「まずはITパスポートを、全社員で取りましょうよ」
そう声をあげたのは、100年以上の歴史を持つ老舗印刷会社 西川コミュニケーションズAI事業開発室 伊藤 明裕氏。
情報処理系の中でも最も基礎的な試験、ITパスポート。そこからスタートし、今ではチャットボットの自社開発から、全社員が自らAI開発のためのデータセットを作成したりと、AI時代を猛追し、怒涛の成長を見せる西川コミュニケーションズ。
その始まりは伊藤氏の“ほんの小さな行動”からだったといいます。
激動のAI時代に取り残されないために、個人そして企業がAIをどう捉え、どのようなアクションに落とし込んできたのか。これからAIを導入したい、開発したい企業にはヒントがたっぷりのお話を、伊藤氏に伺いました。
創業100年超えの印刷会社がAI中心事業モデルに転換するための一手は「G検定」
1906年より印刷会社として事業を展開してきた西川コミュニケーションズの全社員がITパスポートを取得する動きは、さまざまな最先端技術が出てくる中、“印刷会社”である現状に焦りを感じた伊藤氏の一声から始まりました。
その動きは、AI中心の事業モデルにピボットするまでに至ったといいます。
「長年印刷会社として事業展開してきましたが、あらゆる領域でIT化、ICT化が進み、必然的にマーケティング支援事業への展開が始まりました。
しかし、長年印刷会社としてビジネスをしてきた我々に立ちはだかったのが、ITリテラシーが低すぎるという壁。
なので、まずはITパスポート取得から始めようと。その後、マーケティング支援事業を進める中で、AIを核にしたビジネスを展開していこうという話になっていきました。」
AIを核にしたビジネス展開は、マーケティング支援事業において、統計解析や機械学習を取り入れた顧客提案をきっかけに実績も出ており、経営判断により舵が大きく切られたそう。やはり今の時代においてAIは切っても切れなく、クライアントからAIを活用した提案も求められることが多かったと、伊藤氏。
このようなケースは、AI時代においてさまざまな業界、領域で起きていることではないでしょうか。
―― そんな状況の中、西川コミュニケーションズが打った一手、気になります。
「最初の一歩として、AI研究の第一人者である松尾 豊氏の代表著書『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』を全社員に配布しました。
会社としてもKPIがないと進まないので、ITパスポートとは別に、AIという軸でアウトプットとしてわかりやすい一般社団法人日本ディープラーニング協会が実施する『G検定』の受験を決め、全社員に推奨しています」
G検定とは、一般社団法人日本ディープラーニング協会(以下:JDLA)が実施する、ディープラーニングの基礎知識を持ち、事業に活かすための知識を有しているかを検定するものです。
AIの動向から手法、産業への応用知識を網羅的に習得することができるG検定は、今AI界隈で最も注目されている検定です。
「AIに関して、何から手をつけるべきかわからなかった我々にとっては、最適な選択肢だったんですね」
低いITリテラシーから一転、会社全体がAI指向に変貌した裏側
――基礎的な知識からとはいえ、やはり学習、さらには事業へのAI活用のハードルは相当高いのではないでしょうか?
「学習、事業へのAI実装は共にハードルが高かったです。そこで、統計学や機械学習の知識は一切ありませんでしたが、システムエンジニアの経験がある私が、まずG検定とE資格を取得するところから始めました。
とりあえず、本を読んでみる、調べながらサンプルコードを書いてみる、そういった小さいことからアプローチしていきましたね。
業務の一環としてチャレンジさせてもらい、G検定・E資格(エンジニア資格)共に合格できました。」
「次のアクションは、社員も交えた社内勉強会でした。80ページほどの資料を作成し、私が登壇する形で進めていましたが、だんだんと全国の支社から参加したいという方が集まってきたので、今では全国を回って勉強会を開催しています。
勉強会参加後にG検定にチャレンジ社員も増え、着々と社内全体のITリテラシーが高まっています」
その後、業務にAIを活用しよう!という社員の意識が高まり、定例でアイディアソンも開催されていると言います。
「アイディアソンは、現状の業務をAIで改善できないか?という観点で開催され、積極的な議論が繰り広げられています。
たしかに開催当初は、わざわざAIで処理しなくとも既存のシステムで事足りる、そもそもワークフローの改善で対応できるようなアイディアが多かったです。
しかし、今ではアイディアの質も良くなり、AI活用に向けた現実的な議論ができています」
G検定の勉強会開催後からは、社内の中ではあたりまえのようにAI用語が使われているそう。
経営陣だけがAIによるソリューションを議論するのではなく、常日頃社員自らが「これはAIで解決できるのでは?」という視点で課題を解決に取り組む、AI指向になったと言います。
「実際、社員からでたAIによる解決策も、可能であれば内部開発し、高度な内容であれば外部に委託して開発しています。
いくつか実証実験も進んでいる状況です」
「AI導入に躊躇する意味がわからない」 ── 本を1冊読むことから始めればいい
AI時代に取り残されないため、事業モデルごとAI中心に転換する西川コミュニケーションズ。低いITリテラシーから、AI開発・実証実験に至るまで成長するアクティブさは、他企業も非常に参考になる部分があります。
他企業の意見としてよく聞く「どこから手をつければいいかわからない」という言葉を、伊藤氏は一蹴します。
「AI導入に躊躇する意味がわからないです。というのも、正直我々のITリテラシーは相当低かったですし、ましてや統計学やディープラーニングの知識は一切ありませんでした。
それでも、まずは本を一冊読み始めるだけでいいんですよ。そこからスタートして今はAI開発、クライアント先へのAI導入まで進んでいるので。
今後AIがあらゆるビジネスの中心にくることは、紛れもない事実です。そこに対して我々が最初にできることは、相手を知ること。理解して、作ってみるのが何より重要です」
AIを活用し結果を細部まで出している事例も少なく、人材不足やデータ不足という課題も、AI導入を躊躇したり、つまづく要因かと思います。しかし、それでAIへの取り組みを止めてしまい、他企業の成功事例や業界標準を待っているのでは完全に出遅れます。
人材不足だからこそどうしたらAI人材が社内で育つのか、どうしたらデータを溜める仕組みを作れるのか、というところから少しづつ動き始める必要があります。
「本を読むにしても、指標が必要なので、そこでG検定を活用しています。G検定はAIの基礎知識から、ビジネス活用までを網羅的に学べる最適な手段でした。
世の中全体で、AIに限らずIoTやRPAを知っている、活用しているのが有利であるのは間違いありません。個人としても、企業としても積極的に追っていく必要がありますね」
「AIはツールに過ぎない」を再認識し、AI導入を成功に導く
伊藤氏の話から、やはり再認識したいのが、AIは単なるツールに過ぎないという事実です。
「これからAIで業務改善を図りたい」「自社でAIを開発したい」という企業にとって、非常に参考になる話を聞いてきましたが、結論はシンプルで、
- とりあえず小さいことから手を動かしてみる
- AIは目的ではなくツールである
という2つ。
データが足りない、AIの効果が見えない、費用対効果が……。だからこそ、ほかを待たずに自ら動き出してみることがAI導入の秘訣です。
これからAI導入を考えている企業、担当者は、まずは1冊AI関連の本を読んでみる、KPI設定の意識を忘れずに、検定などを活用するところからスタートしてみてはいかがでしょうか。