診断画像をクラウド化、がん細胞認識AIで更なるデジタル化を目指す|長崎発ベンチャーN Lab

N Lab代表
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少子高齢化による労働人口の減少、労働力不足を解消するための手段としてデジタル化・AI導入が叫ばれて久しい。現在も各業界で多くの変革が試され、AI人材の育成にも注目が集まっている。

2020年から全国の小学校でプログラミング教育が必修化され、約10年後には新時代のITネイティブ世代が活躍し始めるであろう。その一方で、10年後に従事者の平均年齢が定年を迎える業界がある。日本の病理医業界だ。

高齢化をはじめ、病理医業界の課題解決に向けて立ち上がったのが、自身が肺がんを専門とする医師でもあるという、N Labの北村由香氏だ。「治療に役立つ病理検査」を追求するN Labでは、バーチャルスライドの作成とクラウド管理、病理画像AIの研究を通して病理医不足解消を目指す。

今回は、病理検査における課題やN Labの取り組み、今後の展望について北村氏に詳しく聞いた。


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日本の病院の約半数に病理医がおらず、全国平均年齢も約55歳と高齢

病理医業界が抱える課題のうち、最も深刻なのが、冒頭でも述べた病理医の高齢化だ。

日本の病理専門医は2019年8月7日時点で全国に2539名いる※。しかし、超高齢化社会を迎えた今、年を重ねるごとに患者数、再検査増加に伴う検体数は増加し続ける。

――北村
「2018年の年報では、病理学会認定・登録施設(856施設)のうち、一人病理医病院は43.6%、病理医不在病院は19.0%でした。病理医がいない病院では、病理診断をする方法がないので、専門の検査会社か、病理医のいる関連病院に検査を依頼しています。

『一人病理医』病院の課題は、癌と良性腫瘍の区別といった難しい判断を、限られた時間の中1人で下すしかないところです。

患者さんにとって癌か良性かは大事な問題であり、悠長に待ってはいられません。早急な診断を求められる中、ほとんどの病理医は一人、一日中検体を見続けることもあり、万が一ケアレスミスをしても見落としにすら気づけない恐れもあります」

一人病理医:その病院に病理医が1人しかいない状態のこと。
日本病理学会(外部リンク)

ではなぜ、若い病理医の数が増えないのだろうか。北村氏はその原因を、病理医のイメージと病院側の環境にあるとみている。

医師を目指すという人は、実際に患者さんに話を聞いたり手術をしたりする内科・外科医を想像していることが多い。そのため表に出づらい病理医は、臨床医ではなく「検査をする人」に近い認識があることが挙げられるという。

――北村
「ただ、イメージを修正できても、病理医が増えるまでには時間がかかります。

そのため、今は病理医同士をつないで診断の効率化を進めるしかありません。スライドガラスをデジタル画像化すれば、インターネット経由で他の病理医でも遠隔で迅速に診断できます。これにより診断精度も向上し、患者に結果を返すまでの時間も短縮できます。

さらに画像をクラウドに保存することで、QRコード化も可能になり他の病理医へのコンサルトが可能になるのです」

N Labでは、依頼元から送られてきた作成済みのガラススライドを専用スキャナーでスキャンし、データをクラウド上に保存する、メディイメージバンクというサービスを運営している。

検体が入ったガラススライドをデジタル画像にすることで、モニターに映しながら細かくチェックができるほか、物理的な保管場所の削減ができる。通常は5年ほどで観察できなくなるガラススライドだが、経年劣化も起こらない。

また、クラウド保存したデータを患者がQRコードで携帯できるようになれば、別の病院で再検査をすることになってもデータを共有できる。病理医業界では1度行った検査を別の病院でまた行うというような無駄な検査が4割ほどあると言われており、デジタル化が進めば削減することは大いに可能であるという。

長崎大学と共同でがん細胞認識AIを開発、診断結果の正確性向上と時間短縮に貢献

病理医をサポートするAIの開発も進めている。NLabが長崎大学と共同研究している「病理画像AI」は、癌などの疾患にかかっていると診断された患者の病理画像から、癌細胞を示してくれるAI診断ソフトだ。夜にソフトを動かすと、翌朝には、画像に占める癌細胞の割合が出る。

