです。プロジェクトがある程度進んだ中盤以降、いきなりPDCAからDGWAにしましょうと言っても、もはや後戻りできません。一番最初の、きれいな話ができるうちに(笑)すり合わせ、スタンスを明確にしておく必要があります」
AIを活用するのが新規事業か、既存事業なのかも、成功するか失敗するかの大きな分かれ道になるという。
「新規事業は、どの程度の精度を出せばビジネスとして成立するのかの点がなかなか着地せず、泥沼になりがちです。どこまでやっても『もっと精度がほしい』どこまでやっても『その程度の精度か』など、要求が終わりません。そもそもAIで精度100%は非現実的にも関わらず、新規事業は人をAIで代替する発想が強いので、要求が高くなるんですよね。
一方、既存事業であれば『精度◯%でここまで業務削減できました。残りは人でカバーできます』の発想が可能です。成果をある程度定量的に示すことができます。
なので、ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間参加型)とDGWAサイクルの組み合わせが、AIプロジェクトを成功させるうえでベストな考え方だと思います」
「従来のSIer型開発とAI開発の違いも認識すべきです。従来の開発のように人数がいればいいというものではないので。短期間で色々やるべきことが変わるので、従来型の人はマインドセットの切り替えが必要です」
「従来との一番の違いは、AIはテストができないことです。なので開発がアジャイルにならざるを得ない。一発で精度が出ないからこそ、ヒューマンインザループで開発を進める必要があります。
その感覚をつかむために、社内勉強会などを開催するのもいいと思います。持続可能な形でAIに取り組むきっかけのひとつとして、キカガクを使っていただければ幸いです」