AIで検出されたガン細胞実際の病理診断AI画像:青い点が細胞核のある部位を示している。細胞の核を認識することで、カウントしている。

このAIを用いて出した結果に加え、最終的に人間の目でもダブルチェックして診断結果を出すという。

――北村
「癌細胞を確認するのは難しい。とある論文では、数十人で同じ組織を見て、癌細胞が何%含まれているか診断する実験をした結果、回答がみなバラバラだったというほどです。癌細胞は増殖して大きくなっているので、普通の細胞よりたくさんいるように見えてしまう。目の錯覚で、一致しないんです」

こうした人間ならではのミスをなくすためにも、AIと力を合わせることがより精度の高い診断に繋がる。

今後もN Labは長崎大学との共同研究で、癌細胞数カウントの効率化を進めていくという。

研究内容の詳細ページ(外部リンク)

デジタル化を妨げる原因

北村氏は「今の病理医業界にはデジタル化を妨げる原因がある」と指摘する。

数千万円単位の医療設備導入コスト

そのうちのひとつが医療設備の導入費だ。設備投資を行っても、投資額に見合ったメリットがなければ赤字になるのは必然。デジタル化を進めるための医療設備導入費用が、病院の大きな障壁になっているという。

――北村
「大きな大学病院などはいいが、医療機器は1つ導入するしないでも何千万単位でコストが変動します。

自身の病院に設備を導入し、デジタル化を進めて他の病院と連携、遠隔で検査をするのも費用がかかるばかりで、デジタル加算などの医療点数がないため、検査会社に低コストで解析してもらった方がいいという判断になりがちです」

巨額の投資になるからこそ、経営側も慎重に判断せざるを得ない――このような現状により、病理医が活躍できるところも限られ、過疎化も進んでしまっているようだ。

実際に、病理医数の地域差は著しい。各都道府県の病理医人口を調べた結果、最多は東京都で453人、最少は福井県でたったの11人だ。

※2019年11月25日時点、日本病理学会認定病理専門医一覧(外部リンク)より

AIベンダーと医療現場とのすれ違い

デジタル化が進まないゆえに、今も紙媒体で運営している病院や、ゲーム世代が学ぶ医大でも顕微鏡主体の教育をしているのが現状である。デジタル化普及に向けて、最新ソフトウェアの開発や学会での論文発表なども多くあるが、日本ではまだまだ水面下で動いている状態だという。

だが、最新技術を詰め込んだソフトウェアが必ず現場で活かせるとも限らない。

――北村
「最新のソフトウェアが発表されても、実際に現場で活かせるかどうかは別問題になります。

昨今AIの導入が各業界でブームですが、良いAIを作るためには、精度の高いデータを与えることが重要です。しかし、ソフトウェア会社が作ったAIが実臨床で全く使えないということが起こり得ます。

私たちは医者であってプログラマーやエンジニアではない分、『良いデータを提供するので、協働でいいAIを作りましょう』ということを今やっています。良い診断を出すためにも、コンサルテーションがすぐにできる環境も創っていきたいと考えています」

目標は長崎から全国への「AI医療センター作り」

N Lab

数多くの課題を抱える中、北村氏が始めに目指すのは日本医療業界のデジタル化を促進することだ。100%デジタル化を実現しているオランダのほか、他国の前例に学びながら、日本全国での効率的な情報共有を模索していく。

より多くの患者に良い診療が行き渡る社会を実現するためにも、デジタル化に伴うクラウド管理の強化や、AIの開発も今から進めていかなければならないという。

――北村
「病理医向けのAIは1つでは足りません。全身を見るので、癌細胞を発見するAIで1つ、その他の分野で各1つずつ作っていく必要があります。

弊社はAIを育てることに注力し、デジタル化が進んだ時に、『うちが持っているAIを用途ごとに提供しますよ』といえるようになるのが目標です。デジタル化が進めば進むほど、病理医不足は解消されると思います。長崎から全国へ向けて、病理AIを作っていきたいですね」

(取材・大久保裕次郎、執筆・小林雅輝、編集・菊田千春)